515話 宵闇の中で
暗闇の中で古ぼけたランプがじりじりと音をたてて明かりを灯す。そのほそぼそとした明かりの下、薄汚れた服を着た体格の良い生存者のリーダーらしき人が蝶野へと詰め寄っていた。
「なぁ、助けてくれてありがたいんだが、なにが起きてるんだ? なんで救助に自衛隊はこんなに時間がかかったんだ? 俺たちは本当に助かるのか?」
その瞳には不安で揺らめいており、本当に助かるのかという確信が欲しそうであり、ちらりと千冬の搭乗しているパワーアーマーを見て疑問符が浮かんでいた。
まぁ、無理もないだろう。三年近くミイラから隠れ潜み、今度はゾンビからのグールコンボだ。悲惨な暮らしであったのだ。ようやく見えた蜘蛛の糸なればこそ、安堵の気持ちもあるが不安も消えることはない。
「あ〜、我々は自衛隊ではありません。日本は既に滅亡しており……いえ、皆さんを確実に救助しますのでご安心下さい」
「パワーアーマーの試験戦闘中に偶然見つけただけだがな」
蝶野ができるだけ誠実な表情で生存者を安心させようと言い募るのに、ハグルマが頭の後ろに手を組んで、あっけらかんと言わなくても良いことを言う。
蝶野が余計なことを言うなよと、責める視線を向けるが壁に寄りかかり、ハグルマは口元を曲げて肩をすくめてソッポを向く。
もちろん、その言葉は生存者たちに伝わり、ざわめきが大きくなる。動揺と不安が人々に伝わり、ますます人々は蝶野へと詰め寄ってきた。
「なんだよ、試験って」
「生存者を探さないでそんなことをしていたの!」
「なぁ、本当に俺らを助けてくれるんだよな?」
人々に詰め寄られ押し潰されそうな蝶野が大丈夫ですと言っても、誰も静かにせずに殺気立つ。
が、バンと壁をハグルマが強く叩くと、その威圧的な音に人々が注目する。それをハグルマは軽蔑するような視線で睨みながら
「おいおい、助けに来たのは偶然だが、それでもあんたたちは幸運なんだぜ? なにしろパワーアーマー二機と二分隊の兵士付きだ。文句を言うのは筋違いだと思うがねぇ」
その言葉に気まずい表情で人々は顔を見合わせる。たしかにそのとおりかもと、蝶野から離れるのであった。
ホッとした蝶野だが、そもそもハグルマが余計なことを言わなければと、ため息を吐くのであった。
◇
千冬はその光景を見て、穏便に話が終わったみたいだと安心する。喧嘩はいけないのです。喧嘩は。
パワーアーマーのハッチ開放ボタンを押して、プシューと前面が開き新鮮な空気が入ってきて一息つく。何気にパワーアーマーは閉塞感もあるので、清々しい気分。
隣ではリィズもハッチを開き、よじよじと外に出ていた。レーダーにて敵が接近してきたらアラームが鳴るように設定して、んしょと千冬も外に出る。
「え! 若い女性の声だと思ったら、子供?」
パワーアーマーの周りにいた小枝たちが、出てきたパイロットの二人を見て驚き目を見張る。若い女性だとは思っていたのだろうが、ここまで若いとは考えていなかったのは間違いない。
「ん。私たちはテストパイロット。ちなみにサイクロプスにも負ける予定はない」
フンスと息を吐いて、誰にもわからないネタを披露するリィズである。ポケットの中にはチョコレートしか入っていないので戦争予定はない。
「え、と。救助ヘリは夜は来れないね。今日はお泊りかな」
夜に飛行すれば救助ヘリは目立ちまくるので、飛ばすことはないだろうし、明日もすぐにくるかはわからない。でも、そこまで小枝さんたちに言う必要はない。
