第七章「闇の暴走」
前章の登場人物まとめ
・「シャド・リーラッシャイ」:ドドの兄。シャドービレッジの村長になっていた。
・「エト・タイマン」:大会の主催者で、タイマンシティの市長で、神存会の会長。気分が変わると性格が大きく変化する。
・「おっ3」:ジェムの戦闘技術の師匠。神存会所属の家族思いなおじさん。
・「アートモン」:描いた絵を実体化させる能力を持つ。神存会所属のライトモン。
・「ダクト・レイブン」:ジェムの親友…だったはずの少年。洗脳の力を持つダーク族。
一回戦の第四試合が始まる十分前になった。本当なら盛り上がってくる場面だが、先程の試合の降参が不気味すぎたのか、会場は静然としていた。
待合室にいる僕だってそうだ。親友だと思っていたやつに裏切られたんだ。
「もう何を信じればいいのか分からない」
僕がそうつぶやくと、目の前のシャドは言った。
「……他人を信用するなんて馬鹿のすることさ」
それに対して僕は問う。
「お前はダクトを信頼してないのか? そもそも、なんで兄弟のドドたちと協力して神秘のスシを手に入れようとしないんだ?」
僕の問いに対してシャドは、意外にも素直に話してくれた。
「…………少し長い話になる」
シャド……いや、イカの子が「シャドービレッジ」に落下した直後。
シャドービレッジの村人(通称『悪人』)たちはイカの子を殺すかどうかを議論していた。
「なんで俺が殺されなきゃいけねえんだよ!」
牢屋の中のイカの子がそう問うと、悪人たちはわけを話した。
「『シャドービレッジ』は『ダーク族』だけで構成されている村だ。だがお前は『スシ族』だ‼︎ ……悪いが仲 良くできる気はしねえんだよ」
「それにお前、あの『ラッシャイタウン』の村長の一族なんだろ? あの街の奴らは『ブラックホール事件』 のせいでダーク族への差別が強い……。お前の首を奴らの目の前で切って、復讐してやろうと思ったのさ」
それに対してシャドが反論しようとすると、先日旅から帰ってきた少年……ダクトがそれを止めて意見を言った 。
「こいつをこの村の村長に仕立て上げれば、『スシ族とダーク族は仲良くできる』と世界に証明できるかもし れないぞ。そうしたら、この村への差別も消えるかも……」
ダクトの意見に対して賛成の声もあがったが、もちろん反対派もいた。
「見かけ上の村長とはいえ、なぜ俺たちがスシ族のガキの下に着かなきゃいけねえんだ⁉︎」
「それにダクト……、『神秘のパーツ』を集めに旅立ったのに手ぶらでノコノコと帰ってきた野郎の意見なんて 聞きたくねえよ!」
「だが奴にはカリスマ性がある……。反対すると奴の手下たちに返り討ちだぞ?」
……イカの子をどうするかの話し合いは丸一日続いた。
その日の夜。牢屋の中でイカの子は、反対派が納得するような解決策を考えていた。
彼はブラックホールの中で、青春を捨ててずっと勉強していたのだ。策を考えるのは常人よりもずっと早い。
そんな中、ダクトは彼に近づいた。
「よお、まさかお前が『ドド・リーラッシャイ』の兄だったとはな」
「……何しに来た?」
「あいつの兄ならもう考えがまとまっているかと思って聞きにきた」
「何故ドドのことを知っているかはこの際どうでもいいか。……俺の考えを話すぜ」
「話が早くて助かる。で、お前はどうしたいんだ?」
「俺は……ダーク族になろうと思う。そうしたら反対派も少しは納得するだろう? 俺が昔読んだ本には、『D R星の者たちは生まれながらに種族を一つ持ち、何かを極めることでもう一つ種族を得ることができる。例えば 虫が寿司職人になったらムシ・スシ族になる』と書いてあった。だから可能なはずなんだ。ダーク族になる方 法は……わからないが」
ダクトはそれを聞いて、ニヤリと笑った。
「お前ら兄弟には『ブラックホールへの憎悪』がある。それを利用すれば『ダーク族』を得ることは可能だ。 それに俺にはその知識と技術がある。これから俺の言う通りにするなら協力する」
「お前に従うのはなんかシャクだが……生きるためだ、仕方ねえ」
ダクトはそれを聞くと、懐から牢屋の鍵を取り出し、イカの子を連れ出した。
「その後何があったかは言えないが……俺はダーク族になり、『シャド』という名前を付けられ、『シャドービレッジ』の村長にとなれたんだ。最初は俺に実権はなかったが、今では俺に従う悪人たちもいる」
それを聞いて僕は言った。
「……シャドにも仲間ができたんだね」
だがシャドは冷たく言い払った。
「『仲間』? 違うな、俺は誰一人として信用していない。間抜けな悪人たちはどう思っているかは知らんが……、少なくとも俺とダクトは互いを利用していると思っている」
僕はそれを聞いて再び落ち込んだ。ダクトはやっぱり僕たちを利用していたのか……。
そんな僕を見たからなのか、シャドは僕に言った。
「ジェムとか言ったな。ダーク族は悪いモノじゃないぞ」
「……え?」
