プロローグ
ある年、村に一人の赤子が生まれた。彼の名はアルフ。ごく普通の少年。
誰の目にもそう映っていた。
だが、その少年が後に国を変え、時代を動かすこととなる。
今はまだ、誰も知らなかった―――。
とある地方の村外れで、一人の赤子が産声を上げた。
それを大事そうに抱くのは、笑顔の絶えない若い夫婦だった。
赤子の名はアルフと言った。少し気弱な商売人の父と、男勝りな性格の主婦の母。そんな平々凡々な家庭に生まれ、普通の人生を送る・・・はずだった。この赤子が誰もが名を知る存在になるとは、当時の夫婦は夢にも思わなかった。
アルフは大層可愛がられて育てられ、やがて10才の少年になった。
「お母さん、今日はイノシシを狩ってきたよ!」
小さな体に似合わない、大人と同じくらいの大きさのイノシシをアルフは軽々と背負って家に帰ってきた。明るく笑うこの少年が、少し前までは両親の腕の中で抱き抱えられ、キャッキャと嬉しそうにしている姿が、ついこの間のことのように思える。
「あら〜アルちゃん、今日はイノシシを狩ってきてくれたのね。シチューにしようかステーキにしようか迷っちゃうわ〜」
ニコニコと笑いながら"アルちゃん"ことアルフに話しかけているのは母親だった。普段はニコニコしている母だが、昔怒って玄関のドアを吹き飛ばしてから、アルフも父も母に反抗することはなくなった。
「僕、今日はシチューがいいな。お父さんにも聞いてくるよ、ついでにもう遅くなるから呼んでくるね」
「ありがとう。それじゃあよろしくね」
そう言いニコッと笑う母を後に、アルフは父がいる小屋に行く。小屋では、切った薪を縄でまとめている父がいた。
「お父さん、今日の晩御飯、シチューとステーキどっちがいい?それと、もう遅くなるから帰ろう」
「今日の晩御飯か……今日はステーキの気分だな!」
「わかった、お母さんに言っておくね」
「あぁ、頼んだぞ、たしかにもう遅いから帰ろうか」
元気よく返事をする父と、アルフと父は肩を並べて帰路に着いた。西の空が燃えるような茜色に染まっていて、二人の背中を優しく照らしていた。
「アルフは今日はイノシシを狩ってきたのか〜。いや〜立派に成長したもんだな!」
父は感心しながらアルフの背中をバシバシと叩く。
「いやいや、まだまだだよ。もう少し強くならないとな〜」
「いいや、もう十分強いさ! 父さんが子供の頃なんてイノシシ1匹狩れなかったよ」
そう言って笑う父にアルフは驚き、目を丸くして父を見る。
「ええ!? そうなの・・・?」
「そうともさ!この年でイノシシを狩れるのなんてアルフくらいじゃないのか?」
「それはないよ〜」
笑いながら何気ない会話をしながら家に行くと、香ばしい香りが漂ってくる。もう母が晩御飯を用意して座って待っていた。
「おかえりなさい〜、アルちゃん、お父さん。待ちきれないから両方とも作っちゃったわ! 今日はイノシシ肉のシチューとステーキ、山菜のサラダと、デザートにはフルーツよ」
「今日もお母さんの料理は美味そうだな、俺が好きな桃もある!」
テーブルにはたくさんの料理が置かれている。疲れ切っている父は、すぐさま席につく。家族全員座ったところで、いただきます、と言って食べ始める。
「今日も無事一日が終わったな〜。何よりだ」
「そうね、今日も平和でよかったわね」
「しかし、アルフも本当に大きくなったよなぁ。少し前まではイノシシなんか見たら泣きながら俺の後ろに隠れたし、どこに行くにも俺と母さんから離れなかったんだぞ。それにこんなに小さくて可愛かったんだ〜」
父は笑ってそう言いながら、テーブルの少し下くらいを指差す。
「やあねぇ。今も十分可愛いじゃない。立派に育ってくれて嬉しいわ〜」
「ハハッ、たしかに今も昔も可愛いな! 本当、ここまで立派に育ってくれて父さんも母さんも嬉しいぞ」
「も〜、いつの話してるのさ。……でも、ここまで育ててくれてありがとう」
父と母は顔を見合せて、アルフ〜と言いながら抱きついてくる。少し昔話なんかをして、泣いたり笑ったりしながら夕食を終わらせ、風呂に入り、アルフはもう寝るところだった。
「お母さん、お父さん、おやすみなさい」
おやすみなさい、と父と母が返事をすると、アルフは自室に行きすやすやと眠りにつく。そんな中、小声で父母が話を始める。
「母さん、もうそろそろじゃないのか」
「そうね、今年は"勇者の代"って言っていたものね……」
「そろそろ"あいつ"が来てもいい頃だよな」
真剣な顔をする父と母の間に少し沈黙が流れる。
「父さんのときは確か10才で来たって言ってわよね」
「ああ……まあ、いつ来てもいいようにしておくか。そろそろアルフにも伝えないといけないからな」