561話 巨大な蟲と砂漠戦
詩音は目の前の光景に目を疑う。たしかに揺れているとは思ったが、モニター画面に映る外の様子は空へとクルクル回転して吹き飛ぶ様子を見せていたからだ。
「慣性緩和装置が作動中! どうやら下からの攻撃により吹き飛ばされた模様。なんだあれは? アリジゴクか?」
運転手が叫びながら、外の様子を切り替えると地面からは鋏を突き出した巨大なアリジゴクが見えた。30メートルぐらいの大きさだろうか、まだ上半身しか砂から出ていないので想像でしかないが、体にはびっしりと繊毛が針のように生えており、その巨大な鋏をガシャガシャと動かしていた。
「アリジゴクなのに、穴とかなにもないなんて非常識ですわね!」
予兆はまったくなかったのであろう。兵士たちが慌ててアリジゴクへと射撃開始と怒鳴り、攻撃をしているのが見えた。
「慣性緩和装置は優秀ですね。クルクル回っているのに全然感触がありません。ここは一つ慣性緩和装置を止めるのを検討しましょう。きっと楽しいですよ」
小柄な子供のようなカメラマンの助手の少女がふざけたことを言うが相手にしている暇はない。あれだけの凶悪なミュータントを倒せるのだろうかと、内心で恐怖を覚える。
「立て直します。車体安定、回転停止」
落ち着いた声音の運転手に安堵する。危険な状態でも冷静に動ける部下の優秀さに、自身も気持ちを落ち着ける。装甲車も空中でふわりと回転を止めてゆっくりと降下を始めていた。
「お嬢様、椅子にお座りになってください」
セバスチャンが無意識に立ちあがり壁を掴んでいた詩音へと忠告してくれたので、落ち着いた様子を見せて椅子へとおしとやかに座って周りへと尋ねる。
「皆さん、大丈夫ですか? 落ち着いて………落ち着いていますね、皆さん」
ここは仕切る必要があるかと声をあげて、周りの様子を確認するが………どうやら慌てていたのは自分だけであった。セバスチャンはもちろん、護衛の兵士たちも落ち着いて現状を確認しており、カメラマンのアインは外に出れればとカメラをいじりながら残念そうな表情。助手はあろうことか運転席に行き、ねーねー、この装置をオフにしない? と運転手へと言って困らせていた。
「巨大ですが、装甲車のミサイルポッドなら片付けられそうです。地面に着陸後に攻撃を開始します」
「お任せします。さすがは大樹の装甲車ですね、ここまで余裕とは思いもしませんでした」
運転手の声に返事をして、やはりスペックは資料だけ読むのでは駄目だと詩音は反省する。ここまで対処できるなんて凄すぎる。
ラジャーと運転手が返事をして、地面へと着地しようとしたときであった。
着実にアリジゴクへとダメージを与えていた外の部隊から叫びが聞こえる。
「なんだこりゃ? こりゃ、なんだべ~!」
慌てて叫ぶのはたしか知平という名の元軍人だ。腕が良いのでヘッドハンティングしたのだが、その彼が今慌てて叫んでいた。
モニター画面を見ると、知平が砂に足をとられて、ずぶずぶと沈んでいた。危機感をあらわに知平は声が枯れんと叫ぶ。
「俺たち仲間だろ? 仲間だよな?」
「もちろんだ!」
エンリがアリジゴクへと銃撃をしながら、銃声にまけんと怒鳴り返す。
「なら、わかるよな? わかるよな? 逃げないでくれ~! 助けてくれ~」
仲間なら逃げないでと怒鳴る知平にウェスが答える。
「もちろん逃げない。逃げないがそろそろコードネームをラッドにしていいか? 妥協案のつもりだが? 特に逃げないとかと関係ないが」
「わかった! ラッドで良いから! ヘリの操縦も覚えるから助けて~」
どさくさ紛れに提案を受諾させる鬼畜なウェスであった。
「よし、今ロープを………、なにっ! これは」
ウェスはロープを用意しようとして焦った声をあげる。なぜならば自身も砂に沈んでいったからだ。見るとエンリたちも砂に沈み始めて焦っていた。
