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鯖喰いの庭、銀の脈動  作者: 六道奏
『第一部:偽りの空と鉄の翼』

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第17話:機械仕掛けの天使と最後の杭

 人工太陽が落ち、重力の鎖が解き放たれた「白亜の庭」。

 非常灯の赤い回転灯だけが、混乱する広場を禍々しく照らしていた。


 「おのれ……おのれぇぇッ! 薄汚いネズミどもが!」


 枢機卿の声が裏返る。

 彼は親衛隊が総崩れになったのを見るや、黄金の法衣を翻し、大聖堂の奥へと続く巨大な扉へと走った。


 「逃がすかよ!」


 ウルフが即座にリボルバーを構え、発砲する。

 銀の弾丸が枢機卿の背中を捉える――はずだった。

 だが、弾丸は彼の背後で「見えない壁」に弾かれた。


 「『熾天使セラフ』の加護がある限り、私は不滅だ! ……せいぜいそこで、闇に怯えて死ぬがいい!」


 枢機卿が扉の隙間に滑り込むと、重厚な鉄扉がズシンッ!という音と共に閉ざされた。

 内側から厳重なロックが掛かる音が響く。


「セラフだと……?」


 その言葉を聞いたカレンが、顔色を変えて叫んだ。


 「まさか、噂にあった禁断の『人造天使計画』……!? あいつ、自分の体をコアにして、大聖堂の防衛システムと合体する気よ!」


 「合体だと?」


 「ええ! もし『天使』が起動したら、物理攻撃なんて通用しないわ!」


 「……なるほどな。神様気取りもそこまで行けば立派な狂気だ」


 「どうする、ヴェイン? あの扉、私の爆薬でも吹き飛ばせるかどうか……」


 カレンが扉に駆け寄り、その厚みを確かめて舌打ちする。

 戦車の装甲板よりも分厚いチタン合金製だ。


 「……正面突破は無理でも、道はあるはずだ。奴が逃げ込んだのなら、必ず『上』へ向かったはずだ」


 私は大聖堂の側面を見上げた。

 ステンドグラスが割れた窓の奥に、螺旋階段の影が見える。

 あそこなら、外壁のメンテナンス用通路から侵入できるかもしれない。


 「バルガス、俺を投げろ! あそこのテラスまでだ!」


 「へっ、人使いの荒いこった! ……捕まれ!」


 バルガスが私を片手で掴み、豪腕で放り投げた。


 私は空中で体勢を整え、テラスの手すりにしがみつく。

 右腕の激痛が走るが、アドレナリンがそれをねじ伏せる。

 続いてカレンたちが、バルガスの手を借りて次々と登ってくる。


 「……中は真っ暗だな」


 割れた窓から侵入した大聖堂の内部は、広大な吹き抜けになっていた。

 非常灯の赤い光が明滅する内部は荘厳というよりは、巨大な機械仕掛けの墓標のようだった。


 天井まで届くステンドグラスは割れ落ち、壁に埋め込まれたパイプオルガンからは、蒸気が悲鳴のように漏れ出している。

 その壁面に沿うように、長い長い螺旋階段が遥か頭上の最上階へと続いている。


  都市のエネルギー喪失に伴い、この聖域もまた死に向かいつつあった。


 「行くぞ。……奴に『天使』とやらの準備をさせるな」


 私たちが階段を駆け上がろうとした瞬間だった。


 ギギギギギ……ガシャンッ!


