52話 泳げゲーム少女
各所に装甲がある青いブレザーとスカートを着て、黒髪黒目の眠たそうな目に子猫を思わせる小柄な美少女。レキがスイスイと気持ちよさそうに泳いでいた。腕と脚は装甲で覆われており、青い光が噴出している。青い光を纏いながら移動する姿はひどく幻想的である。
「でんでーん、でででーん」
幻想的な光景を全て無にする音程の外れた歌を歌いながら、泳ぐゲーム少女である。歌唱のスキルは無いからね。しょうがないよ。カラオケに行ってもみんなの歌を聴いているだけで歌詞をいつも探しているふりをしていた歌に自信のあるおっさんは、そう弁解を心の中でしていた。
「ご主人様、ご機嫌がよさそうですね」
ニコニコ笑顔で頬を染めて、こちらに話しかけてくるサクヤ。
「サクヤも機嫌よさそうだよね? カメラドローンの位置が気になるんだけど? 私の表情を見てる?」
さっきからスカートの後ろにぴったりついているカメラドローンの撮影内容をリアルで確認中なのだろう。それをガン見して頬を染めていると思われる変態銀髪メイドである。
「大丈夫です! ご主人様の表情は私の脳内に常に追加書き込み禁止で保存されています! なのでカメラドローンの位置はあそこで良いのです!」
但し、ゲーム少女に限ると副音声が聞こえそうだ。
あぁ、スカートは失敗だったと反省する。でもレキにはスカートが似合うしなぁとこれからもスカート装備で行こうと決心もしているサクヤとあんまり変わらない遥である。レキは常に愛でたいのである。
「今の歌は何ですか? マスター」
可愛く首を傾げなら、ナインが尋ねてくる。相変わらずひどく可愛らしい。
「運命だよ。でんでーん」
この歌を聞いて運命と思う人はいないであろうことは間違いない。そして遥も勿論、運命の有名なサビ部分しか知らないのである。
遥がご機嫌なのには訳がある。先ほどアクアマテリアルを使用してバトルブレザーを改修したのだ。その際にハイクオリティになり防御力は30となったのだった。ハイクオリティ大好きなおっさんは殊の外喜んだのである。
そして、アクアバトルブレザーとなったのだが、見かけは服が青くなっただけである。色違いで種類を増やそうという運営の目論見があるような改修であった。結果を見たときに遥はデザインは大事だよ? ちゃんとした絵師を雇ってよと思ったものだ。
しかし、アクアバトルブレザーはそれだけの効果ではない。ブースト装甲の噴射で水中を進めるようになったのだ。噴射で移動する昔のロボットみたいな感じである。少し古臭いがロマン溢れるので気に入った遥である。
遥は、水中戦では泳がないといけないので、すぐさま残りのスキルコアを全部使用し『泳術lv2』として達人レベルの泳ぎになった。ちなみにおっさんぼでぃなら50メートルを泳いでダウンします。
そのため、泳ぐように水中概念の中を移動していた。
今は浄水場エリアの水中概念を利用してスイスイと空中を泳いでいたのだ。浄水場に近づけば近づくほど水中概念が強くなり、もう今は空中でも水中にいるような感じとなっている。違いは息ができることだけで、皮膚に感じる感触は水中そのままの抵抗感だ。
「サクヤ。あんまり酒を飲みすぎるなよ? ナインそろそろ音楽は止めるんだ」
と、小さな戦争のリーダーの真似をして笑う。ニヒルなリーダーを気取りたいらしい。勿論、サクヤは酒を飲んでいないし、ナインも音楽を聴いていない。かなりテンション高めのようである。何しろ泳いでいるのは水中概念があるとはいえ、空中なのだ。実際は空を飛んでいるのであいきゃんそらなのだ。
「想定時間より3分遅れている! 各機攻撃開始!」
各機も何も、戦うのはレキだけだし、想定時間も適当なゲーム少女が決めているはずはない。しかし、優しいメイドたちはツッコミを入れなかった。ちょっとツッコミを入れてくれないと悲しいだけなんだけどと遥は一人芝居をしているみたいで悲しんだのは内緒である。
◇
