574話 レキとナイン
レキはサクヤが生み出した無数の眷属の僅かに空いた隙間を小さな体躯をフルに利用して縫うように通っていった。すぐ後ろで旦那様が戦っているが、振り向くことはない。
戦いに勝利するために自らは行動するだけなのだ。
その勝利の道筋に至るには
「ナイン、貴女との手加減なしの戦闘を希望していました」
ギュゥと小さなおててを握りしめて、余裕の表情で佇むライバルの金髪ツインテールの少女へと肉薄するのであった。
「シッ」
鋭い呼気に合わせて、右拳を繰り出す。消えるようなその拳撃にナインは表情を見せずに左手を前に掲げてくる。常ならば敵はレキの鋭い拳撃を受けられないが、ナインは違う。
そっと螺旋の動きで右拳の拳撃を受け流す。それはレキの動きにそっくりであったが、実際はレキの体術の知識はナインをベースにしているので、ナインの動きをレキが真似ているといえよう。
レキはしかしながらナインの動きを読んでいた。素早く足を踏み込み体勢を戻すと、身体を捻り左脚の蹴撃から流れるように右脚の二連撃を繰り出す。
一瞬の間、瞬間での攻撃はレキの身体がブレたようにしか見えず、その攻撃は無駄がなく風が逆巻くことも、土埃が舞うこともない完璧な連撃。
だが、その完璧と思われる攻撃は全てナインの軽やかなる舞の如き掌の動きに遮られて受け流されてしまう。
僅かに目を細めて、険しい表情になるレキであるが、それもまた想定内。パワーで負けて技はナインの知識からくるのであれば、攻撃が読まれて受け流されてしまうのは当たり前である。
だからこそ、次の攻撃にかける。突破口となるかは、その結果如何。
「フッ」
未だに余裕を見せて、反撃できる筈なのに反撃をしてこないナインへと、再び右足を地面に踏み込ませて、力の大半を右拳に凝縮させる。
黄金の粒子が右拳を煌めかせて、亜光速に達したナインを傷つけられるパワーが込められた一撃が撃ち出された。
既に思考は光速に入り、その拳撃はレキの目には鋭い一撃に見えたが、ナインも同様の光速思考に入っていた。
薄っすらとナインが笑い、カウンターにて拳がナインから突き出されるのがレキには見えた。身体を捻り回避するか、受け流すために体勢を崩すか、どちらにしても、次の攻撃へと繋げようとするナインのその一撃は軽いとレキは見抜く。
「グッ」
「クゥ!」
二つの呻き声があがり、レキは吹き飛ぶがナインもくの字に身体を折って地面を擦りながら後ろへと押される。
倒れるまでいかなかったが、それでもナインはダメージを負ったのである。
レキは呻き声をあげながらも、痛さに耐えながら素早く立ち上がる。今の自分が取り得る選択肢、それはカウンターを受けながらも、拳撃をナインへと入れたのだ。
「やりますね。力を凝縮して、ただでさえ防御力が弱体化した身体で私の攻撃を受けるとは。今の一撃で終わる可能性もあったのですよ?」
くの字となった身体を伸ばし、ダメージのないそぶりを見せながら、ナインは感心してレキを称賛した。
ダメージを負うとは、欠片もナインは考えていなかった。傲慢ではなく、そう考えていた。彼我のパワー総量、技術と装備の格差から、あっさりと倒せると予想していたのだ。
実際は戦闘開始間もなく、一撃を受けてしまった。ダメージはかすり傷ともならないレベルではあるが、破壊を司る者として内心ではレキの成長に驚いてもいた。
しかしながら、いかに成長していっても、ナインには追いつけない。始原の者にとっては僅かな成長でしかないのだ。何十億年後かには、どうなるかはわからないが、今の戦いでは相手にならない。
だが、僅かに不安が心に忍び寄る。遥の言葉が気になるのだ。彼は負けない戦いをする性格だ。少なくとも私たちの力を予想していながら、無謀な戦いを挑む者ではない。
この不安が敗北を意味する予感としたら、さっさと不安を払拭するしかない。遥のプロポーズは嬉しかったが、残念ながら残酷なことにナインはこの戦いを負ける気は毛頭ない。
