第3章 開店、迷い猫の唐揚げ無双
ギデオンの協力は絶大だった。彼の熟練の腕にかかれば、あのボロボロの廃屋は見る見るうちに生まれ変わっていく。腐った床板は張り替えられ、穴の空いた屋根は塞がれ、壁は明るい色に塗り直された。私がイメージを伝えると、彼は文句を言いながらも、機能的で温かみのある内装を完璧に作り上げてくれた。
そんな工事の途中、新たな出会いがあった。
お腹を空かせて店の裏をうろついていた、一人の少年。年の頃は十歳くらいだろうか。痩せっぽちで服は汚れているが、その瞳には強い光が宿っていた。
「お腹、空いているの?」
私が声をかけると、少年はびくりと肩を震わせ、警戒心むき出しで私を睨みつけた。私は微笑みかけ、試作していた料理を差し出す。それは、この世界の鶏肉と、市場で見つけた醤油によく似た調味料、そしてニンニクとショウガを使った、とっておきの一品。
少年はしばらく躊躇していたが、やがて空腹には勝てなかったのだろう。おずおずとそれを受け取り、一口かじった。
その瞬間、少年の目が驚きに見開かれる。
「う、うめぇ……! なんだこれ!」
彼の名はレオ。港で親を亡くし、一人でたくましく生きてきた孤児だった。
私が差し出した料理――前世の日本で誰もが愛した「唐揚げ」は、彼の心を一瞬で掴んだのだ。
そして数週間後。ギデオンと、すっかり私に懐いたレオに見守られながら、私のレストランはついに開店の日を迎えた。
店の名前は『迷い猫のキッチン』。
かつての私のように、居場所をなくした人々がふらりと立ち寄れる、そんな温かい場所でありたいという願いを込めて。
開店初日の看板メニューはもちろん、レオを虜にした「黄金鶏の唐揚げ定食」だ。
特製のニンニク醤油ダレにじっくり漬け込んだ鶏肉に、小麦粉と片栗粉を混ぜた衣を薄くまぶす。それを、高温に熱した油の中へ投入する。
ジュワアアアアアァァッッ!!
店内に、食欲を最高に刺激する音が響き渡る。同時に、ニンニク醤油の香ばしい匂いが辺り一面に広がり、店の前を通りかかった漁師や労働者たちが、なんだなんだと足を止めた。
こんがりと黄金色に揚がった鶏肉を、網に上げて油を切る。カウンターだけの小さな店だが、開店と同時に物珍しさから数人の客が入ってくれた。
「へい、姉ちゃん。一番人気っていうのをくれ」
いかつい顔の漁師の親方に、私は炊き立てのご飯と、山盛りの唐揚げ、そして野菜のスープをセットにして差し出した。
「……なんだこりゃ。ただの揚げた鶏肉か?」
訝しげに唐揚げを一つ、手掴みで口に放り込む親方。
次の瞬間、彼の動きが止まった。
サクッ!!!
心地よい咀嚼音が響き、彼の目が見開かれる。
「なっ……!?」
サクサクの衣を破ると、中から熱々の肉汁がじゅわっと溢れ出す。醤油とニンニクの風味が口いっぱいに広がり、鶏肉の旨味と相まって、えもいわれぬ美味しさを生み出す。硬いパンと干し肉ばかりの単調な食事に慣れた港の男たちにとって、それは未知との遭遇だった。
「う、うめええええええっ!!!」
親方の絶叫が、店の空気を一変させた。
「おい、なんだこの美味さは! 外はカリカリなのに、中はめちゃくちゃジューシーじゃねえか!」
その言葉に、他の客たちも我先にと唐揚げを頬張り、そして次々と驚愕の声を上げる。
「本当だ! こいつはすげえ!」
「このしょっぱい味が、飯とむちゃくちゃ合うぞ!」
「おかわり!」
彼らは、まるで獣のように唐揚げをむさぼり、真っ白なご飯をかきこんだ。あっという間に皿は空になり、満足げな溜息が店内に満ちる。
その日の夜まで、『迷い猫のキッチン』は客足が途絶えることがなかった。
店の看板息子として、元気に接客をこなしてくれたレオが、目をキラキラさせながら私の袖を引く。
「ロザ姉、すごいよ! みんな、すっごく笑顔だった!」
「ええ、そうね」
カウンターの向こうで、無愛想だった男たちが「うまかったぞ!」「また来るからな!」と笑顔で手を振って帰っていく。その光景に、私の胸は熱くなった。
追放されてよかった、なんて思わない。でも、この光景を見られたのなら、ここに来た意味はあったのかもしれない。
熱々のフライパンと、最高の笑顔。これこそが、私の求めていた幸せなのだと、心の底から思った。




