531話 疲れたゲーム少女
「ただいま~」
実にお気楽な声で幼げな少女は自宅に帰宅して、ドアをよいしょと開けて中に入る。リビングルームへと移動してポスンと小柄な体躯をソファにダイブさせる。
そしてふぃ〜とひと息ついてから気づく。あれはなんじゃらほい?
なんかリビングルームの隅っこに狐の剥製が置いてあった。違った。剥製じゃない。
小首を傾げて不思議がる少女の視線の先には凍りついたように動きを止めて狐の剥製みたいなきゅーこがいた。
剥製ではない証拠に、きゅーこは遥が帰ってきたと気づき、そのつぶらな瞳をウルウルと潤ませて
「主上様〜」
涙を流しながら、ゲーム少女の胸に飛び込んでくるのであった。クッションが足りない少女なために、ポスンではなく、ポテンという感じであったが。
きゅーこが飛び込んできたので、遥は大喜びでわしゃわしゃとモフモフを思いきり撫でる。あんまりペットには好かれない荒っぽい撫で方だけど、子供だからしょうがないよねとレキぼでぃを悪用するゲーム少女である。悪用の使い方が実にセコイ。
わしゃわしゃと撫でられながらきゅーこは頭を持ち上げて涙をためた瞳を向けて勢い込んで言ってくる。
「主上様! 大変です、大変なことがおきました!」
「大変なこと? いなり寿司が無くなったとか?」
コテンと首を愛らしく傾げて、きゅーこの大変なこととはなんじゃらほいと尋ねる遥。
その様子を見て、息を吸いこんでじらすようにためてきゅーこは口を開く。
「裏切りです! ついにあのメイドに扮していた神族がその狡猾さを表にだしてきました! 主上様の眷属はことごとく妾を残してやられました!」
「なんと神族が裏切りを! ふむぅ」
遥はその驚愕の情報を聞いて
「で、きゅーこはどうやって裏切った神族の手から逃れたの?」
落ち着かなきゃと、テーブルの上にコトリと置かれたホットカフェラテをクピリと飲んで尋ねる。
「妾は妖術狐の剝製の術にて、偽装してなんとか神族の手から逃れました。主上様になんとしてもこの情報を伝えねばと思いまして」
フンスと得意げに鼻息荒くきゅーこは言うが、果たしてあれは妖術であったのだろうかと遥は疑問に思う。
二本足で立って壁に前脚をつけて爪とぎをする姿勢で動きを止めていたけど。ご丁寧に足元には獲物に襲い掛かる狐と説明書きがボードに書かれて置いてあったけど。
果たしてあれで騙される人がいるのだろうか? なんだか誰かさんを思いださせるアホな隠れ方である。もしやペットは飼い主に似るのであろうか?
「まぁ、いいや。きっときゅーこは飼い主の一人に似たんだよね、銀髪メイドとか」
絶対に自分には似ていない。だって天才的な私だもの。
「どうしますか、主上様! 奴らがいずこに隠れたかはわかりませぬが、二人とも恐ろしい強さをもっています!」
きゅーこの言葉に、ふむふむと頷きどうしようかと今日のおやつ、生クリームだけの贅沢シュークリームをカプリと小さなお口で齧る。生クリームだけのふんわりした柔らかさと濃厚な甘さが口に広がりとっても美味しい。シュークリームは個人的にカスタードは入れずに、生クリームだけで作ればよいと思います。
口元に生クリームをつけて、子供な少女はもしゃもしゃとシュークリームを堪能する。
その様子を見て、きゅーこがあれぇ? と首を傾げる。なにかおかしくない?