浄水場上空には多数のサハギンが小型のサメに乗り、周辺を防衛している。その姿は騎馬隊が本陣を守るかのようだ。一定時間で周回して監視しているのだろう。サハギンたちは三つ又のやりを持ち、ぐるぐると周りを監視していた。
最初に気づいたサハギンは空間の歪みがすぐ近くまで来るのを感知した。首をひねるサハギン。何故ならば直近のサハギンは潜らないで普通に泳いでくるからだ。歪みはかなりの速度でドンドン近づいてきた。
どのサハギンが来たのか確認しようと近づいたところ、歪みから鉄パイプが突き出された、勢いよく突きだされた鉄パイプは不意打ちで驚くサハギンの腹に突き刺さりそのまま横薙ぎに切り払う。
「連邦の新米兵よ。これが戦場だ!」
どっかのセリフを混合して叫んで、ゲーム少女は空中の歪みから飛び出す。まだまだテンションは高いらしい。知力は低いらしい。
異変に気づいた他のサハギンがゲーム少女に殺到する。すぐさま遥は倒したサハギンの乗っていたサメを鉄パイプで突き刺し殺す。体をひるがえし、ブーストエンジンから青い光を噴出して高速で泳いで、すぐ側に見えたビルの陰に隠れる。
ぎゅわっぎゅわっと叫んでサハギンたちは警戒態勢にはいる。
「ご主人様! サハギンライダーです。そう名付けました」
サクヤの報告を聞いて、パクリだよね。まぁいいけどと優しくなったゲーム少女である。
じゃこんと水中用装備第二弾を取り出す。水中銃である。水中は特化武器での戦闘しかないでしょうと久しぶりに新型装備を作成したのだ。
こんな感じの武器を作成である。
『水中銃(N)効果:水の中だと攻撃力50%アップ』
弾丸を撃ちだすと、シュシュッと音をたてて水中のように突き進んでいく。遥を追いかけてきたサハギンライダーは回避をしようとするが、回避先に弾丸は撃たれている。見事に体を弾丸に貫かれてあっさり爆散した。
「やっぱり水中特化は凄い役に立つね」
ガチャリと水中銃を構えなおしてゲーム少女はむふんと胸を反らして得意顔となる。
水中専用装備は、めったに使わないだけあり、その攻撃力は水中では強力だ。ゲーム仕様万歳である。ゲームでも水中戦はあまり見なかったが、たまに出てくる際には水中用兵器は恐ろしい強さになっているのだ。
「鬼さんこちらですよ」
からかうようにサハギンライダーに言ってスイスイと移動する。もうテンション高すぎて、後で酒を飲んで記憶を忘れないといけないかもしれない。勿論カメラドローンは傑作を撮影し続けている。
ゲーム少女は水中が本職のサハギンライダーが追いかけてくる速度を上回り移動する。ビルの窓をパリンと割って中に入り、敵の視線から逃れる。敵が見失い警戒しながらビルに入ろうとしたら、壁の陰からヘッドショットである。通路を入れ変わり立ち替わり移動して敵を翻弄していく。まさに鬼ごっこであった。但し、鬼は死んでいく鬼ごっこだ。
シュシュッと死の音がビル内を奏で、ゲーム少女を探そうとビルに入っていくサハギンライダーは音が鳴るたびに爆散していく。
しばらくして、サハギンライダーは全滅したのであった。
◇
「さてさて、ボスはサハギンキングかな?」
いつものボス戦突入であろうと遥は身構える。どこから来るのか感知できないので、周りを目視で警戒する。
「ご主人様、敵の反応ありです。真下の浄水場からです!」
警戒中に突如浄水場から敵を感知したサクヤが叫んで教えてくれる。
「浄水場に隠れてたのか! え? 超術看破は?」
疑問に思う遥にサクヤが早口で伝える。
「超術看破lv1を上回るステルスレベルなのでしょう。お気を付けを!」
「あぁ、確かにレベル低いもんね」
冷や汗がたらりと額を流れる。DLCパワーで突き進んできたが、この体は僅かレベル12なのだ。全然スキルは育っていない。本当はまだまだ来てはいけないエリアなのではないかと、遥は少し不安になった。
よくあるDLCの力で初期はバンバン進んでいたが、ちゃんとスキル上げをしていなかったので、ある程度からクリアできなくなる感じである。