 壁の石像が動いた。いや、石像ではない。

 石膏でコーティングされた、自動防衛用の機械兵士「ガーゴイル」だ。

 翼を広げた悪魔の形をしたドローンが、赤いカメラアイを光らせて一斉に起動した。


 『侵入者検知。排除行動ヲ開始シマス』


 無機質な音声と共に、ガーゴイルの口から火炎放射が放たれた。


 「うわあちっ!? なんだこいつら!」


 ウルフが前転して炎を躱し、空中のガーゴイルを撃ち抜く。

 一体が墜落するが、階段の上からは次々と増援が飛来してくる。

 狭い階段での空中戦。

 地の利は完全に敵にある。


 「ドクター、ここは俺たちが引き受ける! お前は先に行け!」


 ギルバートがショットガンを連射し、私を庇うように前に出た。


 「弾切れのパイルバンカーじゃ、こいつらの相手は分が悪いだろう! お前のその一発は、枢機卿ボスのために取っておけ!」


 「……すまん!」


 私は礼を言い、仲間たちが作る弾幕の道を駆け抜けた。

 頭上からガーゴイルが襲いかかるが、カレンの援護射撃がそれを弾き飛ばす。

 バルガスがハンマーで殴りつけた残骸が、後続の敵を巻き込んで落下していく。


 息が切れる。足が鉛のように重い。

 だが、止まるわけにはいかない。

 アリアが、下で見ている。

 彼女がくれたこのチャンスを、無駄にはできない。


 永遠にも思える螺旋階段を登りきると、ついに最上階のフロアが見えた。

 そこには、下で見たものよりもさらに巨大で、豪華な装飾が施された両開きの扉があった。

 扉の隙間からは、異様な熱気と、ブゥゥゥン……という重低音の駆動音が漏れてきている。


 「……追いついたぞ、枢機卿」


 私は乱れた呼吸を整え、右腕の杭打ち機を確認した。  装填よし。安全装置解除。

 これが、私の、そしてバビロンの全てを懸けた最後の一撃だ。


 遅れて、ボロボロになった仲間たちが追いついてきた。

 全員、煤とオイルまみれだが、その目は死んでいない。


 「……お待たせ、ヴェイン。掃除は済んだわ」


 「ああ。……ここが終着点だ」


 私は扉に手をかけた。

 この向こうに、神を気取る男がいる。

 そして、この長い旅の決着が待っている。


 「開けるぞ。……覚悟はいいな?」


 私が問いかけると、ウルフがリボルバーのシリンダーを回してニヤリと笑った。

 バルガスがハンマーを構え、ギルバートとカレンも頷く。

 アリアはカレンの後ろに隠れ、不安そうに扉を見つめている。


 扉を蹴り開けた。

 祭壇の間は、ドーム状の天井を持つ広大な空間だった。


  その中央、本来なら神像が安置されるはずの場所に、枢機卿カーディナルはいた。

  いや、「それ」は、もはや人の形をしていなかった。


 「よく来た、迷える子羊ども。……いや、神に弓引く愚者たちよ」


 枢機卿の声が、空間全体に響き渡る。


 彼は空中に浮いていた。

 背中から生えた、六枚の巨大な機械の翼によって。


 真鍮と鋼鉄のフレームに、ガラス繊維の羽毛。

 関節部分からは青白い蒸気が噴き出し、羽ばたくたびに空気が焦げる匂いがした。


 さらに、頭上には光輪ハロを模したリング状の装置が浮かび、そこから高出力のレーザーポインターのような赤い光線が何本も放射されていた。


 「……機械仕掛けの天使、ってわけか。趣味が悪いぜ」


 ウルフが吐き捨てるように言い、発砲した。

 銀色の弾丸が枢機卿の眉間を狙う。


 だが、弾丸は枢機卿の目前で、見えない壁に弾かれた。


 「電磁障壁バリアか!」


 ギルバートが叫ぶ。


 「無駄だ。この『熾天使セラフの衣』は、いかなる物理攻撃も遮断する」


 枢機卿が仮面の奥で嘲笑う。

 頭上の光輪が輝きを増した。


 「神の怒りを知れ。『天罰ジャッジメント・レイ』!」


 光輪から、極太の熱線が発射された。

 それは私たちがいた場所を薙ぎ払い、大理石の床を一瞬で融解させた。


 「散開しろッ!」


 私たちは蜘蛛の子を散らすように飛び退いた。


 バルガスがハンマーで瓦礫を盾にするが、熱線はそれすらもバターのように焼き切る。

 カレンのライフルも、ギルバートのショットガンも、あのバリアの前では無力だ。


 「どうする、ドクター! このままじゃジリ貧だぞ!」


