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第8話

 抱きしめられている温もりが心地よい。でもそれは今婚約解消されるとアシュトン様が困るから。この人は、巻き込まれただけ。


「いいのです。これで吹っ切れましたし、この国にも未練はないので。私の今までの努力も、実績も、名誉も全部、取り戻してからいなくなります。その後この国がどうなろうと私には関係ありません。……アシュトン様も、《隷属契約》が解除されたら、自身の身の安全を第一に考えてくださいませ」

「ちがっ……っ、──っ、……ぐっ」


 苦悩する声が胸に突き刺さる。

 抱きしめられた温もりが温かくて、心地よくて離れがたかった。本当にこの人が好きだったのだと実感しつつも、失恋したのだと認めたくない自分がいた。

 《隷属契約》のせいで私を大切にできなかったとか、契約が終わったら私を自由にするとか、そんな夢みたいな想像を一瞬だけして──頭を振った。

 そんな訳が無い。


 アシュトン様は私の傍に居たから、王妃とクラリッサに目を付けられたのだ。私を効率よく傷つけるための駒として、選ばれてしまった。

 だから《隷属契約》で縛られて、自由を奪われた。


 私の専属騎士でなければ。

 私が彼を好きにならなければ、傀儡にならなかったかもしれない。5年間、虐げられていたアシュトン様に申し訳ない。


「アシュトン様、巻き込んで申し訳ありませんでした」

「……っ、オレーリア、私は……っ」


 苦悶の声と共に、滲み出る怒りに身が縮む。

 そうよね。私が知らなかっただけで、苦しめたのだ。私に敵意を向けるのは当然だろう。母が亡くなってから私の味方は一人一人消えるか、裏切って離れていった。そうやって私の陣営を真綿で首を締める形に追い込んだのはソリーナ王妃だ。


 私が望んだのは穏やかな日々だけだった。それをここまでぐちゃぐちゃにして、弄んだのは王妃とクラリッサの二人。

 静かに王国を去るつもりだったがここまでされたのだ。最後に復讐して消えるのもいいかもしれない。


「私の功績の全てを、この国に支払ってもらいますわ」


 国のためと思っていたけれど、もうどうでもいい。私の心はぐちゃぐちゃで、ひび割れて元には戻れない。

 歪んで、壊れてしまった。もともと前世の記憶を取り戻したのも、オレーリア自身の心が摩耗して、壊れてしまったからだ。前世の私が補填する形で保っていたようなもの。


 ずっと前から私は壊れて、歪で、それでもいじらしくも信じてみようと手を伸ばした。この国の人たちには誰も届かなかったけれど。でもウォルトや、空中都市の人たちはそんな私を凄い人だと認めてくれたから、いいのだわ。


「アシュトン様。真実に気付かせてくださってありがとうございました。そしてさようなら」

「オレーリア……っ、様」


 最後までアシュトン様の笑顔を見ることはなかった。

 その日のうちに部屋の荷物をまとめ、魔法塔への移住の書類も朝イチでウォルトに提出済みだ。あと一ヵ月は自分の離宮から出ずに、魔導書の翻訳や研究に時間を当てて過ごした。


 私に会いに来る奇特な人間は、ウォルトぐらいだ。けれど今回は断り、「一ヵ月後に」と手紙を書いたら、それで全てを察したようだった。「必要なら魔法塔が出張ろうか」と話が早くて助かる。私が直接下すのも悪くないが、どうせなら魔法塔を巻き込むのも悪くない。


(最後に盛大な復讐をさせて貰いましょう)



 ***



 一ヵ月後。

 誕生日前日に、クラリッサが私の部屋に乗り込んできた。


「オレーリア!」


 相変わらず先触れを出さない非常識な人だ。傍付きの侍女と護衛騎士が5人もいる。どの騎士も見目麗しい顔をしていた。彼女にとって騎士は自分を着飾るアクセサリーのような物なのだろう。


