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美貌の転校生

教室には三十人程の生徒が散在していた。六十を超える瞳が教室に入ってきた担任教師であるノイに向けられる。


「全員席につけー」


ノイのやる気の無い声で全員が自分の席に向かう。その中にはフレイ、そして朝、ローレンが職員室までの道を聞いた二人組までもがいた。


「センセー、また寝ぐせが付いてんぞー」「その眼鏡もダサいからコンタクトにしなって言ったのに」

「うるさいうるさい。なんでお前らにそんな事言われなきゃいけないんだ」


生徒たちから担任へ向けてやじが飛び、ノイはすぐにそれを制す。


「今日は転校生がいるんだ。俺の表面を傷つけるのはもうやめてくれ」


ノイの放った『転校生』という言葉に生徒達の目の色が一気に変わる。席の近い者と会話を始め、周りの教室と違い活気があふれだす。


「ほら、今呼ぶから拍手で迎えろよ」


ノイがドアに戻り、ローレンを招き入れる。それに合わせてクラスから拍手が巻き起こった。

ローレンは俯きながら教室へと入っていく。拍手が徐々に収まってきたところで顔を上げ、クラスを眺めた。ローレンを見たクラスは、


「「「「「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」」」」

「「「「「きゃあああぁぁぁぁぁ!!!」」」」」


叫び吠え歓喜した。

嵐のような金切り声がクラスを超え学園全体まで響き渡る。射殺すような熱い視線がローレンへと突き刺さった。そのクラスの騒ぎっぷりにローレンは顔を引きつらせてしまう。


「ローレン君、それでは自己紹介を」


少し動揺した様子のローレンを捻くれた笑顔で見つめるノイが進行しようとするがクラスの熱気は全く冷めやらない。諦めてローレンはクラスの鎮静化を待たず、その状態のまま自己紹介を始める。


「ローレン・リトハルト、男です。性別は男。生まれた時は男性児で生物学上は男性です」


名前と性別しか分からないローレンの自己紹介が進んでいくにつれ、男子の活気は下降していき、女子は恍惚の表情になっていく。中には男だという情報を聞いてもなお頬を染めている危ない男子生徒も数人確認できる。大理石のように艶やかな白い肌と、美の化身の如き端正な顔立ちを少女達は喰い入るように見つめる。

ローレンがクラスを眺めていると一人の女生徒と目が合う。全ての視線がローレンに注がれているので単にローレンが視線を合わしただけなのだが。

相手は一番後ろの座席に鎮座していたフレイだった。だが、ローレンが自分を見ているのに気づくとプイと顔を背けてしまう。どうやらまだ今朝のやり取りからフレイの怒りは完全に収まったわけではないようだ。


「ローレン君、君の席は一番後ろだ。フレイさんの隣だね」

「はい」


ノイは含みのある笑顔をローレンに向ける。ローレンがここにいる理由を考えればフレイの隣は何かと都合がいい。クラス中から向けられるローレンを追尾する視線を無視しながら指示された席へと向かう。


「朝以来だな、フレイ」


座席に付く前に一応周りに聞こえないようにフレイに声を掛けておいた。怒りをかったままの状態はローレンにとっても遣りづらい。自分の右に座ったローレンを見ながらフレイは軽く首をかしげる。


「あら、貴方と御会いするのは今日初めてだと思いましたけど、まさか何かのアプローチですか? だとしたら私照れてしまいますわ」


恥じらう乙女のような身振りをしながらフレイの口からは丁寧すぎる言葉がすらすらと零れてくる。

その違和感丸出しの口調にローレンは一瞬めまいを覚える。


「なんだそれは。変な話し方をするな、気持ち悪いぞ」


昨日からのフレイとの違いにローレンは顔をしかめる。だが、あくまでもフレイはこの態度を貫くらしい。一瞬眉間に皺が寄ったがすぐに立て直す。


「私は普段からこうですよローレン様」


攻めるローレンと守るフレイ。二人の戦いは何処まで行っても平行線だが、二人の拮抗にしびれを切らしたノイが割り込む。


「後ろの二人、静かにしろよ。転校生とは休み時間に好きなだけ話せ」


クラス中の視線に気付き、ローレンはとりあえずこの時間での問題解決を諦めて大人しくノイの言葉に従った。左のフレイが少し勝ち誇った表情をしたのが少し気に入らなかったが。




