冤罪です。実際に証明してみましょう!
「ファイアスタイン侯爵令嬢サンディア! 俺様のかわいいシャロンの頬を殴るとは! キサマ、血も涙もない悪魔か‼」
放課後の貴族学園。
わたくしは友人たちと共に、カフェでお茶を楽しんでおりました。
カフェの席は八割がた埋まっておりますが、皆様、節度を保ち、うるさくない程度に談笑をしております。
そこに突然やってきて、大声を出したのが、我が国の王太子にして、わたくしの婚約者であるアラン殿下。
そのアラン殿下の右腕には、かわいいシャロンとやらがしがみついております。
そして、そのかわいいシャロンとやらの右頬は、大きなガーゼで覆われておりました。
あら? 何でしょう、これは。
疑問に思いつつ、わたくしは立ち上がって、一礼をします。
「ごきげんよう、王太子殿下」
「何がごきげんようだ! 機嫌など最悪だ! 暴力女めが! 俺様のかわいいシャロンを殴るとは!」
じっと俺様の可愛いシャロン嬢とやらを見ます。
ああ、頬のガーゼは殴られたから……という設定なのでしょうか?
かわいいシャロン嬢とやらは、わたくしに見つめらえれて、びくりと震えました。
「あ、あたし、サンディア様から謝ってもらいたいんです! 二度と殴ったりしないでほしいって!」
きちんとカフェ内に聞こえる程度の声で、はっきりと、かわいいシャロンとやらが言いました。
わたくし、人間を殴るようなことはしないのですが……。
「わたくしが、そちらのかわいいシャロンとやらを殴ったのですか? 身に覚えがありません。殴るなどという行為は、いつ、どこで行われたのですか?」
ありえないので、冤罪だと申し上げねばなりません。
が、アラン王太子は、わたくしを睨みます。
「とぼけるな! 昨日の放課後だ! 痛みのあまり、俺様の可愛いシャロンは今日の授業を休み、病院に行った! そして、可哀そうに、俺様の可愛いシャロンの顔に、こんなにも大きなガーゼを貼る羽目になったのだ!」
「あら、まあ」
思わず首を傾げました。
昨日、わたくしが、頬を殴った?
ガーゼに隠れているその下の頬は見えません。
額、左頬、鼻、目の横など、顔の他の部分にも外傷はないようです。
それに、今、かわいいシャロンとやらは、きちんとカフェ内に聞こえる程度の声で、はっきりと声を出していましたが、口の中には怪我はないのでしょうか?
わたくしから殴られたとは、到底思えませんが……。
「ガーゼは貼られてますけれど、その下のお顔には、本当に傷がございますの?」
疑問を口にすれば、俺様の可愛いシャロンとやらは「ひ、ひどい……」と、涙目になります。
「キサマ! 加害者が被害者に何を言う!」
殿下は激昂しましたけれど、わたくし、正直に疑問を述べただけですのにねえ。
「本当にわたくしが殴ったのだとしたら、どの程度の傷なのか、確認せねばなりませんもの」
「この俺様のかわいいシャロンの傷ついた顔を、皆に晒せというのか!」
実証見聞ですとか、現場検証ですとか。
そういうほどには大げさではございませんが。
実際に見なければ、傷の程度など、分からないでしょう?
「そんな必要はない! 殴ったキサマが俺様のかわいいシャロンに謝ればいいだけだ!」
「冤罪ですわ。殴ってもいないのに、殴ったことを謝れと言われましてもねえ……」
馬鹿々々しさのあまりため息を吐きだしそうになりますわね。
「嘘を言うな! 俺様のかわいいシャロンはお前に殴られたと言ったんだ! 俺様のかわいいシャロンが嘘を言うはずがない!」
……どうでもいいことですが、「俺様のかわいいシャロン」というのが、正式なお
名前なのでしょうか?
それとも王太子殿下はシャロンという名の前に「俺様のかわいい」という形容をいちいちつけねばならない病にでも侵されているのでしょうか?
だんだん面倒で、鬱陶しくなってきました。
茶番はさっさと終わらせましょう。
「では、わたくしがそちらのお嬢さんを殴ったのではないという証明を、させていただきましょう。アラン殿下、よろしくて?」
きちんと殿下の名前を呼んで許可を取ります。
勝手に行っては不敬ですからね!
「できるものならやってみるがいい!」
アラン殿下は大笑いをしています。
昨日の放課後は、わたくし、今日のようにカフェには寄らず、護衛と侍女と共に、すぐに帰宅しましたから。
俺様のかわいいシャロンとやらと、一緒に居たということも、一緒に居なかったということも、証明できる第三者はおりません。
侍女や護衛は証人にはなりませんし。
やった証拠もなければ、やっていない証拠もありません。
冤罪だと、わたくしが証明できる方法は、たったひとつしか思い浮かびません。
わたくしは、すすすす……と、アラン殿下の前に進みました。
「失礼ながら、わたくしが、そちらのかわいいシャロンとやらを殴っていない証明をさせていただきます」
一礼して、そして。
わたくしは、わたくしの左手をごく軽く振って、アラン殿下の右頬にわたくしの左の掌を当てました。
利き手ではないので、それほどの力は出せません。
ですが。
アラン殿下のお体は、キレイな放物線を描きながら、吹っ飛びました。
一応、カフェのテーブルや椅子がある辺りは避けましたが。
飛んで、カフェの床に落ちて。その床にお顔をめり込ませておりますね。
後で修理費用を支払わないといけないかしら?
