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鯖喰いの庭、銀の脈動  作者: 六道奏
『第一部:偽りの空と鉄の翼』

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第10話:暴走する処刑人形と炸薬の洗礼

 「……重いな。以前のモデルとは桁違いだ」


 私は右腕をゆっくりと回し、関節の可動域を確認した。

 バルガスから受け取った『炸薬式杭打ちパウダー・バンカー』は、単なる工具の域を完全に逸脱していた。


 黒染めされた鋼鉄の装甲板、排熱のためにスリットが開けられた太い銃身バレル、そして肘部分に装着された回転式弾倉リボルバー・マガジン


 そこには、蒸気機関のような優雅さは微塵もない。

 あるのは、純粋な破壊のための機能美と、暴力的な威圧感だけだった。


 「当たり前だ。中身が違う」


 バルガスが作業用のゴーグルを額に上げ、油にまみれたウエスで手を拭いながら言った。


 「動力源は蒸気圧じゃない。軍用の対戦車ライフル弾から弾頭を抜き、火薬量を三倍に増量した特製カートリッジだ。トリガーを引けば、撃針が雷管を叩き、その爆発エネルギーでタングステンの杭を射出する」


 「……正気の沙汰じゃないな。腕がちぎれそうだ」


 「安心しろ。衝撃吸収用のダンパーと、強制排熱システムを組み込んである。まあ、それでも連続使用すれば肩の骨にヒビが入るかもしれんがな」


 バルガスはニヤリと笑い、予備の弾薬ケースをカウンターに置いた。

 真鍮色の薬莢が鈍い光を放つ。

 一発一発が、死神への招待状だ。


 「ありがとう、バルガス。……ツケにしておいてくれ」


 「出世払いにしてやるよ。お前が上層の貴族様になったら、特等のワインでも奢ってくれ」


 私が新しい相棒の装着を終えた、その時だった。


 ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン――――!!


 不快な和音を含んだサイレンの音が、工房の外から響き渡った。

 ただの工場の始業ベルではない。

 もっと切迫した、神経を逆撫でするような警報音。


 『第一種非常警戒態勢』


 かつて研究所時代に聞いたことがある、大量殺戮の合図だ。


 「なんだ!? 空襲か?」


 ギルバートが窓に駆け寄り、ブラインドの隙間から外を覗く。

 その背中が、一瞬で凍りついたように強張った。


 「……おい、ヴェイン。冗談だろ。あんなものが市街地を歩いているぞ」


 私も窓辺に寄った。

 工房の前の通り、黒煙に霞むメインストリートは、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


 逃げ惑う労働者たち。


 その背後から、無機質な行進曲のように金属音を鳴らして迫ってくる「それ」は、人の形をしていたが、人ではなかった。


 身長は三メートル近い。

 黒塗りの滑らかな装甲に覆われた細長い手足。

 頭部には顔がなく、代わりに赤く光る単眼モノアイが一つ。

 そして両腕は、手首から先が巨大な回転鋸チェーンソーになっていた。


 「『処刑人形エクスキューショナー』……!」


 私が呻くように呟くと、バルガスが舌打ちをした。


 「教会の新型か! 噂には聞いていたが、まさかこんな労働者区画で実戦テストを始めやがるとはな!」


 通りでは、逃げ遅れた男が転倒した。

 処刑人形は感情のない動作で近づき、その回転鋸を振り下ろす。

 鮮血が飛沫となって壁を染め、断末魔の叫びが一瞬で途絶えた。


 人形は止まらない。


 単眼をぎょろりと動かし、次の標的ターゲット――母親に手を引かれて走る子供を捕捉した。


 「……やめて」


 アリアが耳を塞ぎ、その場にうずくまった。


 「聞こえるの。……あの子たち(機械)の声が。……『殺したくない』、『止められない』、『痛い』って……泣き叫んでる!」


 彼女の悲痛な声が、私の胸をえぐる。

 この新型兵器もまた、教会の犠牲者なのかもしれない。

 高度な自律AIを与えられながら、強制的なプログラムで殺戮を強いられているのだ。


 「ヴェイン、どうする? 裏口からなら、混乱に乗じて逃げられるかもしれん」


 ギルバートが私に問う。

 賢明な判断だ。関われば死ぬ。

 相手は一体や二体ではない。

 通りの奥から、続々と増援が現れている。


 だが。


 ダダダダダッ!!


