第7話
(初恋は実らない。分かっている)
もっと早く言うべきだったのだ。それでも優しくされるたびに絆されて、ぐだぐだして。期待しても裏切られることばかりだったのに、本当に馬鹿だ。
一度だって私と交わした約束を守ってくださったことなんてないもの。それでもこの3年間だけはクラリッサがいなかったので表面上は穏やかだった。普通の婚約者よりも距離は遠かったかもしれないけれど、それでも穏やかな時間で、何度か私のことを庇ったり、ちょっとした気遣いに救われたのも事実だ。
(本当にそんな些細なことが嬉しくて堪らなかったのですよ。……アシュトン様)
下唇を噛みしめ、涙を耐えた。
早く言うんだ。
「来月はオレーリア様のお誕生日ですね。パーティーの準備などは進んでいるのですか?」
「──っ」
ああ。そういえばクラリッサが戻ってくる前に、そんな話をしたのだった。彼女が帰ってこなければ、王女としてささやかながらパーティーを開いたのかもしれない。いや今までもなかったのだ。それはあり得ない。
アシュトン様からの贈物は婚約前の物しか残っていなかった。
悲しい。
でも今日でそれも終わる。
「その日はクラリッサが帰還したお祝いをするらしいですよ。王妃様が嬉々として教えてくださいました」
「……あ」
ハッとしたアシュトン様に、私はにこやかに微笑んだ。悲しくても笑えるのは王女としての教育の賜物だろう。思いのほか自分で驚くほど声がすらすらと出てくる。
「二週間後のお茶会で伝えようと思っていたので、ちょうど良かったです」
「そうでしたか。……けれどその日がオレーリア様の生まれた大事な日に変わりはありません。私からまたプレゼントを贈ってもよろしいでしょうか?」
「……いまさら」
去年だったら飛び上がるほど嬉しくて、口元がニヤけていたわ。去年もお祝いをすると言って、結局、仕事が立て続けでと言い訳されて贈物も届かなかった。でもあれはしょうがないと思っていた自分を思い出す。
優しい記憶、穏やかな3年間?
思い返せば、クラリッサがいなくなって少しだけマシになっただけ。それをさも幸せだと、そう思おうとした。
我慢して、なんて愚かだったのだろう。そうもう期待もしないし、結論を出すと決めたのだ。呼吸を整えて、まっすぐに彼を見つめ返す。
「いいえ。その必要はありませんわ」
「え」
泣きそうなのをグッと堪えて、口を開く。喉がカラカラで上手く声が出るか不安だけれど、言わないと。
「16歳の誕生日の日、私は魔法塔のある空中都市に移住するつもりなのです。国王陛下には許可を頂いております。私に対して見送りもありませんから、早朝に発ちます。そして生涯この国に戻ってくる気はありません。だから……っ、だから……」
『私と一緒に逃げてくれませんか?』
なんて少し前までは考えていた。望みは薄いけれど、もし本当に愛してくれているのなら、そう一縷の望みを持っていた。でもクラリッサとの抱擁を見た後で、そんな言葉は引っ込んでしまった。私が言うべき言葉は『一緒に逃げてくれませんか?』ではなく『さようなら』だろう。
「オレーリア様」
「アシュトン様、婚約解消しましょう」
「……っ!?」
「面倒なことや悪役が必要でしたら、私の名前を出して構いません。どうせ何もしなくても、私が悪いことになっているのですから。今さらですし、先ほども言いましたけれど、この国に未練もありませんもの」
そうたった今、唯一の未練を断ち切ったのだから。
アシュトン様は固まったまま。困った顔も、驚いた顔もしていない。
ただ無表情で、瞬き一つしていなかった。
「クラリッサが戻って来た今、私がいると迷惑だという者たちも増えてきますし、また3年前の日々に戻るのは御免なのです。だから私がいなくなる前に婚約解消をしましょう。ああ、それとも私のせいにするのなら私がいなくなるほうが罪を被せやすいので、都合が良いでしょうか」
「…………」
ペラペラと言葉が不思議と出てくる。これで最後だと思ったら思いのほか饒舌に語れることに自分でも驚いた。
「私にとってアシュトン様が初恋でした。形だけの婚約者でしたが、淡い夢を見せてくださってありがとうございました。もう会うこともないと思いますが、……クラリッサと……どうぞお幸せに」
言いたいことは、全部言えた。
言ってやったという満足感のまま、返事も待たずに席を立とうとした。
「オレーリア様」
「!?」
次の瞬間、腕を掴まれ引き寄せられた。気付けばアシュトン様に抱きしめられている。ぎゅうぎゅうに、もみくちゃにされるような酷い抱擁だ。今まで一度だって乱暴にこんなことはしなかったのに。
「痛っ、ぷはっ、な」
「────だ。そんなの、それなら、私は──に」
酷く取り乱したアシュトン様の言葉は途切れ途切れで、私に向けて語っているというよりは、自分に言い聞かせているようだった。
「え」
悲痛で、震えた声。
泣きたいのに泣けないような、そんな思いが伝わってきた。胸を抉るような悲しい目をしていた。その目を私はよく知っている。
自分と同じように、苦しみと悲しみと絶望がない交ぜになった瞳だ。
どうして。
どうしてこの人が?