思い出すのも難しい程の過去から続けてきた試みであり、破壊を司る始原の者としても。
「レキさんをさっさと倒して、姉さんと合流させて頂きます!」
遥は力を向上させている。下手をしたら姉さんが負ける程に。なので、遥の作戦を潰すためにも、ナインは速攻を選ぶ。得意の技をもってして。
レキはナインの雰囲気が変わったことに気づく。と、同時に金髪をなびかせて、レキへと間合いを詰めてきた。
そうして、小さな手をタッチするような緩やかな動きで振りかざしてきた。その意図が攻撃にないことを怪訝に思いながらも、受けないように自らの手を合わせて掴もうとする。
先程の苛烈さとは反対に、静かにそして緩やかに二人は相手を掴もうと、複雑な動きで腕を振るっていく。交差をしていくレキとナインの腕であるが、勝利したのはナインであった。
パシリとレキの腕を掴んだナインは始原の力を解放させる。
「生体クラフト。『ドラゴンシード』」
その力は相手を種として破壊の竜へと変えるクラフト技。レキを破壊して竜を遥へと向けようとする容赦のないナインの技。
始原の力はレキへと伝わり、その組成を変えていく、はずであった。弱き力の相手は抵抗できずに変換されるはずであったが、ナインから放たれる黄金の粒子は、レキの身体に伝播することはなく宙へと消えていく。
ナインが自らの自信のある技が効かなかったことに目を見張る。それを見てレキは隙のできたナインの腕を反対に掴み返して告げる。
「生体クラフト……。一見は創造に見えますが相手を破壊する技。ですが、私には意味がありません」
掴んだ腕を握りしめて、動きを封じたレキは右脚からの蹴りをナインへと突き入れる。胴体へと突き入れられて、身体が浮いたナインが立ち直り、素早く腕を振り払うと身体を回転させてソバットにてやり返してくる。
その蹴りにレキも合わせて、蹴りにて迎撃する。二人の超絶した力のこもる蹴りがぶつかり合うことで、衝撃波が巻き起こり、大地が捲れ上がり砕ける。
衝撃を受けても、その身体は揺らぐこともなく、二人は間合いをとって対峙して睨み合う。
「透過属性……面倒な属性を遥はあなたの身体に付与したんですね」
ナインの確信の籠もった問いかけに、レキは無表情に淡々と答えてあげた。手をゆらりと胸の前に持ちあげて
「どうなんでしょうか。貴女の攻撃がたんに失敗しただけかもしれませんよ? 食事を作るだけにしてクラフトは諦めたらどうでしょう」
その煽るようなセリフにナインは目を険しくさせる。今まで見てきた敵を煽り、打ち勝ってきたレキの本来のスタイルになってきたからである。
それはレキが多少の余裕を取り戻したことを意味し、猶予がないとナインが確信もしたセリフであった。
なにかわからないが、余裕ができるような展開へと変わってきたのだ。看過できないナインはレキを見つめてその身体を覆う属性を忌々しく思う。
本来の力まではなさそうだが、こちらの属性攻撃を無効化できる程度には付与されている。透過属性を貫くには、さらなる力にて攻撃するしかない。
「ナイン。貴女の技は以前に見せてもらいました。まさか、対抗策を講じていないと甘い考えを持っていたとは思いもよりませんでした。戦いをやめていつものデザート作りに戻ったらどうですか?」
再び煽りをしつつレキはナインとの間合いを詰めるべく、翼を展開させて加速する。
格闘戦のみで戦うしかないのだと、言外にて伝えるように左右の拳による連続打を放つ。
「仕方ないですね。格闘戦にてお相手しましょう」
ナインもリズムよく足を踏み変えながら、レキの拳撃を躱して拳撃を繰り出す。今度はレキも被弾しながらの攻撃はしない。ダメージが大きすぎるし、目的は達成されつつあるからだ。
