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始まる新生活

レンベルク家はルキウス国内でも有数の名家であり、人々からの認知度も高い。初代当主は魔法学の権威で、その業績から王直々に爵位を与えられた。『戦闘魔法中断による魔力消費の縮小』という最近話題の論文もレンベルク家の研究チームが発表したらしい。


「そんな奴の家で何故俺は目を覚ましているんだ」


ローレンはやたらと高い天井を見上げながらふとそんな事を考えた。

三人は寝られそうな豪奢なベットを抜け出し、部屋を見渡す。こんなベットが置けるくらいなのだから、部屋そのものもこれまた広い。昨日の買い物の後、フレイの護衛も兼ねてレンベルク家に泊めて貰うことになったのだが、一日経ってもこの広さには慣れなかった。

見れば、クローゼットには新品の服が掛けられている。白を中心とした作りで、袖や襟元には赤と金の糸で端正な刺繍が施されている。アスレア王立魔法学園の制服、昨日フレイに無理やり連れて行かれた買い物で真っ先に買った物だった。


「こんな着るのに気を使う服は初めてだ……」


昨日は制服とは思えない程の値段にかなり驚かされた。それでも着ない訳にはいかず、愚痴をこぼしながら上着を脱ぎ、新品のワイシャツを手に取った。

そこで後ろからガチャリという音。


「ローレン、いつまで寝てるの? 今日から学校なんだから早く……」


ドアを開けたのは栗色の髪を肩で切り揃えた可愛らしい少女、フレイ。フレイはアスレア学園の制服を着ている。男子と女子の制服の作りは似ていて、違うのはズボンかスカートかというだけだった。フレイはなぜだかドアを開けたまま大きな瞳をパチパチと瞬かせている。


「いきなり入るな。上だったからよかったものの、下だったら捕まるぞ」


ローレンは溜息を一つ、ついてから意識をフレイから制服へと戻す。フレイの行動をなんとも思ってないようだった。

しかし、対照的にフレイの方はどんどん顔を赤くしていく。数秒したところでようやく、


「上でも問題だあぁぁー!」

ローレンへ右ストレートを放った。

しかし、フレイ渾身のストレートはあっさりとローレンに受け止められてしまう。


「大体、普通着替える時は部屋のカギを閉めなさいよ。それともなに!?可愛い女の子に裸を見せて悦に入ったりする性癖なわけ?」

掴まれた右拳はそのままに左腕を振りかぶり、今度は一転えぐりこむようにローレンの左わき腹を狙う。

「勝手に入ったお前が悪い。どう考えても見られた俺の方が被害者だ」


追撃の拳を払い、数歩下がって距離を取ると、ローレンは真っ白のワイシャツへと肩を通す。一度フレイを部屋の外に出し、ズボンを履き上着を着てから改めてフレイを部屋に招き入れた。

そのころにはフレイの怒りも大分収まっていた。

最初のやり取りもそうだが、部屋での二人の会話も昨日に比べ非常に打ち解けたものになってた。フレイはもう猫を被ってはおらず、ローレンも砕けた言葉遣いになっていた。


「でもまぁ、似合ってるじゃない。アンタは顔がいいから心配はしてなかったけど」

フレイが腕を組みながらローレンの制服姿を上から下へと眺める。フレイの言葉通り、ローレンの制服姿はなかなかのものだった。

巨匠の彫った彫刻のように整った目鼻立ち、雄々しさを称える鋭い瞳、そして艶のある漆黒の髪は純白の制服とよくマッチしていた。


「それにしても……」


上下を往復していたフレイの視点が、一点に定まる。見つめるのはローレンの左腕。


「さっき、なんかアンタの左腕のに変な模様みたいのが見えたんだけど……、あれ何?」


また少し頬を赤くしながらローレンの左腕を見つめる。部屋に入った時、ローレンは上着を着ていなかったため、偶然見えた左腕。確かにそこには手首から肘の少し上まで赤黒い線が幾重にも走り、奇妙な紋様を描いていた。ように見えた。


