最終話 語り部
パチパチと火の粉が松明から舞い散っていた。夜へと変わる光景を毛皮を頭まですっぽりと被ったお婆さんは窓から見て、息を吐く。
外は夕闇のオレンジ色の世界から、漆黒の夜へと変わっていき、空には明るい星の光が瞬く。
そして大地には大木が生え並び、その隙間にかつての文明の遺産たる朽ちたビルが見えていた。
ゆっくりとお婆さんは顔を戻して、周りに座る子供たちを見て、口を開く。
「これで儂のお話は仕舞じゃ。戦いは終わり、世界を救いし者は何処かにと消えた。こうして文明は無くなり、今の儂たちの生活があるわけじゃ」
部屋は毛皮の敷物が敷かれて、壁にはなにかの動物の骨が掲げられている。木の槍が立てかけられており、かつての人類の栄光は見る影もない。
子供たちも貫頭服を着て植物のツルを編んだサンダルを履いて座っていた。
お婆さんは目の前に置かれた木の器を手にとって、白湯を飲む。
「ねーねー、大魔王サークヤを倒した勇者レキはどこに行ったの〜?」
一人の子供が手を挙げて、興味津々に尋ねてくるのを、しわくちゃの顔を嬉しそうに綻ばせながら答える。
「勇者レキは世界の維持の力を大樹へと残して、何処かに旅立ったという噂じゃ。しかし、次の大魔王が現れたとき、あの台座に刺さっている勇者の剣を引き抜く新たなる勇者が現れる。……そのような伝説が残っておる」
遥かなる過去の言い伝え。いつからの口伝かもわからない程に続く伝説。
お婆さんが顔を向けるその先には立派な台座に剣が刺さっていた。きらびやかな美しい意匠の剣は見る人を魅了する。台座にはゆーしゃのけん、と落書きのような汚い字で記されている。
それを見て、子供たちは待ってましたと、騒ぎ始める。お婆さんの話を聞き終えたら、剣を抜くイベントがあるので、いまかいまかと待っていたのだ。
「きゃー、剣を抜きまーす!」
てこてこと幼女が台座へと近づき、えいっと剣をちっこいおててで引き抜こうとする。
なぜか、ダララララとドラムの音が響いて、幼女が引っ張る剣はスポンと外れた。
「パンパカパーン! おめでとうございます! みーちゃんは新たなる勇者でした! 復活した大魔王サクーヤを倒してください」
お婆さんはぴょこんと飛び跳ねて、両手を掲げて祝福する。遂に待ち望んでいた新たなる勇者が生まれたのを祝福するお婆さん。声音が鈴を鳴らすような可愛らしい少女の声なのは無視しよう。
「ふぉぉぉぉ! 次の勇者も剣を引き抜く!」
幼女とは言えない歳だが、未だに体格は小柄な少女がフンフンと鼻息荒く台座に近づく。
台座にそそくさと黒子が剣を突き刺して、ペコリと頭を下げて裏方へと戻っていく。少女は剣が刺さると同時に待ちきれないと手を伸ばして、スポンと剣を抜いちゃう。
「あ〜、BGMが始まるのを待ってください、お姉ちゃん! 始まるときにスタッフのお姉さんに言われませんでしたか」
「むふぅ、勇者リィズは常に意外性を求める。最近の流行り」
フンフンと剣を振り回して、大魔王を倒すと鼻息荒く奥へと進む勇者リィズ。幼女よりも幼女な少女である。
それを見て、周囲で待っていた子供たちも台座に群がっていく。
「私がつぎー」
「僕もゆーしゃ!」
「あたちも、あたちも〜!」
大混乱になってしまって、泣きそうな子供も出てきたので、黒子が仕方ないなぁと、手に羽よりも軽いまるでダンボールの軽さのような剣を束にして持ってくる。
「おら、並べ並べ。順番だぞ、順番」
黒子はキラリと銀髪をそのほっかむりからはみ出して、機嫌が悪そうに剣を配り始めていく。
もはや台座は関係ないので、わざわざ剣を台座に刺してから抜く子供もいたりする。
「なぁなぁ、私が大魔王役の方が似合ってないか? 時給も大魔王の方が高いんじゃないか?」
お婆さんへと黒子が不満そうに言う。どうやら目立ちたがりの黒子の中の人にとっては不満な模様。
だけど、大魔王役は決定なのだ。お仕置きでもあるし。
「大魔王役の人のギャラはお粥一杯ですよ。黒子さん、それでもやりますか?」
「え〜! なんかの罰なのか……。それじゃ、仕方ないな」
諦めて肩をすくめる黒子へと、そうですねとお婆さんは頷く。
そんなバタバタした騒ぎも皆が奥へと、意気揚々と剣を掲げて向かうと静かになる。
