507話 議員を掌握するおっさん
政治の世界とは難しいものだ。魑魅魍魎な人間たちが狐狸のように化かし合いをして利権だなんだと話し合うのだから。そんな世界のトップは大変だなぁと思っていたら、自分がトップになっていたでござる。
なんだか会議とかに出るたびにそう考えているくたびれたおっさんことくたびれたおっさんはうんざりしながらそう思った。ダブルくたびれたおっさんで朝倉遥と言う中年のおっさんだ。
なんかここに来るたびに、少しずつ国会そっくりの内装とかに変えられているような感じがします。前は床に真っ赤な絨毯なんか敷かれていたっけ?
それなら居眠り議員もいても良いと思うんだけどと、くだらないことを考えつつ、若木シティ議事堂の最前列に座りながら、周りを見渡す。
実際、居眠り議員はすでにいたが、豪族に頭を叩かれて欠伸をしながら、起きていた。ナナはどこかの少女に毒されているように見えるけど、きっと気のせい気のせい。
ふぃ〜と、椅子に凭れかかり自分でできる精一杯の鋭さを持つ眼光を隣に座る豪族へと向ける。きっと桃ぐらいには突き刺すことがちょっぴりだけできる眼光の鋭さだ。
「今回の議題のために出席したが、話は纏まっているのか?」
面倒くさいことこの上ない提案を豪族たちはしてきたのだ。ナナシという強くてかっこいい男性が出席しなくてはいけないぐらいには。
「あぁ、必要だとは思うぞ? だいたいもう少しこっちにも顔を出せ。若木シティの政策もお前の領分だろうが」
相変わらずの強面で顔を顰めて言ってくるので、内心で怖いなぁと怯えちゃう遥である。
今回の提案。ナナシが必要だった理由。それは酷く簡単な話であった。
即ち……。
「え〜、これより議員任命制度の正式な手順につき話し合いたいと思います」
議長がマイクに声をかけて、周りの議員は静かになって注目をするのであった。
「ふん! そろそろ寄付金をだす人間が議員をするのではなく、しっかりとした任命制度で議員を選出すべきだと思ってな。そうしないと、つまらん奴らがどんどん増えちまう」
豪族がフンスと鼻を鳴らし、水無月のお爺ちゃんも同意するように頷く。
「今は100万マターも寄付すれば、議員と称して議事堂に入れる。有象無象が増えすぎるのじゃよ」
苦々しい表情での言葉が水無月のお爺ちゃんから出てくるので、なる程と頷く。そういや、そんな簡単なシステムだったね。でも寄付だけで、給与なんかはないんだけどと考えたが、それでも寄付するのはナナたちみたいな善人か
「そうか、自分たちの利益ばかり考える議員たちが増えてしまったという訳か」
「あぁ、そのとおりじゃ。ふざけた政策は全て却下しているが、それでも懲りないのか、名前や内容を少し変えただけで、また提案してくる。それを助長している愚か者もいるしの」
チラリと反対側に座る取り巻きを大勢連れた木野を見ながらお爺ちゃんは言う。
相変わらず自信満々で議員席に座り、取り巻きとおしゃべりをしている。あとで、ブラックタイガーの玩具をあげようっと。キノはだいぶ頑張っているし。夜の飲み会はどうしているんだろう? なんとかしていると思うけど。
「もっと寄付金の金額を高くすれば良いって、私は言ったんだけどねっ!」
フンフンと鼻息荒く後ろに座っている叶得が言うが、それはさすがに極論すぎるだろうことはわかる。
「それだと、金持ちだけの議員になるだろう。……仕方ない提案ということか」
しょうがないなぁと、ため息を吐いてモニター越しに四季のカンニングペーパーを読み始めるおっさんであった。自分の判断? おっさんの判断能力は自分がどれだけ楽に暮らせるかだけである。
◇
百地はナナシの様子を見て、なんとか提案どおりにいけば良いと息を吐く。こんなことで頭を使うのは自分の役ではないと思う。
「選出自体は簡単か。寄付をした人間を選抜委員が精査して、合格した者が議員になれる。それと特待枠を作り、寄付金が出せない人間もスカウトして議員にすると。委員会は外部の人員か……」
ナナシはモニターに映る資料を素早く見ながら呟く。かなりの早さで本当に読んでいるのかと疑問に思えるが、しっかりと細かいところまで読み込んでやがるから驚きだ。
実際はタッチパネルを連打だぜと、連打することに頑張っていて、中身はちっとも読んでいないなど、豪族にはわからないので、その速読に感心していた。
