535話 浅き陰謀を見破るおっさん
はぁ~と、ため息が止められない。おっさんに疲れたため息は実に似合う。くたびれた姿も相まって、ブラック企業に働く社畜とか言う題名をつけられて写真が雑誌に使われる可能性も少しあるかも。
そんな疲れたため息を吐くおっさんはなんでため息をついているかというと
「ねぇ、なんでツヴァイを巻き込んで台本を作成してるの? なんでツヴァイまでノリノリなの?」
カフェオレをテーブルにコトリと置いて、いつも疲れを癒やしてくれる可愛いナインへと尋ねる。
多少ジト目になってしまうのは仕方ないのではないだろうか?
嫌な予感というか、確定されそうな未来を止めるべく自宅へと急いで帰ったおっさんであったが、既に遅かった。
というか、同人誌でも作る勢いでツヴァイたちも大勢集まって脚本を書いていた。
「さすがは私。人望がありすぎて困ってしまいますね」
ムフフと微笑み、ご機嫌にサクヤはツヴァイたちの間を歩き進行状況を偉そうに確認しているが、この間の騒動を忘れたのだろうか。裏切り者として、かなり逃げ回っていたのに、ケロリとしているので、3歩歩いたら記憶を忘れる鶏みたいなメイドである。
「姉さんが台本を作ると聞いて、ツヴァイたちが手伝うと集まったんです」
いつも可憐な微笑みを浮かべるナインが珍しく苦笑を浮かべて教えてくれる。
「なるほど。ナナシ、最後の戦い……。なるほど?」
ちらりとツヴァイが熱心に書いている台本を覗くと、あまり嬉しくない題名があったので、首を傾げてしまう。私が主人公? じゅげむじゅげむの練習しなくちゃ。
「いやいや、主人公なんてしたくないよ? 私、死んじゃうの?」
慌てて、近くのツヴァイ、シノブへと声をかける。嫌な予感しかしないぜ。
「これは司令がサクヤを……いえ、那由多と戦い勝利する脚本でござる。もうサクヤの墓も作りましたでござる」
「本音が建前に混じっているよ? ねぇ、シノブ? 本当にそんな脚本を作るつもり? サクヤ、目の前の状況を見直した方が良いよ?」
シノブは至極真面目な表情で教えてくれたが、サクヤはこれで良いわけ?
「少し言い間違えただけでござる。あ、サクヤディレクター。お疲れでしょう。肩を揉むでござる」
ござるござるとシノブはにこやかな笑みでサクヤを呼び止めて肩を揉み始める。雑すぎる誤魔化し方であった。
これを機会に亡きものにしようとしているよ? サクヤさんや、笑顔でハッハッハっと笑って椅子にふんぞり返っている場合ではないよ?
「仕方ないなぁ。サクヤ、この脚本は無しにしない? サクヤが心配になる展開が待っている感じが」
「まぁまぁ、司令。卓越した脚本になる予定です。出来上がるまで待っていてください」
四季がいつの間にかソファの後ろにいて、肩をガシッと掴んできた。なんだろう、いつもより力が強いので、本気度を考えてしまう。
いつもなら、こんなに強く肩を掴んでこないのに。いや、肩を掴まれるなんてあんまりないけど。
四季の髪に飾られている金色のヘアピンがいつもと違い、なんだか黒く闇色に光っているのは気のせいだと思いたい今日この頃です。
「大丈夫です。ほら、サクヤを見てください、あんなにご機嫌ですし」
いつの間にかツヴァイ達を侍らせて、アラブの昔の王様みたいにでっかい羽根のような扇であおがれて、ジュースやら果物の盛り合わせがそばに置かれていた。
「さすがサクヤディレクター。完璧な脚本ができますね」
「細かい内容は私たちに任せてください」
「人形が脱げないように、着た後には接着剤をつけておきますね」
完全に殺しにきていない? 気づいてサクヤ、様呼びがなくなっていることに。
そんなおっさんの視線にサクヤはもちろん気づかないで、我が世の春を満喫して高笑いをしていた。