ちょっと調子に乗りすぎたかなと、敵がどこか探す。感知に大きな歪みを感じて見ているとボスミュータントが出現した。
それを見て不安が当たったと遥は思った。おっさんの不安はいつも当たるのである。この競馬は負けるかもとか、仕事で手抜きをしたときに限って手抜きがばれるとか不安とは関係ないかもしれない。
ズズズと水中が割れるようにしてでかい潜水艦が出現した。どこかのプールから割れて出てくるスーパーロボットみたいな出現である。全長70メートルぐらいであろうか。船体は黒光りをしており、装甲板がついている。各所に砲台が設置されており、魚雷菅が見える。砲台がある時点で現実の潜水艦ではないとわかるが、極め付きは船首にぎろっとでかい目がついていることだ。恐ろしい威圧感を感じる遥。大型というだけで威圧感が凄い。
「マスター、あれは大型ミュータントですね。本来は大型装備か機動兵器が必要になる敵です。撤退も視野に入れてください!」
ナインが潜水艦をみて、珍しく戦闘のサポートをしてくれる。それだけ敵がやばいのだろう。というか機動兵器が必要な相手なのですか? 戦車ですか? 戦車ですね! とビビって顔を引きつらせてしまう。
「大丈夫です! ご主人様なら楽勝です! 頑張りましょう!」
知力80ぐらいしかない軍師のような意見をいうサクヤ。不安感が増すだけである。本当に戦闘用サポートキャラなのだろうか。多分どんな作戦もうまくいくでしょうと君主に意見をいう軍師に違いない。
「うぬぬぬ。試してみるか!」
新型装備なのだ。水中特化なのだ! レキ様そんな感じなので宜しくお願いします。と心の中で土下座する。でかいモビルな鎧はオンリーワンの機体で倒せるのだと、遥は行動を開始する。操作する人間が新人類でないので、戦いは厳しいかもしれないがスキルとレキを信じるのだ。
覚悟を決めると体をひるがえし、一気に潜水艦に近づくことにする。
ゲーム少女が近づいてきたことを察知した潜水艦が攻撃を開始する。何センチ砲だがわからないが横に6門、甲板に6門搭載されている。多分20センチぐらいじゃない? と適当に考えていると、その砲台が全て遥の方を向いてくる。
あわわわわと慌てる遥だが、冷静にゲーム少女の体は行動してくれる。ズドンズドンと飛来する砲弾を前に、人魚のように水中を泳ぎ、ひらりひらりと回避していく。その姿はまるで砲弾が避けているような感じも与える姿だ。
敵の回避能力を悟ったのだろう。お次は魚雷管が開く。ゴポポッと空気が抜けるような音がして魚雷がドシュンと発射される。
細長い魚雷と思って遥が水中を突き進むように飛来する魚雷を見ると、なんとコバンザメみたいな魚雷であった。目がついており、きょろきょろこちらを確認していた。レキぼでぃの回避に合わせて軌道を変えてくる。
「おいおい、ミニメカかよっ!」
叫びながら、魚雷に狙いを絞り水中銃を撃ち込む。シュシュッと音がして魚雷へと命中させると、あっさりと爆散していく。予想通りの結果を見て素早く爆散の煙を利用して家の陰に隠れる。
「アイスレ」
まずは範囲攻撃で少しでもダメージだとアイスレインを発動させようとして止める遥。ゲーム少女の体が勝手に発動を止めたのだ。なんでと疑問に思ったがすぐに解答が頭に浮かんだ。
「水の中だと氷は使えないのかよっ。まじかっ」
使っても、周りの空間が凍るだけで周辺に散布されないということがわかった。優秀な補佐をするゲーム少女の体である。
ヒュルヒュルと音がしてそうこうしているうちに隠れている家が砲弾でドカンと破壊される。ガラガラと崩れる家の埃に潜り、すぐさま近くにあるビル内に入っていく。
ビル内から水中銃を撃ち込んでいく。シュシュッと音がして潜水艦に当たるが、その装甲に阻まれてカンカンと跳ね返るのみである。
「強い! 今までになく強いぞ、あいつ!」
レベル12の低レベルで高レベル帯に挑戦してしまったゲーム少女である。もう少し5000ぐらいの経験値がもらえるダンジョンをたくさん探してレベル上げをしていた方が良かったかもしれないと後悔する。