「なんでもない。気にするな」


フレイの視線から逃れるようにローレンは左腕を後ろに隠す。その声は少しだけ普段より真剣な声だった。まるで会話を意図的に終わらそうとするかのように。


「そう、ならいいわ。怪我かと思っただけだから」


本音を言えば怪我だとは思っていなかったが、今のローレンの返答を聞いて、それでもなお踏み込もうとするほどフレイは無神経ではなかった。

空気が暗くなる前にフレイが話題を変える。

「それじゃあそろそろ行くわよ。少し早く学園に行った方がいいでしょ? 寮生活なんだから部屋の準備とかしないといけないだろうし」

「あぁ、そうだな」

ローレンもその意志を感じたように素直に答えた。


フレイに次いでローレンも借りていた部屋を後にする。昨日買った荷物はすでに学生寮に運んで貰っているのでほとんど手ぶらだった。朝食は軽く済ませ、二人は学園へと向かった。



     ――――1――――



レンベルク家の屋敷を後にし、町を歩く二人。時刻は午前七時。町はそろそろ活動を開始し、商店が次々と店を開いていた。

見たことのない町並みにローレンはあたりを見渡していた。


「そういえば、ローレン」

「なんだ?」


前を向いていたフレイの首が右隣を歩くローレンに向けられる。


「昨日、パパと一緒にいたウーウルクさんってホントにあなたの師匠なの?」


フレイは昨日の《黄昏の空》での会話を思い出す。

屈強な体に動きやすそうな鎧を纏った赤い髪の男性。雑に伸びた無精ひげが気になるが、その姿はまるでおとぎ話に出てくる勇者のようだった。


「あぁ。もう十年以上アイツの弟子をやっているな。《黄昏の空》へもアイツの紹介で入ったようなものだ」

「でもでも、《黄昏の空》でウーウルクって言ったら至高の七人(ハイエンド)の一人じゃない!」


ローレンの返答に一気にフレイのテンションが上昇する。フレイだけではない。通りの人達もフレイから

至高の七人(ハイエンド)という言葉が出た時に興味を示していた。

世界最高峰のギルド《黄昏の空》は少数先鋭として知られている。だが有名なギルドは普通、実力者から新米まで多くの人員を保有し、様々な依頼に対応する。

圧倒的に人数の少ない《黄昏の空》がそれでも世界最高峰と謳われる所以、それこそが今フレイが口にした至高の七人(ハイエンド)だった。

世界中から集められた最強の七人。一人で数千の騎士団を圧倒し、七人全員が揃えば一国すら落とせると言われる最強の魔道師達。この七人をもって《黄昏の空》は数多のギルドの頂点に君臨していた。

王宮守護兵が人々の『憧れ』ならば至高の七人(ハイエンド)は人々の『理想』だった。


「突然大声を上げるな。確かにアイツは至高の七人(ハイエンド)の一角、『千剣の担い手』なんてたいそうな呼ばれかたいるが、世間はアイツ等の事を美化しすぎている」

ローレンはギルドの他の人間の事を思い出して苦い顔をする。

「美化なんてしてないわよ。するまでもなくあの七人は偉大だもの」

それを気にせずフレイは人々の希望に思いをはせる。

「それが美化してるというんだ。ウーウルクは勿論だが、『矛盾する真理』なんて変人の類いだ」


嫌なものを思い出したかのようにローレンはそう吐き捨てる。フレイはまだ質問があるようだったが、そこで時間切れ。二人の前にはアスレア魔法学院の門が見えていた。


「質問はまた今度にしろ。ここからは一応は任務だからな」


門をくぐり抜け、二人は教室ではなく学生の生活の基盤となる学生寮へと足を向ける。

アスレア魔法学園は全寮制で十七歳から三年間通うこととなる。そのため学生寮の設備は非常に充実しており、個室は勿論のことバスルームから様々な家具まで取り揃えてある。一年の第一寮、二年の第二寮、そして三年の第三寮となり各十階建てとなり一つの階には十二の部屋が備え付けられている。

その中で、ローレンの部屋は三階の角部屋だった。そのため隣人と呼べるのは一人だけ、そしてそれはローレンの護衛対象であるフレイだった。


「当然だな。護衛対象と階単位で離されたら困る」


ローレンは部屋に荷物を入れ、フレイは自室に置いてある教科書類をバックに詰め、二人は廊下で再び合流した。ローレンは与えられた部屋に満足している様子だった。


「だからって、変なことしないでよ」


部屋の鍵を閉めながら、フレイがローレンに釘をさしておく。


「安心しろ。お前の貧相な胸と犯罪歴ではとても釣り合わん」

「ちょっ……なっ」


慌てて腕を前でクロスさせ胸を隠すフレイ。ローレンの指差した先にあるフレイの胸はお世辞にも発育がいいとは言い難い。平均値があるのかは知らないが、あれば恐らく下回る。そんなところだった。そしてそのことはフレイにとってタブーとも言える話題。


