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鯖喰いの庭、銀の脈動  作者: 六道奏
『第二部:深海の錆、星の歌』

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21/22

第19話:堕ちた翼と、蒼き処刑台

『第二部:深海の錆、星の歌』 開幕


本日より1日1話 18:00投稿になります。

 その時、世界から音が消えた。


 これまで私たちの命を繋いでいた『天翔る鯨』号のエンジンが、咳き込むようなノイズを最後に沈黙したのだ。

 燃料計の針は、死んだ虫のように「Eエンプティ」に張り付き、ピクリとも動かない。

 聞こえるのは、風が翼を撫でるヒュオオオ……という乾いた音と、きしむ機体の悲鳴だけ。


 「……悪い、みんな。ここまでだ」


 操縦席のバルガスが、押し殺した声で告げた。

 彼の背中は包帯から滲んだ血で赤く染まっている。


 それでも、その太い腕は操縦桿を握りしめ、最後の瞬間まで機首を上げようと抗っていた。


 「高度、100を切るわ! 眼下に障害物多数! ……まるで墓場ね」


 カレンが窓の外を見て呟く。


 雲を抜けた先に広がっていたのは、私たちが夢見た「緑の大地」ではなかった。

 見渡す限りの、鉛色の海。


 そして、その海面から突き出した無数のコンクリートの墓標――旧時代の廃墟ビル群だった。


 「不時着する! 衝撃に備えろ!」


 バルガスの叫びと共に、機体が大きく傾いた。


 「アリア! 頭を下げろ!」


 私は反射的に左手を伸ばし、隣に座るアリアの頭を抱え込んだ。


 右腕は――動かない。


 あの枢機卿との死闘で酷使しすぎた右腕は、ただの重りとなって私の肩にぶら下がっていた。


 ズザァァァァァァァッ……!!


 次の瞬間、凄まじい衝撃が全身を襲った。


 機体の腹が海面を削り取る音。

 鉄板が飴細工のようにへし曲がる音。

 そして、ガラスが砕け散る音。


 世界が回転し、天地が逆転した。

 重力が滅茶苦茶な方向に働き、シートベルトが肋骨に食い込む。


 バウンド。もう一度バウンド。

 そして、唐突な静止。


 「……ぐぅっ」


 私は薄目を開けた。


 機体は傾き、足元からは冷たい海水が勢いよく浸水してきていた。

 海水には黒い重油が混じり、鼻をつくような悪臭を放っている。


 「……おい、全員生きてるか!?」


 私が怒鳴ると、後部座席からカレンとギルバートの咳き込む声が聞こえた。

 ウルフは額から血を流しているが、悪態をつく元気はあるようだ。

 バルガスも親指を立てて見せた。


 「……ふう。どうやら三途の川までは行かずに済んだみたいだな」


 私は胸を撫で下ろし、腕の中のアリアを確認した。

 彼女は青ざめていたが、怪我はないようだ。


 「ヴェイン、海……。これが、海?」


 アリアが割れた窓の外を指差した。

 私はよろめきながら立ち上がり、機体の外へと出た。


 そこは、死の世界だった。

 空は曇天。


 海はヘドロのように濁り、波間に漂うゴミや瓦礫が、死骸のように揺れている。

 本で読んだ「青く輝く生命の揺りかご」とは似ても似つかない、冷たく、寂しい場所。


 「……上層てんごくから落ちて、地獄行きってわけか」


 ウルフが機体の上によじ登り、周囲を見渡した。

 半分水没した廃ビルが、亡霊のように周囲を取り囲んでいる。


 その時だった。


 ボコッ、ボコボコボコ……。


 海面が、不気味に泡立ち始めた。


 一箇所ではない。

 私たちの機体を取り囲むように、数十箇所で同時に。


 「なんだ? 魚か?」


 バルガスが目を細める。

 違う。


 水面を割って現れたのは、光沢のある黒いゴムスーツに身を包んだ「人型」だった。


 「……敵だッ!」


 ギルバートが叫ぶと同時に、海面から一斉に銃口が向けられた。


 水中銃スピアガン

 その切っ先は鋭く研ぎ澄まされ、逃げ場のない私たちを確実に捉えていた。


 「動くな。……少しでも動けば、ハチの巣にする」


 水かきのついた兵士たちが、無機質な声で警告する。


 その数は五十近い。

 完全包囲だ。


 そして、波が割れた。


 ザバァァァァッ!!