「仲間や友達ってのは気を使わなければいけないだろう? 本当は言いたいことも相手の気持ちを考えて言葉を選ばなければいけない。その点俺たちは違う。各々がやりたいことを言って、利害が一致したら互いを利用する。……ただそれだけなんだ」
「それは、僕にダーク族になれと言っているの?」
「まあ、そういうことになるかな」
おそらく彼は、ダクトに裏切られて落ち込んでいる僕につけ込んで、利用しようと考えているのだろう。だが僕の意思は固まっているんだ。
「確かに僕は失望している。だけどダーク族になることはできないよ。それはみんなを裏切ることになってしまうから」
「なぜだ? 目的を達成するためには、そういうのが不要だというのに」
その問いに対して僕は言う。
「だって僕は仲間の楽しさを知っているから。それに、君の言う仲間のデメリットは最初だけだよ、きっと。対立を乗り越えた僕たちはもう、そんなことで悩んでないよ!」
僕がそう言うと、丁度「試合開始一分前です」とアナウンスされた。シャドは言った。
「フッ……そうか、まあいい。仲間に失望したら、いつでも歓迎するぜ」
「そんなことないから安心して。……全力の試合をしよう、シャド‼︎」
そうして第三試合が始まった。この対話で僕のシャドに対する印象は大きく変わった。
今まではただの嫌なヤツって感じだったけど、彼もドドと同じように根は優しい性格だと分かった。ただ落下した場所、育った環境が違っただけで……。
カァン!
試合開始のゴングが鳴る。僕とシャドは同時に構えた。
「マイマイ投げ!」「シャドー・シャリボム!」
僕はカタツムリを、シャドは黒いオーラをまとったシャリボムを投げた。
それらは直撃し、爆発を起こし、相殺された。
「互角ぅーー‼︎」
エトさんの実況と共に観客も盛り上がる。それを聞いた僕も気分が良くなった。
「なんだ、この感覚……。楽しい‼︎」
シャドも笑っている……いや、あれは苦笑いだろうか。
「ジェム・カブリ……。自分への自信でモチベーションが上がるタイプか……⁉︎」
その後も僕とシャドは戦いを続けた。
僕はテンションに乗ったまま、いろんな角度をつけてカタツムリを投げつける。それに対してシャドは、力で押し切るつもりなのか、単調な攻撃を続けている。
「お前は楽しくないのか? シャド!」
僕がそう言うと、シャドは震えながら叫んだ。
「楽しいわけがないだろ……。俺は確実に『神秘のシャリ』を手に入れたいんだ! こんなところで負けるわけにはいかねえんだ‼︎」
その時の彼は、以前までの彼とは別人のようで、冷静さが欠けていた。
なぜだ……? 「恐ろしい」という感情に「楽しさ」がかき消された。
同じような攻防がしばらく続いてると、シャドは突然攻撃を止め、ポケットから何か、首輪のようなものを取り出した。それを見てエトさんは驚いた。
「シャド選手⁉︎ 道具の持ち込みは禁止されていますけど……?」
そんなエトさんを無視して、シャドは僕に告げる。
「正直に言う。俺はお前なんて余裕で倒せると思っていた」
「え……?」
僕が次の言葉を考えている間も無く、シャドは話を続ける。
「さっきも言った通り、俺は確実に『神秘のシャリ』を手に入れたい。だが今のお前には負けるかもしれない……つまり、こんな大会のルールになんか従ってられないんだ‼︎」
僕はその発想が理解できなかった。
「はあ⁉︎ 負けるかもしれないからって、なんでルールを破るんだよ! 死ぬ気で僕に勝てばいいだけだろ⁉︎ お前にはその力があるだろ……⁉︎」
「……それは、俺がダーク族だからさ」
シャドはニヤリと笑い、さっきの不気味な首輪をかけた。
「初めて使うがなんとかなるだろ……! 『闇の暴走』発動‼︎」
ビカッ‼︎
シャドがそうつぶやくと、目の前をギラギラとした光が覆った。
一体何が……? 視覚が使えない中、背後から声がした。
「ダーク族はな、今まで他種族と違って『能力がない』と差別されてきたんだ」
この声は……「ダクト・レイブン」だ。気づいた僕はつぶやく。
「……歴史の授業で習ったよ」
「だがそれは間違いだ。ダーク族の能力は『心の闇を蓄積する』だったんだ。それに気づいた俺の父は……蓄積された闇を解放する首輪、『闇の暴走』を作ったんだ」
ダクトのお父さんがあの首輪を……⁉︎
「じゃあダクト……、お前が『ヒト族』だっていうのも嘘だったんだな……?」
ダクトは僕の問いを無視して、言った。
「そろそろ光が消える頃だ……。目の前の光景に驚きな、虫野郎」
ダクトの言う通り、数秒後に光は消えた。
そして……目の前にいたのは「巨大な黒いイカの怪物」だった。
「ギャオオオオオオオオ‼︎」
「なんだ、あの怪物⁉︎」
「あいつはシャドが『闇の暴走』を行った姿だ。俺も初めて見るがな……」
……嘘だろ⁉︎ あれがシャド⁉︎ 自我も残ってないじゃないか‼︎
この場の全員が驚いていたその時。
シャドだった怪物は僕らのことを無視して何処かに突き進んでいった!