「アンタ……覚悟は出来てんでしょうね……」

「だから犯罪を犯す価値は無いと言ってるだろうが」

「これ以上私の胸をいじめるなっ!」


鋭いローキックがローレンの太腿を襲うがその蹴りをローレンは後ろに下がって回避する。ローキックが当たらなかった事でフレイの怒りの炎はさらに燃え上がる。


「私は先に行くわ! アンタは一人で職員室を探して一人で教室に来ればいいんだわ!」

「いや、その場合教室へは教師と二人で行くことになると思うが……」

「うるさーい!」


最後に一言怒鳴ってから、フレイは本当に一人で行ってしまった。取り残されたローレンはとりあえず職員室へ向かうことにした。



     ――――2――――



(耐えろ俺……耐えろ耐えろ耐えろ)


寮を出てすぐにローレンは学園生活の困難に襲われていた。


「おい、あの美人は誰だ?」「知らねぇよ。だが、あれほどの美人を知らないというのも不自然だ……」「そりゃそうだな。それにしてもあの美人さんは何故男子の制服を着ているのだ?」「俺は賛成だぞ。美人が男装。俺の中のナニカが唸りをあげてるぜぇえええ!!」


ローレンと同じく寮から教室へと向かう学生の全てが見知らぬ美人を見つめている。コソコソと話す者や急いで友達を呼びに行く者、既に壊れそうな者とそれぞれの反応は多彩だったが、ローレンにとっては全てが煩わしい。職業柄、他人の関心を集めすぎるのにはどうしても嫌悪感を感じてしまう。

急いで職員室へと向かいたいが、ここは今日初めて訪れた場所であり何処に行けばいいのかもわからない。


「しょうがないか。誰かに聞くか……」


教室に着くまでなるべく生徒と会話をせずにいたかったが、背に腹は代えられない。ローレンは辺りを見渡し、あまり自分に関心を持っていなさそうな生徒を探す。

目に付いたのは先を進む男子生徒二人組。右の方はシャツをズボンから出した短髪の生徒、左の生徒は対照的にきちんと制服を着た青い髪の生徒だった。二人とも周りの生徒の騒ぎに対しては関心を示してはいるが、ローレンという話題の中心自体に興味があるわけではないようだった。


「すまない、そこの二人っ」


道行く生徒を掻き分け、二人に追いつく。ローレンが声を掛けたところで二人とも同時に振り返った。


「なんだー?」


答えたのは短髪の生徒だった。まだ完全に目が覚めていないようで瞼が今にも落ちそうだった。ローレンの呼び止めに答えはしたものの、どうも会話をするには心許ない状態だった。

そんな少年と入れ替わるように青い髪の生徒が対応をする。


「見たことの無い方ですが、僕達に御用ですか?」

打って変ってこちらの対応は非常に丁寧だった。

「あぁ、すまないな。今日からここに編入するんだが、職員室の場所が分からないんだ。教えてくれないか?」

「勿論構いませんよ。ここに編入されるのでしたら僕達の学友ということに成るわけですし」


嫌な顔一つせず、青い髪の生徒はローレンに現在地から職員室への道を事細かく教える。その説明はとてもわかりやすく、これならばとローレンはお礼を言って急いで職員室へと向かった。

残された二人はローレンの背中が見えなくなったところで会話を再開した。


「ウチに編入なんて珍しいなそれも六月のこんな時期に。もし強いなら戦ってみてぇな」

「何を言ってるんですかトール、今の人は女性ですよ。あんな美人に乱暴は許せませんね」

「関係ねぇーよリッヒ。強けりゃ戦わずにはいられないんだよ」


ここでもまたローレンは女性だと思われていた。



     ――――3――――



「職員室は……ここか」


教えて貰った道筋は完璧だった。ローレンは迷うことなく一直線に職員室へと辿り着いた。

走った事で息が上がっていたわけではないが、少し緊張していたのだろうか、二度ほど深呼吸をしてから職員室の扉を開けた。


「失礼します。本日よりここに編入することことになったローレン・リトハルトです」


ウーウルクの話では学園長には任務の話がいっているが、その他の生徒及び職員には編入という体制を取っているらしいのでその通り振る舞う。社会生活を送っていく上で優等生として振る舞っておくことにデメリットはない。

