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鳴動する邪手

黒い簡素な鎧。片手で扱えるショートソードを持った敵はトール、ココに向け駆けだす。

上段から振り降ろされる刃をトールは右、ココは左に躱す。分かれた二人の間から現れたリッヒは攻撃後の敵へ向け紡いでいた下位魔法を放つ。


「【水爆(オーデン)】」


リッヒが放ったのは放射型下位魔法【水爆(オーデン)】だった。リッヒの体内で精製された魔力を源とし、水の奔流が敵を一気に後方へ押しやる。

そこを狙うのはリッヒのさらに後方に位置するティナの一撃。

風を思わせる緑のフォルムをした弓が敵の右肩を打ち抜く。さらに、呻き声を上げる暇すら与えず、最初に攻撃を躱したトールとココの双方向からの攻撃が意識を刈り取った。

ガントレットを嵌めたトール、槍を携えたココが前衛を務め、中距離支援としてのリッヒにその後ろではティナが弓での遠距離攻撃を行う。急遽決まったポジションでの戦闘だったが、四人の連携はうまく機能いていた。


フレイを追うさなか、まるで予定されていたかのように敵が五人を迎え撃った。だが、その全てを五人は物ともせず迎撃する。


トール、リッヒ、ココ、ティナの四人組とローレンの二手に別れ敵の対処に当たっているのだが、

「そっちは終わったか?」

五人を一気に撃破したローレンが合流してくる。

「あぁ、終わった」

それに対しトール達は四人掛かりで一人。単純に考えてもローレンは五倍の働きをしている。改めてローレンとの実力差を思い知らされる。


もはや、ローレンが普通の学生で無い事は明らかだった。


「よし、では行くぞ」


それでも、今はそれが頼もしい。初めての実戦にも関わらず、トール達は全く緊張を感じていなかった。圧倒的なローレンの実力が背を押してくれているような気分だった。


五人は再びフレイの追跡を開始する。既に日は暮れ、町から明かりが消え始めている。



     ――――1――――



「んんっ」


フレイは暗闇の中で目を覚ました。まどろむ意識の中で何とか自分の状態を確認する。

顔に感じる違和感から目隠しされているようだ。さらには自分の体勢から察するに、椅子のような物に座らされ、手足は拘束されてしまっている。だが、呼吸は全く苦しくない。どうやら口は塞がれていないようだった。


「ちょっと! ここは何処なのよっ!」


フレイは全力で叫ぶ。声を出して助けが呼べる状況で無い事は容易く想像できるが、それでも叫ばずにはいられない。そうしなければ心が折れてしまいそうだった。


「ようやく目覚めましたか。少し強く打ちこみすぎたかと思って心配したんですよ」

「だれっ!?」


突然の返答にフレイの体が僅かに震える。やけに柔らかな声。それは気絶する瞬間に聞いた声そのものだった。


「アンタ、私を襲った奴ね。心配すんだったら解放しなさいよっ!」


無理矢理に体を動かす。腕や足に痛みが走るがそれでもフレイは暴れるのをやめない。


「やれやれ、これはお話以上のおてんばお嬢さんだ」


男は仕方がないといった風にフレイに近づく。何かが頬に触れる感覚に悪寒が走るが、次の瞬間にはフレイの視界を光が包み込んだ。

目隠しが外されていた。高い天井と開けた空間、フレイの前には小さな机が置かれている。


「さすがに手足の拘束は解けないですけど、目隠しなら問題ないでしょう。今はこれで我慢して下さい、お嬢様」


自らの目隠しを取った男に視線を向ける。青い胸当てと右腕全体を包む鎧。思っていたよりも小奇麗な姿だった。貼り付けられた頬笑みと相まって、とても誘拐犯とは思えない。


「アンタ……何者なの?」


フレイは戸惑う事無く質問をぶつける。男は少し困ったように顔をしかめるが、すぐに元の笑顔に戻る。


「さすがに誘拐犯に身分を尋ねるのはどうかと思いますよ、お嬢様」

丁寧すぎる話し方が逆に悪意を増長させているようでフレイは少し恐怖心を感じる。


「それに、わざわざ名乗るほどの大層な人間でもないですし、ほらっこれが証明ですよ」

誘拐犯は左の袖をめくり上げ腕を見せる。そこには入れ墨があった。剣と翼のマーク。

「これは、スカイウイングのマーク…だったかしら」

フレイはその入れ墨に見覚えがあった。確かスカイウイングは市内の小さなギルドだったはずだ。主に護衛や人探しをしていて、大きな仕事を行うときは大型ギルドの支援。その程度のギルドだったはずなのに。

「なんでスカイウイングが私の誘拐を?」

犯行動機を不可解に思いながらも、フレイは少しだけ安堵していた。

相手は小さなギルド。恐らく既にローレンはフレイの探索を行っている。そして戦闘になってもローレンならば難なく自分のことを救出できるだろう。


「まぁ、色々あるんですよ、お嬢様」


それでも男の笑みは消えない。恐ろしいくらいの余裕を持っている。


(ローレン、はやくっ!)


