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鯖喰いの庭、銀の脈動  作者: 六道奏
『第一部:偽りの空と鉄の翼』

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15/22

第15話:人工太陽の嘘と聖女の帰還

 錆びついたハンドルを回し、重厚なメンテナンスハッチを押し上げると、そこには暴力的なまでの「白」と「光」が待っていた。


 「……眩しい」


 私は反射的に目を覆った。

 地下の暗闇に慣れきった網膜が、焼けるような痛みを訴える。

 ゆっくりと瞼を開くと、視界に飛び込んできたのは、息を呑むほど美しい、しかしどこか現実味のない光景だった。


 そこは、雲の上にあると言われる「天空区画アッパー・サイド」の最下部、通称「白亜のアルバ・ホルトゥス」。

 地面は大理石のタイルで敷き詰められ、塵一つ落ちていない。

 建物はすべて白一色で統一され、優雅な曲線を描くドームや尖塔が林立している。


 そして、遥か頭上には――太陽があった。


 「……あれが、お日様?」


 カレンがサングラスをかけながら、呆然と呟く。


 空は青かった。

 だが、その青はどこか塗料じみていて、浮かんでいる白い雲はピクリとも動かない。

 そして、中央で輝く太陽からは、ジジジ……という微かな電気的ノイズが聞こえた。


 「いや、違う」


 ギルバートが計器をかざしながら、冷ややかな声で否定した。


 「あれは巨大な『核融合照明ハロ・ランプ』だ。教会の連中、地下のエネルギーを吸い上げて、こんな馬鹿でかい電球を灯してやがったのか」


 偽りの空。偽りの太陽。

 ここは、永遠に昼が続く、不夜の箱庭だった。


 「……静かすぎる」


 私は右腕のパイルバンカーを、ボロ布で隠しながら周囲を警戒した。


 街には人がいた。

 純白のトガ(聖衣)を纏った人々が、通りを行き交っている。


 だが、話し声が聞こえない。

 足音すらしない。

 彼らはまるで幽霊のように、音もなく滑るように歩いていた。


 「おい、見ろよあいつらの顔」


 バルガスが潜めた声で言う。

 近くを通りかかった男性の顔を見て、私は背筋が凍る思いがした。


 笑っていた。


 いや、顔の筋肉が「笑顔」の形で固定されていた。

 目は笑っていない。


 そして、その肌の質感は、生身の皮膚というよりは、精巧な陶器セラミックに近い光沢を放っていた。


 「……全身義体化フル・サイボーグか?」


 「それも、感情制御ユニット付きの高級品だな。……気味の悪い連中だ」


 私たちは建物の影に身を潜めた。


 私たちの姿――油と泥と血にまみれた格好は、この清潔な街ではあまりにも異物すぎた。

 一歩でも表通りに出れば、即座に通報されるだろう。


 「どうする? 空へのゲートは、この街の中心にある『大聖堂』のさらに上だぞ」


 カレンが焦りを滲ませる。


 アリアの体調は安定しているが、長くは持たない。

 一刻も早く、ここを突破しなければならない。


 その時だった。

 街中に響き渡る鐘の音が鳴った。


 ゴーン、ゴーン……。


 その音に合わせ、歩いていた人々が一斉に足を止め、その場に跪いた。

 彼らは大聖堂の方角に向かって祈りを捧げ始めた。


 「……好機だ。この隙に移動するぞ」


 私はアリアの手を引き、路地裏を抜けようとした。

 だが、角を曲がった瞬間、一人の少女と鉢合わせになった。

 真っ白なワンピースを着た、十歳くらいの少女。

 彼女もまた、陶器のような肌と、貼り付けたような笑顔を持っていた。


 「あ……」


 少女の虚ろな瞳が、私ではなく、私の後ろにいるアリアを捉えた。


 その瞬間、少女の「笑顔」が崩れた。

 驚愕と、歓喜と、畏怖が入り混じった表情へと変化する。


 「……聖女、様?」


 少女の声は小さかったが、静寂に満ちたこの街では、雷鳴のように響いた。


 祈りを捧げていた周囲の人々が、一斉に顔を上げる。

 何十、何百という「作り物の目」が、私たちに突き刺さる。


 「まずい! 走れ!」


 私が叫ぶよりも早く、人々が私たちを取り囲んだ。

