第3話
ウォルトのおかげで、ようやく王女らしい扱いになり、平和な時間を得ることができた。もっとも学院生活は変わらずで、できるだけ帰る時間を遅らせたくて放課後は、閉館時間ギリギリまで図書館に居座った。
一人で読んでいると、いつものようにウォルトが声を掛けてくる。
「やあ、オレーリア」
「ウォルト。……それで、次は何を翻訳すれば良いの?」
「ふふっ、さすが親友。実はこの古代文字が難しいんだよ」
(サラッと親友に昇格してる)
古びた分厚い本を差し出す。どう考えても年代物で、貴重な本だというのが分かる。預かった本を共通大陸語に書き写すだけの作業だ。こういう作業をするのならノートパソコンがほしい。
「私には同じ言語にしか見えないから、難易度はあまり関係ないのよね」
「それはなんとも羨ましい。……それで、魔法塔に行きたい気持ちは出てきた? 16歳になったら保護者の許可がなくても、本人の意思があれば良いんだ」
(自分で選べる)
思わず筆が止まってしまった。正直揺らいでいるし、興味がある。気づけばウォルトに、恋の悩みを相談することも増えていた。
「……私の婚約者。騎士団長様なのだけれど、ずっと私の片思いで、奇跡的に婚約中なの。それが最初は嬉しかったのだけれど……」
「あー、あの僕を睨んでくる人か」
「にら? え?」
「気にしないで。きっと僕とオレーリアとの距離が近いことに嫉妬でもしているんだと思うよ」
「嫉妬? それはないわ。だってアシュトン様は異母姉のクラリッサと付き合っていたもの。相思相愛だって皆言っているし、アシュトン様も否定しなかったわ」
「ふーん」
「国を出るにも、あの方とだけは話をつけなきゃいけないって思っているの」
「魔法塔は身内なら一人だけ一緒の連れて行けるんだよね。まあ、頑張って」
(アシュトン様が好きなのは私ではなく、クラリッサだ。誰もがそういうし、本人たちも否定しなかった。完全な片思い。でもクラリッサが戻る前に少しでもアシュトン様の気持ちが傾いたら? ……誕生日に一緒に居られないと言われているから望みは……薄いよね)
ウォルトはそれ以上は突っ込んでこなかった。だから私もお喋りはそこまでにして翻訳に集中する。そうすれば嫌なこと、辛いことと向き合わずにすむ。
***
誕生日当日。
秋祭りの期間中にアシュトン様と出かけることも、誕生日パーティーもない。いつもの日常と変わらない誕生日となった。
(大丈夫。今さら期待してないもの)
そう思っていたけれどウォルトが「市井の視察がしたい」と、私を誘って一緒に外に出る許可を取ってくれた。
「市井での視察が僕の誕生日プレゼントってことで」
「最高だわ」
「それはなにより。……というか、そんなことすらしてくれないこの国、周りが異常なんだけれど」
「ウォルト?」
「なんでもなーい」
転生して初めて自由に外に出る感覚は、たぶん一生忘れない。どれだけ自分が縮こまって生きてきたのかを思い知らされた。狭い鳥かごではなく、どこにでも行ける。そう知ることが出来た。
髪と目の色を魔法で変えて、眼鏡や学生服に着替えれば完璧だ。
(わぁ……!)