「はい、この通り。わたくしが軽く頬を撫でた程度でも、男性を吹き飛ばせるのですが……」
怪力の持ち主。
クラッシャー。
破壊神。
などなど。
家族からはよく注意されましたわね。
たとえ高価なものであっても、うっかり物を破壊するのは構わない。だが、うっかり人を破壊するな。物は修復できるが、人は簡単に修復はできない。最悪、死ぬのだから……と、口酸っぱく、何度も何度も。
貴族学院に入学してから……と言うよりは、王太子殿下の婚約者になってからは、なんとか怪力を抑えながら過ごしておりましたが。
わたくし、片手でリンゴを掴み、粉砕する程度のことは、日常です……。
授業で使うペンなどを、折らないように持つことのほうが難しい。
なかなかに、苦労のある毎日です。
「ですから、わたくしが本当に、そちらのかわいいシャロン嬢を殴ったとしたら。最低限でも、今の王太子殿下程度の傷を負うはずなのです」
ちらと俺様のかわいいシャロン嬢に目線を流しました。
驚きのあまりに目を見開いて、硬直しておりますね。
王太子殿下が、そのご尊顔を、カフェの床にめり込ませている。
それを見て驚くなんて、ご自分が体験していないと言っているようなものですわね。
わたくしは、気絶しているであろう王太子殿下の服の襟……首の根元を右手の親指と人差し指と中指の三本でつまみ上げます。
そして、そのまま、空いているカフェテーブルの上に、王太子殿下の体を仰向けに載せました。
「よろしいですか、かわいいシャロン嬢。王太子殿下のお姿を、特にお顔をよく見てくださいませね」
言って、わたくしは続けます。
「正直に申し上げまして、わたくしが全力でどなたかを殴れば、その方は死にます」
「ひっ!」
「王太子殿下を弑すことはできませんので、わたくしの最小の力で、軽ーく、頬を撫ぜさせていただきましたが……」
はい、軽ーくです。
これ以上、弱い力を出すのは難しいのです。
「わたくしの、最小の力でも、この程度なのです」
「さ、最小……って……」
「はい、これ以上弱い力を出すのは難しいのです。それでも、軽く叩いた右頬の骨は、きっと折れているでしょう。医者に見せねば正確にはわかりませんが、上顎骨または下顎骨の骨折、顎関節の損傷もあるかもしれません。ああ、鼻骨の骨折は医者でなくともわかりますね」
鼻は変形し、鼻血もだらだらと流れておりますから。
美形が台無しです。
アラン殿下は顔しか取り柄がないというのに。
「あら、前歯も折れていますね……」
「ひ、ひいいいいいいい……!」
悲鳴を上げる可愛いシャロン嬢に、改めて聞きます。
「わたくしが、かわいいシャロン嬢を殴ったとしたら、現状の王太子殿下のようになっているはずです。ですが、あなたの頬にはガーゼを張ったのみ。わたくし、それほど弱い力で殴るのは、無理なのですが」
最低限の力で殴っても、鼻が折れますからね。
「再度お聞きいたします。かわいいシャロン嬢、あなたはわたくしから、本当に殴られたのですか?」
「ひ、ひいいいいいいい……!」
答えられず、ただ、叫びを上げるのみ。
ああ、めんどくさいわねえ。
手を伸ばして、かわいいシャロンとやらの頬のガーゼをべりっとはがします。
傷も腫れもない、キレイな頬が、そこにあります。
「昨日殴られたのであれば、少なくともこの頬は腫れあがっていますわよねえ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、嘘をつきました。殴られていないです!」
ものすごい勢いで、かわいいシャロン嬢から即答されました。
「ですよねえ。冤罪をかけるにしてもあんまりですわ。わたくし、か弱くない令嬢なのですから」
にっこり笑えば、俺様のかわいいシャロン嬢とやらは、即座に駆けだしてしまいました。
逃げたのかしらね。
気絶したままの王太子殿下を忘れてますけど。
これ、どうしましょう?
うーん、しかたがありません。
アラン王太子殿下から冤罪をかけられて、その証明のために殴ったこと。また、殴る際にはきちんと
「では、わたくしがそちらのお嬢さんを殴ったのではないという証明を、させていただきますが、アラン殿下、よろしくて?」
と、申し上げて、アラン殿下からは、
「できるものならやってみるがいい!」
とのお返事をいただいたことを、陛下に申し上げに行くと致しましょうか。
冤罪を、これ以上かけられるのは嫌ですから。
きちんとした報告は必要ですわね!
王太子殿下の護衛たちに、王太子殿下は王城に運ぶよう指示を出して。
わたくしは一足先に王城に向かい、陛下に謁見申請をいたします。
というわけで、皆様、ごきげんよう。
お読みいただきまして、ありがとうございました!
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