アリ店長は危険を察知したのか、一般の観客たちを避難させようと叫ぶ。
「関係者以外、すぐに逃げてくれぇ‼︎」
店長の声は日常的に鍛えてあるからか……、すぐに全員に指示が通った!
観客たちは悲鳴をあげながら一斉に走り出した。これで会場には顔見知りだけが残った。
……一部を除いて。
「うおおおお!」「『悪人』の名にかけて!」「村長の邪魔をさせるなぁ!」
あれは! シャドが言っていたダーク族たち……観客に紛れ込んでいたのか!
「……⁉︎ ざっと見て百人はいるだと⁉︎」
百人の悪人たちは足止めしようと、いっせいにドドたちに襲いかかる。
さすがのドドたちも、この人数を相手するのは苦しそうだった。
この状況を理解したのか、エトさんは僕に向かって叫んだ。
「ジェム選手! その怪物が向かった方向には『神秘のシャリ』が保管されている部屋があります‼︎ ダクト選手は私が足止めしますので、怪物を何とか止めてください!」
止める……? 僕があんな化け物を……?
僕が戸惑っていると、ドドの声が聞こえてきた。
「……頼んだぞ、ジェム!」
「ドド…………。うん、やってみるよ!」
そう言って僕は怪物が向かった方向へと走り出すと、ダクトはつぶやいた。
「これだから友情ってのは余計なんだ……」
すると大男モードのエトさんがダクトの目の前へと立ち塞がる。
「友情が余計なんて言う子供はじめて見ましたよ……。あなた人生楽しいですか?」
「……『黙れ』」
「今のは『洗脳』ですか? 残念、この状態の私には効かないようですね」
「ちっ……脳筋野郎が……」
ありがとう、エトさん! これで後は僕が怪物を止めるだけだ!
「目を覚ませ、シャド! 『マイマイ投げ』‼︎」
よし、当たった……と喜んだのも束の間。僕が投げたカタツムリはあの巨体には傷ひとつつける事なく、悲しく床へと落ちていった……。
「ギャオオオオオオオオオ」
……その後も僕は「マイマイ投げ」をしていったが、全て無力だった。
そうして時間だけが過ぎていき、怪物は『神秘のシャリ』の部屋に到達してしまった……。
「やっぱり僕なんかじゃ駄目なんだ……」
僕がそう……諦めかけたその瞬間。
「『ツルピカフラッシュ』!」
怪物の進行方向から強い光が発せられ、怪物は目をくらませた!
この技は確か……師匠のものだ!
「おい、ジェム! 単調な攻撃は意味がないと教えたはずだぞ!」
「……おっ3⁉︎」
「感動の再会はまた延期だな……。俺との特訓を思い出せ!」
僕は言われた通りに師匠の言葉を思い返す。
えーと確か……「粘り強くしつこく食らい付け」「ムシ族の能力は優秀」「ピンチの状況を対応できる奴が真の強者」……だったっけ?
そういえば、カタツムリには殻以外にも長所があるじゃないか!
「……分かったよ、師匠! 僕は『真の強者』になってみせる!」
「……よし、ぶちかませ! ジェムー‼︎」
「絶対にシャリは取らせない! 『ぬめぬめウォール』‼︎」
これが僕が師匠の言葉から導き出した新技だ!
カタツムリの体表は粘液で湿っている。ムシ族の能力により、それを壁状に変形させたんだ‼︎ これで僕が死なない限り、シャリが奪われることはないだろう。
「グオオオオオオ!」
怪物は神秘のシャリに手を伸ばすが、ぬめぬめウォールにはばまれて進めない。
「よし……!」「……ナイスだ、ジェム!」
しかし数秒後。もどかしさを感じたのか、怪物は僕たちに向かって攻撃を仕掛けてきた。
それはまずい! 本能的に対処法を感じたのか⁉︎
「グオオオ……シャリヲヨコセ‼︎」
おっ3はとっさに僕の方を向いて叫ぶ。
「逃げろ、ジェム!」
……だけど、違うんだよ師匠……。こっちを見ちゃ駄目だ……!