     ――――1――――




「よしっ、報告事項はこんなとこだな。一時限目は体術実習だから二人組に……っと、ローレンが入ったから三人組に分かれてくれ、場所は第二修練場だから。それじゃこれで朝のホームルームは終了」


ノイの終了の号令を合図にクラスのほとんどの生徒が一斉に席を立ち、クラスの後方へと駆けだした。標的は勿論今日一番の注目人物、ローレンだった。

出身地や血液型、家族構成やら好きな食べ物などパーソナルな質問が矢継ぎ早にローレンに繰り出される。その全てに当たり障りのない答えをしておく。それでも生徒たちの興味は尽きない。状況を何とか打開すべく、今度はローレンから言葉を発した。


「すまない、みんな。少しレンベルクさんに用事があるんだ。もういいかな?」


言葉遣いに注意しながらだったので少し声が上ずってしまったが、なかなか効果的な言葉だった。とりあえずの用事を言っておけばこの場は逃れられる。生徒達は物足りなさそうな顔をしながらもローレンの席から離れていった。

やっと質問の束縛から逃れたローレンは窓際で女生徒と談笑しているフレイの下へと向かった。


「おい、さっきの続きだ」


ぶっきらぼうに声を掛けるとフレイではなく会話相手の二人が声を掛けてきた。


「よっ! これはこれは転校生君じゃないか。君はフレりんの知り合いなのかい?」

「あらー? 貴方様は転校生君というお名前なのですか? 先ほどはローレンと仰っていた気がするのですが、どちらが本当のお名前なのでしょう?」


ぐいぐいと詰め寄ってくる桃色の髪をした子供と突如考え込んでしまった金髪の女生徒。フレイの友達らしい二人はとても特徴的だった。

桃色の髪の生徒はかなり幼い、幼すぎると言ってもいい。容姿から判断すると、どう高く見積もっても十歳ほどにしか見えない。反対に金髪の生徒の方はとても大人びている。やたらと目を引く胸元とすらりと伸びた脚線美は彼女が十七歳の学生である事を忘れさせる。


「ココ、その呼び方はやめなさいって言ってるでしょ。それにティナ、コイツの名前はローレン・リトハルトよ、転校生ってのは別に名前じゃないわ」


ローレンが二人への対応に困っていたところでフレイが助け船を出す。フレイの言葉に反応した二人はローレンから離れてフレイの横に並ぶ。

フレイは先程とは違い砕けた話し方に戻っていた。


「突然すまないねロレっち。ボクはココ・ハンっていうんだ。フレりんの友達だよ」


ココ・ハンと名乗る少女は桃色の髪を少し整えてからローレンへ挨拶した。ローレンはいつの間に自分の名前がロレっちになったのか疑問だったが、とりあえず質問しないでおいた。苦笑い交じりの挨拶を返しておく。ココが挨拶を終えるとティナと呼ばれた少女が一歩前に出た。


「はじめまして、私はティナ・メッセザールと申します。私もフレイちゃんの友達です。あららら、ココちゃんも私の友達ですよ」


ティナの口調はとてもゆったりとしたものだった。容姿は非常に大人びているが、マイペースな性格らしい。こちらにもローレンは挨拶を返す。


「ででで、最初の質問なんだけど、ロレっちはフレりんの知り合いなのかい?」


ひとしきり挨拶が済んだところでココが再びローレンに詰め寄る。見上げる瞳が煌々と輝いていた。


「知り合いと言えば、知り合いですね。ここ数日の付き合いですが」


ローレンの返答を聞いた瞬間、フレイがココを押しのけローレンに詰め寄る。


「アンタ、その吐き気を催すような話し方止めなさいよ。いつも通りの品性の欠片もない口調でいいじゃない」


ホームルームの時の反撃がローレンを襲う。丁寧な言葉遣いは不本意だが、任務上用いることもある。それでもフレイの言った通りローレンは自分でも自分の口調が不自然だと思ってしまう。


