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Color  作者: 宵月氷雨
藍の報復
1/19

前編

短編の連載ver.です。

内容はほとんど変わりません。

「だってそういうものだもん」


 明るすぎる茶髪をくるくると巻き、一分の隙もなくメイクをした少女は、あたかもそれが世界の真理であるかのようにそう言った。


「男の子は皆ヒメを好きになって、ヒメに傅くのが当然なんだよ。……くんだってそう」


 にっこり笑って、少女は両手を広げ。


「……くんに相応しいのは私で、私に相応しいのは……くん」


 話は終わり、とばかりにくるりと背を向ける。


「お姫様には王子様が付き物でしょ?」


 残された笑声は、優越感に溢れた高らかなもので。

 笑みを浮かべたまま少女を見送り、相対していたもう一人の少女はギリ、と唇を噛み締めた。

 口の中に鉄の味が広がる。

 少女は、自らをお姫様と称する少女は、

 ――そんな理由で彼女をボロボロに傷付けたのというのか。

 半年ぶりに顔を合わせたら、随分憔悴していた親友。

 泣き出した彼女を家に送り届け、友人から切れ切れながらも事情を聞き出したのが一昨日のこと。

 親友の様子と友人の話からこの半年のことを調べ上げ、オヒメサマの存在を知ったのが昨日。

 そして直接相見えたのが今日、中学の卒業式。


 たった三日で半年の事情を把握しておいて、それでもそれ故に少女は言うのだ。

 自分が動いたのはあまりにも遅くて、

 ――だけど遅過ぎはしなかった、と。












「次ー桧山、問6の(3)」

「5.56L」

「正解。これは(2)で二酸化炭素の物質量が出ていることから――………」


 四月も下旬。

 幼稚舎から大学までエスカレーター方式のこの学校では環境が劇的に変わるということはないけれど、中学と高校の間にはやはり大きな隔たりがあると思う。

 火曜の二時間目、比較的得意とする化学の授業に耳だけは傾けながら、一冊のノートに目を落とすのが高校生になってからの日課だ。もちろん化学のノートではない。

 一番前の席なので普段はそういったことは自重しているのだが、化学の先生は何も言わないと確信が持てたから始めた。

 ダークブラウンの真っ直ぐな髪をショートカットにした、長身の美女が私のクラスの化学の先生。

 美人だけど男性的なかっこよさも合わせ持つ先生で、怒らせると怖いと評判なのだが。

 多分私とよく似た気質をお持ちの彼女は、ことこの件に関して咎めることはないと思う。


「次、紫崎」

「えーヒメわかんなぁい! (みお)くん教えてー」

「……じゃあ白塚」

「22g」

「正解。これは――」


 私は先生に心からの拍手を送りたい。

 クラス中の女子から凍えた視線が突き刺さっていることにも気付かず、澪くん澪くんと騒ぐ彼女は、ものすごく目障りで耳障りだった。

 今度のターゲットは白塚澪らしい。

 教えてとせがむ彼女とそれを甘やかすように笑う白塚に、何人もの女子が冷めた目を向ける。

 彼女に泣かされた女子がいったい何人いるだろう。

 泥棒猫。そんな言葉がぴったりだと最近は評判である。

 ノートに書かれた複数の人名を確認して、小さく溜息をつく。


 私の調べでは、学年の男子のおよそ半数が、既に彼女の毒牙にかかっていた。

 男子を落としては侍らせ、彼女は好き放題に振る舞う。

 理事長の娘、紫崎姫華。

 普段なら、裏から手を回して適当にお仕置きするくらいで済ませるのだけど。

 紫崎姫華は千里を泣かせた。

 だからその報いは受けさせなければならないと、私は思うのだ。












 千里は私の幼馴染みだ。

 黄橋千里。可愛くて優しくて人気者の、自慢の幼馴染み。

 私が千里に出会ったのは幼稚舎の頃で、その頃から千里は可愛かった。

 諸々の事情につき少々……いやかなりスレていた私は幼稚舎の中でも浮いた存在だったが、彼女は物怖じせずに私に向かって言ったのだ。


『いっしょにあそぼ!』


 その天使の笑顔に、私は一瞬でやられてしまった。

 それがきっかけ。

 千里と仲良くなった私は彼女を守ると決めた。

 優しくて、だからこそ傷付きやすい彼女が壊れてしまわないように。

 ……ガキが何を言う、と笑いたければ笑えばいい。

 私はちゃんとそれを忠実に実行してきたのだから。

 もちろん、全ての悪意を排除した訳ではない。そんなことをしたら、千里は他人の痛みがわからなくなってしまう。

 だから、明確に害する気のある悪意だけ、千里に知られないように先回りして潰してきた。

 やろうと思えば揉み消せた分の悪意や揉め事に傷付く千里を見るのは辛かったが、苦しんでもうずくまっても涙を拭いて立ち上がる、そんな彼女が私は眩しくて仕方なかった。


 そんな私の大切な千里には、私より長い付き合いの幼馴染みがいる。

 名前は日向。紅嶋日向。

 彼も千里と同じようなタイプのひとで、私は千里と日向が一緒にいる空気がとても好きだった。

 あったかくて、優しくて、綺麗な。

 それだけじゃないけど、そんな空気が。

 ずっと二人を見てきた私は、だから二人が惹かれ合ったのには何の不思議もないと胸を張って言える。

 進展はひどくゆっくりだったけど、それはもう私含め周囲の友人たちがヤキモキするくらいゆっくりだったけど!