「先触れもなく失礼ではありませんか?」

「そんなことより、帰ってきてどうして一度も会ってくれないの!? 出迎えの時もいなかったし! それに明日の帰国を祝うパーティーにも不参加って酷いじゃない」

(ああ、それで乗り込んできたのね)


 本当に自分勝手な人だ。それを誰も咎めないところも本当にこの国は駄目なのだと呆れてしまう。


「出迎えのことはソリーナ王妃と宰相閣下から会うなと、通達があったからです。なんなら証拠もありますがご覧になりますか?」

「まあ。姉妹の再会なのに、お母様は一体何を考えているのかしら!」


 私としてはクラリッサが何を考えているのか、サッパリわからない。無邪気に人を虐げる、あるいは嫌がらせしていると気付いていないのだろうか。どちらでも私のすべきことは変わらない。


「それで、ご用件は?」

「明日のパーティーに出て欲しいのよ。不参加って書いてあるけれど、私がお願いしたら参加してくれるって思って」

「しませんよ。参加なんて」

「え」


 ポカンと目を見開いて固まっている。そこまでおかしいことを言ったつもりはない。


「私には私のすべきことがありますので、どうしてクラリッサの要望を聞かなければならないのか理解できませんわ」

「そ、そんな。……だって、私が言っているのよ」

「だから? 隣国の第二王子が死んだなんてよく平気で嘘なんか言えますね。向こうの国で色々やらかして離縁と賠償金を支払わされた【お花畑の淫婦】とか言われているそうですね」

「なっ!?」


 一瞬でクラリッサの顔が凍り付いた。私がこの一ヵ月何も知らないとでも思ったのだろうか。この国は情報規制を行い、都合の良い情報操作をしてきた。

 それを崩し、国王陛下と王妃、クラリッサの実態を暴くつもりだ。そのほうがリオン第一王子も即位する際に楽だろう。ウォルト経由でリオンから連絡が来たのは驚きだったが、私のすることに協力してくれるというので利用させて貰うことにした。


 私の異母兄であるリオンは思っていた以上に聡明だったようで、数年前から離れたルグオウ大国に留学しているらしい。この当たりもウォルト情報だ。


「何をでまかせを!」

「いくら姫君とは言え、なんと言うことを!」

「侮辱罪で捉えましょう」

「え、あ、いえ」

「ふふっ、事実をありのままに話しただけなのに面白いことを言うわね。それに今日の新聞に今まで、クラリッサがトリスイオーラ国で何をしてきたのか。真実が記載されているわ」


 各国にも同じ情報をリークしておいたのだ。ちょっとした嫌がらせの一つだが、きっと気に入ってもらえるだろう。


(アシュトン様に掛かっていた《隷属契約》は5年ちょうどに解除されるとあった。それなら明日は騒ぎを起こして、それどころではなくすればいい。この一ヵ月で色々準備していたのだから、たっぷり楽しんでもらわなきゃ)


 にっこりと微笑むと、護衛騎士や傍仕えの侍女がビクリと震えていた。クラリッサは「うそ」と何度も呟いているばかりで現実を受け入れる気はないようだ。


「白い結婚と言いながら好き勝手つまみ食いして、トリスイオーラ国だけではなく、この国の令息や令嬢から相当な慰謝料を請求されていることも明日の新聞に載りますわ。ソリーナ王妃の持っている財産はもちろん、実家の資金だけでは足りないでしょうね」

「!?」


 クラリッサの顔は土色になった。青くなったり、赤くなったり忙しい人だわ。


「貴女の慰謝料をかき集めるために魔法特許──私の功績や財を横領なんてすれば、魔法塔が黙っているわけないのに、どこまでも私を見下して私の功績を全て奪おうとするからそうなるのよ」

