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鯖喰いの庭、銀の脈動  作者: 六道奏
『第一部:偽りの空と鉄の翼』

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第7話:鋼鉄の墓守と再会の歯車

 轟音と火花を撒き散らしながら疾走していた地下鉄は、長い制動音と共にその速度を緩めていった。


 車輪がレールを噛む不快な金属音が、次第に低く、重い唸りへと変わっていく。


 投げ出されないよう手摺りに掴まっていた私は、窓の外を流れる景色が「闇」から「光」へと変化したことに息を呑んだ。


 「……おい、嘘だろ」


 ギルバートが窓に張り付き、義眼を限界まで見開いている。

 アリアは運転席でぐったりと座り込んでいたが、その顔には安堵の色が浮かんでいた。


 列車が完全に停止した場所は、巨大なドーム状の空間だった。

 天井の高さは計り知れない。


 遥か上部に張り巡らされたパイプの網からは、オレンジ色のナトリウム灯に似た暖かな光が降り注いでいる。


 だが、私を驚愕させたのは、その光景の「異質さ」だった。


 そこは、森だった。

 ただし、植物は一本も生えていない。


 木々の幹は太い鉄パイプで、枝は真鍮のワイヤー、葉は薄く延ばされた銅板で出来ている。

 地面を覆うのは土ではなく、細かく砕かれた金属片の砂利。


 その間を、ゼンマイ仕掛けの兎や、蒸気で羽ばたく蝶たちが飛び回っている。


 「機械……庭園マシン・ガーデン


 私がその単語を口にした時、プシューッという排気音と共に、車両のドアが開いた。


 流れ込んできたのは、カビ臭い地下の空気ではない。

 上質なオイルの香りと、焦げた絶縁体の匂い、そして肌を焼くような濃厚な熱気だった。


 「降りよう。……ここなら、追手は来ない」


 私はアリアを背負い、ホームへと降り立った。


 ホームの床は大理石で舗装され、幾何学模様の装飾が施されている。

 かつて、ここが貴族や要人たちのためだけに作られた秘密の避難所シェルターであったことを物語っていた。


 「見ろよヴェイン。あそこの噴水、水じゃなくて冷却水を循環させてやがる。それにあの花壇の花、全部センサーで太陽光を追尾するように動いてるぞ」


 ギルバートは子供のようにはしゃぎ、足元の「花」――形状記憶合金で出来た薔薇を突っついた。

 花弁がカシャカシャと音を立てて閉じる。


 「自律進化しているのか……」


 私は戦慄を覚えた。


 管理者が不在となって数十年、あるいは百年。

 ここの機械たちは、誰の命令を受けることもなく、独自の生態系を築き上げているのだ。


 教会の教えでは、魂なき機械の自律稼働は「悪魔の所業」とされる。

 だが、目の前に広がる光景は、悪魔的というよりは、あまりにも静謐で、神聖ですらあった。


 「……女王様」


 アリアの背中で、クロが低い声で鳴いた。

 いや、猫の鳴き声ではない。


 周囲の茂みから、ガサガサという音が響き始めた。

 