 乾いた銃声が響いた。

 通りの向こう、瓦礫の山から数人の影が飛び出し、処刑人形に向けて発砲を始めたのだ。


 カレンたちだ。


 彼女率いる「鉄の夜明け」のメンバーが、無謀にも旧式のアサルトライフルで怪物に挑んでいる。


 「こっちよ! 化け物! 民間人には手出しさせないわ!」


 カレンが叫び、囮となって路地へ走る。

 だが、処刑人形の装甲は厚い。

 銃弾は火花を散らすだけで弾かれ、逆に人形の注意を引いてしまった。

 二体の人形が、カレンたちを挟み撃ちにするように展開する。


 「……馬鹿が。あんな豆鉄砲で勝てる相手じゃない」


 私は吐き捨てた。

 見捨てて行くべきだ。彼らは他人だ。

 私の目的はアリアを守ることだけだ。


 そう自分に言い聞かせ、踵を返そうとした時、アリアの瞳と目が合った。


 彼女は泣いていた。


 だが、私を責めるような目はしていなかった。

 ただ、悲しみに耐え、それでも何かを信じようとする、澄んだ瞳。


 「……くそっ」


 私は大きく息を吐き、右腕の安全装置セーフティを解除した。

 カチャリ、という金属音が、私の中の迷いを断ち切る音に聞こえた。


 「ギルバート、アリアを頼む。バルガス、裏口のルートを確保しておいてくれ」


 「おい、ヴェイン! 行く気か!?」


 「試運転テスト・ドライブだ。……新しい玩具の性能を確かめるには、丁度いいマトだろう?」


 私はニヤリと笑い、工房の扉を蹴り開けた。


 外に出た瞬間、鼻をつく血と硝煙の臭い。


 私は姿勢を低くし、戦場へと疾走した。

 狙うは、カレンに迫る一体の人形。


 奴が回転鋸を振り上げ、カレンの細い首を刎ねようとしたその刹那。


 「そこを退け、ポンコツ!」


 私はカレンの横を滑り抜け、人形の懐へと飛び込んだ。

 人形の単眼が私を捉えるよりも速く、私は右腕を突き出し、その胸部装甲に銃口を押し当てた。


 「『炸薬の洗礼バプテスマ』を受けて眠りな!」


 トリガーを引く。


 ドゴォォォォンッ!!!!


 爆音。


 それは、これまでの蒸気式とは次元が違った。

 まるで手元で手榴弾が爆発したかのような衝撃。

 私の右肩が悲鳴を上げ、ブーツが地面を削って後退する。


 だが、その威力は絶大だった。


 閃光と共に射出された杭は、処刑人形の分厚い装甲を紙のように貫通し、内部の動力炉ごと背中側へと突き抜けたのだ。


 人形の動きが止まる。


 次の瞬間、内部から誘爆を起こし、上半身が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 降り注ぐオイルと鉄片の雨。


 「……は?」


 死を覚悟していたカレンが、目を見開いて私を見上げている。

 その顔は煤と涙で汚れていたが、驚愕に固まっていた。


 「ドクター……ヴェイン?」


 「礼には及ばん。……おい、ボサッとするな! まだ来るぞ!」


 私は排莢レバーを叩いた。


 キィン、という澄んだ音と共に、煙を上げる空薬莢が宙を舞う。

 すかさずリボルバーが回転し、次弾が装填される。


 残りの人形たちが、仲間の破壊反応を感知し、一斉に私へとターゲットを変更した。


 三体。いや、四体。包囲されている。


 「カレン、部下を連れて下がれ! 俺が道をこじ開ける!」


 「でも、あなた一人じゃ……!」


 「一人じゃない」


 私の背後から、低い駆動音が響いた。

 振り返ると、そこには巨大なハンマーを構えたバルガスと、愛用のショットガンにスラグ弾を装填したギルバートが立っていた。


 そして、工房の屋根の上には、風に靡くボロ布を纏った小さな影――アリアが、両手を広げて立っていた。


 「……システム、強制介入ハッキング。……リンク、スタート」


 アリアの瞳が青白く輝く。


 その瞬間、迫りくる人形たちの動きが、一瞬だけ乱れた。

 統率された連携リンクが断ち切られ、個々の動きがバラバラになる。


 「今だッ! 畳み掛けるぞ!」


 私は再び駆け出した。

 右腕が熱い。骨がきしむ。


 だが、この痛みこそが、私がまだ「人間」であることの証だ。


 黒煙に覆われた空の下、私たちは反撃の狼煙を上げた。


 これは、ただの逃亡劇ではない。


 錆びついた世界に対する、私たちの最初の「拒絶」の意志表示だった。


 (続く)



次回予告


 ヴェインたちの奮戦により、処刑人形部隊は一時的に撤退する。

 しかし、それは教会による本格的な「浄化作戦」の序章に過ぎなかった。

 カレンの案内でレジスタンスのアジトへと招かれたヴェインたちは、そこで衝撃的な光景を目にする。

 工場の地下で密造されていたのは、兵器だけではなかった。

 失われたはずの「空」を飛ぶための翼、未完成の「飛行機械」だった。

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