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押しつけられる平凡

ノルディーシャ大陸には五つの国が存在する。

互いに互いを補い合い、ここ数百年争いが起きた事など一度もない。

それでもやはり全ての国に軍というものは存在する。国を代表する魔道軍、その中でも王の守護を主な仕事とする王宮守護部隊は国の最強の者達が集まる部隊として多くの子供たちが所属する事を夢見る。

その王宮守護部隊と双璧をなす子供達の夢が、ルキウス王国に本部を置く世界最高峰のギルド《黄昏の空》に入る事だった。


そんな子供達の夢の場所に、漆黒の髪と神聖さすら感じる美しさを持つ少年、ローレン・リトハルトと栗色の髪に少し幼さの残った愛らしさを備えた少女、フレイ・レンベルクは居た。


二人がいるのは代表執務室と呼ばれる大きな部屋だった。

巨大な部屋の中央に立つ二人は全く別の反応をしていた。

部外者であるフレイはあまりに突然の事態にせわしなく辺りを見渡している。対してローレンは嫌そうにその美貌を歪ませていた。


「おい、ギルド代表様。もう依頼は終わりだろ。なんでまだ俺がこの小娘のお守りをしなきゃいけないんだ」


明らかに敬意の感じられない口調でローレンは二人の前のデスクに座る緑の髪をした男性に声を掛ける。話しかけられた男はローレンの無礼な言葉にも張り付けたような笑顔を崩さないでいた。

『小娘』という発言にフレイは少しムッとするが、一応言葉を飲み込んだ。


「少し待ちなさい、ローレン。もうすぐ依頼主とウーウルクが来るから。それに小娘はいけないよ、フレイ嬢は君と同い年なんだから。それに、私を呼ぶ時はオンノさん。だろ?」


「えっ、ローレンさんって私と同い年なんですか!?」


思わず口を開いてしまった。思ったことをすぐに口に出してしまうのが自分の悪い癖だと分かっていたが、その癖がこんな状況でも出てしまったことにフレイは内心唖然とする。それでも興味を持ったら止まれない。これもまた少女の悪い癖だった。