それに千冬はこれでも戦闘経験豊富なのだ。いつもは春夏秋冬で戦ってはいるが、ソロでも強いのだと自負しているので、山中で数がいないグールなんて、負けるわけがないのだ。
「私たち助かるんでしょうか? 街から追いかけてきているのんびり屋のミュータントはいないんでしょうか」
ラキという少女がぷるぷると身体を震わせて……いや、全然平然とした表情で尋ねてくる。
「問題ない。アラームも仕掛けているから万全の警備」
もはや成長は絶望的な胸を張りながら、リィズが自信満々に答えるのをラキは見て言う。
「進化とはグールだけではないんですよ? 低レベルのゾンビは派生系が多いし、オリジナルは基本能力が高いのでグールを少しだけ上回る進化をしているかも?」
物凄い詳しい忠告をしてくるラキさんに多少なりとも不安に襲われちゃう。リィズもしかめ面になって、顎に手をあてる。
「たしかにそのとおり……。リィズはゾンビの種類も勉強済み。それの場合、レーダーに映りにくい敵がいるかも。蝶野に警告する」
すぐに判断を変えるリィズ。素人の考えなど参考にならんと怒るテンプレはない模様。
リィズはぼんやりした表情で、ラキさんへと問いかける。
「随分詳しい……貴女は何者?」
その言葉にパアッと顔を明るく嬉しそうに変えて、ラキはフフッと本人には残念ながら妖しくではなく、可愛らしく答える。モデル立ちをしたいのだろうが、子供なのでクネクネした踊りにしか見えない。
「私は謎のストレンジャー。情報をどうやって手に入れたかは内緒です」
謎です、謎。と、心底嬉しそうにするラキである。謎すぎて誰かわからない。何者なのだろうか。
「むむ、なかなかやる。昼倉ラキ、その名前を覚えておく」
リィズもその怪しい言葉にノリノリで、クールな笑いをしたいのだろうが、やっぱり可愛らしい笑みで答えるのであった。
◇
蝶野はリィズの話を聞いて、考え込んだあとに部下に命令を出す。簡単な警戒用ワイヤー。敵が触るとすぐに燃え尽きるKOワイヤー。野営時やトラップに使うやつだ。どこかのおっさんが以前に使い、廉価版を軍に支給したのだ。
おっさんが使う糸のように低レベルのミュータントを倒す程の凶悪な力はないが、少なからず敵に痛みを与えて、暗闇の中で燃えるから目立ちまくるので、警戒用にはちょうどよい。
万全の警戒をしようとする蝶野たちを尻目に、千冬たちは子供たちにもみくちゃにされていた。
「何歳なの?」
「なんで軍隊と一緒にいるの?」
「大阪は? どうなったか、知ってる?」
「私も謎ですよ? 私ももみくちゃにしてください」
最後の発言者はなぜか顔を青褪めて、違う違う、そういう意味じゃないからと空中に向けて慌てながら早口で呟いていたが、心が病んじゃったのかなと、スルーしておく。
大樹のあり方を説明するのは長くて複雑だし、私の能力を超えているよと、どう答えようか迷う。
「ん、私たちは置いてあったパワーアーマーに偶然に乗ってしまい、パイロット登録システムで乗り手が変更できなくなり、そのまま軍と一緒にいる」
リィズが空気を吐くように、ドヤ顔で新たな設定を口にする。
うん、そういう展開のアニメとかロボット物ではテンプレだけど、あっさりと嘘をつかないで欲しい。というか、誰かに似ているよ? 似すぎているよ?
「なんだか胸踊る楽しそうな設定ですね。私もパイロットになります。パワーアーマーいっちょうお願いします」
ラーメンいっちょう、いう感じでラキちゃんもぴょんぴょん手を振り上げて言ってくる。なんだろう、デジャヴかな?
