第7章 王都から来た忠義の騎士
『迷い猫のキッチン』が海鮮丼で新たな評判を呼んでから数ヶ月が経ったある日。店のドアベルが、少し控えめな音を立てて鳴った。
そこに立っていたのは、見覚えのある人物だった。年の頃は三十代半ば。日に焼けているが、その立ち姿には騎士としての気品が漂っている。王都の騎士団に所属する、サー・ジェラルド。私がまだ公爵令嬢だった頃、数少ない私の理解者の一人だった。
「ジェラルド様……どうして、こちらに?」
驚く私に、彼は安堵したような、それでいて少し申し訳なさそうな複雑な表情を浮かべた。
「ロザリンド様……。いえ、今はロザリンドさんとお呼びすべきか。あなたの追放が決定した時、何もできなかったことをずっと悔いていました。せめて、あなたが無事でおられるか、この目で確かめたくて」
彼は休暇を取り、はるばる王都から私を案じて来てくれたのだ。その忠義に、私の胸は熱くなった。
「まあ、立ち話もなんです。どうぞ、中へ。何か温かいものでも」
私がカウンターに案内すると、ジェラルドは驚きに目を見張った。店内に溢れる客たちの笑顔と活気。そして、厨房で生き生きと働く私の姿。彼が想像していたであろう、みじめな追放生活とは全く違う光景がそこにはあった。
「これは……驚きました。ポルト・ノーヴォが、これほど活気のある町になっていたとは」
「ジェラルド様も、何か召し上がっていってください。今日のオススメは、煮込みハンバーグですよ」
私は、彼のために腕によりをかけて料理を作った。粗挽きの肉を丁寧にこね、玉ねぎの甘みを引き出し、ふっくらと焼き上げる。仕上げは、赤ワインをたっぷり使ったデミグラスソース。付け合わせは、ほくほくに蒸したジャガイモだ。
一口食べたジェラルドは、言葉を失ったようだった。
「……美味しい。こんなに心が温まる料理は、初めてです」
彼はゆっくりと食事を味わいながら、ぽつりぽつりと王都の惨状を語り始めた。
宮廷の食事が劣化したこと。外交問題にまで発展したこと。エリナの浪費で国庫が傾き始めていること。そして、ユリウス殿下がかつての聡明さを失い、エリナの言いなりになっていること。
「多くの者たちが、今になって気づき始めています。あなたがいかに優れた方であったか。あなたが、いかにこの国にとって必要な存在であったかを。……しかし、もう遅い」
彼の声には、深い悔しさが滲んでいた。
「いいえ、ジェラルド様。私はもう、過去を振り返りません。今の私には、この店と、ここの皆がいますから」
私は、洗い物を手伝ってくれているレオと、新しい椅子の具合を確かめているギデオン、そして店の隅の席で帳簿をつけながらも私に穏やかな視線を向けるカインに目をやった。
私の言葉に嘘がないことを、ジェラルドは悟ったようだった。彼は食事を終えると、深く頭を下げた。
「あなたの元気な姿を見られて、本当に安心しました。そして、この町の活気と、この素晴らしい料理……。王都の者たちにも伝えたい。いや、伝えるべきだ」
彼は何かを決意したような顔で立ち上がった。
「ロザリンドさん。私は王都に戻ります。あなたの作るこの温かい料理が、いつか、凍えきった王都の人々の心をも溶かす日が来るかもしれません。その日を、私は信じています」
そう言い残し、彼は王都へと帰っていった。
この時、私はまだ知らなかった。彼のこの来訪と報告が、やがて王国の運命を動かすための、重要な布石となることを。私はただ、昔なじみの友人が元気でいてくれたこと、そして私の料理を喜んでくれたことが、純粋に嬉しかったのだ。




