1. 私だけが知ってる、夏のライオン
高校2年生の夏休み。
陽射しが照り付け、じりじりとした眩しさと熱気があふれている。
今日は8月8日――はるくんの誕生日。この暑い中、卓球部の練習漬けで彼はそれどころじゃなさそうだけど、練習終わりに会えたらいいな。
そう思いながら私は美術室で文化祭に向けて作品を描いている。油絵の具を重ねていって自分にしか作れない色が出来るのが嬉しい。あと彼と付き合うようになってから、自然と暖色系を選んじゃうんだよね。
ある程度進んだので片付けをして美術室を出る。体育館前までちょっと急ぎ足で歩いて中を覗くと――いた。彼だ。
今日もはるくんは、真っ直ぐにピンポン球を見つめて試合に集中している。ラケットを振り抜いて、カコーンと勢いよくスマッシュを決める姿にドキドキしちゃう。
夏の太陽のように卓球への熱い思いを持つ彼。仲間に見せる表情も眩しくて私まで嬉しくなる。
獅子座の彼はライオンみたいにかっこ良くて仲間思い。
練習が終わってふとこっちを見るはるくん。次の瞬間、ぱっと笑顔になって手を振ってくれた。私の方に来てくれた彼に「お疲れ様」と言う。
「奈々ちゃん、来てくれたんだ」
「うん、今日美術部だったの」
はるくんと一緒に校門を出て歩く。夕方の風が少しだけ涼しくて、さっきまでの暑さが徐々に和らいでいく。隣を歩くはるくんの姿が、なんだかいつもより目に入ってくる。
そうだ、今日は彼に渡したいものがあるんだった。
「ねぇ、ちょっといい?」
そう言って、駅を過ぎたところにある公園まで行きベンチに座る。たまに来るこの場所は人が少なくて静かだから気に入ってる。
「はるくん、お誕生日おめでとう」
「奈々ちゃん……ありがとう!」
私はリュックから袋を取り出して彼に渡した。
「開けていい?」
「うん」
中身はスポーツタオル。いつも部活で頑張っているはるくんに……。
「わぁ……ありがとう奈々ちゃん! 早速使うよ」
今日一番のキラキラした笑顔を見せてくれて、胸の奥でトクンと音がする。
「あ、はるくん実はもう一つあって」
「そうなの?」
私は小さい袋を彼に渡した。
自分なりに頑張ってみたんだけど……気に入ってくれるかな。
「奈々ちゃん、これ……もしかして作ってくれたの?」
「うん……どうかな」
「すごく嬉しいよ、奈々ちゃんの手作りだなんて。宝物にする!」
「え……本当?」
フェルトで作ったライオンの顔のキーホルダー。
喜んでくれて良かった。しかも宝物だなんて。
ライオンのように強くて優しいはるくんを思い浮かべながら……作ったんだよね。
「奈々ちゃん……」
そう言われて彼にぎゅっと抱き寄せられる。彼の腕の中ってホッとするしドキドキもするし……。
「ねぇ……目、閉じてみて?」
「え……うん」
目を閉じると、唇にふわりとあたたかい感触。
やさしくて、でもちゃんと“キス”だってわかる。
蝉の声が、遠くなった気がした。
この小さな木陰のベンチだけ、夏から切り取られて別の世界になったみたい。
「好きだよ、奈々ちゃん」
「……私もはるくんが好き」
私だけが知ってる、ライオンの甘え顔――ずっと、守っていきたい。
この夏がずっと終わらなければいいのにって……少しだけ思っちゃった。