512話 グールズデイ
廃墟ビルから飛び出した生存者3人は、後ろから怒っているのだろう心臓が凍るような咆哮をしながら追いかけて来るグールから逃れるべく辺りを見渡す。
ゾンビたちはいるが、それよりも先程の化物の方が脅威だ。騒がしくしてゾンビたちが群がる可能性はあっても、その危険を無視しても逃げねばなるまいと。
そうして、外の様子を見て絶望の表情となる。
「なんだよこれ……」
「なんでこんなに」
「もう駄目ね……」
三人共が生きることを諦めて、地に膝をつく。後ろから咆哮と共に化物が近づく音がするが、それ以上に目の前の状況は地獄と変わらなかった。
「キシャア!」
「キシャア!」
「キシャア!」
先程の化物と同じ叫び声がそこら中から聞こえる。なぜかというと、外を徘徊していたゾンビたちの3割近くが、蛹から生まれ出てくるように、次々とグールへと変わっていたからだった。
徘徊しているゾンビたちが、立ち止まったかと思うと、ミシミシと変化していく地獄の光景。
物凄い数のグールを前に三人共、一歩も動けなかった。動いた瞬間に気づかれて襲いかかってくるだろう膨大な数である。自分の命の灯が消えゆくことを感じてもおかしくない。
「俺は喰われながら死ぬのはゴメンだ」
「奇遇だな、俺もだ」
「もう一度娘に会いたかった……」
周りのゾンビたちが最初に三人に気づきノソノソと歩いてくる。いずれあの化物も気づくだろうと、自ら死を選ぶかとナイフを腰から抜く三人。すぐに自分の首を断ち切ろうとした時であった。
ズズンと上空からなにかが着地してきた。人型のロボットみたいな物はアスファルトにその重量でヒビが入り、僅かに土埃が舞い上がる中で、日の光を受けて力を示すかのように力強く立っていた。
合わせて二機。SF映画から飛び出てきたような三メートルぐらいのロボットであった。一機が三人をその光るカメラアイで見てきて、その姿からは想像できない可愛らしい少女の声で話かけてきた。
「すぐに軍が来ます! 私たちの機体の後ろに隠れて下さい!」
「ん、ビームガトリング、シュート!」
もう一機からも同じく少女の声がして、両肩に備えられたガトリング砲から青く光るビーム弾を乱射し始める。ロボットの着地の音に気づいたのだろう、あの化物たちも襲いかかってくるが、数発のビーム弾を受けて、あっさりと燃え尽きる。先程の自分たちの戦いが嘘みたいに。
「た、助かったのか?」
「おい、車のエンジン音も聞こえて来たぞ!」
信じられない思いで呟くと同時に遠くから車の音が複数してきて、そちらに目を向ける。放置された車両や、立ちはだかるゾンビたちを備え付けの機銃で蹴散らしながら五台のバギーがやってきていた。後ろにはトラックもついてきていた。
「自衛隊よ! ようやく来たんだわ!」
女性が喜色満面になり、バギーへと手を振る。助けがようやく来たんだと安堵をして。
◇
バギーで爆走して、ガタガタと席が揺れる中で、蝶野は周りの激変している状況に舌打ちをしていた。
「大佐! 周りのゾンビたちが次々とグールに進化していっています!」
「わかっている! 救援要請だ! チッ、作戦本部にいない時にこんなことになるとは……」
部下が言うとおりに、道端などにいるゾンビたちが次々にグールへと進化していっている。グールはゾンビなど比べ物にならないレベルで危険な敵だ。それがこんなに大勢変わるというのならばまずい。
周囲のゾンビたちが次々とグールへと変わっている中で、今まで見たことがない状況に戸惑いを浮かべてしまう。こんな状況は初めてだ。どういうことだろうか?