アシュトン様はクラリッサが好き。だから抱擁もしていたし、笑顔だった。私との約束は何一つ果たしてくれない。婚約者らしいことだってそうだ。
ふとそこで違和感を覚えた。
(本当に? 私が王妃に嫌がらせをされたように、アシュトン様も嫌がらせやなにか弱みを王家が握っていたとしたら?)
あの王妃のことだ。私を傷つけるために様々な事をするだろう。そう考えたら自分でも驚くほど、反射的に分析魔法術式を発動させた。
瞬間、《誓約》と《隷属契約》が浮かんだ。
「え」
その単語に目を疑った。
詳しく契約内容を解析すると、一つは騎士としての誓いであり、こちらは健全というか騎士なら叙勲式で結ぶものだ。問題は《隷属契約》で、なんと契約者は王妃及びクラリッサなこと。
その内容はとてもシンプルで、優先すべきは王妃とクラリッサであること。そして5年間、【オレーリアと婚約を結ぶ】と書かれていた。
(あ。ああ……そういうこと)
自分の中で、大事な何かが壊れた音がした。
アシュトン様が何故、苦悶の表情を見せたのか。私を思っていたからじゃない。5年間、私と婚約を続けることが《契約内容》だったからだ。一瞬でも好意を寄せられていたのだと思って、浮かれそうになった自分が馬鹿みたい。
だから婚約者として、最低限の接し方をしていたのだ。
だからクラリッサを優先していた。
だから──最初から愛されてなどいなかった。彼には選択肢がなかったのだから。
(泣くな、泣くな。泣くなっ!)
「オレーリア様?」
「……アシュトン様は《隷属契約》を結んでいたのですね」
「それは」
彼の顔が酷く歪んで、今にも泣きそうだった。ああ、この方もまた私とは違うけれど、雁字搦めの中にいたのだ。この方も私に関わったばかりに被害を受けた一人だった。
私なんかが好きにならなければ。
私専属の護衛騎士でなかったら──。
アシュトン様の人生をめちゃくちゃにしてしまったのは、私だった。真実に押し潰されそうになるも、今すべきことは凹むことではない。
「事情は分かりました。今まで気付かずにいて申し訳ございません。……私がもっと早く気づいて婚約を結ばなければ、5年もの間、貴方様を縛り付けることはなかった」
「……っ、それは」
「今直ぐに婚約解消ではなく、5年目となる私の誕生日に婚約解消はいたしましょう。それならなんのペナルティもなく契約解除されますわ」
(被害者はアシュトン様だったのだから、泣きそうになるな。なんでもない風に振る舞うの)
王女の仮面を付けていれば笑顔を保てる。部屋に戻ってから好きなだけ泣けば良い。だから、大丈夫。まだ大丈夫よ。
ここで泣けば、悲しめば王妃の思うつぼなのだから。思い通りになんてなってやるものか。
「オレーリア様、……っ、私は」
絞り出す声に胸がギュッと苦しくなる。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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