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コンクリートジャングルオブハザード ~ゾンビ世界で遊びましょう  作者: バッド
36章 準備をしよう

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556話 木野家のメイドさん

 シュンシュンと音をたてさせながら、真っ白な湯気を吐き出すヤカンを柘植つげ さきはぼ〜っと眺めていた。目つきの悪さでいつも損をしている咲は寒くなってきた今日この頃、ストーブにのせたヤカンが熱せられるのを見ながら考えていた。


 私がメイドなんてやるなんてと。


 咲はズレそうになるカチューシャを手で直しながら、上等な布で作られたメイド服の皺を伸ばしてなくそうとしてみる。だめだ、皺がとれることはなく、アイロンを使わなければ直りそうにない。


 上等な布ということはそれだけ皺もできやすい脆さも持っているということであった。正直言うと安物で頑丈、皺だらけになっても気にされない作業服の方がマシである。何と言っても、メイドとは飾りではなく、忙しく働くものだからだ。


「……まぁ、あの俗物の木野様はそんなことは頭にないのでしょうが」


 きっとメイドとは部屋の隅に待機していて、主人の命令を待つだけだとでも考えているのだろう。恐らくはこの考えは間違っていないはず。働き始めてまだ一年だが、咲はそう思った。


「休憩時間は終わりだよ。そろそろ働きはじめな」


 メイド長が休憩室へ入ってきて、そう告げる。はぁい、と私の他に休んでいた三人がもう休憩終わりかぁと立ち上がり出ていく。


 自分も行くかと立ち上がり、ふと、外を見ると冬空で分厚い雲がどんよりと空を覆っていて、なんとなく一年前の冬を思い出した。


 木野家のメイドになった日を。


 お湯が沸いて、ストーブのヤカンがピーッと鳴いた。


          ◇


 一年前のことだ。


 咲がなんとか生き残ってきた頃の話だ。


 大樹に保護されて、ようやく化け物に喰われることがなくなったと安堵していた頃。


 身寄りのない者の、ごく普通によくある話。


 目つきも悪く顔立ちも悪く無愛想で無口な少女ならあるだろう環境にいた頃の話だ。


 一年前、崩壊前のハローワークと同じ役所の職業斡旋所に咲はいた。


「う〜ん……。光井コーポレーション服飾工場だよ? ここは大勢の針子さんが働いているんだ。君と同年代の子も多いよ?」


 優しい口調で仕事を斡旋してくれる役人の男性が勧めてくれる。机にホログラムで表示されているのは、光井コーポレーションのお針子の仕事だった。有給休暇に賞与はもちろん給与もそこそこ良い。私のような特技も何もない年若い少女にとっては破格の仕事だ。本来は募集がかかっていることに、幸運だと喜ぶところだろう。


 しかし私は役人さんを見ながら小さく首を横に振った。


 それを見て、う〜んと腕を組み役人さんは困ったようにするが、何かに気づいたのか言葉を続けてきた。


「もしかしてあれかな? 針子と聞いて日本史なんか思い出しちゃったかな? 戦前の酷い扱いを受けていた服とかを大量生産するために雇われていたという針子さんたち。劣悪な環境だったらしいねぇ」


 うんうんと感慨深く頷いてみせて、人が良さそうな笑顔で手を振って見せる。


「この仕事はね、ブラックじゃないから安心して。大樹はブラック企業に恐ろしく厳しいんだ。サビ残とか有給休暇が取れないとか、残業手当が出ないといったことはないよ」


 ブラック企業。崩壊前にはよく聞く話で、いくらでも法の抜け穴があるので雨後の竹の子のように次々と存在した会社。今はそんなことはないというが、本当だろうか?


「罰金が恐ろしく高いし、バレたら国の監査員が出向いて徹底的に調査する。社員が自分からすすんで休暇返上でサビ残もタップリやっていたなんて言い訳は聞かない。罰金はここ数年の会社の利益を基準に利益分の金額になるから、会社は残業どころか、有給休暇を使い切れ! なんて今は言ってるのさ」


