表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鯖喰いの庭、銀の脈動  作者: 六道奏
『第一部:偽りの空と鉄の翼』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/22

第16話:堕ちる太陽と重力の檻

 「どけ、雑魚ども! 俺の獲物はそこのドクターだ! 横取りする奴は神様だろうが風穴を開けてやる!」


 ウルフの怒号と共に、リボルバーカノンが火を噴いた。


 ドォン、ドォン!!

 重厚な発砲音。


 放たれた銀色の弾丸は、空中で直角に軌道を変え、襲いかかる市民兵たちの武器だけを正確に弾き飛ばした。


 殺してはいない。

 この男、凶悪な見た目に反して、職人芸じみた精密射撃コントロールを持っていやがる。


 「助太刀のつもりか、ウルフ! 賞金首に情けをかけるとはな!」


 私は炸薬式杭打ちパウダー・バンカーで迫る機械兵を殴り飛ばしながら叫んだ。


 「勘違いすんな! お前の首は高く売れるんだ。こんな宗教狂いの連中にタダでくれてやるのが癪なだけだ!」


 ウルフは背中合わせになりながら、ニヤリと笑った。


 「それに、見ろよあの金ピカ野郎。……あんな高い所から人を見下ろす奴は、一度地面に叩きつけてやらねえと気が済まねえタチでな」


 ウルフの銃口が、階段の上に立つ枢機卿カーディナルを捉える。


 しかし、枢機卿は動じない。

 黄金の仮面の奥で、冷徹な目が細められた気配がした。


 「……愚かな。重力に逆らって飛ぼうとする羽虫が」


 枢機卿が錫杖しゃくじょうをトン、と地面に突いた。

 ただそれだけの動作。

 だが、次の瞬間、世界が歪んだ。


 ズンッ……!!


 「ぐ、ぉ……!?」


 私の体が、見えない巨人の手で押し潰されたように地面にめり込んだ。


 膝が砕けそうな圧迫感。

 呼吸ができない。


 周囲の瓦礫がミシミシと音を立てて粉砕され、立っていた市民兵たちも糸が切れたように平伏した。


 「な、なんだこれは……! 体が、鉛のように……!」


 バルガスがハンマーを支えにして耐えるが、その剛腕の血管が切れそうだ。

 カレンやギルバートは、すでに地面に伏せられ、指一本動かせない状態だった。


 「『重力制御グラビティ・コントロール』だ」


 ギルバートが苦悶の声を絞り出す。


 「この浮遊都市を維持するためのシステムを、局所的に転用しているんだ! あいつの杖がリモコンになってやがる!」


 「その通りだ、老技師よ」


 枢機卿は悠然と階段を降りてきた。

 彼だけが、この異常重力の影響を受けていない。


 「神の愛は重い。……罪深き者には、立って歩くことすら許されないのだよ」


 枢機卿が私の目の前まで歩み寄り、私の頭を靴底で踏みつけた。


 「さあ、聖女様を返してもらおうか。彼女は『箱庭』の鍵だ。君たちのような薄汚いネズミが触れていい存在ではない」


 アリアだけは、少し離れた場所でへたり込んでいたが、重力の影響は受けていないようだった。

 彼女は涙を流しながら、踏みつけられる私を見ていた。


 「やめて……! ヴェインをいじめないで!」


 「いじめる? これは浄化だよ、聖女様。……さあ、こちらへ」


 枢機卿が手を伸ばす。


 終わるのか。ここまで来て。

 空を目前にして、このまま圧死するのか。


 (……ふざけるな)


 私は右腕に力を込めた。

 骨がきしむ。筋肉が断裂する音がする。

 それでも、私は杭打ち機の銃口を、枢機卿の足首に向けようともがいた。


 「まだ動くか。しぶといな」


 枢機卿が錫杖を振り上げる。

 出力を上げて、私を圧壊させるつもりだ。


 その時。アリアが、天を仰いだ。

 彼女が見つめる先には、ジジジ……とノイズを放つ、巨大な人工太陽があった。


 「……うるさい」


 アリアが呟いた。


 「え?」


 枢機卿の手が止まる。


 「あの太陽……泣き叫んでる。……『熱い』、『苦しい』、『もう燃えたくない』って……!」


 アリアが立ち上がった。

 彼女は両手を広げ、その人工太陽に向かって、歌い始めた。


 それは言葉ではなかった。


 高周波の共鳴音を含んだ、悲しく、そして優しい旋律メロディ

 機械たちへの鎮魂歌レクイエム


 キィィィィィィン……


 歌声が響くと同時に、頭上の太陽が激しく明滅を始めた。

 まばゆい白色光が、不吉な赤色へと変わり、そして黒い斑点が表面に広がっていく。


 「な、何をしている!? ハロ・ランプへの干渉だと!?」


 枢機卿が狼狽して空を見上げる。


 「やめさせろ! あれが落ちれば、この都市のエネルギー供給が止まるぞ!」


 「止めるのよ。……もう、眠らせてあげて」


 アリアの歌声が高まり、絶頂クライマックスに達した瞬間。


 ブツンッ。


 世界から音が消えた。

 そして、人工太陽が――消灯した。


 永遠の昼が支配していた上層に、初めて「夜」が訪れた。

 光源を失った街は闇に沈み、非常灯の赤い光だけが点滅を始める。

 そして何より劇的だったのは。


 「……軽くなった!?」


 私の体を縛り付けていた重力の鎖が、消失したのだ。  エネルギー供給を断たれた重力制御システムがダウンしたのだ。


 「な、馬鹿な……神の灯火が……!」


 枢機卿が呆然と立ち尽くしている。

 その黄金の仮面が、非常灯の赤色に不気味に照らされていた。


 私は立ち上がった。

 全身激痛だが、体は羽のように軽い。


 右腕のリボルバーを確認する。

 残弾一発。 十分だ。


 「……形勢逆転だな、枢機卿」


 「貴様ら……! 何をしたか分かっているのか! この空域の浮力が失われれば、街ごと墜落するぞ!」


 「知ったことか。……俺たちは、ここよりもっと高い場所へ行くんだ」


 私はウルフに目配せをした。

 彼もニヤリと笑い、リボルバーカノンを構え直した。


 「へっ、暗闇のパーティーもお洒落でいいじゃねえか。……踊ろうぜ、神様よぉ!」


 「総員、突撃!」


 私の号令と共に、カレンのアサルトライフルが、ギルバートのショットガンが、そしてバルガスのハンマーが一斉に火を噴いた。

 守りを失った枢機卿の親衛隊が崩れ去る。


 私たちは闇に包まれた白亜の庭を駆け抜けた。

 目指すは中央にそびえ立つ大聖堂。

 その最上階にあるという、「天への扉」を開くために。


 (続く)



次回予告


 エネルギーを失い、徐々に高度を下げ始める天空区画。

 崩壊が始まる中、ヴェインたちは大聖堂の内部へと侵入する。

 そこで彼らを待ち受けていたのは、枢機卿が自らの体に施していた禁断の改造――「天使化」した異形の姿だった。

 背中から生えた機械の翼、光輪を模したレーザー兵器。

 ラスボス戦の開幕。

 ヴェインの炸薬式杭打ち機、最後の一発はどこに打ち込まれるのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