 だが、彼らは襲いかかっては来なかった。

 武器も持っていない。

 彼らは涙を流しながら、地面に額を擦り付け、アリアに向かって手を伸ばしてきたのだ。


 「ああ、奇跡だ! 聖女アリア様がお戻りになられた!」

 「穢れた下層から、我々を導くために!」

 「聖女様! どうか私に祝福を!」


 狂信。

 異様な熱気が渦巻く。


 彼らにとってアリアは、お尋ね者ではなく、信仰の対象だったのだ。


 「な、なんなのこれ……」


 アリアが怯えて私の背中に隠れる。

 群衆の圧力に押され、私たちは身動きが取れなくなる。

 発砲すれば道を開けるかもしれないが、丸腰の市民を虐殺することになる。

 そんなことをすれば、騎士団が血眼になって殺しに来るだろう。


 「……道をお開けなさい」


 凛とした、しかし氷のように冷徹な声が、群衆を割った。

 人々がモーゼの海割れのように左右に分かれる。


 現れたのは、深紅の法衣を纏った長身の男だった。

 顔には黄金の仮面。

 手には長い錫杖しゃくじょうを持っている。


 「枢機卿カーディナル……!」


 ギルバートが呻く。

 男は私たちの前で立ち止まり、仮面の奥から品定めするような視線を送ってきた。


 「よくぞ戻った、迷える子羊よ。……いや、我らが最高傑作『A-00』」


 枢機卿はアリアに向かって恭しく一礼した。

 そして、私の方を見て、仮面の下で嘲笑う気配を見せた。


 「そして、ご苦労だったな、ドクター・ヴェイン。……君が『配達人』としてこれほど優秀だとは。教会を代表して礼を言おう」


 「……配達人だと?」


 「そうだ。我々は待っていたのだよ。彼女が外の世界を知り、感情を育て、そして『覚醒』して戻ってくるのをな。……未完成だった人形に『心』を入れるには、多少のドラマが必要だったということだ」


 罠だったのか。


 ジークが襲ってきたのも、追手が差し向けられたのも、すべてはアリアの感情データを収集し、彼女を「完成」させるためのテストだったというのか。


 「ふざけるな!」


 私はパイルバンカーを構えた。

 だが、枢機卿は動じない。


 彼が錫杖を軽く振ると、周囲の市民たちが一斉に立ち上がり、その瞳が赤く発光し始めた。


 戦闘モード。


 この街の住民すべてが、教会の兵士なのだ。


 「抵抗は無意味だ。……さあ、聖女様をお連れしろ。儀式のときは来た」


 無数の手が伸びる。

 アリアが悲鳴を上げる。


 私はトリガーに指をかけたが、数が多すぎる。

 飲み込まれる――そう思った瞬間。


 「……伏せろッ!」


 上空から声が降ってきた。


 ズドォォォォン!!


 広場の中央に、黒い影が隕石のように落下した。

 大理石が砕け散り、煙幕が広がる。


 「ゲホッ……なんだ!?」


 煙の中から現れたのは、全身黒尽くめの男。

 手には、月光のように輝く長銃身のリボルバーカノン。


 「よう、ドクター。……ずいぶんと派手な凱旋パレードじゃねえか」


 賞金稼ぎのウルフだった。

 地下鉄で戦ったはずの宿敵が、なぜここに。


 「勘違いするなよ。俺は賞金首を横取りされるのが気に入らねえだけだ。……それに、この教会野郎のすかした仮面も、昔からムカついてたんでな」


 ウルフがニヤリと笑い、枢機卿に銃口を向けた。

 昨日の敵は今日の友――ではない。


 ただの共闘だ。


 だが、今の私たちには、この凶悪な乱入者が天使に見えた。


 「……面白くなってきたな。パーティーの始まりだ!」


 私はバルガス、カレン、ギルバートに合図を送った。

 白亜の庭が、戦場へと変わる。


 (続く)



次回予告


 ウルフの乱入により、広場は大混戦となる。

 市民兵ドールたちの波状攻撃を凌ぎながら、大聖堂への突入を試みるヴェインたち。

 しかし、枢機卿の錫杖が放つ「神の奇跡(超重力魔法)」が彼らを押し潰す。

 絶体絶命の窮地。

 その時、アリアが「歌」を口ずさむ。

 それは機械を操る歌ではなく、偽りの太陽を落とすための「鎮魂歌レクイエム」だった。

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