4. 貴女と交わす、春のぬくもり
季節の変わり目というものは、いつだって曖昧だ。
冬が終わったと思っていたのに、朝はまだ冷え込みが強くて。それでも、夕方の風には、確かに春の匂いが混じっている。
3月18日。
春分の前。年度が終わりそうで始まる予感。
そして――凛々子さんの誕生日だ。
この日を、俺はずっと楽しみにしていた。
だけど同時に、少しだけ緊張もする。
※※※
当日の夕方。
「お邪魔します」
彼女が家に来てくれた。春らしいパステルカラーのシャツが綺麗だ。
見惚れていると「おーい弦くん?」と言われ、はっと我に返る。
「前に言ってた美味しいフレンチ、買ってきました」
「え? 本当? 嬉しい! 一気にお腹空いてきちゃった」
彼女の喜ぶ顔が見たくて、何かしたいといつも考えてしまう。
「美味しい……ほんと幸せ。ありがとう、弦くん」
「良かったです」
カトラリーが触れ合う音。窓の外には夕暮れの淡い光。
春のはじまりを告げるように、鳥のさえずりが微かに聞こえていた。
凛々子さんはシングルマザーで娘とも仲が良い。仕事も一生懸命取り組んでいて尊敬に値する。
「もうすぐ春休みだ……早いなぁ」
「そうですね。娘さんは元気ですか」
「うん、毎日楽しそうにしてる。青春よね」
食事を終えて、俺は冷蔵庫にあるケーキを取りに行く。
今日のためにフレンチと一緒に買っておいた。
「お誕生日おめでとうございます、凛々子さん」
「わぁ……ありがとう弦くん!」
小さめのホールケーキを前に、子どものように目を輝かせる凛々子さん。そんな彼女を見ると心から温まる。
早速切り分けてコーヒーと一緒にいただく。
「このケーキ美味しいね。どこの店?」
「駅近くに新しく出来た店です」
「そうなんだ、今度娘に買おうかな」
「いいですね」
そしてもう一つ、渡したいものがあった。
「凛々子さん、これを……」
「弦くん……ありがとう。何だろう」
中身は四つ葉のクローバーのネックレス。
春らしくて、爽やかな彼女に合いそうだと思いながら選んだ。
「素敵……ほんと嬉しいよ、弦くん……」
凛々子さんは涙ぐみながらそう言って、ネックレスを眺めていた。
魚座の彼女は優しさや包容力を持つ、感情豊かな人。
そんな彼女と、こうして春を迎えられることが嬉しい。
外は、夕空から夜に変わる一歩手前。
カーテンの隙間から覗く空は、赤と青のグラデーション。
凛々子さんともう少しだけ一緒にいたい。
食後にソファに座った彼女に声をかける。
「この時間が……終わってほしくないんです」
「弦くん……」
そっと唇を重ねると、胸の奥にしまっていた想いがあふれ出す。
抱き寄せると、彼女は安心したように小さく吐息を漏らした。
「好きです、凛々子さん……」
「私も好きよ、弦くん……」
名前を呼び合うだけで、互いの気持ちが確かめ合える。
彼女の温もりが伝わってきて、心の奥まで優しく満たされていく。
もう一度、ゆっくりと口づけを交わす。
彼女は安らいだように微笑み、そっと俺の背に腕を回した。
窓の外では、まだ冷たい風が木々を揺らしている。
けれどこの部屋の中は、春の陽だまりのようなあたたかさに包まれていた。
冬が終わり、また春がやってくるように。
俺たちの時間も、何度でも優しくめぐっていく。
彼女の髪に頬を寄せながら、静かに願う。
どうかこの春の続きを――これからも一緒に。
終わり