58話 ゲーム少女対キングモンキー
遥はこんなことでも無ければ、億ションの最上階に来なかったんだろうなぁと思いながら、注意深く重装備の火力で整えている主を見た。
何かレッドカーペットみたいな絨毯も敷かれているし、財宝はあるし、大部屋だし初めての普通のボス戦ではとワクワクしてしまうゲーム少女である。
「ご主人様! あのミュータントの名前はキングモンキーと名付けました」
わかりやすくて良いねとサクヤにニコリと微笑む、いつになく優しい遥。
「今日は私に優しいサービスデーですか? ですよね。ご主人様。後でお風呂で洗いっこしましょうね! あ、勿論レキ様の姿でですよ!」
ふんふんと鼻息荒く物凄い調子に乗る銀髪メイドを無視して、いざボス戦である。
◇
先手はキングモンキーからである。高笑いは終わりのようだ。
こちらを見据えて「ウッキー」と叫んで、いきなり両肩のショルダーミサイルを発射してきた。
シュゴーと噴射の炎を発しながら、金色のミサイルが複数飛んでくる。回避するべく柱の陰にダッシュする。
よくよく見ると、飛来してくる金色の趣味の悪いミサイルの横には、『金』と書いてあった。なんだそりゃと気が抜けてしまう。精神攻撃の一種だろうか。
「確かに実弾は金と政治家は呼んでいるけどさぁ」
今回のボスは随分な世俗的ミュータントであるみたいだ。あんまり重装備の割に威圧感がない。しょぼい族議員だったのだろうか。
それでも威力は本物なのだろう。柱の陰から陰へと移動して回避するゲーム少女に誘導付きなのか、縦に横にと角度を曲げてしっかりと追尾してくる。
しつこく追尾してくるために振り切るのは無理だと判断し、チャキッとモンキーガンを構えてミサイルを迎撃するべく、動きを予測し連射し始める。
タタタと乾いた音と共に、弾丸が複数発射され未来予知の如く正確に高速で動くミサイルの先端に当たる。
すぐさま、小柄な身体を前方の柱の陰に投げ出す。モンキーガンの銃弾が命中しドゴッドゴッと連続して爆発するミサイル。
そして柱の陰に身を投げ出す前の場所にビュンビュンと銃弾が通り過ぎていった。
「やりますね。ミサイルで敵の移動範囲を狭めて、アサルトライフルでトドメですか」
眠たそうな目で冷静にキングモンキーを見やる。一人でのコンボ攻撃が上手そうだ。これはちょっと油断できない。
ちなみに、おっさんはコンボは苦手である。レバーをガチャガチャ動かして、コンボになれば良いなと思っている。
こちらの番だと、柱の陰から半身を出し、のっそりと部屋の真ん中に余裕を見せて立っているキングモンキーへ、くたばれとばかりにモンキーガンを連射する。
タタタと撃ちまくり、全弾キングモンキーの頭に命中する。4メートル近い大柄な敵である。全弾命中なんて楽勝すぎるチートな美少女レキなのだ。
しかしキングモンキーは頭に喰らったのに、多少後ろに仰け反ったが直ぐに体勢を立て直し、こちらへニヤリと歯茎を見せながらウハハハハと高笑いで返す。
「なるほど、モンキーガンでは通用しませんか」
冷静にキングモンキーを目を細めて観察する。確かに当たった箇所は血どころか皮膚も裂けていないように見えた。所詮車のドアも貫けない銃であるので、期待はしていなかった。
スッとアイテムポーチに格納して、ポチポチとタッチパネルを押下してアイテムポーチからスナイパーライフルを取り出した。遥は珍しく頑張って取り出した。今回のおっさんの活躍は以上である。後はゲーム少女の力にお任せです。
重々しく頼りになるスナイパーライフルが出現する。その黒光りする銃をガシッと、遥は強く握る。
「戦闘再開ですね」
余裕の態度で敵を見る。自分の優位を感じると高笑いして、自分のターンを無駄に消費するボスなぞ敵ではないのだ。その間にこちらは回復も強化も好き放題なのである。ゲームでもそんな敵は楽勝であった。