「任せてください! 那由多はかっこよく陰謀を語る! この一行で私の脚本は良いですよね。細かい内容は貴方たちに任せますね」
サクヤ、相変わらずの雑な脚本であった。小学生でも書けるであろう内容である。脚本家の仕事を舐めているのは間違いない。
その様子に嘆息しちゃう。もういいや、どんな酷い目にあっても、サクヤが死ぬことはないだろうしね。
「まぁ、楽しんでよ。私は傍観者の立場が良いな。木の役は立ちっぱなしは疲れるからノーサンキューで」
全てを諦めて、匙を投げる。きっと今なら匙投げ選手権で世界一を取れるかもしれない。そして、木の役すらも嫌がる怠惰なおっさんであった。
「姉さんも楽しめますし、良いと思いますよ」
遥の言葉は全肯定しちゃう甘やかすナインも、笑みへと口を変えて同意する。サクヤへの対応は雑な二人だが、いつものことだろう。
「ありがとうございます、司令。では、お願いがあるんですが………。良いでしょうか?」
四季がここがチャンスと、考えるのに疲れてソファに沈み込む遥へとお願いをしてくる。なんだろう? ツヴァイのお願いはだいたい叶えてあげたいけど嫌な予感しかしないぜ。
少し警戒するおっさんへと、四季は微笑みながらお願いとやらを口にする。あんまり大変なことではなかったので、その願いごとを遥はあっさりと叶えてあげるのであった。
特に問題ないだろうと考えて。
おっさんが問題ないだろうと考える時はだいたい問題だらけだと忘れて。
◇
時間は遥が自宅に帰ってから数日進む。その数日間はなにもなかった。見た目は平和な数日間であった。
若木シティで、布団を敷いて寝るつもりだった幼げな少女が戦国時代の豪族のような男にベアークローをされていなければ。
ギリギリと頭を掴まれて、少女は虐待を受けていた。
「これは事案です! 警察、警察を呼ばないと! おまわりさ~ん、ここにいたいけな少女が豪族に虐待されていますよ~、現行犯逮捕できますよ~」
「黙れっ! なんで姫様が会議に来ているんだ? いきなり議会場に布団を敷き始めやがって! ナナシの奴はどうした、今日は出席予定だろうが」
豪族こと百地は額に青筋をたてて怒ってくるが仕方ないのだ。
「だって退屈な会議ですよ? 私は確実に寝ちゃいます。それなら布団で寝ていた方が健康に良いですよ。ナナさんみたいに机に突っ伏して寝るのは身体が痛くなっちゃうと思いますし」
『かわいすぎるぎいん』と書かれたタスキを肩にかけて、少女は口を尖らせて自分の意見を堂々と告げる。少女は健康に気を付けているのだ。そんな少女の名前は発言からわかるが、朝倉レキ、いや、中身は口には出してはいけない人かもしれない。
ここはいつもの議会場。今日も会議の為に議員が集まっているのだ。来年度予算会議が始まったので、連日会議と相成っている。そんな重要な会議であるが、草案がまとまったらしいので今日の会議は特に大事らしい。
豪族は少女の姿をした詐欺師な遥のセリフに、ジロリと後ろを見る。
後ろには叶得や水無月のお爺ちゃん、静香に蝶野や風来がいて、もちろん、ナナもいる。重要な会議だけあって、全員出席していた。
ナナはアホな少女の言葉に、ゲフゲフンと咳をして慌てまくり、手をブンブンと振り
「レキちゃん、私は寝ていないよ。寝ていることなんてないから。いつもしっかり会議を聞いているよ」
早口で焦りながら言ってくるナナである。どうやらレキには自分のダメなところは見せたくないらしい。汗をかきながら、嘘を語ってくる。
「えー、そうなんですか? この間の週刊誌に金しかださない荒須ナナ。財布代わりで今日も会議で寝る! という見出しで特集されていましたけど」
「そんな週刊誌が! それは名誉棄損であとで訴えることも検討するとして、週刊誌の書く事だから嘘ばかりだから信じたら駄目だよ!」
