エピローグ キッチンは今日も笑顔で満ちている
あれから、数年の月日が流れた。
『迷い猫のキッチン』は、ポルト・ノーヴォ本店を拠点に、王国中に支店を持つ大人気レストランチェーンへと成長していた。カインの卓越した経営手腕と、私の開発する新しいレシピが完璧に噛み合った結果だ。
私たちは、食文化の改革を通じて、王国の農業や漁業、流通にまで大きな影響を与える存在となっていた。人々は親しみを込めて、私のことを「食の聖女」、そしてカインのことを「聖女を支える辣腕商会長」と呼ぶ。
そして、私とカインは結婚した。
派手な式は挙げず、ポルト・ノーヴォの本店で、ギデオンやレオ、町の仲間たちに囲まれてささやかなパーティーを開いただけ。でも、それは私が今まで経験したどんな豪華な夜会よりも、幸せに満ちた時間だった。
ある晴れた日の午後。
ポルト・ノーヴォの『迷い猫のキッチン』本店は、今日もたくさんのお客さんで賑わっている。
厨房に立っているのは、私ではない。見違えるほどたくましく成長した、青年レオだ。彼は今や、この本店の店長を任されるまでに腕を上げた。
「ロザリンドさん、カインさん! 新作、試食お願いします!」
レオが運んできたのは、彼が考案したという新作料理。新鮮な白身魚のポワレに、この地方で採れる柑橘を使った爽やかなソースがかかっている。
私とカインは、店のテラス席でそれを並んで味わう。
「……美味しい。レオ、腕を上げたわね」
「本当だな。ソースの酸味がいいアクセントになっている」
私たちの言葉に、レオは照れくさそうに、でも誇らしげに笑った。
穏やかな潮風が、心地よく頬を撫でる。
隣には、愛する夫がいる。店の中には、信頼する仲間と、私たちの料理で笑顔になっている人々がいる。
私は、かつてないほどの幸福感に包まれていた。
追放され、全てを失ったと思ったあの日。でも、私は失ったのではなく、手に入れたのだ。本当に大切なものを。
「ねえ、カイン」
「なんだ?」
「私、幸せよ」
素直な言葉に、カインは少し驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んで、私の肩を抱き寄せた。
「ああ。俺もだ」
熱々のフライパンと、最高の笑顔。そして、愛する人。
私の人生は、私が夢見た以上に、美味しくて、温かくて、幸せな味で満ちている。
『迷い猫のキッチン』は、今日もたくさんの笑顔と、幸せの香りに包まれていた。