 この件に関しては一切手出しをしないと決めていた私は、中学二年でようやくくっついた二人に胸を撫で下ろしたものだった。まったく心臓に悪い。

 それでも、抱きしめたくなるくらい素敵な日常だった。

 こんな毎日が続けばいいと、捻くれ者の私が思うくらいには。

 だけどそれをぶち壊してくれたのが、紫崎姫華だったのだ。












 ところで私たちが通うこの学校は、わりといいとこの若様お嬢様が集まっていたりする。

 例に漏れず私もそうな訳で、父はとあるグループの会長だ。

 いや、だったというのが正しいか。

 中二と中三の間の冬休みに、兄と私を置いて二人で旅行に出かけた両親は、交通事故に巻き込まれて帰らぬひととなった。

 結果私は兄と共に会社の仕事に奔走する羽目になった。自分で言うのも何だが、私は結構優秀なのだ。それに輪をかけて優秀な兄はグループを継ぐことが昔から決まっていたし、それに異を唱える者もいなかった。

 つまり中学三年生の間はほとんど休学するより他はなく、それ故に私は止められなかった。

 紫崎姫華の愚行で、千里がボロボロに傷付くのを。

 何があったのか、詳しくは知らない。千里は頑として話してくれなかった。


『変わったことはなかった?』


 卒業式の三日前、ようやく学校に行けた私を笑顔で迎えてくれた千里は、あのね、と小さく答え。


『日向と別れました』


 これ以上ないくらい儚く笑ったのだ。

 当然私の脳の血管がぶちぶちっと切れたのは言うまでもない。

 気丈に振る舞う千里を甘やかしまくって泣かせ、宥めて家に送り届けた後、私はとりあえず日向をぶちのめすことに決めた。半殺しくらいにはしないと気がすまない。

 私の千里を泣かせた愚か者めが!!

 ……と息巻いた私を友人の一人が引き留め、簡単な説明をしてくれた。泣きながら。

 曰く。

 中三の半ば頃に転入してきた勘違い系の美少女が学年の男子を片っ端から誑し込み、日向もその標的になった。

 日向は千里一筋で髪一本たりと少女に靡かず、苛立った少女はあの手この手で日向を落とそうとした。

 千里はその犠牲になったのだと。

 つまり有り体に言うなら千里は苛められたのだと。

 ふふふと笑った私に涙目で縋り付き、彼女は言い募った。

 紫崎姫華は今世界に名を轟かせているグループの社長令嬢で理事長の娘で、権力と財力を振り翳してやりたい放題なのだと。

 逆らったら自分どころか家族にまで類が及びかねないくらい溺愛されていて、だから止められなかったのだと。

 ――ごめんなさい、ちぃちゃんを助けてあげて、と。

 どんなに怖かっただろう。紫崎姫華に脅されて、それでも彼女は千里のために私に事情を打ち明けてくれたのだ。

 そんな彼女に慕われる千里は、やっぱりすごい。


 会社に集まっていたひとたちが有能だったこともあり、その頃には兄の末恐ろしい才の下、会社はすっかり落ち着いて、社員からの信頼も無事勝ち得た私は兄の秘書のような役割をしていた。何より人もノリもいい社員のいるこの会社が、私は好きだ。

 ので、会社では基本的ににこにこしている私が珍しくブチ切れて帰ったのは会社中の衝撃だったらしく、代表して事情を聞き出した兄は、それはそれは綺麗に微笑んだ。


『どこの誰かなその無能は。ついでだから会社ごと潰してやろうか』


 兄の全面協力を取り付けた私は、とりあえずその社長とやらの調査を兄に任せ、日向を殴るのは後回しにして(でも殴る、絶対殴る)、会社の権力を濫用して紫崎姫華について調べ上げた。

 社員たちは快く手を貸してくれた。もちろん自分の仕事はきっちり終わらせて、だ。

 やっぱりこの会社はいい。

 次の日の夕方、お互いの調査結果を持ち寄ってわかったのは、二人がいかにろくでもない人物であるかだけだった。

 頭は悪い、授業態度も最悪、男とオシャレにしか興味がない、ひとを傷付けることを何とも思っていない。

 仕事はしない、金は湯水のごとく使う、公私混同は当たり前、意見を握り潰す、利権を横取りする……エトセトラ。


『どうしてこんなのがいるのに、グループはやっていけているのかしら』

『会長が余程優れた人物か、社長が余程世渡り上手か、だね』

『社員も優秀なのが揃ってそうね。この社長の下なんかにいたら引き抜きたいわ。人材の無駄よ』

『その話は置いておくとして、まぁ多分会長が苦労してるんだと思うよ』

『……会長と会える?』

『そう言うと思ったから、今調整中』

『さすが湊愛してる!!』


 とまぁそんな感じで大体の事情を把握して、卒業式の対面となった訳である。

 思っていた通りの見た目と反応に、失笑を押し殺すのに苦労した。

 かわいそうに。

 小物のクセに、よりによって私たち兄妹に喧嘩を売るなんて。

 罪には制裁を、悪には報復を。

 この歳で社員たちに認められた私たちが、ただ優秀であるだけな訳がないでしょう?

 ねぇ紫崎姫華。

 すぐに楽になんてしてあげないわ。

 真綿で首を絞めるようにゆっくりと、お前を破滅に追い込んであげる。

 父もろとも無様にはいつくばって命乞いでもするがいい。

 そうして誰ひとり助けてくれないことに気付いて、絶望するのよ。

 まずは手始めに、お前から男を奪ってみようかしらね?




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