自らを救う騎士の事を考え、フレイはゆっくりと瞳を閉じた。


     ――――2――――




「ここか」


ローレン達はようやく歩みを止めた。

鼻をくすぐる潮の香り。ローレン達がフレイを追って辿り着いたのは昨日、ローレンが任務で訪れた港の倉庫だった。


「まさか、あの依頼までも布石か……」


ローレンの中でパズルのピースが組み合わされていく。昨日の依頼はあまりに唐突だった。だがそれは今日の為だと言えば容易く納得できる。

人を攫うという犯罪において対象の引き渡し場所は非常に重要になってくる。人目につかない事は勿論、痕跡が残っても困る。その点、この倉庫は完璧と言えた。

海上貿易に特化したルキウスの港は物資の流入が激しい。明日にはこの倉庫には新たな物資が運び込まれる。そうなれば引き渡しの痕跡など誰の目にも止まるはずもない。


「くそっ」


まるで敵の手のひらで踊らされているような気分だった。全ての準備が周到すぎる。


「ローレン、踏み込むか?」

「あぁ」


ローレンは言わなかったが計画していた予定を早めた。本来は倉庫の中の様子を窺ってから踏み込むのが基本なのだが、嫌な予感がする。もしかしたら既にフレイは移動してしまっているかもしれない。