怯まずに今度は本人に直接尋ねる。


「本当ですか?ローレンさん」

自分の肩くらいしか身長の無いフレイの覗き込んでくる大きな瞳にローレンは明らかに嫌そうな顔をする。普通の少年なら顔を赤くしてしまいそうな無邪気な瞳だった。


「うるさい。誰が俺に話掛けていいと言った?」

淡い空気など微塵も感じさせないローレンの辛辣な返答。いや解答を得られていない分返答とも言い難い。

「えっ……いや、あの」


高圧的な態度を取るローレンにフレイはしり込みしてしまう。

二人の間に少し気まずい空気が流れ始めた時、部屋のドアが乱暴に開かれた。


「オンノ、レンベルク伯爵を連れて来たぞ、ってなんだクソ弟子戻って来てたのか」


部屋に入って来たのは大柄の男だった。鋭い瞳と無精ひげの不釣り合いな組合せに燃えるような赤い髪を短く切りそろえている。

そして後ろから、小柄の男性が顔を覗かせる。決して小さすぎるというわけではないが、隣に立つ人物と比べると、どうしても余計に小さく見えてしまう。


「パパっ!!」


部屋に入ってきた二人に真っ先に反応したのは今までオドオドとしていたフレイだった。

一直線に駆けだし、大柄の男に連れてこられた父親へと飛びついた。


「フレイっ! よかった無事だったのか」


レンベルク伯爵は胸に飛び込んでくる愛娘を受け止め、強く抱きしめる。ようやく安堵感を得たフレイは少し泣いているらしく、父の胸の中で嗚咽をもらしている。


「おい、バカ弟子。俺様の胸に飛び込んできてもいいんだぜ」

「うるさいぞ、ウーウルク。そういう言葉は鏡見てからぬかせ」


巨体のウーウルクはガシガシとローレンの頭を強く撫でるが、その大きな手を拒絶するようにローレンはすぐに払う。美しい親子の抱擁は美しい師弟の抱擁にはならなかった。



「オンノ殿、このたびは本当にありがとうございました」


隣に立つ娘の肩を抱きながらレンベルク伯爵はオンノへ頭を下げた。それに続き慌ててフレイもオンノに頭を下げる。


「伯爵、頭を上げてください。我々は依頼された事をこなしただけです。それにお嬢さんを救ったのは私ではなくそこのローレンですよ」

「そうですか! いや、貴方が私の娘を助けてくれたのか、美しいお嬢さんなのにさすがは黄昏の空だ!本当にありがとう」

伯爵はその身分を感じさせずそばに立っていたローレンに深々と頭を下げる。

「なっ……、俺は男だ!」


相手が伯爵の人物だろうとローレンの対応は変わらない。さすがに切り掛かりはしないが、完全に戦闘態勢になっていた。一連のやり取りにオンノとウーウルクは小さく笑いをこぼす。ローレンが初対面で男だと思われる事などこれまで数えるほどしかなかった。

レンベルク伯爵は困惑していたが、オンノは構わず会話を続けた。


「それで伯爵。今後ですが、どうしましょうか?」

「パパ、今後って?」


会話に入れずにいたフレイが父親の裾を少しつまむ。


「それについては俺から話そうか」

フレイの問いに答えたのはローレンの隣に立つウーウルクだった。




       ――――1――――


足音が二つ廊下に響く。

「ねぇ、ちょっと待ってよ! ローレンくんってば!」

「付いてくるな。いつから『ローレンさん』が『ローレンくん』になった。俺はそんなに親しくなった覚えは無い」


《黄昏の空》の廊下を速足で進むローレンとそれを追いかけるフレイ。

フレイが小走りになった所でようやく追いつき、ローレンの腕を掴んだ。だが、すぐさま振り払われてしまう。


「お前、いいかげん付いてくるのは止めろ。俺はさっきの依頼受ける気は無い」


オンノの部屋に居た時も不機嫌だったが、今のローレンは完全に怒っている。そのきっかけは数分前の代表執務室に原因があった。



――――数分前、代表執務室


「バカ弟子。お前の次の任務が決まった」

「ずいぶん急だな。なんだ?」


口を開いたウーウルクは疑問を持ったフレイにではなく、ローレンに向けて会話を始める。


ウーウルクの口が悪だくみを思いついた子供のように歪む。

「お前には来週からフレイ嬢の通う、アスレア王立魔法学園に入学してもらう」

「はぁ!?」「えっ!?」


ローレンとフレイが同時に驚く。どうやら、ウーウルクを筆頭にオンノも伯爵も知っているらしい。今まで張り付けられたような笑みだったオンノはウーウルク同様に意地悪そうな笑みに変わっている。


魔法学園はルキウス国内にも幾つかあるが、その中でもアスレア学園は別格に位置する。王が自ら設立した学園として生徒は優秀な者が集まり、多くの王宮守護兵を輩出している名門校として国外にもその名は轟いている。そんな場所にローレンが入るというのだ、驚くのは無理もない。


