表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鯖喰いの庭、銀の脈動  作者: 六道奏
『第一部:偽りの空と鉄の翼』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/22

第12話:裏切りのシグナルと強行離陸(スクランブル)

 「第三シリンダー、圧縮率良好。燃料混合比ミクスチャー、リッチに固定。……よし、これなら回る!」


 私は油まみれの手でスパナを放り投げ、コクピットの縁を叩いた。


 『天翔あまかける鯨』号のエンジンが、ゴホッ、ゴホッ、という咳き込みから、ドゥルルルル……という力強いアイドリング音へと変化する。

 不規則だった鼓動が整い、機体全体が獣のように震え始めた。


 「やったな、ヴェイン! 排気炎の色が青に変わったぞ! 完全燃焼だ!」


 翼の上で調整を行っていたギルバートが、ゴーグル越しにサムズアップを送ってくる。

 カレンたちレジスタンスの技師たちからも、歓声が上がった。


 三日三晩の不眠不休の突貫工事。


 寄せ集めの廃材ジャンクが、今、空を飛ぶための翼へと生まれ変わったのだ。


 「カレン! 準備はいいか! 天井ハッチを開放しろ! 今夜が決行日(D-デイ)だ!」


 私が怒鳴ると、地上班のカレンが通信機を握りしめ、コントロール室へと走った。


 だが、その直後だった。


 ズガアアアアアンッ!!


 格納庫の入り口である防火扉が、内側からではなく、外側からの指向性爆薬によって吹き飛ばされた。


 爆風が熱波となって吹き荒れ、歓声を上げていた技師たちが木の葉のように舞う。

 図面が、工具が、そして数人の命が、一瞬にして宙に散った。


 「なっ……!?」


 私は衝撃に耐えながら、爆心地を睨んだ。


 もうもうと立ち込める黒煙の中、整然とした足音と共に現れたのは、純白の戦闘法衣を纏った集団だった。

 顔にはのっぺりとした白い仮面。

 手には、銀色の長銃身ライフルや、音叉のような奇妙な形状の剣が握られている。


 「『聖歌隊クワイア』……!」


 バルガスが呻いた。


 教会の最精鋭部隊。

 異端審問官や処刑人形とは格が違う。

 彼らは「音」を操り、破壊の歌を歌う死の天使だ。


 「なぜだ!? この場所は極秘のはずだぞ!」


 カレンが叫ぶ。


 その時、コントロール室から一人の男が出てきた。

 レジスタンスの副官だ。

 彼はカレンに銃口を向け、薄ら笑いを浮かべていた。


 「悪いな、カレン。……教会が提示した恩赦と、上層アッパーへの居住権には抗えなかった」


 「貴様ッ……裏切ったのか!」


 「夢を見るのは終わりだ。こんなガラクタで空など飛べるものか」


 副官が発砲しようとした瞬間、ドォン!という重い銃声が響いた。

 副官の右腕が弾け飛ぶ。


 撃ったのは、翼の上のギルバートだった。


 「御託はいい! 裏切り者の処分は後だ! 来るぞ!」


 聖歌隊の一人が、音叉剣を振りかざした。

 キィィィィィン……という超高周波の共鳴音が響き渡る。

 その音は物理的な衝撃波となり、私たちの鼓膜を直接叩いた。


 「ぐあぁぁぁっ!」


 立っていられないほどのめまいと吐き気。

 音響兵器だ。

 レジスタンスたちが耳から血を流して倒れていく。


 「カレン! ハッチだ! 早く開けろ!」


 私はふらつく足でコクピットに飛び乗り、スロットルレバーを握った。

 アリアとクロを後部座席に押し込む。


 「ヴェイン、ハッチの制御系がロックされてる! 手動で開けるしかないわ!」


 カレンが血を吐きながら叫んだ。


 手動?


