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サイショに・ショウゴウ・オンライン

「あらあら。もうこんな時間なのね。はじめまして。あぁ、座って。早速だけどチュートリアル、始めちゃおっか」


 2058年、11月26日。

 クリスマス商戦に間に合わせるように1本のVRMMOソフトが発売された。その名も「イノセンスファンタジア」

 VRMMOが一般的になって久しい。完璧な没入型のハードももう4世代目。

 しかし、それでもこのゲームは世間で大きな話題を呼んだ。


「はい! よろしくお願いします!」


 発表されたPVに映るのは、完璧なファンタジー世界の姿。エルフがいる、ドワーフが居る。ドラゴニュートに鳥人。そして人魚。ポリゴンを意識させないその姿は、現実世界にいても僅かな違和感をも抱かせないだろう。


 敵の姿も精巧で、戦闘シーンで動くゴブリンの造形や仕草、バラバラの動きで攻撃してくる姿は、とてもただのモブ敵だとは思えない。


 そして……


 鳥がいる。動物がいる。虫がいる。魚がいる。


 他のゲームのようなシルエットや決まった動きをするオブジェクトでは無い。

 群れの動きはバラバラで、体毛や羽毛、鱗の一つ一つまでがリアルと遜色がない。


「お名前、教えて?」


 それでも、最初は狭いゲーマー界隈だけの話題であり、そして売れるとも考えられていなかった。


 VRMMOが普及しだして久しい。ゲーマーにはそれぞれのホームゲームがあり、そこで積み重ねた実績を捨ててまで新たなゲームに移行しようとする者は少ない。


 しかし、クオリティが全てを黙らせる。

 先行してゲームを行ったβテスターが、口を揃えて褒めちぎるのだ。


『あそこにはリアルがあった。だけど確かに、ゲームがあった』


 NPCは人間と殆ど変わらず、その超高性能AIが魔物や動物に至るまで片っ端から積み込まれている。


 しかし、クエストがあり、ドロップがある。戦闘や生産はもちろん貿易なんかもできる。


 そして。全てのゲーマーが求めるものがあった。


 他者との差別化。


 ゲームでありながら世界として成立している。個人の進み方次第で、どんなビルドでも実現できる。伝説の武器や魔物、世界にオンリーワンを勝ち取ることが出来る。


「名前……そうだなぁ……」


 サービス初日。スタートダッシュを切ろうと爆速でキャラメイクを済ませてゲームに接続した100万人は、一斉にチュートリアルルームに放り込まれ気付く。

 前評判は一切嘘ではなかったのだと。その五感が訴えかけてくるのだから。


 ある者は風が吹き、蝶が踊る薔薇園の中。

 佇む麗人の金髪が風に揺れる。


 ある者は雪が舞い、生命を感じぬ山の上。

 地に伏せこちらを見つめる1匹の竜。


 ある者は雨が落ち、蜘蛛が巣を貼る洋館。

 ワインを煽る紳士の口元には鋭い牙。


 確実にファンタジーな世界だ。

 しかし、同時にどうしようもなく脳がリアルだと伝えてくる。


 そしてある者は……


 真っ暗だ。光ひとつ通らない闇の中。

 テーブルに置かれたランプだけが光源となり、そのおかげでここがドーム状の空間だということが辛うじて分かる。


 対面の椅子に座るのは妙齢の女性。チュートリアルキャラクターだと語った彼女は、本当にNPCなのだろうか。肌のツヤも、まつ毛の1本1本も、わかりきったような顔で澄ます表情も。

 綺麗すぎる、という点以外は全てがリアルだ。


 それに相対する私も、手には指があり、爪があり、皺がある。髪の毛に手を伸ばせば、サラサラと1本1本の感触が指を伝う。

 何一つ現実と遜色ない感覚。


「リプソン、でお願いします!! 私の名前はリプソンです!!」


 神話から取った名前が、確実に喉を震わしながら外に出ているのがわかる。

 電子的なデータではなく、空間を揺らす音として言葉が伝わる。


「そう、可愛らしい名前ね。じゃあ種族はどうする? まぁ、ここにいるってことはそういうことなんでしょうけど」


 肌をさす冷たさも、噛み合う会話も、ゲームとは思えない。


 まぁ目の前にそびえ立つ超絶巨乳だけはゲーム的だが。意味わからん。中世ヨーロッパ世界観だけどこれを覆えるブラとか売ってんの? 売ってないから貝殻とか付けてるのか。


「この痴女貝殻とか付けてる!!!!」


「やーん痴女って。おねーさん悲しい」


 やばい。思わず口に出してしまっていた。

 AIって嘘泣きも出来るんだ。涙ボクロとか性癖の豪華パックかよ。


 際限なく湧き出してくる邪念を払いながら、吸い付きそうになる視線を逸らしながら、問いに答えるために口を開く。PVを見た時点で種族は決めていた。

 人間はもちろん、エルフにドワーフ、妖精に動物に魔物にだってなれる。


 だけど、私が選ぶのは一つだけ。


 PVの途中。数秒だけ映ったその姿。

 自由に海を駆け、魚たちと戯れる。


 忘れかけた夢を取り戻せるかもしれない。そんな一縷の望み。


「種族は人魚でお願いします!!」


 元気よく叫ぶ。

 元の顔の面影を残しつつも、純日本人とは思えない白い髪に、濃紺の瞳。これが私のここでの姿。


 そして……

 回答を切っ掛けに脚には目と同色の鱗が生え始め、徐々に魚類の尾へと変化していく。服はいつの間にか脱げ、上半身を覆うのは大きな貝殻。

 ……これ、標準装備なんだ。


 同時に、周囲を覆っていたドームが破裂。

 流れ込んでくるのは大量の冷水。


 そして降り積もった純白の雪(マリンスノー)


 この今にも暴走しそうな胸の高鳴りは冷たさのせいだろうか。


「人類や亜人、魔王が率いる魔物達が力を持つこの世界で、その姿で生きることは茨の道よ。今ならまだ間に合うけど」


 いや、違う。


「大丈夫です! 私はこの為に、ここにいるんだから!!」


 大きくヒレを打ち、グンッと加速する。

 ワクワクする心が。これからへの期待が。


「あっちょっ、まちなさ!」


 水を得た魚という言葉は私のためにあったのか。

 泳げる!! ここでは私でも……


「あはは!! あは、あはは!!!」


 ここから始まるのだ。私の冒険が。

 私の第2の人生が。


 焦がれ続けた冷たさは、私の胸を刺激する。だけどそれは、何時もの嫌なソレじゃない。


「あぁ、人生って素晴らしい。最っ高!!! って、アレ?」


 心の赴くままに。

 ただそう願ったように。


 私は進む。

 たとえその先に大きな口とギザギザの歯があったとしても。




「だから言わんこっちゃない。チュートリアル、再開するわよ」


「……あれ?」


『称号【ファーストブラッダー】【海龍の餌】を獲得しました』


「……全プレイヤー最速デスね。……おめでとう? リプソンちゃん」


「いやー!!」


 ……あれ? 私スタートダッシュ、ミスっちゃいました?

★★★★☆

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