第12章 私の幸せ、迷い猫の帰る場所
全ての真実が白日の下に晒された後、裁きは迅速に下された。
国王陛下は、民衆を欺き、国を危機に陥れたとして、ユリウスの皇太子位を剥奪し、廃嫡を決定。彼は北の辺境にある小さな屋敷へと送られ、二度と王都の土を踏むことは許されなかった。
偽りの聖女エリナは、聖女の称号を剥奪された上で、国外追放となった。彼女がどこへ行ったのか、知る者はいない。
後処理を終えた国王陛下は、自ら私を呼び出し、深く頭を下げた。
「ロザリンド嬢。君には、まことに申し訳ないことをした。我が息子の愚かさのせいで、君の尊厳を傷つけ、多大な苦労をかけた。この通り、詫びる」
一国の王からの、真摯な謝罪だった。
「そして、君のこの国への多大なる貢献に、心から感謝する。君が望むなら、どんな褒賞も与えよう。望むなら……皇太子妃として、いや、次期国王の后としての地位さえも」
それは、常識的に考えれば、これ以上ない名誉であり、逆転劇の結末だった。追放された悪役令嬢が、王妃となって国を治める。物語としては、最高のハッピーエンドなのかもしれない。
しかし、私の心は少しも揺れなかった。
私は、穏やかに微笑んで、静かに首を振った。
「陛下、そのお言葉だけで十分でございます。ですが、私の幸せは、もう王都にはございません」
私の脳裏に浮かぶのは、きらびやかな王宮ではなく、潮の香りがする港町。豪華なドレスではなく、使い慣れたエプロン。
そして、私を待ってくれている人々の、温かい笑顔。
「私の帰る場所は、皆が美味しいご飯を待っている、あの『迷い猫のキッチン』です。どうか、以前お願いした通り、私をただの一市民として、あの町で暮らす自由をお許しください」
私のまっすぐな瞳を見て、国王陛下は全てを悟ったようだった。彼は寂しそうに、しかし優しい笑みを浮かべた。
「……そうか。君はもう、自分の幸せの場所を見つけたのだな。分かった。君の望み通りにしよう。ロザリンド・フォン・ルクスよ、いや、料理人ロザリンドよ。君の未来に、幸多からんことを」
全てを許し、そして全てを手放した。
王宮の廊下を歩いていると、そっと寄り添ってくれる人がいた。
「……良かったのか? 王妃になるチャンスだったんだぞ」
からかうような口調で、しかしその声には優しさが滲んでいる。カインだ。
「結構です。私には、分不相応な地位ですわ」
「ふん。謙遜か? だが、君らしい答えだ」
カインはそう言うと、私の手をそっと握った。大きくて、少しだけ不器用な、でもとても温かい手。
「さあ、帰ろう、ロザリンド。俺たちの町へ」
「ええ。帰りましょう、カイン。私たちの『迷い猫のキッチン』へ」
私たちは、もう振り返らなかった。
王都の華やかな光に背を向け、私たちの本当の居場所へと、共に歩き出した。太陽が沈む西の空は、まるで門出を祝うかのように、美しく輝いていた。