 あの巨大な天井装甲を、ハンドルを回して開けるというのか。


 何分かかる? その間に、私たちは蜂の巣だ。


 「俺がやる!」


 バルガスが吼えた。

 彼は巨大なハンマーを構え、聖歌隊の弾幕の中へと飛び出した。


 「バルガス!」


 「行けェェッ! 武器屋の親父が、自分の作った最高傑作の初陣を見届けねえでどうする!」


 バルガスは全身に銃弾を受けながらも止まらなかった。

 彼の右腕のアタッチメントが火を噴き、回転するハンマーが聖歌隊の前衛をなぎ倒す。

 彼は壁面のキャットウォークへと駆け上がり、手動開閉装置の巨大なハンドルに取り付いた。


 「ぬんッ!!」


 バルガスの右腕から黒煙が上がる。

 油圧シリンダーが悲鳴を上げ、彼の筋肉が断裂する音が聞こえるようだった。

 だが、天井の鉄板が、ズズズ……と動き始めた。


 「開いた……! でも、まだ幅が足りない!」


 「十分だ! 翼端を擦ってでも抜ける!」


 私はスロットルを全開フル・スロットルにした。  エンジンが咆哮を上げる。

 プロペラが空気を切り裂き、機体が前に進もうと暴れだす。


 「ギルバート、乗れ! カレン、お前もだ!」


 カレンが走り出し、タラップに飛び乗る。

 ギルバートが後部銃座の機銃に取り付いた。


 「逃がすか!」


 聖歌隊の隊長らしき男が、銀色のライフルを構えた。


 狙いはエンジン。


 まずい。

 離陸速度テイクオフ・スピードに達する前に撃たれる。


 その時。 私の背後で、アリアが立ち上がった。


 「……飛ばせて!」


 彼女の叫びと共に、格納庫内の照明、クレーン、溶接機、あらゆる電気系統がスパークした。

 過剰な電流が聖歌隊の装備に逆流する。

 彼らの仮面が火花を散らし、ライフルの照準システムがダウンした。


 「今だッ!」


 私はブレーキを解除した。爆発的な加速。

 背中がシートに張り付くG(重力加速度)。


 機体は滑走路代わりの通路を疾走し、斜め上方の排気ダクト――空へと続く唯一の穴へと突っ込んでいく。


 「バルガスッ!!」


 すれ違いざま、私は叫んだが、バルガスはまだキャットウォークの上だ。

 手動ハンドルを離せば、ハッチは自重で閉じてしまう。


 「バルガスッ! 飛び降りろ!!」


 私は操縦桿を強引に倒し、機体を傾けながらキャットウォークスレスレに寄せた。

 右翼が手すりを削り、火花が散る。


 「無茶しやがる! ……だが、嫌いじゃねえ!」


 バルガスは迫りくる機体を見据え、ハンドルから手を離した。

 ハッチがゆっくりと閉まり始める。

 そのわずかな隙間に向かって、バルガスは巨体を躍らせた。


 「うおおおおおおっ!!」


 ダダダダダッ!!


 再起動した聖歌隊の銃撃がバルガスを襲う。

 空中で血飛沫が舞う。


 ドゴォン!!


 機体後部に凄まじい衝撃があった。

 私は振り返らずに叫んだ。


 「カレン! バルガスは!?」


 「……いるわ! 尾翼にしがみついてる! でも血だらけよ!」


 「引き上げろ! 絶対に落とすな!」


 私は涙で見えなくなる視界を無視し、操縦桿を限界まで引き上げた。


 閉まりかけるハッチの隙間。

 翼がコンクリートを削り、補助フラップが吹き飛んだ。

 だが、機体は上昇を止めない。

 傷だらけの仲間全員を乗せて、この銀の鯨は重力という鎖を引きちぎる。


 「抜けろォォォォォッ!!」


 視界が真っ白に染まる。

 次の瞬間、機体はふわりと軽くなった。


 騒音が消えた。


 黒煙の層を突き抜け、私たちが飛び出した先。

 そこには、中層の工場の灯りが星のように眼下に広がり、そして頭上には――未だ分厚い鋼鉄の「蓋」が、無慈悲に空を閉ざしていた。


 「……生きてるか、親父」


 後部座席から、呻き声と共にバルガスの声が聞こえた。


 「……おう。身体中に風穴が開いちまったがな。……とびきりのツケにしておくぞ、ヴェイン」


 私は震える手で汗を拭い、笑った。

 私たちは飛んでいた。

 翼なき鳥たちが、全員で、初めて空を知った瞬間だった。


 (続く)

次回予告


 辛くも中層を脱出した「天翔る鯨」号。

 しかし、そこはまだ本当の空ではない。

 中層と上層の間に広がる、乱気流と雷雲が支配する「魔の空域」。

 追撃してくる教会の戦闘飛行艇部隊。

 ギルバートが機銃を撃ちまくり、カレンが叫ぶ空中戦ドッグファイト

 そして、アリアの体調に異変が現れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