ふぃ〜、と息を吐いてお婆さんがカモシカのような元気極まる脚をパタパタさせると、目の前にことりとアイスカフェオレが置かれて、金髪ツインテールのメイドさんが労るように優しい笑みで隣にきた。
「お疲れ様です。どうぞ」
「ありがとう」
ングングとカフェオレをちっこいおててで、お婆さんのマスクを外して冷たいカフェオレを飲む。ほどよい甘さとミルクの味に少し苦いコーヒーの後口が美味しい。カフェオレは最高だねと、お婆さんはマスクをつけ直す。
遠くでなにかの声が聞こえてくる。
「我こそは大魔王サクーヤ。勇者よ、ってリィズさん本気で殴ってこないでください! ダンボールでも痛いんです。入るときにスタッフのお姉さんに大魔王が可哀相だから、力いっぱい殴らないでねと言われませんでしたか!」
「ふぉぉぉ! 勇者リィズは大魔王を倒す! スタッフの話は中に入りたくて全然聞いてなかった」
どこにでも必ず一人はいる困ったお子ちゃまのような声が聞こえてきて
「きゃー! みーちゃんも、みーちゃんも!」
「てやぁっ!」
「えいえいっ」
「倒れろー」
他の子供たちも、困ったお子ちゃまに釣られて、スタッフのお姉さんとの約束を忘れてハッスルしている模様であった。
ちょっと可哀相だったかなと、お婆さんが苦笑交じりに、もう一口カフェオレを飲むと、入口から誰かが足音荒く入ってきた。
「ちょっとレキ! いる? いるわね! おっさんがどこに行ったか知らない? 新婚さんの遊園地デートなのに、途中で消えたの! あ、ナインも知らない? 結婚したばかりなのに、もう仕事かしら! 美人妻を放っておいて!」
プンスコと顔を真っ赤にして、怒りの表情の褐色少女。そんな表情も可愛いなぁと思いつつ、お婆さんは語り始める。
「占ったところ、人前で口移しでお菓子を食べさせようとしたり、バカップルをも超える勢いで身体にベッタリとコアラのように張り付いてくる叶得さんの行動に世間体を恐れて逃げたのでしょう。見える、私には見えちゃいました」
まるで水晶玉が目の前にあるように、手をフラフラと振りながら答えるお婆さん。あれは恥ずかしすぎる。なぜに人に見せるように行動するわけ? おっさんはもう歳なんだよ? 社会的地位も考えて?
「良いじゃない! 新婚なのよ、新婚! あ、ナイン、新婚旅行はどこにする? サクヤとかいう女とも結婚したのは、頭にきたけど、私は寛容な大人の女だから一緒に行くのを許してあげるわっ」
「そうですね。やはり群馬あたりでしょうか。観光地はまだまだ少ないですし」
「観光地じゃなくてもいいわっ! 普通に旅行も良いわよ」
褐色少女の提案に金髪メイドも話し始める。どうやら、矛先は変わったようだねと、お婆さんは胸を撫で下ろしちゃう。
それに旅行は楽しそうだ。これまでは休むこともせずに、働いてきたからちょうど良いかも。
誰が、いつ、どこで、休むこともしないで働いてきたかは不明だが、きっとこのお婆さんではないに違いない。
お婆さんは、はいっとおててをあげて、二人が話し合うのに口を挟む。
「それなら私が今まで救ってきた地域をぜーんぶ見てまわりましょう。四季さんに空中戦艦を用意してもらいましょう!」
ゆったりまったりと旅行ができますよと提案する空中戦艦をハイヤー代わりにするお婆さん。
ん〜、と叶得は顎に手をあてつつ考えながら、こちらを窺うように確かめてくる。
「レキも行くの?」
「とーぜんです。父との新婚旅行を、新たな母に戸惑い邪魔をする可愛らしい娘役として参加します」
フンスと鼻息荒く胸を張り、お婆さんは早くも邪魔をする宣言をしちゃう。
わー、パチパチと精神世界で拍手をして、その考えを称賛する少女。
おっさんがいる時は、娘役は少女になるので大賛成をしていた。早くも準備運動を始めて、全力で邪魔をする気満々である。宝珠の肉体は優秀なのだ。
「むむむむ〜! 仕方ないわねっ! 全力で邪魔をしてきなさいっ! 負けずに全力でベタベタするからっ!」
「ふふ、そうですね。私も負けません」
うふふふと、対抗心を剥き出しにして、なんだか少し怖さを感じさせる微笑みを浮かべる二人。
少しお婆さんは引き気味になっちゃう。まずい提案だったかなぁ?