職員室は三十程の机が並べられ、教職員が忙しなく働いてた。ローレンに気づいたのは若い女性の教師だった。


「あっ……貴方がローレン君ね。あそこに座ってるオルドン先生が、あなっ…貴方の担任よ」

「オルドン?」


教師は顔を赤らめながら窓際に座る教師を指差す。なぜだか少し息が荒い。

オルドンという教師は寝ぐせを付けた眼鏡の男性だった。

(オルドンだと? まさかとは思うが……)

寝ているか起きているかイマイチ掴めない教師の下へ向かうローレン。その表情は少し怪訝だった。

すれ違う教師を避けながらオルドンという教師まであと数歩と言うところで、

「よう、ローレン。俺が君の担任だぞー」

いきなりオルドンはローレンの方へと顔を向けた。向き合う二人に初対面同士の空気はない。むしろ旧知の間柄のようだった。

「やはり貴様かノイ。これは一体何の冗談だ?」

現れた担任教師に対しローレンの口調に緊張はない。

「おいおい、ここじゃ俺は優しいノイ先生でお前は従順な生徒ローレン・リトハルト君だろ」

「お前がギルド以外でも仕事をしているのは知っていたが、まさかこの学園の教師とは……」

「結構人気教師なんだぞ。ちなみに、俺が《黄昏の空》の第八位だってのは秘密だから」


とびっきりの笑顔をかますノイ・オルドン。そんな自分の教師にローレンは頭を抱える。ノイはローレンと同じ《黄昏の空》の第八位。共に任務をこなした事もあるが、そんな男がまさか自分の教師になるなど夢にも思ったことはなかった。ギルド内でも比較的に話しやすい部類に部類に入るが教師と生徒という関係になるとどうしても違和感を感じてしまう。


「お前も秘密にしといた方がいいぞ。その左腕も含めてな」

ローレンの左腕を指差し、含んだ口調のノイ。

「分かってる。それにしても、お前がいるなら俺が学生になる理由なんてなかったんじゃないのか?」

確かにローレンの言うとおりだった。元はと言えばフレイの学園での護衛を兼ねてローレンはこの学校に入学させられたはずだった。しかし、ノイがここで教師をしているとなると話は変わってくる。

「そこはまぁ……ウーウルクさんがお前を学園に入れたかったからだろ。あの人、お前が嫌がる事をするのが趣味だから」

ノイの返答にローレンは悔しいが納得してしまっていた。確かに自分の師匠はそういう人間だったのだ。

「なんて趣味してやがるあの野郎……」

せめてもの憂さ晴らしに頭のなかでウーウルクを三回ほど殺しておいた。


「まぁお前が嫌がるのも分かるだろうが、ギルドの人間が内部にいた方が便利な事もあるだろ。さっきの趣味ってのは冗談だとしても、ウーウルクさんがお前を学園に入れたかったのはホントだよ。あの人は結構お前の事大事に思ってるから」

「あんなにゴツイ男に大事に思われても虫唾が走るだけだ」


職員室を出ようとするノイにローレンは数歩後ろから着いていく。時刻は八時二十分。後十分ほどで朝のホームルームが始まるため、周りの教師も準備を始めていた。


教室までの道は活気に満ちていた。クラスの友人と語らったり、これから始まる授業の準備をしたりと行動は様々だったが、皆が学生生活を楽しみ共に多くを学んでいく。

それはありふれた日常であり、誰もが通る時間。青春といわれる輝く時間。そして、ローレン・リトハルトが体験した事の無い時間。


とめどなく動いていたノイの足が一つの教室の前で止まる。


「一学年Bクラス。ここが俺の受け持つクラスであり……、これからお前のクラスとなる場所だ」


ノイの受け持つBクラスも他の教室と同じく笑い声に溢れていた。周りのクラスが一つずつ静かになっていく。ホームルームが始まったらしい。


「さっき言った事に一つ付け足す。俺もお前には学園に入って欲しかった」


ノイは真剣さと同時に少し憐れむような眼をしていた。だが、それをローレンが見ることはなかった。ローレンの視線はクラスの扉で止まっていた。


「行くぞ。お前の学園生活はこっからスタートだ」


言って、ノイはクラスの扉を開けた。

それを見て、ローレンはゆっくりと瞳を閉じる。誰にも聞こえない声で、


「これは……任務だ」


自らに楔を打った。

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