「トール、リッヒ、ココ、ティナ。今まで以上に集中しろ。此処から先は何があるか分からない」

「すぐそこにフレイが居るんだろ。いまさら油断なんてするかよ」

「私も同じです。準備は出来ていますよ」

「さっさと行こうよ! なんか調子が良すぎてボクはウズウズしちゃってるよっ!」

「もう遅いですから、フレイちゃん寝ちゃってるかもしれないですねぇ」

頷く四人を見てから、ローレンは倉庫の扉に手を掛ける。焦る心を抑えながら扉を開けた。




     ――――3――――



金属の擦れる甲高い音をたてながら巨大な扉がスライドしていく。

ローレンの視界にはフレイ。その光景に安堵しつつ、一気に踏み込む。自身の最高速度でフレイに接近し、安全を確保する。


「くっ」


が、フレイの数歩手前でローレンは後方へ飛んだ。直後、何かがローレンの眼前を通り過ぎた。


「ローレンっ!!」

「なかなかの速さだね」


重なる二つの声はソプラノとアルト。

泣きそうな表情で叫ぶフレイの前に、青い胸当てと右腕を包む鎧を着けた男が立ちはだかる。


「誰だお前は!」


遅れて踏み入ったトールがとびかかりそうな勢いで口を開く。

「誘拐犯に名前を聞くのはどうかというのは、今日で二回目ですね」

トールの怒りの表情を涼しい顔で受け止め、誘拐犯はフレイの前に立ちはだかった。


「お前が何者だろうと関係ない。後ろの女を解放しろ。そうすれば命くらいは助けてやってもいい」

トールを制し、冷淡な口調でローレンが前にでる。

人質がある限り、ローレンであってもうかつに手出しは出来ないはずなのだが、ローレンは圧倒的な威圧感を放っていた。

その突き刺すような空気に仲間である四人でさえ恐怖を感じてしまう。


「怖いお子さんですね。ですが、やはりお嬢様のことが気になるようですね」

ローレンからの威圧感を全く感じていないように男の軽口は変わらない。

「このままお相手しても面白くなさそうですし」

すると、男は急にフレイとの距離を開けていく。

その行動にフレイを含めた全員が驚いていた。人質を利用してくると思っていたのだが、それに反し男はどんどんフレイから離れてく。


「誘拐までの手際は良かったのに、どうやら頭が足りてなかったようだなっ!」

フレイと十分な距離を置いたと判断した瞬間、ローレンは一気に斬りかかった。

その動きは稲妻のように速く、全員の視界からまるでローレンだけが消失したかのようだった。

それで終了。この事件は終わったかと思った。

しかし、するどい金属音が倉庫の中に響く。


「速いですね、そして無駄がない。確実に一撃で命を刈り取るつもりでしたね」

二度と聞こえないと思った軽口が依然として聞こえてくる。

ローレンの必殺の一撃は男の手甲によって受け止められていた。


「そんな…バカな」

トール達によって解放されたフレイが驚愕の声をだす。

「なんで!アンタはスカイウイングの人間なんでしょ!」

叫んだフレイの言葉に全員が驚いた。

「おいおい、それはマジかよフレイ。アイツがスカイウイングだってのか!?」

「そうだよフレりん!そんなわけないじゃん」

どうしてもフレイの言葉が信じられない。スカイウイングは戦闘向きのギルドじゃない。そこに所属している人間があの攻撃を容易く受け止められるはずがないのだ。


「まったく。ひどいですね皆さん。そんなにバカにしないでくださいよ」


ローレンの剣を払い、男は一旦距離を取る。


「お前が何者であろうと関係はない。お前を斬って帰るだけだ」

弾かれた剣を握り直しローレンは再び男に突進する。

今度は左下段から黒影剣を振り上げる。

金属音。今度も右腕の手甲によって弾かれる。しかし、今度はさらに追撃。弾かれた勢いを利用しその場で一回転し右側からの斬撃。それを男は後方に飛んで回避。さらに着地の前に【水爆(オーデン)】を放つ。それをローレンも同様に後方飛翔でかわす。


一瞬の攻防。フレイ達には何が起こったのかほとんど理解できないほどの早業だった。

「やはり、ローレン君はすごい…。ですが、やはり相手がスカイウイングだというのが信じられません…」

リッヒだけでなく他の者達も男の素性について疑問を感じていた。

「だけど、確かにアイツの腕にはスカイウイングの入れ墨があったのよ。私この目で見たもの」

フレイも信じられないが、あの入れ墨を見たのはゆるぎない事実だった。それゆえに余計に混乱してくる。


「今はアイツの正体なんてどうでもいいだろ!問題なのはローレンと互角ってとこだ」


トールの言葉に全員が我に帰る。確かにそうだった。現状最高戦力のローレンと対等と言う事はこの場の誰よりの強いということだ。


「とりあえず、ここで黙って見てなんていられねぇ!」


ローレンと相対する男を睨みつけ、トールが駆けだす。


「ローレン!援護するぜ!我が望みを火炎をもって叶えよ――――【炎核(ヴォルク)】」


走りながら放射型下位魔法【炎核(ヴォルク)】を放つ。圧縮された炎弾が男に襲いかかる。

だが、それを見向きもせず、男は右腕で握り潰す。

弾けた炎の欠片が男の周りを燃やす。それでも男にダメージは無い。揺れる炎の中で変わらず立ち尽くしている。


その時ドロリと男の左腕から皮膚が剥がれおちる。肌色ではなく青や灰色を含んだ色つきの肌。


「複製皮膚…」


ローレン達は昼間の商店街での事を思い出す。

医療目的で作られた複製皮膚が今ではアクセサリーの一部となっている。


剥がれおちたのはスカイウイングの入れ墨。その下、本来の皮膚にはまた別の入れ墨が描かれていた。

繋ぎ合わされた10の頭を持つ犬。その入れ墨を見つめ全員が凍りつく。


「十頭番犬…」


フレイのか細い声はまるで絶望を表しているようだった。


「これだから安物の複製皮膚は嫌なんですよ。熱にも衝撃にも弱くて戦闘には向いていない」


男は諦めたように左腕に残った皮膚を自ら剥がし捨てる。

そして同様に過剰な丁寧さで頭を下げ一礼。


「こんにちは。ギルド十頭番犬に所属しております、ミリオール・スクラと申します。覚えられなければ別に青の番犬と呼ばれておりますので、そちらでもかまいませんよ、お嬢様方」


     ――――4――――



ギルド十頭番犬。その名前は古くから存在していた。

元は王宮守護兵を追われた者達が自らの身分を皮肉りつけた名前だった。その名の通り10人の魔導師が頂点となり、それぞれが他のギルドと同規模の部隊を所有していると言われている。