 ウルフが柱の陰から叫ぶ。


 私は右腕のパイルバンカーを見た。

 残弾一発。これが最後の希望だ。

 だが、バリアがある限り、どんな強力な杭も届かない。


 「……バリアを中和する方法が一つだけある」


 私はアリアを見た。

 彼女はカレンの腕の中で震えていたが、私と目が合うと、小さく頷いた。


 「アリア! もう一度、歌えるか!? あの翼の制御系に干渉しろ!」


 私が叫ぶと、枢機卿の視線がアリアに向いた。


 「小賢しい真似を! 聖女よ、おとなしく我に従え!」


 枢機卿が手をかざす。熱線がアリアを狙う。


 「させねえよ!」


 ウルフが飛び出し、熱線の軌道上に身を晒した。


 彼は自分のコートを広げ、その裏地に縫い付けられた無数の「銀貨」をばら撒いた。


 それはただの銀貨ではない。

 強力な磁気を帯びたチャフだ。

 熱線が磁場に干渉され、軌道が逸れる。


 「今だ、歌えェェッ!」


 ウルフの叫びに、アリアが立ち上がった。

 彼女は両手を胸の前で組み、目を閉じて歌い始めた。  先ほどよりも強く、激しい、機械たちへの「反逆の歌」。


 キィィィィィィンンン……!!


 歌声が響くと、枢機卿の機械翼がガクガクと痙攣を始めた。

 噴き出す蒸気の色が赤く変わる。


 「ぐ、おおぉぉっ!? 馬鹿な、セラフの制御が……!」


 翼の推力が不安定になり、枢機卿の体が空中で傾いだ。

 その瞬間、彼の周囲の空間が一瞬だけ揺らぎ、バリアの輝きが薄れた。


 「見えた! バリアの切れ目だ!」


 ギルバートが叫ぶ。

 私は柱を蹴って飛び出した。

 右腕の痛みが限界を超え、感覚が麻痺していく。

 だが、足は止まらない。


 「ウルフ! 援護しろ!」


 「任せな! ……落ちろ、インチキ天使!」


 ウルフがリボルバーを連射する。

 バリアの薄い部分を狙い撃ち、枢機卿の体勢をさらに崩させる。


 私は枢機卿の真下まで肉薄した。

 彼は体勢を立て直そうと翼を羽ばたかせ、私を見下ろした。


 「地を這う虫ケラがぁっ!!」


 彼が錫杖を振り下ろす。

 私はそれを左腕の装甲で受け止めた。

 骨が砕ける音がしたが、構わない。


 「捕まえたぞ……!」


 私は枢機卿の足首を掴み、そのまま彼の体によじ登った。

 目指すは、動力源ハートがある胸部だ。


 「離れろ! 汚らわしい!」


 枢機卿がもがくが、私は離さない。

 彼の胸元――純白の法衣の下に隠された、機械仕掛けの心臓部に辿り着く。


 「これで……終わりだ!」


 私は右腕の炸薬式杭打ちパウダー・バンカーの銃口を、彼の心臓部に押し当てた。


 「ヴェイン! やめろ! 至近距離で撃てばお前も……!」


 ギルバートの声が聞こえるが、もう遅い。


 「……地獄で神様に懺悔しな!」


 私は最後のトリガーを引いた。


 ズドォォォォォォォォォォォン!!!!


 視界が真っ白に染まった。

 これまでの比ではない衝撃波が、私の右腕を粉砕し、鼓膜を破った。

 自分自身の体が弾け飛ぶ感覚。


 だが、確かに感じた。

 タングステンの杭が、枢機卿の装甲を、肉体を、そして機械の心臓を貫き通す確かな感触を。


 枢機卿の絶叫が、爆音にかき消される。

 六枚の機械翼が爆発し、火の玉となって崩れ落ちていく偽りの天使。


 私は宙に放り出され、床に叩きつけられた。

 意識が遠のく。


 天井が……いや、大聖堂のドームが崩れ落ちてくるのが見えた。

 その隙間から、今度こそ本物の、青い空が見えることを願いながら、私は深い闇へと沈んでいった。


 (続く)



次回予告


 枢機卿との死闘の末、意識を失ったヴェイン。

 彼が目を覚ました場所は、病院のベッドの上ではなく、風が吹き抜ける「空の上」だった。

 「天翔る鯨」号は、崩壊する上層を脱出し、ついに「蓋」の外側へと到達していたのだ。

 アリアが指差す先、眼下に広がるのは、雲海から顔を出す本物の太陽と、果てしなく続く青空。

 しかし、それは希望の光景であると同時に、残酷な真実の始まりでもあった。


 次回

 第一部、完結。

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