「なんだか嘘くさい説明だけど、説明しづらいのは千冬ちゃんを見ていればわかるから、落ち着いたら聞かせてね。あとラキちゃん、邪魔をしないの!」
ハッチが開けっ放しのパワーアーマーによじよじと登って搭乗しようとするラキさんを小枝さんはヒョイと掴み上げる。え〜、と不満そうな顔になるラキさんだが、諦めた模様。
「しょうがないですね。ではご飯を貰ってきましょう。あのトラックにはたくさん積んでありそうですし」
てこてことハグルマのトラックにラキさんは向かい、小枝さんたちは自由きままな少女に苦笑する。
「あのトラックは食べ物なんか積んでなさそうだよ? 期待しない方が良いよ」
無邪気な笑みで手をぶんぶんと行進するみたいに振って、トラックにはご飯が積んであると期待して向かうラキさんへと忠告をする小枝さん。たしかに見た限りではパワーアーマーの試験解析用の機器しかないように思えるけど。
「くーださいなっ!」
ラキさんが手を伸ばして、お菓子を買うように可愛らしい声をかけるとハグルマはジロジロとラキさんを見つめて、ぶっきらぼうに尋ねる。
「なにか俺様に用か?」
「ご飯と布団くださいな。あと甘い物」
遠慮なく要望を言うラキさん。すべて叶えられると信じて、キラキラしたおめめでハグルマを見つめる。その表情は持っていないと断ったら泣き顔になりそうな罪悪感が確実に沸く姿だ。
ハグルマはうぬぬと歯ぎしりをして
「ハグルマは殉職して、メイドが助けに、ゴフッ!」
なにか呟いたが、早く頂戴とラキさんが勢いのない張り手を繰り出す。子供の張り手で力がなさそうなのに、物凄い衝撃を受けたように空気を吐いて苦しそうな演技をするなんて、おばさんはノリが良いなぁ。
「仕方ねぇなぁ。少ししかないぞ、ほら」
バングルから段ボール箱をいくつか出すので、なぜか手慣れた手付きで段ボールを開きお弁当やらを取り出すラキさん。
「みんな〜。三日分ぐらいの食べ物があるよ〜」
お弁当を手にとって、ラキさんはぶんぶんと皆に手を振る。
「わ〜、凄いね! ありがとう、えっと」
「ハグルマだ。むむむ、やめておけばよかった……。そうすればキャッキャッウフフの旅行に……」
途中から聞こえなかったが、名前がわかったので、ありがとうハグルマさんと皆は声を揃えてお礼を言うのであった。
「軍用レーションでリィズは我慢する」
わくわくとした表情でリィズが滅多に食べれない軍用レーションを開けて食べ始めるので、千冬も同じように食べ始める。軍用レーションは普通に圧縮されたお弁当なので味は美味しい。絶対に我慢じゃないと思う。
「明日かぁ。明日帰れれば良いんだけど」
「ん、リィズもそろそろズル休みがバレている頃だからやばい。明日には帰りたい」
もぐもぐと食べながらリィズが言うので、私と同じで重要だねと千冬は笑うのであった。
◇
廃墟と化した街。夜の闇を煌々と照らすライトが空からボロボロのビルの屋上に照らされて、そのまま屋上から僅かに空に浮きホバリングしている。先程、危険度が高い分隊を輸送用ヘリが助けに来たのだ。
「急げ! アンカーももう保たないぞ!」
ヘリから怒鳴り声が聞こえて、分隊は銃を懸命に撃ちながら怒鳴り返す。マズルフラッシュが無数に煌めき、次々とグールを撃ち倒す。
「了解だ! お前ら、急げ! 残っていたら喰われちまうぞ!」
アンカーのフィールドで敵の侵入を阻み、段ボール箱から銀色の粒子が流れ出している。そんな屋上で持ち堪えている分隊は急いでヘリに乗りこんで行く。既に屋上の周りはグールやランナーゾンビだらけであった。角砂糖に群がるアリのようにびっしりとビルへと貼り付いていた。
呻き声は盛大な合唱となり、不気味な蠢く一つの肉に見えるミュータントたち。久しぶりに数は脅威だと、兵士たちは思い知っていた。
「よし、全員乗り込んだ! 出してくれ!」
「了解だ。脱出するぞ!」
「アンカー切れました!」
ヘリがハッチも閉めずに飛び上がると同時に一斉にグールが走り寄ってくる。分隊は残り少ない銃弾をグールにぶち当てながら抵抗をする。
数匹がヘリにしがみついてきたが、なんとか撃ち倒してビルから離れると、空に浮いたヘリを掴もうと、無数のグールが屋上から跳び上がり落ちていく。
「やばかったな」
「あぁ、間一髪だった。ありゃ凄い数だぞ」
分隊の兵士は汗を拭い、ようやく椅子に座って安堵をする。
輸送用ヘリはそのまま本隊へと帰還を果たすのであった。
◇
ヘリが飛んでいくのを、赤い目をしたミュータントは歯噛みして屋上で見送っていた。空に逃げられたらもはや追いつけない。
そうして次の獲物を見つけようと、ビルから降りようと周りを見渡した時。
夜の暗闇の中で、数十キロ先の山に明かりがついているのを見つけた。
明かりがついているということは獲物がいるのだと、そのミュータントは山へと向かうことに決めた。周りのグールたちもその歩みに同調して、一緒に移動を始める。
不気味なる呻き声をあげながら。




