第6章 海の幸の革命!至高の海鮮丼
ポルト・ノーヴォは港町だ。毎日、新鮮な魚介類が大量に水揚げされる。しかし、この世界には致命的な問題があった。それは、「魚は火を通すもの」という絶対的な常識。つまり、生食の文化が存在しないのだ。
獲れたての、キラキラと輝く魚を見ながら、私はいつも思っていた。
(ああ、もったいない……これを、お刺身や、お寿司にして食べられたら、どれだけ美味しいだろう)
前世の記憶が、新鮮な魚の旨味を思い出させて疼く。
この世界で生食が根付かない理由は、衛生管理の知識不足と、寄生虫への恐怖からだった。ならば、その二つをクリアすればいい。私には、日本の食文化が培ってきた知恵がある。
私はまず、ギデオンに頼んで、専用の調理場を店の奥に増設してもらった。まな板や包丁は魚専用のものを用意し、徹底的に清潔を保つ。そして、魚の締め方から寄生虫の知識まで、漁師たちに一から説明して回った。
「このアニサキスという虫は、内臓にいる。だから、釣ったらすぐに内臓を処理することが大事なの」
「そして、醤油に似たこの調味料と、ワサビという薬草には殺菌効果があるのよ」
最初は「気でも狂ったのか」と誰もが私の言うことを信じなかった。しかし、『迷い猫のキッチン』の料理で私の腕を信頼してくれていた漁師たちが、半信半疑ながらも協力してくれることになった。
そして、数々の試行錯誤の末、ついに私は究極の一品を完成させた。
それは、炊き立てのご飯に特製の合わせ酢を混ぜた「酢飯」の上に、色とりどりの海の幸を散りばめた、宝石箱のような一皿――「至高の海鮮丼」だ。
艶やかなマグロの赤身、脂の乗ったブリ、透き通るようなヒラメ、プチプチとした食感のイクラ、そして濃厚なウニ。中央には、鮮やかな緑色のワサビと、刻み海苔を添える。
「さあ、カイン。あなたが最初の試食者よ」
私は、この挑戦をいつも面白がって見守ってくれていたカインの前に、その丼を差し出した。
彼は、目の前の見たこともない料理を興味深そうに眺め、怪訝な顔で私を見た。
「……ロザリンド。これを、本当に生で食うのか?」
「ええ。騙されたと思って、醤油を少しだけかけて食べてみて」
カインは躊躇しながらも、言われた通りに醤油をかけ、ウニと酢飯を一緒に口に運んだ。
その瞬間、彼の時間が止まった。
銀色の瞳が、信じられないというように大きく見開かれる。
「な……なんだ、これは……」
口の中に広がる、磯の香りと濃厚でクリーミーな甘み。酢飯のさっぱりとした酸味が、ウニの旨味をさらに引き立てる。それは、彼が今まで経験したことのない、衝撃的な美味しさだった。
彼は夢中になったように、次々と違う魚に箸を伸ばす。マグロの濃厚な旨味、ブリのとろけるような脂、ヒラメの淡白で上品な甘み。全てが違う味わいなのに、酢飯と一緒に食べることで、口の中で至福の交響曲を奏でる。
「……信じられん。魚が、こんなに美味いものだったとは……」
あっという間に丼を平らげたカインは、呆然と呟いた。
「これは、革命だ」
彼の目は、もはやただの料理人を見る目ではなかった。共に未来を切り開く、ビジネスパートナーを見る目に変わっていた。
「ロザリンド。この『海鮮丼』は、この町の漁業を根底から変える。いや、この国の食文化を変えるぞ。俺の商会の力で、この新しい食文化を広めよう。衛生管理のノウハウもセットで売れば、莫大な利益になる」
「ええ、カイン。一緒にやりましょう」
私たちは、固く手を握り合った。
この日、ポルト・ノーヴォで始まった小さな「食の革命」は、カインという最高のパートナーを得て、やがて王国全土を巻き込む大きな渦となっていく。私のレストランは、ただ美味しいものを提供する場所から、新しい価値と文化を創造する場所へと進化を遂げたのだ。