「ウキッ?」
スナイパーライフルを見て、なんじゃそれはという顔なので、その顔にスナイパーライフルを撃ち込んであげる。
中距離戦だが、レキと銃術スキルなら問題はない。すぐさま構えてドンと一発頭にヘッドショットをする。
ウキキッと慌てて左手を前につき出すキングモンキー。パリパリと、以前デカサルモンキーで見た超能力であろう。ライオットシールドぽいのが、手の平の前に現れた。
バシンとそのシールドに銃弾が当たり、一発でヒビが入りピシピシと音がしてガラスが割れるようにそのままシールドは粉砕した。しかし、粉砕したのみで貫通はしなかった模様。
動揺するキングモンキー。恐らくは一発で破壊されるとは思ってはいなかったのであろう。後退りして警戒心剥き出しとなる。
遥の方も貫いてそのまま頭も粉砕するつもりだったので、多少驚く。結構やるなと、続いて撃ち込もうとして再度スナイパーライフルを構え直す。
しかしキングモンキーも動揺を抑えて、既に次なる攻撃の準備を整えていた。
ウホホッと、腰からグレネードを外して、その大きな手の平に何個も握って、どんどんまんべんなく捨てるようにレキの近くはおろか周り全てに投げたのだ。
ちょこまかと小柄な身体で攻撃を回避するゲーム少女だ。業を煮やして飽和攻撃でダメージを与えるつもりかと身構える。
だが投げられたグレネードは全てプシューと音がして、中からモクモクと黒い煙が吐き出されてきた。毒だろうかと思ったが違うようだ。
そのまま全てのグレネードがプシューと煙を出した後は、フロアをぶち抜いた大部屋は煙だらけで光もささない1メートル先も見えない空間となった。
「ご主人様、気をつけてください。この煙は超能力です。レベル1以下の探索系が無効化されます!」
なんだってと驚く。驚いたのだ。何しろサクヤが初めて役に立つ情報を伝えてきたのだ。明日は嵐かも知れない。
も〜っと頬を膨らませながら怒るサクヤ。ただ口元がにやけているので嬉しいのだろう。
コントをしている間に、煙の中で銃声がなり風切り音が聞こえてくる。ゲーム少女は僅かに身体を反らし、銃弾を回避する。
「無駄ですよ。私の気配察知は貴方の煙では防げません」
ゲーム少女の気配察知はレベル3。煙では防げない。そして気配察知は視線で確認しているわけではないのである。
例えて言えば、心眼で見ているのだ。キングモンキーの姿は丸見えである。心眼なのだ。勿論、遥には使えるわけはないのでレキに全てお任せだ。お任せいたすぞ、レキ殿という感じである。
心眼なんぞおっさんにつけたら、悪用して犯罪になる可能性もあるので、仕方ないのだ。持っているだけでも悪用するでしょうと捕まるかもしれない。
なので、任されたゲーム少女はキングモンキーの身体の位置、銃を握る腕の力具合。そして銃口を向けられたタイミングまで全てを察知した。
ゲーム少女を倒さんと、キングモンキーがドドドドと撃ち込んでくる。その銃弾は敵を砕く嵐となり、襲いかかってくる。
だが、全て見えているのだ。無敵時間は無いが遥は素早く回転ロールで再び柱の陰に隠れる。
煙の超能力無効化は自分にも働くのであろう、誘導ミサイルを撃たずにアサルトライフルのみを撃っている。シャコンと下部のグレネードランチャーの弾丸をスライドしていれて、遥がいると思っている場所に撃ってきた。
ドゴンと柱が砕ける勢いで爆発が起こる。絨毯も焦げてしまい、バラバラと破片が飛び散る。またもドゴンと爆発音が連続して発生する。一気にレキを片付けるつもりなのだろう。
そんな荒れ狂う嵐のような攻撃を尻目にゲーム少女は隠れていた柱をスルスルと登っていた。見事な登り方であり、猿顔負けである。
「所詮猿は猿ですね」
既にその場にはいないにもかかわらず、いるであろう場所に煙で見えないため撃ち続けるキングモンキー。倒したと確認するまでは撃ち続けるであろう。