 役所も一緒でねぇ。だいぶ楽になったよと役人さんは朗らかに笑いでっぷりと太った身体を揺らす。


「だから安心してよ。ね? 働いてみればわかるからさ」


 そうして身を乗り出して、再度光井コーポレーションの仕事を勧めてきた。


「……すいません。それでも無理なんです、ごめんなさい」


 女性にしては少し低い声で、役人さんを見ながら謝罪する。頭を下げるのは慣れているのだ。勘違いされやすい顔つきなので、なぜかこちらが謝ることが多かったから。


 謝ったのに、相手はいつもの反応で、私の視線を威嚇かなにかかと勘違いしたのか、ウッと怯みそれなら仕方がないねと頷き、私はまたも職を取り損ねるのであった。


 人の良さそうな恰幅の良いいかにも善人そうな役人の男性。だいたい世間とは第一印象で決まるのだが、この人は仕事の面接に行っても好印象を与えるはず。


 ……それに比べて私はだいたい学校の学友からもつまはじきにされていた。挨拶は交わして必要なことは話すが、怖そうな雰囲気なので友人としてはちょっと……と、遠巻きにされる微妙な存在。


 そんな微妙な存在が私、柘植咲なのであった。無口で上目遣いも威嚇にしか見えず……なにより孤独を苦に思わない。普通に会話をすればできるし、友人を作ろうと思えばたぶんできただろうに、漫画とゲームをこよなく愛して人付き合いを放棄していた。


 いつの間にか大勢となにかをするのが苦手になった少女。それが私だ。


 完全に自業自得であった。無理にでも話を合わせて知り合いを作っていけば、いずれは友人ができたかもしれないのに、それを怠ったために、この崩壊した世界では苦労をするのであった。


 この仕事を断れば国から補助金として借りたお金も返せない。それどころか明日からの暮らしも難しい。それなのに、良い仕事を蹴るのだから、私はどうしようもない。


「おっ、職探しかな? ちょうど良かったようだ。募集にこないかね?」


 落ち込みながら、帰ってサルベージギルドでまた日雇い仕事を探そうと、椅子から立ち上がろうとしたら、バリトンの耳に心地良い男性の声が後ろからかけられてきて振り向くと


「とりあえず人を雇いたいのだが、募集はここで良いのかな? 座っている人たちが雇用できる人かね?」


 二枚目の男性がシワ一つないスーツを着こなして立っていた。いかにもエリートでございと、その立っている姿からもわかるその男は気軽に言ってきた。


「それじゃあ、君が雇用第一号だ。よろしく、木野勝利、私の名前だから覚えておいてくれ」


 こちらが返事をする前に、雇用を決めたらしい。ポカンと口を開けて呆れる。次々と椅子に座っている人たちを雇っていくその適当さと世間知らずに。面接とかしないのだろうかと、それを見て私は思い……。

 

 それが私が木野家のメイドになる経緯であった。貧乏でコミュ障な私が劇的という訳でもなく、ちょっと変わった形で雇用された過去。ちょっとした話のネタになりそうな体験。


          ◇


 一年前のことをぼんやりと思い出しながら、窓ガラスを拭く。水拭きからの空拭きもしないといけないのに、木野様は見栄っ張りなので、とにかくガラス張りの場所が多い。


「……掃除業者を雇えば良いのに……。……掃除業者を雇えば良いのに……」


 冬だと寒い。耐寒クリームをつけても寒いものは寒い。アカギレとかなくても寒いっ! 呪われろとばかりに呟きながら拭いていく。


「バカタレッ! 掃除業者を雇ったら私たちの何人かが首になるかもしれないだろっ!」


 呆れる声で、スパンと私の頭を叩きメイド長が怒鳴りつけてきた。いつの間にか後ろにいたので、呟きを聞かれたのだろう。見ると、隣で窓拭きをしていた同僚がクスクスと笑っていたので、憮然とする。


「それはそうですが……寒いものは寒いんですよ」


「それじゃあ、外で物資回収をしている人たちにその言葉を伝えてみるんだね。どうなっても構わないなら」


 腰に手をあてて、ニヤニヤと意地悪そうに言ってくるメイド長へと言葉がつまってしまう。言えるわけがない。本来ならば私も寒空の中、物資回収をしていた身。


 木野様の雇用がなければ、今も廃墟を彷徨いていたことだろう。そんな幸運な私が上等なメイド服を着て屋敷の中で働いているにもかかわらず愚痴を言ったら激怒させることは火を見るより明らかだ。


「自分の立場がわかったかい? なら文句をつけないで仕事をやりな。……いや、そういえば買い出しの仕事があったね。寒空の中の」


 そういえばと、今思いついたように言うが、誰かにその仕事を割り当てるために来たのは丸わかりだった。


「わかりました。行ってきます」


 買い出しは大変で、そのうえ寒いがそこそこサボれる。私はあっさりとその誘いにのった。隣の同僚が私が私がとアピールしていたが譲れないのだ。喫茶店でホットココアでも飲んで来よう。