「ご主人様!」
サクヤが真面目な顔で、話しかけてくるので、おぉ、ついに役に立つ意見か? と期待する。
「あのミュータントは、スカイ潜水艦と名付けました!」
もうこのウィンドウ閉じることはできないかなと憤るゲーム少女である。
スカイ潜水艦は攻撃をやめずにドンドン砲弾を撃ち込んでくる。あと少しで隠れているビルも砕けるだろうと、ビル内を移動しながら考える。
ちらりと外を見ると、船首がパカリと開き始めた。おいおい波動砲でも撃つのかと、遥がもうだめだと諦め始めたところ、開いた船首には牙がついていた。口の中が見える。
「あぁ、完全な機械じゃないのね」
波動砲じゃないことに安心する。そして生物であるならばと、対応を思いつきゲーム少女はスイスイとビルから飛び出して移動を開始する。
ビルから飛び出してきたゲーム少女を食らわんと突っ込んでくるスカイ潜水艦。この間の空サメと同じく、いやそれ以上に凄い迫力である。開いた口は多分小さな船ごと食べてしまうだろう。多分主人公すら食べられる。
「アイスレイン」
使えないはずの氷念動を使用するゲーム少女。アイスレインは発動してキラキラと氷粒が生み出されて、すぐに水中概念をもつ空中を凍らせる。そして氷の繭をレキの周りに作り出した。
気にせず突撃してくるスカイ潜水艦。自分にダメージを与える火力を持たないとわかったのであろうか。口を開けたままゲーム少女に近づく。
「たあっ」
すぐさま、繭の後ろを蹴破り脱出すると、そのまま穴の開いた繭をスカイ潜水艦目掛けて蹴り飛ばす。
ドカンと氷の繭は船首にぶつかり砕ける。砕けた破片はきらきらと散らばり、スカイ潜水艦は一瞬視界が塞がれてしまう。
頭を振って破片を払い視界が回復したスカイ潜水艦が周りを見ると、既に人間はいなかった。逃げられたかと思ったところで、開いた口の中から声が聞こえた。
『超技サイキックブロー』
口の中から異様な力をスカイ潜水艦は察知した。何か恐ろしい力が収束していくのを感じる。
下顎がその声と共に大きく歪み吹き飛ばされる。
「ぐぉぉぉ」
スカイ潜水艦は突然の痛みにジタバタと暴れまくる。まるで釣り上げられて甲板に放り出された魚のようだ。
口の中、下顎には右腕を振りぬいた姿勢のゲーム少女がいた。視界が塞がった瞬間に開いた口の中に突入したのだ。
「でかい敵には中から攻撃。これアニメの常識!」
可愛い顔でドヤ顔になるゲーム少女。
「次は上顎だぁ!」
すぐさま超技をもう一度使う。
『連続超技サイキックブロー』
レキの右腕が歪み、装甲から青い光が噴出される。撃ちだされた先はずるりと空間が歪み、スカイ潜水艦は上顎も砕かれる。そうしてふらふらと泳ぐと地上に落ちていき、見事撃沈したのであった。
「生物の本能が敗因となってしまいましたね」
眠たそうな目で撃沈していくスカイ潜水艦の姿を空中で泳ぎながら、ふふんと両手に腰をあて、笑って眺める。口が開かなかったらやばかったかもと恐怖したのは内緒である。
ふふんとサクヤもウィンドウでドヤ顔になっていた。傑作が撮れたみたいで良かったね。
◇
「よーいっしょっと」
遥はエリア解放された浄水場の操作盤に手を翳して稼働させる。機械操作スキルがあるので、超常パワーで起動も一発である。がよんがよんと音がして浄水場から水が流れ始めた音がし始める。
「これで、ここ周辺は水が使えるようになったのかな?」
「はい、マスター。ダムが解放されていないので、未だに警戒は解けませんが、とりあえずは大丈夫のはずです。おめでとうございます、やりましたね。今日はご馳走にするので早く帰ってきてくださいね」
「おめでとうございますご主人様、『ダムエリアを解放せよ。exp50000アイテム報酬?』が解放されました。そしてご主人様の写真集も2巻に到達しました」
ナインとサクヤがそれぞれ喜んでくれて、新たなミッションのクリアは大分先だなぁと、今日の戦いを省みてゲーム少女は思いながら帰還するのであった。