「お前は今、十七歳なんだ。学園に行っていても不自然は無いだろ」

「なにをバカな。いまさら俺が学園で平和ボケしたガキ共となにしろと言うんだ」


ローレンは怒りを露わにしながらウーウルクに詰め寄るが、ウーウルクの飄々とした態度は全く変わらない。


「ホントの所を言うとな、依頼が関係してんだよ」

ウーウルクの声が急に真剣な物になり、レンベルク伯爵を指差す。


「今回のフレイ嬢の護衛の任務を継続する事になった。そんで、フレイ嬢は普段アスレア学園に通ってる。ってことはお前がそこにいなきゃ護衛出来ないだろ?」

「確かに俺は今回この依頼を受けたが、そこまでやるとは言ってない」

「俺がやるって言ったんだよ。伯爵も是非と言ってるしな」


レンベルク伯爵はローレンに向けてニコリとほほ笑む。怒りしか浮かんでこない笑みだったが、伯爵に怒りをぶつけるのは止めておいた。


「やれやれ、そこまで嫌がるとは思わなかったんだが……」

わざとらしく困った顔をする巨体の男にローレンは再び視線を戻す。

駄々を言う子供をなだめるようにウーウルクは軽くローレンの肩に手を乗せ、

「最終手段、師匠命令だ。はい、決定!!」

最後通告を行った。




       ――――2――――


「さっきも言った通り、俺の護衛はもう終わった。つまり俺とお前はもう無関係。ついてくるな!」

「でも、ローレンくんはこれからうちの学園に入るんでしょ? そしたら同級生だし、昨日は助けてもらったし……」

モジモジするフレイにうんざりした視線を向ける。

「もう放っておいてくれ。それに、自分の身ぐらい自分で守れ」


フレイとの会話を無理やり終わらせ、ローレンは再び廊下を歩いていく。相変わらずの速足で、どんどんフレイから離れていく。


「待って……」


その場でフレイは声を出すが、もはや見向きすらされない。その間にも二人の距離は開いていく。

そこで、フレイは速足を止めた。そしてボソリと口を開く。

「ったく」

その声は歩み続けるローレンには聞こえなかった。


「待てって言ってんでしょーが!!」


廊下に響き渡る爆音。その音量に驚いたローレンは慌てて振り返る。

そこにいるのは栗色の髪をした少女。今聞こえた声は先ほどまで話していた声に似ていたがどうも別人な気がしてならない。

「落ち着け俺、あんなデカイ声あの女が発した訳無いだろうが……」

わなわなと肩は震え、しっかりと眉間にしわが刻まれているが、それでも目の前の少女が声を出したとは思えなかった。


肩位まで伸ばした髪をブンブン振りながら歩み寄ってくる少女。幾多の戦いを乗り越え、さまざまな死線を掻い潜ってきたはずのローレンだったが、自然と足を後ろに引いてしまっていた。


「アンタ、なんで待たない訳?」


抱き合うんじゃないかと言うほど近くまで迫ったフレイは今度はとても静かに声を発した。突きだした指がローレンの鍛え上げられた胸を突く。


「お前、なんかさっきと雰囲気が……」

「『お前』じゃないわよ! 私にはフレイって名前があるの。人には呼び方をごちゃごちゃ言うくせにアンタの方が私の名前をちゃんと呼ばないじゃない!」


その口調はこれまでとは完全に別人。代表室にいた時のフレイのように今度はローレンが忙しなく辺りを見渡す。

慌てるローレンを尻目にフレイはさらに捲し立てる。

「んで、なんで待たなかった訳? 普通こんな美少女に待ってと言われたら男なら一千年は待つもんよ」


自分で自分を美少女と言うあたりをツッコミたかったが、そこはぐっと堪える。今何か怒りを買うような事を言おうものならどうなるか分からない。


「こっちが弱弱しくしてたらすっかり調子に乗っちゃって。助けてもらった事は感謝してるけど、アンタの態度でもう感謝の数値はマイナスよ」

「まっ……マイナスになったらどうなるんだ?」

「知らないわよ!」


全くもって不条理な引き算だった。


「もーいいわ。それじゃ、行くわよ」


ひとしきり怒りをぶつけたフレイはすっかりキャラが変わってしまっていた。雄々しくローレンの右手首を掴むとずんずん歩いていく。


「おい、行くってどこにだ!?」


移り変わったフレイのキャラに戸惑いながら、ローレンは掴まれた腕を振り払いフレイの隣に並ぶ。


「決まってんでしょ。あんたはアスレアに通うんだから、色々準備が必要じゃない。その買い出しよ」

「いや、待て。俺は一言も通うなんて言ってない」

「ごちゃごちゃうるさいわねー。なんか師匠命令なんでしょ?」

「くっ……」


フレイは的確にローレンの痛い所を突いてくる。フレイの意見は正論だった。

ウーウルクはローレンの師匠であり、ギルド内の直属の上司になる。今言われた通り、最終的には依頼を受けざるをえないだろう。


「ほらほら、行くわよ。私が付き合ってあげるって言ってるんだから感謝しなさいよね」

「わかった! わかったからとりあえずひっぱるのは止めろっ」


また腕を取られ、引っ張られながら廊下をすすんでいくローレン。

なんだかんだで二人の相性はいいのかもしれない。



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