そこへバタバタと奥から黒い鎧を着込んだ少女が泣きべそをかきながら走ってきた。黒い角にトゲトゲの鎧を着込んだ少女の後ろには子供たちが剣をフリフリついてきている。
「私も! 私も新婚旅行に行きますからね! というかこのバイトは少しきつすぎますよ!」
銀髪を振り乱して、豊かな胸をぽよんとお婆さんに押し付けながら抱きしめてくるので、未だに照れちゃうお婆さん。
「そのマスク暑くありません?」
「たしかに暑いね。お婆さん役おしま〜い」
サクヤの言葉にたしかに暑いねとお婆さんはマスクを外す。本来のお婆さん役のスタッフにマスクを手渡して、う〜んと背を伸ばして姿を表すのは、なんと美少女朝倉レキであった!
誰もが驚くであろう正体を現したレキだが、中身は残念なことにくたびれたおっさんこと、遥である。
ベタベタしてきすぎる叶得から逃れるために、レキの姿になってアトラクション大魔王対勇者、に潜り込んでいたのだ。
剣でポコスカ大魔王めー、と叩く子供たちから逃れるために、遥へとぎゅうぎゅうと胸を押し付けて、ウヘヘと口元をだらしなく歪ませながら笑う変態メイドサクヤ。逃れるためという理由が嘘なのは間違いない。
叶得はサクヤを見ながら、ウムムと自分の平坦な胸をペタペタと触るが、平坦な胸は平坦なんだよと遥が同情していると、ナインへとキッと鋭い目つきで顔を向ける。
「あの女は敵だわっ! ナイン、新婚旅行は同盟を結んで二人がかりでおっさんを魅了するわよ! あの女に負けないように、私たちの方が凄いって思わせるの」
資料もあるのよっ、と勢い込む褐色少女に、金髪メイドも力強く頷く。
「わかりました、叶得。私たちの力を見せましょう!」
うん、なにを同盟するのかな? なにが凄いんだろう、幼女だからアタチわからないや。
バブバブと指を咥えて、作戦を練る二人を幼気な少女が眺めていると、空中にモニターが現れて、四季が焦ったような表情をしていた。
「司令、石見銀山に凶悪なミュータントが現れました。銀山の所有権は私のよぉ〜、と叫ぶ女型ミュータントです。きゅーこが制圧に向かいましたが……くっ、いなり寿司を山ほど出されて食べています!」
「いないいないと思っていたら、そこにいたのね。女武器商人さんはどこまでポンコツになるの? あの家はもうかなり財宝があるよね」
四季の報告にため息をつき、静香へと通信を繋げると、子狐が尻尾をフリフリいなり寿司を食べている姿が画面の端っこに見えながら、女武器商人が映しだされる。
鉢巻をして、つるはしをせっせっと振るいながら静香は通信に気づく。
「あら、お嬢様じゃないの。ここにいたミュータントは倒したから、私が所有権を持つということで良いわよね? ということで、今の私は採掘に忙しいの」
「駄目ですよ、静香さん。鉱山などは国有になると法で決まって」
「大変! 新たなミュータントが来たわ! 激闘になるから切るわね! 数カ月は激闘の予定よ!」
静香の後ろから、ゾンビの被り物をした二体のロボットみたいなのがヨロヨロと現れて、ガオーとやる気のなさそうな咆哮をあげてきていた。
プチッと通信が切れたので、疲れたようにため息をついちゃう。用意周到というか、抜けているというか、ゲーム少女と同レベルというか……。
どうやら自分が説得にいかないと、帰って来ないだろうと、なんか良い財宝が無いかなとアイテムポーチを探しつつ
「こんな日常が楽しいんだよね」
花咲くような微笑みと共に、ゲーム少女はこの世界を生きようと足取り軽く外へと向かうのであった。
〜 おしまい 〜
これにてリメイク版レキの冒険は終わりとなります。読んでいただきありがとうございました!