「まずい、超能力か! 着地前にミサイルポッドを使います!」
運転手から驚きの声が上がり、素早い操作でミサイルポッドが発射される。噴煙がたなびき6連装のミサイルポッドから発射されたミサイルが正確にアリジゴクへと命中し大爆発を起こす。
ミサイルの攻撃を防ぐほどには頑丈ではなかったのだろうアリジゴクはバラバラの肉片となって、周囲へと散らばるが
「え? 沈むのが止まらない?」
詩音が疑問の声をあげるように兵士たちが沈むのは止まらなかった。
「既にこの一帯の砂は水化されているんです。発動した効果は使い手が死んでもなくならないです。着地を中止しないと!」
運転手が焦って言うが、時すでに遅し。装甲車はふわりと砂へと着地して、ずぶずぶと水に沈み込むようにその車体を砂の中に潜らせていき
少しすると兵士たちはもちろん装甲車も砂の中へと沈み込み、辺りは何事もなかったかのように風が砂漠の砂を舞い上がらせるだけであった。
◇
モニター画面には暗闇しか映りこんでいなかった。このまま地の底まで沈み込むのかと詩音は焦り、だが通常ならば岩盤に引っかかるのではないかと思い直す。そこからが脱出のために動くときであろうと、恐怖と混乱を無理やり内心で押さえつけていた。
通常の人ならば喚きだして、更なる混乱を招き寄せるのだが、詩音は強靭なる精神の持ち主であった。さすがは年若くしてここまで自分の会社を大きくしただけはあった。
しかしながら………しかしながら………。
「皆さん平然としすぎではないでしょうか? 誰か慌てる人がいてもおかしくないと思うのですが?」
周りは平然としていた。セバスチャンも含めて動揺のどの字も見えない。ちょっと強靭すぎないかしら、この人たち。
「カメラの目がありますからな。ここで醜態を見せたら、後々まで気弱なあの人といわれそうですから」
セバスチャンが言う通り、アインはカメラを片手にニヤニヤと笑い被写体を探していた。ここで泣き叫べば格好の餌食だ。なにをしにきたかわからないことになるほどのイメージダウンとなるだろう。
「それに浮遊できるだけのエネルギーはありますので安心してください、社長。なんとか抜け出せるでしょうから」
「そう、安心して良いのですね? では落ち着いてこの先の話をしましょうか。危険な場所とわかりましたし、一旦退却を………」
またもやガクンと車体が揺れて、浮いた感じがして、慌ててモニター画面を見ると
「えぇぇっ!」
車体は砂の中を突き抜けて、広々とした空洞を落ちていく。詩音の叫びと共に。
200メートルは軽くある高さからの落下。慣性緩和装置を作動させてゆっくりと降りていく。
見ると底には砂山ができていて、サラサラと砂が天井から落ちていた。落下の最中に周りを確認すると大きなキノコや気味悪い樹木、そして周囲を照らし出すコケが見える。
「地下があったんですね。なるほど、なぜボスがいないか気にはなっていたんですが」
助手の少女がふむふむとモニター画面を見ながら頷いていた。気にはなっていたが、調査まではする気はなかったのでと呟く助手。その呟きは詩音には届かなかった、幸運なことに。聞いていたら調査をしなさいと怒り出すかもしれなかったから、無意味なことにエネルギーを消費していたことになっただろう。なにせ、助手は右から左へと聞き流していただろうから。
助手は聞き流すことには自信があるのだ。碌でもない特技しか自信を持たない助手である。
「どうやら兵士さんたちも大丈夫だったみたいですね。それだけが少し心配だったんです」
装甲車の周りにはフィールドを展開させた兵士たちが天井から慣性緩和装置を使いゆっくりと降下していた。全員無事なようで詩音もホッとする。死者はなるべくなら出したくない。色々な意味で。