ローレン達の目の前にいるのはまさにその10人のうちの一人だった。

それぞれ色を与えられた10人の番犬達は至高の七人には及ばないとしても、超越者と呼ぶにふさわしい実力を持っている。


「青の番犬、ミリオール・スクラ。聞いたことがある、最近加わった新進気鋭の術師だとな」

「そんな大層なものでは無いですよ。十頭番犬の高名に泥を塗らないように毎日必死なのですから」


本当の姿を露わにしてからミリオールの口元には獰猛な獣の笑みが浮かんでいた。それに合わせ、これまでと違い青い右腕を前に出し前傾の体勢になる。


「私はまだまだ」

声を残し、消失

「若輩ものですから」

声はローレンの目の前で聞こえた。

一瞬で距離を詰めたミリオールの右腕がローレンの腹部に突き刺さる。ローレンが苦悶の声を上げるよりも早くミリオールの【水爆(オーデン)】が発動。近距離での一撃にローレンの体が大きく吹き飛ぶ。

「がああぁぁ」

そこでようやく息が漏れる。さらに、吹き飛んだ先には移動したミリオールが脚を大きく振り上げて持ちうける。振り降ろされた追撃にローレンは何とかアステリオスを合わせ剣の腹で受ける。殺しきれなかった衝撃がローレンを地面にたたきつける。

「【降り注ぐ水爆(クオール・オーデン)】」

無情な声。連射型下位魔法【降り注ぐ水爆(クオール・オーデン)】の瀑布のような攻撃がローレンを襲う。

水弾の連撃が倒れるローレンを地面にめり込ませていく。


「やめてっ!」


唖然としていたフレイがようやく口を開く。

ミリオールは地面に伏すローレンから視線を外し、フレイ達の方に向き直る。


「いやはや、私としたことが少し熱くなってしまいましたよ」


乱れた髪を整えながら幽鬼のようにゆっくりとフレイ達に歩み寄っていく。

「まて…」

その歩みが止まる。ミリオールの脚を倒れたローレンが掴んでいた。


「お前達!逃げろっ!」


フレイ達に向けてローレンが叫ぶ。体はボロボロ、美しい顔も鮮血に染まっていた。


「ローレンッ!」

「帰れぇっ!」


倒れこむローレンに駆け寄ろうとしたトールの声をかき消すようにローレンの声が重なる。声を荒げているがそこに怒りは感じられない。

「お前らは此処までだ。フレイを連れて逃げろ。必ず逃げるまでの時間は稼いでみせる」

「ふざけんなよ。お前を置いてなんていける訳無いだろ」

リッヒも、ココも、ティナもトールの言葉に頷いていた。相変わらず、瞳に映るのは恐怖の色。それでも四人は一歩も下がらない。もしローレンを置いて逃げたとすればローレンの命がどうなるかは火を見るよりも明らかだった。


「少し、うるさいですね」


掴まれていない脚でミリオールがローレンの顔面を蹴り飛ばす。その表情には初めて見る苛立ちが感じられた。

それでもローレンは立ち上がり、ミリオールと向かい合う。

ローレンは胸の内にある初めての感情に気付く。戦いとは常に一人だった

。誰かを助けても助けられることなど無かった。だが、今は違っていた。友の為に戦い、友と共に戦う。

五人の顔を見ているとほんの少しだけ、そんな戦いも良いと思った。


「美しい友情でですが、そろそろこちらも時間が無いのですよ」


ミリオールの言葉に全員が緊張を高める。

「主に願い、我が望みを駆け巡る濁流をもって叶えよ」


ミリオールの言葉に合わせ、倉庫の中に四本の水柱が具現する。

圧倒的な魔力。それでも今なら平気だと思える。後ろにいる四人を守り、捉えられた一人を救う。

魔法が発動される前にローレンは駆けだした。


「【貫く水銃(オルラ・オーデン)】」


ミリオールの言葉で四本の水柱はまるで意志を持つかの様にうねり、地を削り取りながら迫る。それでもローレンは歩みを止めはしない。


走りながら、バカにするようなウーウルクの声を思い出す。


『本当の友人ってやつにはなんでも話すもんだ。お前の過去や、その腕の事もな』

言われた時は何も答えなかった。その言葉に今答えを出す。


(あぁ、後ろにいるのは本当の友人だ。だからっ!)


ローレンは迫る水爆に左手をぶつける。



瞬間。水柱が霧散した。



時が止まったようにも思えた。あるのは静寂と、明滅するローレンの左腕。いや、正確には左腕ではなく、左腕に刻まれた赤黒い模様。幾重にも走る線で描かれた奇妙な意匠。


「名乗るのが遅れたな。俺はローレン・リトハルト。ギルド《黄昏の空》の第十位だ」




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