「この提案に対して意見がある方は挙手をお願い致します」
議長が言うと、皆が顔を見合わせてざわざわと話し合いをし始める。もちろん、そこで木野が挙手をしてきた。
「木野議員が当たり前ですが修正案を出してきますな」
百地のオブザーバーとして、風来さんが厳しそうな表情となる。まぁ、これは木野にとっては死活問題となる提案だ。この提案が通るとかなりの取り巻きが議員から追い出されるはずだしな。
「この外部委員とは誰になるのでしょうか? まさかとは思いますが、ある派閥の人間だけだと、かなり偏りができると思うのですが」
百地は手をあげて、返答をするべく席を立つ。
「法曹関係、役所に産業関連と問題ない人選をするつもりだ」
「そこらへんの基準には誰が関わるのでしょう?」
「問題ない。人々に知られている有識者を選ぶ」
「それは問題ないとは言えませんな。私たちもその選出に関わりませんと」
木野は絶対に引かないと、快活な笑顔の中に鋭さを混ぜてきやがる。この線で必ず木野が障害となるが、そこをどう妥協していくかが政治家としての腕の見せ所だと風来さんは言っていたが……。
さて、どうするかと迷う中で、空気を切り裂くような刃のような鋭さをもつ声がかかった。
「仕方ない話で、この提案が出たのだろう? 外部と言いつつ内部選出とどうやっても同じだ。君たちは100万人のメガシティとなったからと勘違いしているのか?」
その言葉に知らずに動揺する。ナナシが何を言うのかと。
ナナシはつまらなそうな目で、周りを見渡してフンと嘲るように鼻を鳴らす。
「未だに若木シティだけだと70万、他の地域を入れて100万人にようやく届くかどうかで、たったそれだけしかいないのだよ。君たちはどうやら復興の終わった中心部だけを見て、人々の行き交う姿だけを見て満足したと見える」
モニターの資料を消して、かぶりを振ってナナシは冷たい威圧感のある視線を向けてくる。その視線に多くの議員たちが俯いちまう。痛いところをつかれたと思っているのだ。
確かに俺もかなりの人口に増えたと考えて満足していたところがあったかもしれん。……俺としたことが。多くの人々が未だに化物たちの中で怯えて生きているというのに……。
「なので、この話の中にある議員任命制度といった民主主義を思わせるくだらない提案について論を交わすつもりはない。今はその前に人々の暮らしの基盤を作るべきだ。まだまだ基盤は足りん」
「そ、それはそうかもしれませんが、現行の議員選出制度を変えないで良いと?」
怯んだところを見せたくないのか、強い口調で木野が言う。その木野を市井松が一瞬冷ややかな表情で見つめる。
ナナシはその答えを既に持っていた。ある意味、この若木シティができてから一貫した政策を。
「外部委員は大樹本部の者に任せる。彼らは余計な仕事と思うかもしれないが、それぐらいの仕事は良いだろう。若木シティに降りることもしない連中だ。確実に外部委員の選出では問題はないだろう。あと特待枠は無しだ。一名や二名の特待枠がいたところで政治は変わらない。それならばそういう奴らはオブザーバーとしてスカウトすれば良い」
立て板に水の如く、スラスラと台本でもあるかのように言うナナシに、誰も反論できずに提案は修正を受けて正式決定するのであった。
◇
やれやれと遥は肩が凝っちゃったと、腕をくるくる回す。小休止となり、席から立って寛いでいる。もうおっさんだから、ああいう長文を言うのも疲れるんだよ。じゅげむじゅげむのお坊さんと同じぐらいに大変だったね。
だいたい外部委員と言っても、崩壊前の世界の尺度で言うと大きいと言えるかどうか。まぁ、確かに大きいよ? シムなゲームなら目標達成とか言われるだろうけどさ。国としてみると小さな街なんだから、仲間意識がバリバリあるに決まっている。それだと外部委員にはちっともならない。
特待枠も意味がない。お金も力も人脈もなくて活躍できるのは漫画だけだよ。
とは言っても、確かに議員の選抜が必要なのはわかる。ならば、本部のツヴァイやドライたちに任せれば良いのだ。全然関係ない連中だから。
四季のアドバイスがあったけど、ナイスアイデアだよねと、おっさんはウンウンと頷いていたら、周りの視線が変である。なんだろう、なにかあったかな?