眼下で撃ち続けるキングモンキーへと、エンチャントサイキックを使い、遥はしがみついていた柱を思い切り蹴りダイビングした。踏みきった箇所が砕ける。勢い良く蹴り上げて、ライナーでビュンとキングモンキーに近づいていく。
一気にキングモンキーの懐に入った遥は超技を使う。握りしめたスナイパーライフルを、キングモンキーの胸に押し付けて発動させるのであった。
『超技チャージスナイプ』
必殺の突スナだ。ゼロ距離から撃たれるその銃弾は何者をも砕く勢いである。
因みにおっさんの場合は突スナをやると、視界がわからなくなり、敵のど真ん中でうろうろと徘徊して殺される。
懐に入られたことを驚愕して、ゲーム少女を見るキングモンキー。
未だにアサルトライフルを撃ち続けていたキングモンキーへと、スナイパーライフルから至近距離で強力無比な超常の弾丸が撃ち込まれ、キングモンキーはその巨体を吹き飛ばされる。
吹き飛ばされたキングモンキーは、壁を吹き飛ばし廊下を滑り、外壁を砕き落ちていったのであった。
◇
空いた穴からは風が強く流れ込んできて、大部屋を覆っていた煙を吹き飛ばしていく。
ゲーム少女はその風でなびく髪をそっと手の平で押さえて、玉座に向かう。玉座と言うかその隣の財宝の砂山である。
財宝の砂山には静香が張り付いており、何とか財宝を取ろうとしていた。何か手を思い切り引っ張って、宝石を剥がそうとしている。
この間と全く同じ間抜けな女怪盗の姿である。
「やはり女怪盗に転職した方が良いのでは?」
溜息をついてジト目で静香に話しかける。
「いったい何をしているんですか? かなり間抜けな姿ですよ、それ」
ウギギキ〜と宝石を引っ張って取ろうとしていた静香が、向き直ってくる。実は静香も猿系ミュータントなのかな?
「大変よお嬢様! この財宝、まるで背景絵みたいにくっ付いて取れないの! どうなってるのこれ?」
直ぐにまたもウギギキ〜と腕を引っ張って静香は宝石を取ろうとし始めた。まるで取れない餌を取ろうとして、猿が瓶に入っている麦を取ろうとして手を握っているので取れないよ〜と言う感じの間抜けさだ。
「猿を倒しに来たのに、私たちが猿になってどうするんですか」
この人は仕方ないなぁ。
「あら、私たちも元は猿でしょう? 変わりはそんなに無いわよ」
飄々と答える静香。自分の行動に疑いは無いみたい。
確かに見てみると、静香が引っ張っているにもかかわらず財宝の砂山はピッタリとくっついている。なんなのだろう? 何か超常の力なのだろうか?
疑問は他人に聞くゲーム少女である。すぐにサクヤに静香には聴こえないように小声で問いかける。
「これ何? 罠系?」
「う〜ん、これは結界系ですね。主が取られないように結界をかけているのでしょう」
サクヤが悩みながら返答したが、その答えに疑問に思う。
「いやいや、そういう結界なら主を倒せば消えるんじゃないの?」
不思議に思い首をひねる。更に質問を重ねようとしたところ、横からなにかが突撃してきた。そして、トラックに撥ねられたように吹き飛ばされるのであった。
ゲーム少女に高速で突撃してきた物体はトラックよりも凄い威力であろう。ぶつかったらそのまま肉塊になる勢いであった。
軽々と吹き飛ばされ、その身体は壁に激突して赤いシミになるかと思われた。しかし吹き飛ばされる最中に、空中でくるりと回転して体勢を立て直し、足から壁に向かってスタッと見事着地する。スーパースタントマンになれるかもしれない。
それからガシャリと、吹き飛ばされる際に手放したスナイパーライフルが床に落ちた音が不思議と響く。
不意打ちを受けたレキぼでぃだが、寸前で敵に気づいて自ら吹き飛ばされる方向に跳び、ダメージを緩和したのだ。さすがはチートな美少女レキである。おっさんなら異世界転移もできずに死んでいただろう。
