000 プロローグ
「魔王が復活するかもしれない」
とあるオフィスの一室。
整えたアゴ髭、それと太い眉。
ウェーブがかって、分けた黒髪。
スーツにジレ、赤いネクタイのいかにもダンディなその男が言う。
「……んん?」
告げられた側の人間は、疑問符をつけて言葉を返した。
「魔王って……長官、いつの時代の話を」
「現代の話だ」
「……」
ダンディな男もとい、長官の被せるように言うその言葉に、押し黙る反対の男。
白髪、赤目で若めな感じ。
スーツは来てはいるものの、なかなか不慣れな感じが滲む。
言わば青年、と言った感じ。
「……『D-143』」
「!!」
「いわゆる……『謎の魔粒素』」
「……」
「その濃度が最近、迷宮各地でのみ急上昇しはじめた」
「はぁ……?」
青年は、長官の言葉に少し違和感を覚える。
それもそのはず。
「もっとも、お前も分かっているだろうが」
「うん」
「『D-143』は特に何か、警戒するような魔粒素じゃない」
「……だよね」
「濃度が高かろうが低かろうが実害が出た例はない。それどころかなんの効果があるのかも分かってない。どの魔源子にもいたりいいなかったりするクセ、何もしないし邪魔もしない」
「そうでしょーよ」
「何のために存在してるのか分からん、そんな魔粒素だ」
「うん」
頷く青年。
しかし、長官は思案顔。
「ところが、だ」
「!!」
「『世界連合』が黙ってなかったんだ」
「……」
「特にWMO、『世界魔法機関』のエルフたちがだ」
「……エルフねぇ」
そういいつつ、長官がファイルを青年に差し出す。
青年はファイルを受け取り、中を開く。
「アイツらは寿命が長い。だから伝承や歴史の整合性が高い」
「……」
「そんな奴らが異様に不安視してるんだ。『世連』も黙っちゃいられん」
「……そゆことか」
ため息交じりに話す長官の言葉に、青年はファイルに目を落とす。
「迷宮でだけそうなっていること、WMOのエルフたちがやたら騒いでいること」
「……」
「極端な話、そういうことだと考えてる」
「なるほどねぇ」
その時。
青年がめくる機密文書の束の中から、一枚の写真が出てきた。
年配の、学のありそうな。
いかにもって感じの、高齢男性の写真。
「迷宮研究の第一人者。ドワーフ種のモルドン氏だ。お前も知ってはいるだろう」
「ふぅむ」
すると青年は、写真だけつまんで取り出す。
「彼がどうかしたの?」
「…………分かるだろ」
呆れた目つきで青年を見やる長官。
青年はその目をしっかりと見つめ返すと、鼻でため息をついて目を伏せる。
「おおよそ1ヶ月前。高濃度の『D-143』が検出された迷宮の一つ、『第56番迷宮』に、彼を中心とした「調査隊」が向かった」
「それで」
「つい先日、日にして3日前だ。突如連絡がつかなくなった」
「はぁ~やっぱり!!」
青年は半ば悪態のような声音でまたため息をついた。
「護衛はついていた。しかし護衛はおろか隊のメンバー、本人、緊急用の無線すらも何も繋がらなくなったんだ」
「……」
「世連は当然我が国に対応を要求してきた。そらそうだ、『第56番迷宮』は我が国の領土内にあるあの島にあるんだから」
「うぅん……」
青年は写真をファイルにしまう。
それを見た長官は続けてまた別のファイルを取りだした。
「当初は軍を出す予定だったが、軍上層部が渋ってな」
「……なるほど」
「なにしろあの島だ、軍を派遣するのは変な緊張を産みかねん」
「だろーうねぇ」
青年がふと壁を見やると、そこにかかっている世界地図が目に入る。
国境のすぐ側にあるあの島。
「至急メンバーを招集して現地に向かえ。何故連絡が繋がらないのか突き止めるんだ」
「何故もなにも」
「分かるが、ただの凡ミスかもしれんだろう」
「……本気で言って……る?」
「……分かるだろ」
「……」
「ただ……信じたくないだけだ」
「……はぁ」
青年の眉間にしわが寄る。
長官は席に座って目を伏せた。
「もし本当にそういうことなら……」
「……!!」
「我が国のみならず、世界全体の安全保障に関わる」
「……」
気づけば、長官も世界地図を睨んでいる。
青年は察する。
これは……面倒なことになった。
「例によって。君らが拘束あるいは殺害されても、当局は一切関知しない」
「……いつもの了解でーす」
「頼んだぞ」