 轟音と共に、廃ビルの影から巨大な影が躍り出た。  それは、生き物ではなかった。

 鋼鉄の装甲板を鱗のように重ね合わせ、背中にジェット推進器を背負った、全長十メートルを超える「機械のシャチ」だった。


 その背中にある操縦席コックピットに、一人の少女が座っていた。

 優雅に足を組み、まるで散歩のついでに立ち寄ったかのような涼しい顔で。


 透き通るような蒼い髪。

 海の色と同じ、底知れない深さを湛えた蒼い瞳。


 そして首筋には、『B-01』の刻印。


 「……ようこそ、外の世界リアルへ。そして、おかえりなさい、お姉様アリア


 少女――ベータの声は、波音にかき消されることなく、鮮明に脳裏に響いた。


 その声色はアリアと似ていた。

 だが、決定的に何かが欠落していた。


 「温度」だ。


 「お前は……誰だ? 教会の追っ手か?」


 私がアリアを背に隠しながら問うと、ベータは可笑しそうに口元を歪めた。


 「教会? ああ、あの時代遅れの宗教組織のこと? ……彼らならもう用済みよ。私は『ネオ・アトランティス』の管理官、ベータ。あなたたちが探しているタワーの守護者よ」


 ベータは退屈そうに指先をいじった。


 「単刀直入に言うわ。……姉さん(オリジナル)を返しなさい。そうすれば、あなたたちの命だけは助けてあげる」


 「断る!」


 私が叫ぶと同時に、ウルフが動いた。

 懐からナイフを抜き、投擲しようとする。


 だが、遅い。


 ベータが指を鳴らす。


 乾いた破裂音と共に、ウルフの肩から鮮血が吹き出した。

 海中の兵士による狙撃だ。


 「ぐあッ……!?」


 ウルフが苦悶の声を上げて倒れ込む。


 カレンがライフルを構えようとするが、即座に数本の銛が彼女の足元に突き刺さり、動きを封じられる。


 「……学習能力が低いのね。生存確率0.002%の状況で、まだ抵抗するつもり?」


 ベータの視線が私に向けられた。

 ゴミを見るような目だ。


 「やれるものならやってみなさい。……その壊れた腕で」


 彼女は私の右腕を見透かしていた。


 私は歯噛みしながら、右腕に力を込めた。

 動け。動いてくれ。


 今ここで戦えなければ、何のためにここまで来たんだ。


 だが、右腕はピクリとも動かない。

 ただ熱を持ってズキズキと痛むだけ。


 無力だ。あまりにも無力だ。


 「……もういいの、ヴェイン」


 背中から、震える声がした。


 アリアが、私の服の裾をぎゅっと握りしめていた手を、ゆっくりと離した。


 「アリア……?」


 「私が戻れば、みんなを助けてくれるのね?」


 アリアがベータに向かって叫んだ。

 ベータは満足そうに微笑んだ。


 「ええ、約束するわ。……私は嘘つきな人間とは違うもの」


 「分かった。……行くわ」


 「アリア! 行くな!」


 私は左手で彼女を止めようとした。

 だが、アリアは振り返り、泣きそうな笑顔を見せた。


 「ヴェイン。……海を見せてくれて、ありがとう。空を教えてくれて、ありがとう」


 彼女の手が、私の頬に触れる。

 冷たくて、でも温かい手。


 「死なないで。……生きてさえいれば、きっとまた会えるから」


 彼女は私の手を振りほどき、機械シャチの方へと歩いていった。

 波に足を取られそうになりながら、それでも背筋を伸ばして。

 私たちを守るための、悲壮な行進。


 ベータがアリアの手を取り、シャチの背に乗せる。  蒼と白。対照的な二人が並ぶ。


 「連れて行きなさい。……『ネオ・アトランティス』の第13収容区へ」


 ベータの冷徹な命令が下った。

 兵士たちが一斉に機体に乗り込んでくる。


 私は泥水に顔を押し付けられ、手錠をかけられた。


 「離せ! アリア! アリアァァァッ!!」


 遠ざかる機械シャチ。


 アリアは何度も何度も振り返っていた。

 その姿が、霧の中へと消えていく。


 機体が完全に沈み、私たちは冷たい海中へと引きずり込まれた。

 息ができない。視界が暗転する。


 こうして、私たちの冒険の第一章は、最悪のバッドエンドで幕を閉じた。


 残されたのは、壊れた機体と、腐りかけた右腕と、敗北の味だけだった。


 (続く)



次回予告


 アリアを奪われ、誇りを踏みにじられ、ヴェインたちは鉄の檻へと放り込まれた。

 そこは軌道エレベーターの根元に巣食う海上スラム「ネオ・アトランティス」。

 酷使した右腕は腐り落ち、命の灯火すら蝕んでいく。

 抗生剤も、麻酔もない地獄の底で、男は運命を変える「鉄の牙」と出会う。

 「生きるために、捨てる。……それが俺の選択だ」


 次回、『錆びついた檻と腐った右腕』。  ――切断り落とせ。未練も、腐った腕も。

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