「マスター、シュークリームのお代わりはまだありますよ? 食べますか?」
隣にちょこんと座るナインへと満面の笑みで頷きお代わりを貰う。おっさんだとあんまり甘いものは食べれないけど、子供な少女はいくらでも食べれちゃうのだ。
ナインは嬉しそうにてこてこと台所までお代わりを持ってくるべく戻る。
その当たり前みたいなやりとりをする二人を見て、きゅーこはあんぐりと口を開けて唖然としてしまう。
だが、ハッと気を取り直して遥へと唾を飛ばす勢いで告げてくる。
「主上様! 神族は二人とも裏切ったのです。あの金髪も裏切り、ドライたちは全員寝てしまいました」
恐らく主上様は銀髪メイドの方しか裏切っていないと思っているのではと、慌てて教える。金髪メイドも残念ながら裏切ったのだと。
「う~ん、そうだと思うよ。でも、別に裏切ったわけじゃないと思う」
主上様が驚き哀しむと予想していたきゅーこに、遥は気楽そうに返答する。
「彼女たちは最初から自分たちの目的のために動いていたんだよ。私たちはその目的の過程として恩恵を受け取っていた。だから裏切ったわけではなく、最初からの予定されていた行動であったのさ」
平然とカフェラテを飲みながら言う遥の言葉に、きゅーこは納得した。たしかにそういわれるとその通りなのだろう。裏切りもなにもなかったのだ。目的の過程であれば。
だが、それでも哀しむこともなく、戦意を見せることもない主上様を不思議に思う。主上様は出かけたときと違い、溢れるようなまるで太陽のような輝きをもつ力の存在と変わっていたが、冷血漢ではなかったはずだ。特に身内に対しては。
不思議がり、首を傾げるきゅーこの喉をさわさわと触りながら、遥はわからないだろうなぁと口元を僅かに笑みへと変える。
しかし、疑問はある。ちょうどお盆にお代わりのシュークリームを何個か乗せて持ってきたナインへと、明日の天気って晴れ? とでも聞くような気軽さで尋ねる。
「ねぇ、ナインたちの目的は創造神を創りだすことだったの?」
その言葉にナインはテーブルにシュークリームとカフェラテのお代わりを置いて、お盆を口元へと持ち上げて顔を隠す。
「私たちの目的ですか。なるほどファフニールに教えられたのですね、次元の狭間にて。あの次元の狭間は不自然なために不思議だったのですが、ファフニールは自身が敗れた時のことを考えていたのですね。英雄へと最後の助言を与える竜王として」
「うん。途中で世界の成り立ちから説明し始めたから眠くて仕方なかったけど」
お爺さんの話って長いよねと愚痴る遥。ウトウトして途中で寝そうだったら、頭をはたいてきたのだ。私はファフニールの弟子でもなんでもないのに。
口を尖らせて、ブーブーと文句を言う遥であるが、そういう重要なシチュエーションで寝るゲーム少女の方がどう見ても悪い。
お盆で顔を隠しながら、クスリとナインは笑い
「神ではありません。たんに世界を創造するものです」
あっさりと重要そうな目的を口にする。
「それがおかしくにゃい? だって神域で自分の世界は作れるじゃんにゅ?」
モグモグとお代わりのシュークリームを口いっぱいに頬張り、尋ねる子供な少女。そろそろ子供なのは中の人だと訴えても勝訴は確実だ。
「神域ではだめなのです。あれは」
ナインが話を続けようと口を開くと
「ピピー! ちょっとナイン! それにご主人様も! なんで、こんなリビングルームで重要なイベントをこなそうとするんですか! もうちょっとロマンチックなシチュエーションでやりとりしましょうよ! あ、私もシュークリーム貰いますね」
どこに隠れていたのか、飛び出してきたサクヤが怒りながらテーブルにあるシュークリームを素早く口に入れてもっしゃもっしゃと食べてしまう。あと、そういうのはロマンチックとは言わないと思う。
「あ~! オノレサクヤ、シュークリームを奪うなんて裏切ったな!」
わなわなと震えて遥は最後のシュークリームを食べたサクヤへと怒る。全部食べたかったのに。
「裏切りの基準がわかりません! 本当であれば、私たちはどこを探してもいないうえ、リビングルームのテーブルに神チケットがポツンと置いてあって、ご主人様はそれを見て膝をついて哀しみ、それを私はレアな表情ゲットですとほくそ笑んで陰から撮影するはずだったのに! 裏切りましたね、ナイン!」
サクヤも負けずに手に金色に輝く神チケットをブンブンと振り回して怒る。
「どこを探してもいないサクヤが撮影するために隠れているっておかしくない? それに」