オレンジの石畳を歩きながら食べ歩きや、魔法骨董店など、ファンタジックなことが大好きな私には堪らない体験だった。ウォルトは私のことを本当に大切な友人として接してくれる。それがとっても嬉しい。
秋祭りにも参加してみた。
街の受付会場でカボチャをくり抜いたバケツに、沢山の飴を詰め込まれた物を渡される。夕方までに飴を全て渡し終えたら、渡した相手も、自分も秋の女神の祝福を得られるというものだ。
(ハロウィーンっぽいけれど、秋の訪れと実り、周囲の人への感謝が秋祭りが始まった由来なのね)
行事としては知っていたが、実際に体験するのとでは得られる経験値が全然違う。改めて転生してから「そうあるべき」と自分で限界を決めつけていた気がする。
(世界はこんなにも美しくて、自分で選ぶだけの選択肢が残っていたのね)
「どう、楽しめた?」
「ええ、とっても! ……でも、こんなによくしてもらったらまた翻訳が増えそうね」
「どうかな」
ウォルトは苦笑しつつ、頭を掻いた。私から視線を外して夜景を見つめる。
「……僕もさ、報われないというか好きな人がいるんだ」
「え、誰!?」
夕暮れが近づく中、時計塔から眺める景色はとても美しくて、色鮮やかに見えた。そんなときにウォルトはポロッと話をしてくれた。
「師匠で、僕を救ってくれた人」
「師匠?」
「魔法塔のトップだよ」
「すごい」
「でしょ。大切にされて、愛されているってのは分かるんだけれど、恋愛って感じじゃない。だから宣言したのさ。師匠を驚かせることが出来たら付き合ってほしいって」
いつの時代、世界でも恋バナは盛り上がる。
「それでそれで?」
「今のところ惨敗中。だからオレーリアとは違うけれど、片思いの気持ちはよく分かるって話」
ウォルトは責任感があって、面倒見もよい。とても良い奴だ。だから彼の恋は諦めないでほしいと思った。たしかに私とは違う。
私には一生振り向いてもらえないって分かっている。悲しいけれど、それが現実だ。
ちょっとは期待していたのだ。今年の誕生日に会えるんじゃないか、贈り物を寄越してくれるんじゃないか。
「(誕生日に花束やカードの一つない。アシュトン様が他の誰かと恋に落ちないよう、クラリッサが戻ってくるまでの仮の婚約者だって、クラリッサと王妃が言っていたっけ。長引けば長引くほど自分が辛くなるだけ)……でも……ウォルトは諦めないのね」
「まあね」
諦めないで居続けること。思い続けることはエネルギーがいる。振り向いてもらえなくても、もしかしたらと思えるウォルトは凄いと思う。私はもうほぼ諦めてしまっている。
「ウォルトはすごいね」
「そうかな。諦めが悪いってみんな口を揃えて言うからな」
「私は応援するよ」
「ありがとう」
「……私はさ、ウォルトとは違うかな。脈がないというか……。もう夢を見る時間が終わりに近づいたんだって……ようやく現実と折り合いを付けることが出来つつあるんだ。結構時間が掛かっちゃったけれど」
クラリッサが戻って来ても、戻らなくても最終的にこの国で全てを奪われて奴隷のように生きていく。そんなのは嫌だ。
だから魔法塔に行きたい気持ちは固まりつつあった。未練があるとすれば一つだけ。
(アシュトン様に付いてきてほしい……って、言うぐらいしか私にはできないだろうし……言ったところで、答えなんて分かりきっている。でも……言ってみることぐらいは……)
「あの騎士の目を見る限り、夢とか勘違いって訳でもなさそうだけれど……」
「なにか言った?」
「なんでも。まあ、オレーリアの好きなようにすると良いさ。それに後悔するよりも、しないほうが断然良い」
「それはそうね」
その後、私とウォルトは秋祭りを満喫した。
(カボチャのくり抜きは保存魔法を掛けて、宝物にすることにしよう!)
本当はアシュトン様に飴を渡したかったけれど、騎士寮に行く途中で他の騎士たちに「留守だ」と言われて心が折れてしまった。
祭りで浮かれていたせいだ。受け取ってもらえるかもしれない──など夢を見てしまった。
婚約者である私はお飾りなのだと自覚すべきだったのだろう。
(そうよね。いくら名ばかりの婚約者でも、押し掛けられたら迷惑だもの)
ちょっとしたことに傷つくことに疲れてしまった。なにかしたい、話したいと思っても実を結ばないし、傷つくだけだ。アシュトン様が会いたくないということはないし、会うとやさしい。
そうだから愛情はなくても、情ぐらいはあると思いたかった。
(本当に馬鹿だな)
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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