「狙われてるのはおっ3の方だよ……‼︎」
ザシュッ……
背後から怪物の触手が彼に襲いかかった。
「ぐはっ……」
「…………おっ3―――‼︎」
……血だ。
怪物はおっ3の心臓部分を貫き、返り血を浴びていた。
……おぞましい光景だ。僕は言葉が出なかった。
「あ……あ……ああ……うううう!」
その時、僕の精神が崩れ落ちたからか、ぬめぬめウォールは消えていった。
「……! グオオオオオオ……」
そして僕は怪物が「神秘のシャリ」を取るのを黙って見ることしかできなかった……。
「ジェム……? おい、ジェム!」
そんな時、後ろからドドたちの声が聞こえた。もう悪人たちは対処できたのだろうか。
「やっぱりドドは、僕と違うなあ……」
僕は聞こえないくらい小さな声でつぶやいた。
そのため、ドドたちは聞こえなかったようで、僕を置いておっ3に駆け寄っていた。
「……この中に治療ができる奴はいるか⁉︎」
「僕の能力で回復薬が作れるフデ!」
「じゃあアートモンさん、頼みます!」
アートモンが治療を開始していると、怪物はシャドの姿に戻っていた。目標を達成したから、変身が解除できたのだろう。
僕はシャドに向かって思い切り怒りをぶつける。
「……シャド・リーラッシャイ‼︎ よくも……、よくもおっ3をぉぉ……‼︎」
僕は怒り狂ったままシャドに突進しようとした。が、ドドに道をはばまれる。
「そんなことは一旦後回しだ。まだ助けられるかもしれない命が優先だろ!」
「『そんなこと』……? 僕にとっては命よりも大事な…………。いや、今ならおっ3を救えるのか? だったらそっちの方が優先……? うう……うわああああ!」
僕はそんなことを言い続け、頭を抱えて膝から崩れ落ちた。
……神の視点から見たら、今の僕を「愚者」と表現するだろう。
その間にシャドはこちらを見向きもせず、この場を立ち去っていた。
そんな中、アートモンは師匠の傷口に回復薬を塗っている。
「おっ3、生きてくださいフデ! 家族が家で待ってますよ‼︎」
すると師匠のかすれた声が聞こえてきた。
「うぅ……。家族……か。俺には『K助』という息子がいてな……。まだ幼いのに、病気で苦しんでいるんだ……。お前ら、もしよければあいつを……息子を頼む。」
…………?
何でそんなことを言うんだよ。この状況で息子の心配を……? いや、そうじゃないだろ、ジェム・カブリ! 何で師匠は遺言みたいなことを言っているかってことだよ‼︎
「まさか……『もう助からない』のが自分で分かってるってこと……?」
……おっ3はアートモンをどかし、僕に向かって叫んだ。
やめて師匠……その状態で叫んだら……!
「…………………………っ‼︎」
「おいジェム! 肉親でもないただのおっさんが一人死ぬだけだ。絶望するんじゃねえ‼︎ お前には友達の夢を叶えるという使命があるんだろう……? 俺のために立ち止まるな! 前を向いて友を……『神秘のスシ』を……!」
バタッ……
僕は突然倒れたおっ3の体に触れた。……冷たくなっていた。
「……ねえドド。何で『神秘のスシ』が必要なの? 大切な人の死を超えてでも、やるべきことなの……?」
「……………ああ、そうだ……。『神秘のスシ』を食べた者には一時的だが信じられない程に強大な力が与えられる。その力で『ブラックホール』を討伐しなければ、この星のほとんどが滅んでしまうだろう」
ブラックホールを討伐するため……。
ああ……僕は馬鹿だから、ドドとは考え方が違うんだろう。僕はこの星よりも……!
師匠も師匠だよ。何が「ただのおっさん」だ……!
結局、二度「延期」した「感動の再会」は「中止」になったじゃないか‼︎
「……シャド・リーラッシャイ。許さないぞ……‼︎」
逃げたシャドの行方はまだ追える。ドドが止めたせいで遅れをとったが、今度こそおっ3と同じ目に合わせてやる……!
ドドも今度は僕を止めることはなかった。そりゃそうだ、……おっ3は死んだんだ。
「もう僕を止める理由はないだろ⁉︎」
僕はドームの出口を走り抜けようとした。が、その時突然ダクトがドアの横から現れた。
……エト・タイマンも足止めに失敗したのか……⁉︎
「……邪魔をするなぁ! ダクト‼︎」
「…………虫野郎、いやカブリ。『俺について来い』」
その後、僕の意識はしばらくなくなった。