繰り出す拳を開き、ナインの拳撃を柳のように身体を揺らせ、ふわりと包み込むように受け流して、右脚を支点に左脚からの蹴撃を繰り出して、旋風のように身体を回転させて、裏拳にてナインを狙う。
ナインはスウェーして、蹴りにて対抗をしてきて、しばらくの間、二人は打ち合いによる衝撃波で地形を変えつつお互いの勝利を狙う。
時間が経過していく中で、レキは旦那様の様子を確認すると、サクヤの生み出した眷属三体の攻撃をいなしつつ、サクヤと距離をとり、銃にて戦いを続けている、
サクヤの眷属は竜が前衛、中衛にて悪魔が竜を支援しつつ、超常な力を放ち、銃弾を受けて傷ついても神が回復をさせていた。そうして苦戦をする旦那様の死角から、サクヤが剣を振るい斬り裂こうとしている。
眷属すらもかなりの力を持ち、遥の一撃にて倒れない強靭さを見て、レキは思う。
旦那様の作戦どおりだと。ならば、次の選択肢をナインにとらせるのみ。そしてナインはこちらの動きを見誤っている。いけるはずですねと、レキは勝利のために動く。
ここが決めどころであると。
自らの力を凝縮させて、手足のみに集める。胴体の防御力は無くなるが、既に旦那様が宝珠で創った今までで最強の身体は、さりとてとっくにボロボロになっていた。
ナインからの最初の一撃でガタがきて、その後の短時間の戦闘で、もはやいつ砕けてもわからない程にボロボロとなっていた。
さすがは破壊を司る者である。今は隠しているが目敏いナインのことだ、必ずこちらの身体が壊れる寸前だと気づくはず。
その前にナインの力を引き出すしかない。安全策をナインにとってもらっては困る。
「超技 『獅子神剣の舞』」
右手に旦那様から渡されていた獅子神の手甲を展開させて、黄金の粒子を放ち、空間に光の軌跡を無数に生みだす。レキのちっこいおててを手刀へと変えて、視認ができない速度での攻撃。
空間を光の軌跡が埋めて、ナインへと斬り裂こうと迫るが、金髪ツインテールの始原の者もちっこいおててを手刀へと変えて、対抗してくる。
「始原技 『破壊剣の舞』」
レキとナインの光の軌跡がぶつかり合い消えていく。光の軌跡が相殺されていく姿はイルミネーションのように輝き美しい。
だんだんと光の軌跡は消えていき、最後の一本が消える中で、レキとナインが手刀をぶつけ合う姿だけが残る。
二人とも無表情に平然としており、力を込めている様子はないが、見た目と違い手刀は押しあっていた。
その僅かな押し合いの間にナインは左手に光さえも吸収するような漆黒の粒子を集める。
レキはその瞬間を見逃さなかった。遂に耐えきれずに必殺の奥の手を使ったと判断し、力を抜き身体を回転させて蹴りを放つ。
「奥義 『凝縮反射脚』」
狙いは漆黒の光。アクナの時と同じく溜めたその瞬間を狙い、支配権を奪い相手へとカウンターとして返す。レキの切り札にして格上を倒す奥義。
狙い違わず、漆黒の光が収束したその瞬間にレキの蹴りは入ったが
「むっ!」
漆黒の光は僅かに蹴りにて反射されナインへと押し戻したが、続かなかった。レキの蹴りは漆黒の光と共に止められて揺るぎはしなかった。
「レキさんならきっとその攻撃を狙っていると思いました。なので、このまま格闘戦で時間を稼がれるよりも、一気に倒そうとこちらも狙っていたんです」
ナインが冷たい声音で淡々と告げる。
「私をアクナと比べられるとでも? 私の技への支配権は完全です。その中で多少なりとも押し返したのは天才であると、称賛しましょう。だが、それだけです。さようならレキさん」
呼気を吐いて、その漆黒の光をナインはレキへと向けて
「始原技 『破壊の光』」
一瞬の内に膨大な光量を発し、レキも後ろにある大地も全てナインは吹き飛ばす。漆黒の光を僅かに防ぐレキであったが、その身体は限界であり、破壊の光に飲み込まれて消えていく。ぽそりとレキの呟きを残し。
大地も空も全てを漆黒へと変えて、ナインの放つ漆黒の光は全てを破壊するのであった。