「え、と、生存者を確保しましたけど、どうしましょうか?」
千冬から通信が入ってくる。先程レーダーに人間の生命反応があったと、先行してバーニアジャンプで千冬とリィズは救助に向かったのだ。
「すまない、すぐにこちらも到着するから、少し持ちこたえてくれ」
「はい。問題はありません。このスペックならグール相手でも楽々ですし」
「ムフー。試験戦闘を開始している! リィズにすべてお任せ!」
リィズも通信に割り込んでくるが、少女たちを先行させたことに罪悪感が湧く蝶野は状況の解析は後回しにして、バギーを加速させるように運転手に指示を出すのであった。
◇
カメラモニターから入る情報を素早く確認して、脅威度の高いミュータントから撃破していく。一般兵士にはグールは手強いとはいえ、パワーアーマーの敵ではない。あっという間にビームガトリングで敵を掃射していく。
グールの障壁程度では千冬のスキル補正が入っているビームを押しとどめることは不可能だ。楽々に倒していき、リィズも同じく敵を倒しており、問題はなさそうだ。
「ん、敵を殲滅できると思う?」
しかしながら、リィズが戦況を冷静に眺めて聞いてくる。その声音から倒しきれないと考えているだろうに、動揺してるような様子はない。
「え、と、大群相手には無理だと思います。グールなら200匹ぐらいが限界でしょうか」
どっかの大群を倒すゲームではないので、弾の補給もできないし、ゾンビもうじゃうじゃいるのだ。そこまでは保たないだろう。
目の前に映るビームガトリングのエネルギーが物凄い速さで減っていく。弾をばら撒きながら戦っているので、仕方ない。なにしろ廃墟ビルの陰や崩れかけた店からも次々とゾンビやグールが湧いてくるのだ。
「グールが半分近い数なのも厄介ですね。弾の命中率が悪いです」
ちょこざいなことに、グールはアスファルトを強く蹴り、大きくジャンプして迫ってくるから水平に撃ち続ければ良いというわけにもいかない。
面倒くさいが、ビームランチャーでジャンプしてくるグールは片付ける。
「ビームランチャー、使えませんね。高火力ですが薙ぎ払いできる程の持続力はないですし、威力があるから貫通して敵を倒せますが……あ、弾が切れました」
24発しか入っていないビームランチャーより、弾数の多いマシンガン系が欲しかったと千冬は顔を顰めて思う。大群相手には意味がない武器だ。
「大群はビームガトリングで殲滅して、その中に混じるオスクネーレベルを倒せるように考えられたコンセプトだったんだ。そのパワーアーマーは歩兵と一緒に行動する予定だったしな」
トラックも凄い速さで走っているために、ガタンガタンと揺れながらハグルマがモニター越しにつばを飛ばす勢いで答えてくる。なるほど、納得。
「それじゃ、パ、レキ様に助けを求めましょう」
ドライのスキルレベルは2である。昔のパパさんはそれを上回るスキルレベルであったのに、それでも大群には初見では押し負けたのだ。ドライは複合するスキルがあるが、それでもパワーアーマーのエネルギーが尽きたら押し負ける。
なので千冬はあっさりとパパさんに助けを求めることにした。
「ん、それで良いと思う。生存者もいるし」
リィズも自分だけで大丈夫とか、よくアニメとかで頑固なキャラが言うような反論はしない。周囲の状況を見て、冷静に判断し同意してくれる。この娘は本当に一般人なのだろうかと、千冬はその胆力に感心しちゃう。伊達にレキ様の姉を名乗ってはいないなぁと。
すぐに救援を頼む通信をする。パパさん、助けてください〜。
「残念ながら救援にはいけませんね。グールが四国各地にて蝗のように増え続けていますので」
通信がタイミングよく入り、幼い少女がなぜか白い巫女服をきて、フンスと息を吐いて現れた。手にはなぜか段ボール箱を持っている。