「ちが、あれは私のせいではなくて……」


 おろおろと言い訳を始める。涙ぐんで庇護欲をそそるような雰囲気を出すが、私に通じるわけがないだろう。


「本当に頭が空っぽなのね。よくそれで今まで綻びがでなかったこと」


 あるいはソリーナ王妃がブレーンで、尻拭いをしてきたのかもしれない。まあ、どちらも潰すと決めたのだから、どうでもいい。


「酷いわ。でもそれなら私を助けて」

「なぜ?」


 切り返すとまたもやクラリッサは驚いた顔をしていた。


「だって私とオレーリアと仲良しでしょう? それなら私のことを助けるのは当たり前なんじゃないの?」

「どうして私の護衛騎士を奪っただけに飽き足らず、婚約者になった彼に横やりをいれて引き裂く人間と仲が良いと思うの? 私は貴女なんて昔から大嫌いだったわよ」

「酷いっ」


 はらはらと泣き出すので、思わず感心してしまった。王女よりも役者のほうが似合っていると思う。


「酷いわ。3年の間に何があったの? 嫁ぐ前は、あんなに一緒にいたのに……」


 ぐすんと涙する姉に心底、心が冷え冷えとしたものに変わっていく。どうせ私をパーティーに呼びたいのは、アシュトン様と婚約破棄を一方的にさせて自分が婚約する宣言をするためでしょうに。


「一緒に? 私と婚約者様とのお茶会に乱入してきたことですか? それとも市井のデートに勝手についてきたことですか?」

「あれは違うのよ! 私はオレーリアのために」

「私のために明日のパーティーで、私の婚約者を自分の婚約者にする気ですか? 明日が私の誕生日だと知っていて、よくそんな悪魔のようなことを思いつきましたね」

「酷いわっ……そんなこと……。お母様がそのほうが良いっていうから!」


 今度はわあ、と泣き出した。ついには人のせいにし始めた。クラリッサが泣き出したことで護衛騎士たちの敵意が膨れ上がったが、全くもって怖くない。


「エアカード・アッカーは男爵家の家宝まで売ってクラリッサに贈物をしているようだけど、既に高値で売って手元にないわよ。あとさっきも言ったとおり、クラリッサはアシュトン様と婚約する気でいるから、残念ながら早めに目を覚ましたほうがいいわ。愛人ランキング5位」

「は?」

「チェイス・アドコック、あなたは伯爵家(実家)の魔導書を貸し出したのでしょう。アレは禁術で他国に持ち出されたら貴女の一族が呪われるのだけれど、アレもすでに高値で売られて隣国に渡るらしいわよ。どこに売られたのか教えてほしいのなら、クラリッサの愛人でも良いとか辞めたら? ランキングは3位だけれど」

「え」

「カーク・ファインズ。貴方の弟もクラリッサの毒牙に掛かっていているそうよ。貴方は愛人13位、弟は9位ね。弟は家督を得るために動いていたらしいわ」

「は、はああ!?」

「バーナード・キンバリー。あなたはギャンブルで破産寸前でしょう。クラリッサの愛人15位らしいけれど、もし離れるのなら、一発逆転の方法を教えてあげてもいいわよ」

「なっ!?」


 その場にいた護衛騎士たちの闇深い話を軽くしてあげたら、それからは阿鼻叫喚。全員、愛人だとは思っていなかったそうだ。なんとも憐れだこと。

 侍女たちも「早い内に次の紹介状があった方が良いわよ」とアドバイスはしておいた。それからは煩かったので強制転移魔法を発動させて、宮への出入りも制限することで、とても静かだった。


(もっと早くすれば良かった)


 クラリッサの真っ青な顔に少しだけスッキリした。血縁の情などとっくの昔に消え失せている。私だけなら耐えていたし、ちょっとした意趣返しぐらいは考えていたけれど、アシュトン様の人生をめちゃくちゃした分、ここを去る前に大掃除をしておこう。それが私の出したケジメの付けかただ。

 私のせいで巻き込んでしまった。その償いと彼の安全と自由は返したい。それが私に出来る唯一のことだ。


(アシュトン様が苦しんだ対価だけは、しっかり取り立てさせて貰うわ)


楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

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