第16話:堕ちる太陽と重力の檻
「どけ、雑魚ども! 俺の獲物はそこのドクターだ! 横取りする奴は神様だろうが風穴を開けてやる!」
ウルフの怒号と共に、リボルバーカノンが火を噴いた。
ドォン、ドォン!!
重厚な発砲音。
放たれた銀色の弾丸は、空中で直角に軌道を変え、襲いかかる市民兵たちの武器だけを正確に弾き飛ばした。
殺してはいない。
この男、凶悪な見た目に反して、職人芸じみた精密射撃を持っていやがる。
「助太刀のつもりか、ウルフ! 賞金首に情けをかけるとはな!」
私は炸薬式杭打ち機で迫る機械兵を殴り飛ばしながら叫んだ。
「勘違いすんな! お前の首は高く売れるんだ。こんな宗教狂いの連中にタダでくれてやるのが癪なだけだ!」
ウルフは背中合わせになりながら、ニヤリと笑った。
「それに、見ろよあの金ピカ野郎。……あんな高い所から人を見下ろす奴は、一度地面に叩きつけてやらねえと気が済まねえタチでな」
ウルフの銃口が、階段の上に立つ枢機卿を捉える。
しかし、枢機卿は動じない。
黄金の仮面の奥で、冷徹な目が細められた気配がした。
「……愚かな。重力に逆らって飛ぼうとする羽虫が」
枢機卿が錫杖をトン、と地面に突いた。
ただそれだけの動作。
だが、次の瞬間、世界が歪んだ。
ズンッ……!!
「ぐ、ぉ……!?」
私の体が、見えない巨人の手で押し潰されたように地面にめり込んだ。
膝が砕けそうな圧迫感。
呼吸ができない。
周囲の瓦礫がミシミシと音を立てて粉砕され、立っていた市民兵たちも糸が切れたように平伏した。
「な、なんだこれは……! 体が、鉛のように……!」
バルガスがハンマーを支えにして耐えるが、その剛腕の血管が切れそうだ。
カレンやギルバートは、すでに地面に伏せられ、指一本動かせない状態だった。
「『重力制御』だ」
ギルバートが苦悶の声を絞り出す。
「この浮遊都市を維持するためのシステムを、局所的に転用しているんだ! あいつの杖がリモコンになってやがる!」
「その通りだ、老技師よ」
枢機卿は悠然と階段を降りてきた。
彼だけが、この異常重力の影響を受けていない。
「神の愛は重い。……罪深き者には、立って歩くことすら許されないのだよ」
枢機卿が私の目の前まで歩み寄り、私の頭を靴底で踏みつけた。
「さあ、聖女様を返してもらおうか。彼女は『箱庭』の鍵だ。君たちのような薄汚いネズミが触れていい存在ではない」
アリアだけは、少し離れた場所でへたり込んでいたが、重力の影響は受けていないようだった。
彼女は涙を流しながら、踏みつけられる私を見ていた。
「やめて……! ヴェインをいじめないで!」
「いじめる? これは浄化だよ、聖女様。……さあ、こちらへ」
枢機卿が手を伸ばす。
終わるのか。ここまで来て。
空を目前にして、このまま圧死するのか。
(……ふざけるな)
私は右腕に力を込めた。
骨がきしむ。筋肉が断裂する音がする。
それでも、私は杭打ち機の銃口を、枢機卿の足首に向けようともがいた。
「まだ動くか。しぶといな」
枢機卿が錫杖を振り上げる。
出力を上げて、私を圧壊させるつもりだ。
その時。アリアが、天を仰いだ。
彼女が見つめる先には、ジジジ……とノイズを放つ、巨大な人工太陽があった。
「……うるさい」
アリアが呟いた。
「え?」
枢機卿の手が止まる。
「あの太陽……泣き叫んでる。……『熱い』、『苦しい』、『もう燃えたくない』って……!」
アリアが立ち上がった。
彼女は両手を広げ、その人工太陽に向かって、歌い始めた。
それは言葉ではなかった。
高周波の共鳴音を含んだ、悲しく、そして優しい旋律。
機械たちへの鎮魂歌。
キィィィィィィン……
歌声が響くと同時に、頭上の太陽が激しく明滅を始めた。
まばゆい白色光が、不吉な赤色へと変わり、そして黒い斑点が表面に広がっていく。
「な、何をしている!? ハロ・ランプへの干渉だと!?」
枢機卿が狼狽して空を見上げる。
「やめさせろ! あれが落ちれば、この都市のエネルギー供給が止まるぞ!」
「止めるのよ。……もう、眠らせてあげて」
アリアの歌声が高まり、絶頂に達した瞬間。
ブツンッ。
世界から音が消えた。
そして、人工太陽が――消灯した。
永遠の昼が支配していた上層に、初めて「夜」が訪れた。
光源を失った街は闇に沈み、非常灯の赤い光だけが点滅を始める。
そして何より劇的だったのは。
「……軽くなった!?」
私の体を縛り付けていた重力の鎖が、消失したのだ。 エネルギー供給を断たれた重力制御システムがダウンしたのだ。
「な、馬鹿な……神の灯火が……!」
枢機卿が呆然と立ち尽くしている。
その黄金の仮面が、非常灯の赤色に不気味に照らされていた。
私は立ち上がった。
全身激痛だが、体は羽のように軽い。
右腕のリボルバーを確認する。
残弾一発。 十分だ。
「……形勢逆転だな、枢機卿」
「貴様ら……! 何をしたか分かっているのか! この空域の浮力が失われれば、街ごと墜落するぞ!」
「知ったことか。……俺たちは、ここよりもっと高い場所へ行くんだ」
私はウルフに目配せをした。
彼もニヤリと笑い、リボルバーカノンを構え直した。
「へっ、暗闇のパーティーもお洒落でいいじゃねえか。……踊ろうぜ、神様よぉ!」
「総員、突撃!」
私の号令と共に、カレンのアサルトライフルが、ギルバートのショットガンが、そしてバルガスのハンマーが一斉に火を噴いた。
守りを失った枢機卿の親衛隊が崩れ去る。
私たちは闇に包まれた白亜の庭を駆け抜けた。
目指すは中央にそびえ立つ大聖堂。
その最上階にあるという、「天への扉」を開くために。
(続く)
次回予告
エネルギーを失い、徐々に高度を下げ始める天空区画。
崩壊が始まる中、ヴェインたちは大聖堂の内部へと侵入する。
そこで彼らを待ち受けていたのは、枢機卿が自らの体に施していた禁断の改造――「天使化」した異形の姿だった。
背中から生えた機械の翼、光輪を模したレーザー兵器。
ラスボス戦の開幕。
ヴェインの炸薬式杭打ち機、最後の一発はどこに打ち込まれるのか。