遥がドライが面白がって作ったスクープと特ダネしかない週刊誌の内容を教えてあげると、飛び上がってワタワタと驚くナナである。しかし、それでも誤魔化そうとするナナ。
「荒須! これに懲りたら、もう少し真面目に会議に出るんだな」
豪族がそれを見て、ニヤリと笑ってナナへと告げて、気を取り直して子供な少女へと視線を戻す。
「で、なんでお姫様が出席しているんだ? ナナシはどうしたんだ?」
話を戻してきた豪族に遥はぷにぷにほっぺに指をあてて、思い出すように宙を見る。
「えっと、ナナシさんは病欠らしいです。秋から冬に入って寒暖差って激しいから風邪にはきをつけないとですよね」
もちろん、思い出すのではなくモニターに映る台本を読んでいます。四季のお願いで遥はレキぼでぃで遊んでいてくださいと頼まれたので遊んでいたのだ。遊ぶのは得意なので、頷いて遊んでいたのだ。あとはおっさんはどこにいると聞かれたら台本を読んでくださいと言われていました。
今日は台本が完成しましたが、とりあえず会議はレキの姿で出席してくださいと連絡が来たのだ。孤児院の子供や、みーちゃんやお姉ちゃんと遊んでいた子供な少女はひゃっほう、レキの姿なら好き勝手できると二つ返事でその連絡に喜んだのだ。いったい中の人は何歳なのだろうか。幼女と同等の精神年齢なのだろうか。
遥の言葉に豪族は眉をひそめる。風邪なら大樹の技術で簡単に治せるはずであるのに、病欠?
違和感を感じて豪族がさらに詳細を尋ねようとしたところ
「あ~。そうなったのね。百地さん、この話は後でにした方が良いわ」
静香が、苦笑交じりに真剣味を微かに声音に混ぜて言ってくる。
意外なところからの言葉に、豪族はなにかあったのだろうと静香を見て、ここでは話せないのだと悟り小さく頷く。
「わかった。それじゃ後で話を聞こう」
すんなりと席へと戻っていくので、アホな少女も小さく頷いて
「わかりました。それじゃ、私は寝ますね」
うんせと、布団に潜ろうとして豪族に無理やり席へと座らせられるのであった。
◇
会議が終わり、ひとまず全員は議員専用の部屋へと集まっていた。なぜか木野も来ている。
「あ~ん? ナナシは拘束されているだと?」
豪族の驚きの声が部屋全体へと響き渡り、木野が肩を竦める。
「その通りだ。数日前にナナシは那由多代表に会いに行って、いきなり拘束されたらしい。理由は不明だが………」
難しそうな厳しい表情で木野がさも最近あったことのように伝えてきて、部屋は騒然となった。
うん、理由は不明だけど拘束されたおっさんはもしかしなくてもここにいるよ? ねぇ、数日間遊んでいたおっさんはかわいすぎる少女の姿でここにいるよ?
なんだか、なんだろう、嫌な予感しかしない遥は木野へと視線をぶつけるが、素知らぬふりをされちゃう。台本が完成したの今日じゃないの?
「神族………眉唾な話だと思っていたけれど本当の話なのかしら………。ナナシが捕まったところを見ると本当だったのね。迂闊だったわね、ナナシ」
静香が苦々しい表情で訳知り顔で頷き呟くように言う。
「なんの話だ、五野さん。君はなにか知っているのか?」
その言葉を聞いて、木野が勢い込んで声を荒げて尋ねる。
うん、なんの話だろうね。木野は台本の内容についてなにか知っているのかな?
遥が必要な部分しかモニター越しに見せてくれない台本に不満をもっていると
「そうね………。眉唾物だと思っていた話を皆は聞く覚悟はあるかしら?」
ありません。その話はやめましょう。
そんなゲーム少女の願いは、神様は貴方でしょと叶えられることはなく、周りの面々の頷きで語られてしまうのであった。
アースウィズダンジョンのコミカライズがやってます。ピ〇コマなどで見れますので、よろしくお願いします!