豪族が嘆息しながら、風来は厳しい表情で、水無月のお爺ちゃんは呆れた顔で、叶得はこれが終わったらデートねという感じで見てきていた。褐色少女はあまり関係ないかも。
「なにかあったかね、百地さん」
「あったな。あっさりととんでもない意見を通した男が目の前にいるな」
なんのことだろうと、つまらなそうな目で見えるらしい視線を向ける。普通にみたら、まったく話の流れがわかっていないアホな目だと思うのだけれども。
皆がなにも言ってこないので、ネタバラシを誰かしてくれないかな、と遥が困り果てていたら
「おめでとうございます。ナナシ様」
近づいて来た詩音がお祝いを言いに来た。可愛らしくパチリと可愛らしく両手を合わせて。どこかの外見詐欺美少女と同じく外見は純粋に祝っているようにしか見えない。いや、本当に祝ってくれているのかも。う〜ん、わからない。
わからないと言えば、なぜお祝いされているかもわからない。今日は私の誕生日だっけ?
アホなことを考えるおっさんへと、木野も口元を引き攣らせながら口だけは祝ってくれる。
「さすがはナナシさんですな。強権にて議員を監査する外部委員を自らのホームタウンである本部の人間に決めるとは。これで議員の選出も掌握したようですな」
さすがは木野。おっさんがわかっていないことも教えてくれる。たぶん僅かに目が宙を見ていることがわかるから、台本を読みながらだろうけど。
ありがとうキノたん、いつも幼女なのに頑張っているなぁと、あげるつもりだったバイクの玩具のプレゼントを取り出す。
「私も本部の人間だ。委員の選出には私もかか」
「木野さん。そういえばこの間の四国での働きは大変だったとか。疲れているだろうし、これを贈っておこう」
なにか話し始めたけど、被っちゃった。まぁ、すぐに同じ話をするに違いないし、別にいっか。
なんの変哲もない小箱を渡すと、ギクリと身体をこわばらす木野。中身がバイクの玩具だと理解して内心で狂喜している幼女がいる模様。
「そういえばそうだったな。飯田がだいぶ感謝していたぞ、木野議員」
豪族もその話にのる。たしか話に聞くに四国でのサポートを木野は頑張ったらしいので、珍しく労っていた。
「そ、それでは失礼する。休憩が終わったら次は組合の話だったな」
木野の中の幼女は早く帰って、プレゼントを見たくてそわそわしながら席に戻っていき、それを詩音は嘆息してこちらにペコリと頭を下げて戻っていくのであった。
うんうん、キノたんが喜んでくれて良かったと遥も席に戻る。次の提案はたしか市場かぁ、市場って、なんか凄そうだから私も話に乗ろうっと。
◇
お気楽にスタスタと席に戻るナナシを見て、豪族たちはヒソヒソと話をしていた。
「百地さん、あれが政治家というものです。しっかりと権利を活かし、負け犬に水をかけるような怖さを持つタイプですな」
「あれを真似しろって言っても無理だからな、風来さん」
「フフン、さすがナナシね。でもあんまり強権を使うと嫌われちゃうわっ! ………私がいるから別に良いわねっ!」
それぞれのヒソヒソ話は感覚を下げているおっさんの耳にはもちろん入らなかった。