ていっ、とサクヤの手にするチケットをソファから飛び上がり、遥はチケットに書かれている内容を読んで自身の考えを告げる。
「阿蘇山頂上にて使用可能………。これを阿蘇山頂上で使用すればイベントが始まるんでしょ? なら、それまではいつも通りで良いでしょ。ゲームでもそんなボスと戦えるトリガーチケットはあったし」
どこまでもゲーム脳なおっさんであった。
ケロリとした表情で飄々とそんなことを言う遥をサクヤは珍しく驚いた表情でジロジロと眺めて、本心から言っているのだと見抜いて
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ~………。そういえばご主人様はそういう人でしたね。わかりました! 私もいつも通りにします!」
開き直って、床へと不貞腐れて寝っ転がる。………と見せかけてカメラを手にしてゲーム少女のスカートの中を撮影しようとする変態メイドであった。実にいつも通りの行動をとるサクヤである。
しかし、それを許さない者たちがいた。
「むぎゅっ」
寝っ転がったサクヤを強く踏みつける者たちがいた。
「なにをするんですか! 痛いじゃないですか!」
踏まれて痛かったですとサクヤが文句を言おうと、踏んできた脚を払って顔を向けると
「いつも通りでいこうぜ、サ・ク・ヤ様」
アインたちが額に青筋をたてて、怒りの表情で立っていた。しかも、全員得意武器を装備していて、パワーアーマーを着込んでいる者もいる。
「いつも通りではないと思います。なんで真剣や銃を持ち出しているんですか? わからないので消えますね!」
ドロンと呟いてサクヤは素早く立ち上がり、スタタタとリビングルームから逃げ出していく。私は怪盗サクヤ、誰にも捕まりませんと叫びながら。
「捕まえろ!」
「もはやミノムシから海へと沈めましょう」
「害虫駆除です」
どやどやとアインたちはかけ声をあげて、サクヤを追いかける。その様子を見ながら、遥が気配を感知して台所を見ると
「毒薬をたべさせられまちた」
「これは責任をもって毒薬を片付けるしかないでつ」
「味は最高でつち」
「和尚さんが帰ってくる前に食べ尽くすでつ」
昔話の飴が毒薬をもじってシュークリームを狙うドライたちの姿があった。ほっかむりを被って抜き足差し足忍び足で残っているシュークリームを狙っている模様。
まぁ、ドライたちらしいねと、遥がほんわかする中できゅーこが小声で聞いてくる。
「神族を最後まで己が手元に置くのは危険でありんすが………本当によろしいのですかえ?」
「良いんだよ。私はハッピーエンドが好きだからね。この選択肢で良いのさ」
後悔も懸念も見せずに、可愛らしい微笑みで相変わらずにお気楽な様子を見せるゲーム少女であった。
そうして、気付いたように思い出したことを呟く。
「残滓と名乗っていた魔法使いは元気かな? 私の心ばかりのプレゼントを受け取ってくれたかな?」
◇
戦いが終わり、一面が更地になっている出雲。なにもない荒地が広がる大地にて、一人、老人が立っていた。
目の前に置かれている段ボール箱を見て、その老人は苦笑をする。
「どうやら見抜かれていたか。まぁ、さほど驚くことでもない、か」
ファフはふむと腰まで伸びる髭を撫でつけながら、ひとりごちる。
「竜王としては死んだが、人間としては残った。叡智を求める魔法使いに力はそこまでは必要ではないゆえな」
最初から二段構えであった。ファフニールには女神と同じく魂が二つあった。神の力を手に入れた時点で元からあった自身を復活させた素体の人間の魂、その魂を分離させておいたのだ。誇りを尊ぶ竜王としての死を恐れない自分。叡智を求める魔法使いとして生き残ることを考える自分。賭けではあったが、死ぬ寸前に人間になり死を免れたらしい。
「いや、これもあの小さき女神の仕業か。あの激突時………手加減をしおったかアホウめ」
苦笑交じりに残滓と名乗り伝えたファフの忠告を眠そうな表情で聞いていた小さき女神を思い出す。自らにはもはや神の力どころか竜王としての力も残っていない。だが、それで良いのだ。竜王としての自分は滅んだゆえに。
もはや、この脆弱な身では始原の者たちに狙われることもあるまい。
「さて、なにを置き土産としたか、見るとするか。始原の者たちとの決戦にてあのアホウな女神が勝利することを祈りながらな」
そうして、魔法使いファフは段ボール箱を開けようとする。
辺りには荒地であるのに、まるで草原のような爽やかな風が吹いていた。
アースウィズダンジョンのコミカライズがやってます。ピ〇コマなどで見れますので、よろしくお願いします!




