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第1話


「オレーリア様、ご安心ください。私が生涯お仕えするのは貴女様だけです」

「アシュトン様……っ」


 アシュトン・クィルター様。

 白銀の長い髪、緋色の瞳、黒の騎士服がよく映えた。彫刻のような美しい顔立ちに、蕩けるような笑顔で私の傍に付き添ってくれる。長身でスタイルも良く、頭脳明晰なだけではなく剣の腕もピカイチだ。そんな彼に大切に思われるのはとても嬉しい。

 そう嬉しかった。


 王妃だった母クローディアが亡くなった日のことをよく覚えていなかった。ただ父である国王陛下が悲しむ姿はなく、喪が明けてすぐにソリーナ側妃を王妃に迎え入れ、私は王城から離れた宮へ移される。

 母を失った悲しみと、父親に見放された絶望の中で、私の支えは護衛騎士を務めてくれた騎士見習いのアシュトン様と、乳母ともう一人はいたと思う。

 父も側妃も第一王女クラリッサ、そして第一王子リオンが家族だと言い切った。母方の実家、ケフィ聖王国は遠方で現在王位継承問題で、私のことをまかっている暇などなかったらしい。


 成長と共に古い記憶は色褪せ、離れた宮でひっそりと透明人間のように、けれども穏やかに過ごしていた。それが変わってしまったのはアシュトン様が騎士となり、めざましい活躍を重ねて騎士団長になった頃だろうか。

 よくない噂があったものの、アシュトン様と婚約出来た時は嬉しかった。でも3年前に嫁いだ異母姉のクラリッサが、国に帰ってくることで再び私の生活は一変する。


(あらかじめこうなると分かっていたら……。アシュトン様と婚約などしなければよかった)


 もうすぐ私が16歳になる、そんな──示し合わせた時に、クラリッサが帰ってきた。

 朝から魔法花火が空に打ち上げられ、城下町では住民たちが白い花びらを振りまき、王家の紋章入りの馬車が通るのを一目見ようと行列ができている。城から望遠鏡を見て、改めて彼女が戻って来たのだと実感した。


 継母であり王妃と宰相が、珍しく私の部屋に訪れ「クラリッサの出迎えはしなくていいわよ」と気味の悪いことを言い出したのだ。いつもなら「率先して出迎えろ」と言うはずなのに。長年クラリッサの引き立て役にされてきたのだが、今回は不要だという。

 その理由はすぐにわかった。

 

 クラリッサの馬車が到着する前に、王城の入り口前で待っている人物を見て全てを理解した。クラリッサがエスコート役に選んだのは、よりにもよって私の婚約者である騎士団長のアシュトン様だった。


 未亡人になり祖国に出戻った第一王女が、婚約者のいる相手にエスコートを要求するなんてありえない。それもかつて恋仲だと言われた間柄ならなおさらだ。


(アシュトン様もアシュトン様だわ。王命だったとしても、引き受ければどうなるのか分かりきっているもの)


 彼らの言動は非常識の一言だ。なによりやっと私と婚約者として周囲が認識され始めたタイミングで、以前のようにクラリッサがアシュトン様を独り占めするようなことになれば、過去の再来が確実に訪れる。それが分かっていて、なお引き受けたとしたら──。


「ああ、アシュトン……会いたかったわ」

「お帰りなさいませ。……クラリッサ様」


 3年ぶりの奇跡の再会。

 この光景を言葉だけ聞いたのならば、まさに恋愛小説において一番の見せ場になる。嫌になるぐらい二人はお似合いだった。


 アシュトン・クィルター様。

 普段は仏頂面なのに、クラリッサを前にすると蕩けるような笑顔を向けてエスコートも完璧だった。魔法と剣において国一番の騎士。

 再会を喜んでいる第一王女クラリッサは蜂蜜のような美しい髪に、エメラルドグリーンの瞳、豊満な胸と白い肌、おっとりした美女で二人は相思相愛なのだという。


(これでまた私は二人の仲を引き裂く悪者に逆戻りするのね)


 いつだってクラリッサの言動は、私の心を傷つけてきた。クラリッサが隣国のトリスイオーラに嫁いで3年。国同士の婚姻ながらクラリッサは白い結婚を宣言し、王子はそれでも問題ないと受け入れた。そして3年目の年に王子は病で急死。両国で話し合い、クラリッサは祖国に戻ることとなった。その際に国王陛下、王妃は戻って来やすいように、様々な噂を広げ、また私の魔法技術の成果をクラリッサが作り上げた──と喧伝まで始めたのだ。この国にクラリッサが必要だと知らしめるつもりだったのだろう。


(でも魔法技術や構築の登録申請の偽造なんて安易に手を出すなんて……。この国は本当に……どこまで愚かなのかしら)


 普通に考えればそれがどれほど重罪であるか、王家である国王陛下と王妃が知っているべきことだというのに、魔法塔の人間を甘く見ているのだろう。


(まあ、その辺は魔法塔が動くだろうから放って置くとして……)


 改めて窓の外に視線を落とした。クラリッサとあの人が嬉しそうに話している姿を見ても、涙は出てこなかった。胸は痛いけれど、でも今回のことである意味決心はついた。

 

(結局、アシュトン様は……クラリッサを忘れられなかった……ってことだもの)


 彼を好きになって8年。

 婚約者になったのは5年前で、当時は浮かれていたけれど、すぐに婚約した本当の理由を知る。『騎士団長アシュトン・クィルターが、クラリッサ王女を待つためだ』と噂を聞いた時は、後頭部を殴られたような感覚だった。

 私の婚約を受け入れたのは王命とは別で、クラリッサ王女を待つための期間限定だということ。

 

 姉が嫁ぐことが決まると瞬く間に、ある噂が駆け巡った。『両思いの二人を切り裂いたトリスイオーラ国の王子と、出来損ないの末姫』と。当時、騎士と姫の報われないラブロマンスが流行りも後押しして、私は悪役を押し付けられた。そして嫁いでいった後も、私の功績は全て握り潰されていった。


(どうあっても私はこの国に貢献している末姫ではなく、役にたたず周りを不幸にする末姫にしたいらしい)


 逆にクラリッサはトリスイオーラ国に嫁いだものの『白い結婚』を貫き通し、元々体の弱かった第二王子のことを精神的に看病するも亡くなってしまう。再びトリスイオーラ国との国交や結びを強めるため、第四王女を我が国の公爵家が娶るなど政治的な駆け引きもあったが、魔法技術を交渉材料にして国家間の関係悪化は防ぐことができた。


 その魔法技術を構築したのは、その出来損ないの末姫──私なのだけれど、そんなこと誰も知らない。私が輝く才能を持てばクラリッサの神聖化が色褪せると言うのだ。


(まったくもって本当に酷い話だわ)

 

 王国騎士団長の彼は、銀髪を靡かせて恭しく姉の手を取ってエスコートをして、抱擁をして想いを確かめ合っていた。()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけのこと。


 末姫は役に立たないお荷物。魔法学校に首席で入学しても王家の圧力を使ったと言われ、実績を積み上げて認めてもらおうと躍起になった時期もあった。さまざまな魔法技術の促進及び国に貢献しても、他人の功績を奪い取ったと言われ続けたのだから、やってられない。


 私の髪は灰褐色で老婆を彷彿とさせるから「忌子だ」とも。いつだって私の周りは否定ばかり。それでも私が耐えられたのは、好きな人の存在と魔法塔の存在だった。


(やっぱり、潮時ね)

楽しんでいただけたのなら幸いです。

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