 現れたのは、無数の小型ロボットたちだった。

 掃除用のルンバに手足が生えたようなもの、配管修理用の多脚戦車を小型化したもの、給仕用のドロイド。


 彼らは一様に錆びつき、塗装は剥げていたが、そのカメラアイは一斉に私たち――いや、アリアを見つめていた。


 彼らは攻撃してくる様子はなかった。


 それどころか、先頭にいた給仕ドロイドが、油汚れのついた布切れを捧げ持つようにしてアリアに差し出したのだ。


 「……ありがとう」


 アリアは私の背中から手を伸ばし、その布切れを受け取った。

 ドロイドは嬉しそうに電子音を鳴らし、その場でくるりと一回転した。


 「こいつら、アリアを歓迎してやがるのか?」


 「彼女の持つ『声』が、ここでは共通言語になるんだろう」


 私は警戒を解かずに周囲を見渡した。


 平和に見えるが、ここは異界だ。

 そして、この秩序だった庭園を維持している「管理者」が必ずいるはずだ。


 「……誰だ」


 庭園の奥、蒸気が立ち込める並木道の向こうから、重い足音が聞こえた。


 ズシン、ズシン、と地面を揺らす音。


 小型ロボットたちが、蜘蛛の子を散らすように道を開ける。


 霧の中から姿を現したのは、巨人と見紛うほどの体躯を持つ男だった。


 身長は二メートルを優に超えている。

 全身を分厚い潜水服のような強化装甲で覆い、背中には巨大なボイラーを背負っている。


 右手には身の丈ほどの巨大なスコップ――いや、墓穴を掘るためのすきが握られていた。


 「人間……か?」


 ギルバートがショットガンを構える。


 男は私たちの前で立ち止まり、シューッという音と共にヘルメットの排気弁を開いた。

 バイザーが上がり、その素顔が露わになる。


 火傷の痕だらけの皮膚。

 右目は赤く光る義眼。


 だが、残された左目と、皮肉げに歪んだ口元には、私にとって痛いほど見覚えがあった。


 私は息を呑み、言葉を失った。

 忘れるはずがない。

 十年前に起きた「あの日」の実験事故。


 燃え盛る研究所の中で、私が置き去りにしてしまった、かつての同僚。


 「……ジーク、なのか?」


 男――ジークは、ニヤリと笑った。

 その笑顔は、錆びた鉄が擦れ合うような、不快で、それでいて懐かしい響きを持っていた。


 「よォ、ヴェイン。随分と老け込んだじゃねえか。……エリート街道を捨てて、ドブネズミのような生活を送っているとは聞いていたが」


 「生きていたのか……。あの爆発で、全員死んだと」


 「死んださ。俺の身体の九割はな」


 ジークは左手の装甲を叩いた。

 カーン、と硬質な音が響く。


 「だが、この大炉心グランド・コアの熱が俺を生かした。俺はここで、棄てられた機械たちの最期を看取る『墓守』として、第二の人生を楽しんでいるのさ」


 ジークの視線が、私からアリアへと移る。

 その瞬間、彼の右目の義眼が激しく明滅した。


 「……なるほどな。お前がここに来た理由が分かったぜ。そのガキか」


 「ジーク、彼女はただの子供だ。俺が拾った」


 「嘘をつけ!」


 ジークの怒号が空気を震わせた。

 彼は巨大な鋤を振り上げ、地面に突き立てた。

 衝撃で金属の砂利が舞い上がる。


 「その匂い、その波長! 忘れるわけがねえ! それは俺たちが追い求め、そして手が届かなかった『原初の純血オリジナル・ワン』の完成形だ!」


 ジークは狂気的な光を宿した目で、アリアを凝視した。


 「『プロジェクト・箱庭』。……お前が逃げ出した後も、研究は続いていたんだよ。教会は諦めちゃいなかった。機械と人を完全に融合させ、この汚染された世界で永遠に生き続ける『新人類』を創る計画をな!」


 「……新人類だと?」


 「そうだ。その娘は、その成功例だ。心臓を見れば分かる。……ヴェイン、お前も気づいているはずだ。その娘の心臓が、ただのポンプじゃないことに」


 私はアリアを背中に隠し、ジークと対峙した。


 彼は知っている。

 アリアの正体を。


 そして、この世界の空が閉ざされた本当の理由を。


 「返せ、ヴェイン。その娘は、ここにあるべきだ。この機械たちの楽園の『女王』として、炉心に接続されるべき存在なんだよ」


 「断る。アリアは部品じゃない。人間だ」


 「人間? ハッ! お前がそれを言うか! メスを握る手が震えて逃げ出した臆病者が!」


 ジークが背中のボイラーを唸らせた。


 全身の関節から蒸気が噴き出し、彼の一歩が地面を陥没させる。

 圧倒的な質量と出力。


 私の簡易パイルバンカーでは、あの装甲を貫けるかどうか怪しい。


 「ギルバート、アリアを連れて下がれ。……話し合いで解決しそうにない」


 「おいおい、あんな鉄の塊とやり合う気かよ! 勝算はあるのか?」


 「ない。だが、ここで引いたら、俺は一生後悔する」


 私は右腕のパイルバンカーの圧力バルブを全開にした。


 警告音が鳴り響く。


 「十年前に置いていった借りを、ここで返すことになるとはな」


 「綺麗事を言うなよ、ヴェイン! お前はただ、自分の罪悪感を消したいだけだろう!」


 ジークが突進してくる。

 その速度は、巨体に似合わず俊敏だった。


 振り下ろされる鋤の一撃。


 私はそれを紙一重で回避し、彼の懐へと飛び込んだ。


 かつての友、そして今は鋼鉄の墓守となった男との、悲しき殺し合いのゴングが鳴った。

 この地下深く、誰の目にも触れない機械の楽園で。


 (続く)



次回予告


 圧倒的なパワーを誇るジークの猛攻に、防戦一方となるヴェイン。

 だが、戦いの中でジークが語る「箱庭計画」の全貌は、あまりにも残酷な真実だった。

 アリアが炉心に接続されれば、バビロンの寿命は延びる。

 しかし、それは彼女の人としての死を意味していた。

 ヴェインは叫ぶ。

「世界など滅びればいい、俺はこの子を泣かせたくないだけだ!」

 機工医の意地と、墓守の信念が激突する。

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