 ウシシと含み笑いをして足早に自分の部屋にコートを取りに行く。歩き去る前に振り向いてメイドへと視線を向ける。私の目つきの悪い視線も気にしない肝っ玉母さんのようなメイド長へと


「メイド長。いつになったらメイド服を着るんですか? もっさりした台所エプロンをつけた普段着だと、誰もメイド長だとわかりませんよ?」


 メイド長は家事が得意なおばさんだった。最近太ってきたと愚痴り、子供が腕白で困ると嬉しそうに笑うおばさんだった。そこらへんの家事で使うようなシンプルなエプロンを質素な服の上に着るおばさんだった。用意されたメイド服は着ていない。


「馬鹿言うんじゃないよ。アンタたちみたいに若くないんだ。そんなフリフリの可愛らしい服なんて着れないよ」


 カラカラと笑うおばさんメイド長。そんなメイド長は私と同じく住み込みだ。いや、メイド長以外も住み込みである。広い木野様のお屋敷ではあるが、その3割を住み込みの召使いが居住しているのはどうなんだろう。木野様自身はまったく気にする素振りを見せないが、一人一部屋はおかしいと思う。夫を世界が崩壊した際に亡くしたメイド長はまだ小さい娘を連れて住んでいる。娘を育てられる良い環境だと喜んでおり、木野様に深く感謝していることを知っている。他の身寄りのないメイドたちも一緒だ。木野様本人はそんな感謝されているとは露とも思っていないようだが。


 部屋に戻り、寒さを防ぐ茶色のコートを羽織る。足取り早く襟をそばだてて外へと出ると、吐く息が白い。寒いとは感じてはいたが、外はもっと寒かった。たしか時節を感じるために屋敷は寒さを和らげる程度にしていると木野様が以前に言っていたが、外は凍えるほどで、手がかじかむ。


 手袋をつけて完全装備にして庭を抜けていくと、庭師のお爺ちゃんが冬でも枯れない植木をのんびりと刈りこんでいた。チョキンチョキンと鋏の音を響かせて植木を整えていたがこちらに気づき、無精ひげを生やした顔をくしゃりと変えて声をかけてくる。


「おう、嬢ちゃん。買い物かい?」


「はい。買い出しに行ってきます。なにか欲しいものあります?」


「いや、俺はねぇが………外には注意しな。最近は木野様に会おうとする奴らが多いからよ。絡まれないように注意するんだ」


「最近多くなりましたもんね………。那由多代表が亡くなってから特に」


 嘆息して忠告に頷きで返す。木野様はおべっかを使えば取り巻きになれると考えている奴らが多い。俗物でやり手だが、本部から都落ちしてきた人間と専らの噂だ。だが、本部とのつながりも厚く気前も良い。本部から見たら落ち目の人間だが、若木シティの人間からは財力を持った凄い人物となる。


 そんな木野様だが那由多代表が亡くなり、ナナシ改め朝倉遥が大樹のトップになった途端に、お近づきになりたいという人々が一気に増えた。朝倉遥が大樹トップであれば、今までのように若木シティの政治に関わることも少なくなる。そうしたら木野様が実質上のトップだと。


「木野様は甘くないと思います。………厳しいだけの人でもないですが」


 なんとなくあの人も私たちと同じ匂いがする。庭師のお爺ちゃんも偏屈であったし、他の召使いもそれぞれ実は人付き合いが得意ではない。さっき休憩室で誰もお喋りすることもなく雑誌を読んだりしていた同僚たちみたいに。それは嫌な雰囲気ではなく、のんびりとした孤独を愛する空気だった。


「孤独を愛する人………。本当は取り巻きなんか作りたくないんではと考えることがあります。そんな木野様に力も持たない人間が取り巻きにはなれないと思います」


 取り巻きを作るのは自身の権勢を守るため、野心家だと言われているが………。


「今日はお帰りになられるんですかね」


 環境があの人を野心家という役柄に押し込んでいると咲は思いながら、なにか疲れが取れる食事でも作ろうと、疲れて帰ってくるはずの木野様のことを考えて優しい笑みを浮かべて出掛けるのであった。

アースウィズダンジョンのコミカライズがやってます。ピ〇コマなどで見れますので、よろしくお願いします!ピッ〇マなら、最新話以外は無料で見れます!

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― 新着の感想 ―
さぞかし立派なようじ じゃなくて方なんやろな(棒読み)
中身幼女なんだよな
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