そのまま、トンッと床に着地して眠そうな可愛いお目々で不意打ちしてきた敵を見る。
「なるほど、第二段階を残していましたか」
冷静に相手を見返す。敵は外に吹き飛ばされていたはずのキングモンキーである。フルアーマーをパージしたように、パワードスーツと銃やショルダーミサイルが外されている。そして身体は金色に光っていて、毛が逆だっている。
どうやらお怒りモードを持っていたようである。
「なるほどねぇ、猿は怒ると金色になるよね」
知ってる知ってる有名だよねとウンウンと頷く。これは強そうだと警戒する。
ズドンと、その蹴り足で絨毯にクレーターを作り出し、再びゲーム少女に突撃してくるキングモンキー。
「ウガアッ」
とその右腕を繰り出してくる。その攻撃を受け流そうとして、相手の腕を逸らそうと構えたところに。手と腕の陰を上手く使い、ゲーム少女に見えないようにしていたのだろう。当たる寸前、隠し持っていたコンバットナイフを突き出してくる。
必殺の攻撃だったに違いない。だが、ついっと突き出してくるコンバットナイフを見ても動揺せずに遥はコンバットナイフの腹に手の甲をあてて、受け流す。自分の横を通り過ぎていく巨木のようなキングモンキーの肘にぐるんと身体を翻して、回転蹴りを入れる。
メキョと肘がいかれる嫌な音がして、キングモンキーの右腕は曲がらない方向に折れ曲がり使えなくなる。
それでもひるまずにローキックを左脚で繰り出すキングモンキー。その左脚ならたとえローキックであろうとも、小柄なゲーム少女は肉塊になるかもしれない。
ローキックを目にしたゲーム少女は半身をずらし、その僅かな移動で見切り、眼前をキングモンキーの左脚は通り過ぎていく。
もう一度身体を回転させ、トンッと軽くジャンプをして、キングモンキーの首に脚を振り上げてレッグラリアットを食らわせた。
再びゴキッと骨のなる音がして、たたらを踏むキングモンキー。さすがに今のは効いたみたいだ。
「私に触れるとスキャンダルですよ? もう当選は無理ですね」
美少女に中年の議員がしつこく触れようとするなど、確実にアウト、スキャンダル確実、落選確定である。
ふふんとゲーム少女のちっこい胸をはり、可愛く小首を傾げて頬に人差し指をあてて煽る。
美少女対議員なら美少女の勝ちだね、と勝利を確信である。
どちらを選べと言われたら、遥なら絶対に美少女を選ぶのだ。
勝利を確信したゲーム少女。勿論フラグを立てたのである。
キングモンキーは、ゲーム少女には敵わじと財宝の砂山に未だに引っ付いていた静香目指してダッシュした。
あわあわと遥もダッシュする。まさかヘイトをこんなに稼いでいるのにタゲが変わるとは思っていなかったのである。悲しいゲーム脳なゲーム少女であった。
静香もキングモンキーが近づいてくるのに直ぐに気づいた。だが、キングモンキーは装備はパージしたが、宝石類はパージしていなかった。金色の身体にジャラジャラつけているため、あわあわどうしようと攻撃をためらう静香。多分アホなんだろう。おっさんとタメを張ると思われる。
間に合わないと遥が思ったところ、意外な行動に出るキングモンキー。
財宝の砂山を、蹴っ飛ばして札束も宝石も空中に吹き飛ばしたのである。
何その行動と遥と静香が、唖然とした表情になる。空中でキラキラと宝石が飛び交い、札束の帯が外れ札がふわふわと飛び回る。
それを見たキングモンキーは叫ぶ。
「落選した議員は無価値ぃぃ」
流暢な日本語で続ける。
「使われたぁ実弾も全て灰にかぇぇるぅぅ」
フロアに超常の力が急速に満ちる。危険を察知した遥は高速で静香に向かう。
え、なに? と静香が戸惑う顔になったところ──。
空中に散らばっていた札も宝石も、まるで火薬の塊のように爆発してフロアを覆い全てを破壊するのであった。