「わかった、わかった。これで満足だろ、お前もその話し方で固定しておけ。お似合いだからな」

「あら、それは褒めてるのかしら? 言葉が下品で理解できなかったわ」


お互いの本性を現した途端、バチバチと火花を散らす二人。その様子を、ココとティナは笑いながら眺めていた。


「で、アンタこんなとこで話してていいわけ? さっきのノイ先生の話聞いてたでしょ? 次の授業は三人組で受けるんだから、早く組んだ方がいいわよ。転校生君」


最後の部分をやけに強調する。ローレンが辺りを見るとほとんどの者はチームを組み終わってしまっている。考えてみればローレンがしっかりと話せるのはフレイくらいなものだ。

だが、

「ココ、ティナ、そろそろ修練所行きましょ。誰かと違って私達は三人組だし」

一ミリの慈愛すら見せることなく、フレイは朝に引き続きローレンを置き去りにする。


「じゃ、がんばってねー」

「人数は丁度のはずですから、きっと大丈夫ですよ」


ローレンへの励ましを残して、ココとティナはフレイの小走りでフレイの後を追った。



     ――――2――――


残されたローレンはチームを組むべく、もう一度クラスを見渡す。状況は刻一刻と悪化している。どんどんチームは組まれていき、教室を後にしている者もいる。


「ローレンさん」


急いでメンバーを探そうとしたところで声を掛けられる。聞き覚えのある声。ローレンが振り返るとそこには、朝に道を聞いた二人組が立っていた


「君達は、朝の……」

「ええ、まさか同じクラスになるとは思っていませんでしたよ。私はリッヒ・アークレイン、こっちはトール・コルニです。改めてよろしくお願いします」


ネクタイを緩め、シャツを大きく開けたトールは手を後頭部で組んだままで、リッヒが二人分の自己紹介してそっとローレンの前に右手を差し出す。ローレンはその手を取り、二人は握手を交わした。


「おいリッヒ、もう挨拶は終わったか? だったら行こーぜ。もうクラスの奴ら行っちまってるし」


リッヒの後ろで二人のやり取りを見ていたトールは握手が終わったのを見計らい口を開いた。トールが言うように、ローレンとリッヒが挨拶を交わしているうちにクラスには三人しか残っていなかった。


「ローレンだったか、お前もメンバー足りてないんだろ? だったらこのまま俺ら三人でチームを組んでもかまわねぇだろ」

「あぁ……」


ぐいぐい話を進めていくトールに圧倒されるローレン。だが、トールの申し出を断る理由も特に無い。むしろ話した事がある分、気は楽だった。


「トール、そんな勝手に……」

「いいんだってリッヒ、ローレンもオーケイしてんだ」

「トール君の言うとおり大丈夫だよ、リッヒ君。俺もメンバーを探してたし」


ローレンが二人の名を呼んだ時、トールの口がにやりと歪む。


「ローレン、さっきのレンベルクとの会話聞いてたぜ。俺らとも砕けて話せよ」


どうやらフレイとのやり取りを聞かれていたらしい。ローレンはなるべく学生の自分と普段の自分を切り離そうとしていたが、聞かれてしまったならば隠すわけにもいかない。観念してローレンは苦手な言葉遣いをやめた。


「わかった、トールにリッヒ。よろしく頼む」

「はっ! ずいぶん違うじゃねえか。まぁ、俺としてはこっちの方が話しやすいし気楽だぜ」

「なんだか今ようやく知り合った気がしますよ。ローレン君こちらこそよろしくお願いします」


やっと互いを知った三人は軽く会話を交わしながら修練場へ向かった。






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