こういう時はすぐに助けにくるパパさんなのにと、不思議に思い、コテンと首を傾げちゃうが原因はわかっている。
千冬とリィズの冒険と書いた台本を他のモニターでツヴァイねーたんたちがパパさんに見せているからである。なんて書いてあるのかはわからないが、だいたい想像はつく。
「お姫様、こちらはかなり危険な状況だ。子供もいるから救援して欲しいんだが」
蝶野さんもモニターに映り、必死な表情で会話に加わってくる。なんと言ってもそこら中にグールがいるから状況は切迫しているのだから。
「それがですね、四国のゾンビたちの半分以上が、グールになっていますので、そこだけを助けに行くわけにはいきません」
「だが、こちらには子供もいるんだぞ?」
「そこは試験戦闘に出た自身の責任ですし、パワーアーマーとバギーで行動している蝶野さんたちは戦力的にはあまり切迫していないと思います。現に歩兵だけで行動している分隊もいるんですよ?」
ヌゥッと、蝶野さんは唸り押し黙る。たしかにそう言われるとそのとおりであると納得してしまったのだ。歩兵分隊の方が圧倒的に危険な状況にあるし、蝶野自身も多くの分隊が歩兵だけで行動していることも知っていた。グールが数多く現れたら対抗するのは歩兵では難しい。
コホンとレキは咳を一つして、ニコリと柔らかい笑みを浮かべる。
「それに私はお姉ちゃんたちを信じています」
「ん、任せると良い。こちらは大丈夫」
リィズも自信満々に答えて、ハグルマも通信に加わり、その痩せぎすな顔を楽しそうにして告げる。
「パワーアーマーの予備エネルギーもたんまりあるし、試験戦闘にピッタリだ。こっちの救援は後にしてくれて構わないぞ!」
「え、と。私たちは離脱することは可能です。まかしぇてください!」
噛んじゃったと、千冬が赤面して恥ずかしがり蝶野は苦渋の表情になって、ガリガリと頭をかく。
「くそっ、皆の言うとおりだ! こちらはそこまで危険な状況にないと言えるだろう。お姫様、危険な状況の部下たちをよろしく頼む」
「任せて下さい、今、式神紙天使を作成しています。水に濡れたり三日程経過したりすると力を無くしますが、人々の役に立つでしょう」
おーりおり、組み立てましょう、段ボール〜、とアホそうに歌いながら、可愛らしい子供な巫女は床に置かれた段ボールを箱へと組み立てていく。遂にウニ以外を折れるようになったのだ。たんに段ボールを組み立てているだけでしょうとか言ってはいけない。
「……大丈夫なんだろうな、姫様? その段ボール箱で?」
蝶野は疲れたような声音で尋ねるが、段ボール箱で大丈夫とは意味がわからないと困惑もしている。だが、姫様のやることだからなぁと信頼もしているのだ。
「はい。この紙天使たちはKO粒子を詰め込んで飛んでいくので、グールたちは自分が焼かれないように逃げていくでしょう。その間に態勢を立て直せば良いと思います」
トウッとレキが子供が遊ぶときのような可愛らしいかけ声で箱を空中に投げると、ポムと音がして羽根が生えて飛んでいくので、まさしく意味がわからない光景であった。しかしながら、段ボール箱はそのまま味方のところに飛んでいくのであろう。
「あと200枚は折らないといけないので、大変なんです。手が空いたら助けに行くことも前向きに善処したいと思います」
忙しい、忙しいと無邪気に呟きながら、段ボール箱を作っていくレキに、こりゃ、しばらくは駄目だと、皆が思う。
「とりあえず生存者はトラックに匿うんだ。敵が集まってこない間に移動するぞ」
蝶野が指示を出し、千冬はレーダーを確認して頷く。レーダーには敵を示す光点がマップを埋めるように集まってきており、このままだと押し潰されるだろうから。
「え、と、山に向かいますね。敵の影が薄いですので」
そのまま近寄る敵を倒しつつ、千冬たちはグールから逃れるために移動を開始するのであった。