全員がゆっくりと降下していき、地面へと着地する。ザザッと砂山が崩れて、装甲車が滑って平坦な地面へと移動する。ズシンと平坦な地面に着地を終えると、ようやく動きを止める。
「酷い目に遭いましたね。皆さんお怪我はありませんか?」
詩音の気遣う声に皆は頷いて
「こちらウェス、一旦キャンプをした方が良いだろう。少し脱出が面倒になったようだしな」
態勢を立て直したいのだろうウェスからの通信が入り、詩音は顎に手をあてて、どうしようかと迷うが
「外は神秘的な光景だな。これは良い写真が撮影できそうだぜ!」
「神秘的な場所で戸惑う皆さんを撮影しましょう。きっといいシーンが撮れます」
カメラマンのアインと、その助手が笑顔でフンスと息を吐き外へとでるためにハッチへと向かってしまったのを見て嘆息してしまう。
「選択肢はないようですね。危険そうですが、たしかに撮れ高は高そうです。私も降りることにしますので、皆さん守ってくださいね」
ニコリと微笑み詩音も後に続くのであった。
外は大空洞であった。砂漠であり暑い日差しが降り注ぐ地上と違い、僅かに寒い。地面を踏むとじゃりじゃりと砂の感触が返ってくると思っていたが、予想外に柔らかな土の感触がして驚く。
ウェスたちはテントを張っており、結界用の銀糸を展開させていた。タレットを装甲車から降ろして展開させる場所を考えている。その忙しく動く部下たちの様子に安心の息を吐く。恐怖と緊張感が身体から薄れていくのを感じる。自分が思っていたより恐怖に縛られていたらしいが、普段通りの態度を見せる周りに少し恐怖と緊張感が薄れていったのだろう。
「これは………腐海が浄化されている?」
「な、なんだって腐海の底にこんなものが!」
カメラマンと助手が風のナウなんちゃらごっこをして遊んでいるのを見て苦笑が漏れるが、その様子に癒されてしまう。
だが、お遊びはそこまでで私を中心とした撮影をしてもらわなければなるまい。この神秘的で不気味な光景をバックに撮影すれば随分と良いシーンとなるに違いない。それだけではなく、なにか価値のある物が見つかるかもしれないので、少しだけ詩音はワクワクしてしまう。
「解析結果を解析班に連絡しろ。想定より面白そうな場所だからな」
「なぁ、お前本当に隠すつもりあるのか? いや、たすかるだけんど」
ウェスが軍の解析班に連絡をしようとして、知平が呆れた声でツッコミをしていて、思わず小さく笑ってしまうが、てくてくとアイン達に向かって歩いていく。
全員が多少の油断があった。砂の中を通るといったあり得ない体験をして気の緩みがあった。無論、詩音も。用心深い詩音すらも。
その油断をついたように、集団の外れにいたアイン達へと近づく詩音に大きいキノコから何者かが飛び出してきた。
常ならば対応できただろうが、皆は虚をつかれてしまった。
「動くなっ! 全員動くなよっ!」
詩音の背後に近づいて腕を捻って何者かが捕まえる。そして怒鳴りながら牽制をするようにナイフを詩音の首元へと近づける。
「あらら、人質ですね。カメラで撮影を開始しま~す」
助手が慌てずに呑気にカメラを構えて、アインもありゃりゃと苦笑しながら撮影を開始する。
「申し訳ございません、お嬢様。油断をしてしまいました」
セバスチャンが軽く頭を下げて謝罪の言葉を口にするが、詩音は笑顔で首を横に振る。
「いえ、呑気に集団から離れた私がいけないのです。ごめんなさいね」
「な、なんだよ! お前ら、このナイフが見えないのか? おい、動くなよ!」
平然としている詩音たちに戸惑い困惑をして、再度がなりたてるが
「そんなナイフでは無意味なのでして、申し訳ありません」
詩音は薄らと凍えるような声音で謎の人物へと顔を向けるのであった。
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