第9話
翌日、16歳の誕生日だ。
国王陛下とソリーナ王妃に挨拶をせず、早朝に王城を出た。見送りは誰もいなかった。ちょっとだけ、そうほんの少しだけアシュトン様にお別れを言いたかったけれど、でもそれは私のエゴだ。
むしろそれで良かったのだと思う。涙は出ない。
(さようなら、アシュトン様。これで《隷属契約》も消え失せる。貴方は自由ですよ)
この後、国がどうなるのか胸を痛める必要もない。転移魔法で空中都市の門扉前に飛んだ。
***
「わあ」
聳え立つ銀色の門は、レリーフや装飾が凝っていて美しい。
手続きをすませるのに、時間がかかって気づけば門扉が閉まるギリギリの時間になった。結局、アシュトン様をお誘いすることはできなかったけれど、それで良かったのだ。自分のせいで人生をめちゃくちゃにされたのだ。視界に入るの目障りだっただろう。
(これからは心から好きな人と結ばれてほしい……)
私以外の誰かがアシュトン様の隣にいる。その姿を見ずにすむのはとても有り難い。魔法塔での暮らしは、きっと私の後ろ向きな気持ちを変えてくれるだろう。
(まあ、今日一日は手続きで終わっちゃったけれど、明日から魔法塔の生活に馴染むようにしましょう)
むせ返るようなオレンジ色の夕焼けが美しく、自分の中で心が動いたことが嬉しかった。これからは顔を上げて、楽しもう。
あの国での全てを忘れて──。
カーン、カーン。
鐘の音と共に、巨大な門扉が閉まっていく。
この扉が閉じれば魔法塔への入国は明日以降となるらしい。完全に寸前、誰かが私の名前を呼んだ気がした気がして振り返ったけれど、分厚い門が閉じた後だった。
『オレーリア様』
一瞬アシュトン様の声がした。
気のせいだろう。荷物はすでに部屋においてあるし、夜にはウォルトと食事の約束がある。そう思って街に向かって歩き出した時だった。
ギギギギ……と閉まった門が開く。
「おい、無理に開けようとするな」
「いや、扉が閉まるギリギリで飛び込んだんだ!」
「おい大丈夫か!?」
「治癒班を呼べ! 大至急だ」
(誰か扉に挟まれ──!?)
「オレー……リア……っさま」
なんとなく気になって振り返った瞬間、銀髪が目に入った。そこには血塗れのアシュトン様の姿があったのだ。
「え」
「オレーリア……様」
「な、なんで!?」
アシュトン様に駆け寄ると私を抱きしめるような形で倒れ込み、膝を突いた。彼がこの都市に入るためには、魔法塔からの認可が必要だったはずだ。
いやそれよりも傷の手当が先だと治癒魔法をかける。淡い光によって、彼の額から流れ落ちていた血が止まった。
「一体何があったの!? 契約は解除されたのでしょう!?」
緋色の瞳がぶつかる。ホッとしたような、嬉しいという顔で私を見返した。
「……クローディア様の形見を、やっと貴女にお戻しできる。本当はもっとたくさんの遺産があったのですが、取り返せずに申し訳ありません……」
「え……」
クローディア。私の母の名前だ。アシュトン様の手に握られていたのは、お母様の首飾りだった。もうずっと昔に諦めていた品だ。
「どうして……これは没収されて……」
「取り返すための取引材料が《隷属契約》でした……」
お母様の形見を取り戻すために、《隷属契約》をしたと聞いて耳を疑った。罠に掛けられて契約を結んだとばかり思っていたのだ。でなければ一方的な契約など履行しようとは考えない。
「どうして……。そこまでするのは……騎士として?」
「クローディア様が病死される前、そして私の叔父にオレーリア様をお守りするように、命じられました……しかし……叔父も遠征で亡くなり……私は……。叔父の意思を継ぎましたが…………貴女に惹かれて……っ」
「アシュトン様……もう喋らないでください。傷口が……」
「…………っ」
最後のほうは声が掠れて聞こえなかったけれど、アシュトン様の覚悟が伝わってきた。意識を失ったアシュトン様は私に覆い被さり、その時に唇が微かに触れる。微かに触れただけなのに、心臓がバクバクと音を鳴らしてうるさい。
(なっ!?)
「……っと、お慕いしておりました」
(え、え、ええええええ!?)
それからすぐに衛兵さんたちが手伝ってくれて、彼を都市病院に運んでもらった。偶然触れただけなのに、唇の感触がいつまでも残っていて忘れられない。
こんなことでアシュトン様への気持ちが復活するなんて、我ながら単純だと少し凹んでしまった。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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