504話 秋にて、思いふけるゲーム少女
9月に入り、木々は色づき、作物は収穫される時期となった。段々と夜の入りが早くなる時期。秋空に涼しい風が吹く今日この頃。
祭囃子の太鼓などがトンテンカンと鳴り響く中で、人々が街に並ぶ屋台を浴衣姿で見て回り、収穫を祝う踊りをして、祭りを思い思いにそれぞれ楽しんでいた。
そんな和気あいあいと楽しむ人々の中で、艷やかで美しいショートヘアの黒髪を持つ眠たそうな瞳だが可愛らしくて、すっきりとした小さな鼻に、桜の花びらのような色のちっこい唇を持つ子猫のような保護欲を喚起させる愛らしい顔立ちで、子供のようなか弱い小柄な身体の少女がいた。
名前は朝倉レキと言う。
万人が振り返り、愛でたくなる金魚の模様の入った可愛らしい浴衣姿の少女はキリリと真面目な表情で、そのちっこいお口を開く。
「なんだか寝ていたみたいです。空間の狭間って、時間がないのかもしれませんね。貴重な体験をしました。ねっ、シスさん」
公園でビニールシートを開き、そこに思い思いに食べ物やら飲み物をおいて楽しむ集団にいた少女は、隣で首を傾げるドクロマークの入った黒い浴衣姿の少女シスへと同意を求める。どうでも良いけど、よくそんな浴衣あったね?
シスは自信なさげに、レキを見ながら頷く。
「う〜ん……たぶんそうでありますか。エビフリート艦が光ってから記憶がありませんし。そんな危険な場所にいたのでありますか……。う〜ん、そうだったんでしょう」
「そうですよ。それしかありませんってば。まさか異世界転移して、俺つええとかしていたとでも?」
「さすがにそんな妄想はしませんよ。う〜ん……たぶん」
シスの様子をしっかりと観察して、大丈夫そうだと内心でレキは安堵する。さすがナイン、生体クラフト夢うつつは完璧であったみたい。大丈夫だよね? 記憶を夢へと切り替えただけだよね? 変な改造はしていないよねナインさん。
サクヤの適当極まる言い訳に合わすべく、あと異世界の記憶が残っていたらまずいので、夢かもしれないと記憶を少しだけ変えたのだ。
完璧に記憶は消せないらしい。漫画よろしく突如として魂が思い出すそうな。さりとて夢にしてしまうと、今度は現実であったことだと考えこむらしい。なので、現実寄りの夢にしておくと、異世界転移と言うこともあって、本当のことだとは思わなくなるらしい。
ナインの凄腕にビックリして、ねぇねぇ、私にはそれをやっていないよねと、何回も聞いてしまったのは、仕方ない話だろう。
マスターにはもう通じませんと言う、極めて不穏な解答を可憐な微笑みでナインは返してきたのが、少し気になるけど。
まぁ、なんとかなったから良いやと、もうレキと呼ぶのは無理であろう適当さ極まる遥はそう思って、目の前の人へと食べ物を勧める。
「お婆ちゃん、この塩茹で枝豆美味しいですよ。茹でたてですから、どんどん食べてください。ややっ! 枝豆が黒いっ! これは腐って」
「最高級の黒い枝豆とか言うオチだろう。知ってるよ、アホ娘」
ありゃりゃ、ネタバレしていましたかと残念がる少女を見て、フンと息を吐きガバリと枝豆を取るコマンドー婆ちゃん。ワシャワシャと皮ごと食べながら、少女が大丈夫なようなので、やさしい笑みを口元に少しだけ浮かべた。
「私がいなくて大変だったとか。そうでしょう、そうですよね? なにか大変なことがあったのでは? 可愛らしい天使な美少女レキがいないと大変なことが?」
「……いや、アホ娘がいなくて平和なもんだった。敵も弱っちくてね。アホ娘の出番はそろそろ戦場じゃ必要ないんじゃと言われる程順調だったさね」
え〜、そんなに簡単だったんですかと、子供な少女がコマンドー婆ちゃんの腕をグイグイ引っ張るが、フンと唸って簡単すぎたよと言うコマンドー婆ちゃん。
周りの人々はそのほのぼのした光景に癒やされて笑顔になる。
「それも良いでしょ、それもね」
静香はそのお婆ちゃんに駄々をこねる孫娘のような光景を見て、肩をすくめてビールを飲むのであった。
収穫祭と言いつつも、神楽が作られて奉納の舞をしたりする以外はいつもの祭りとまったく変わらない。即ち食べて飲んで騒いでという感じだ。
いつもと同じというのは、毎回祭りをやりすぎなせいだが、別に良いでしょと、楽しいのでゲーム少女は気にしない。
祭りが多すぎて、屋台専門の人たちも現れてきたが、怪しい人たちがかかわらないように水無月のお爺ちゃんが相互支援組合を作ったそうな。
なぜ水無月の爺ちゃんかと言うと、最初は詩音が作ろうとしたらしい。武力を持ったギルドを持っている詩音がそんなものを作ったら、将来的にヤバイことになるでしょ、テキ屋だけに。と横槍を木野が入れて水無月の爺ちゃんが組合を作るのに手を上げたらしい。
木野はできる人すぎる。最近、仕事が多くなってきているので、交代制にしているらしいけど。交代制って、なんだろうと思うが、まぁ忙しいのは駄目だから別に良いよねと放置しています。
そんな屋台は以前と違い、種類も豊富だ。崩壊時は単純にたこ焼きやお好み焼き、かき氷だったのに、今やステーキ屋から、ソフトクリーム屋に、なぜかラーメン屋やピザ屋まである。ピザは簡易窯が店の奥に置いてあるという驚きの仕様だ。
そんな屋台をてこてこと少女は練り歩く。ステーキを食べながら、ソフトクリームが溶けちゃうと慌てて舐めて、ピザはどうしようかなぁと買うのを迷う。
しばらく歩いて、空いているベンチにちょこんと座り人々の楽しむ様を観察する。
隣にちょこんと座る人がいたので、そちらを見てゆっくりとした口調で問いかける。少女にしては珍しくなにを考えているかわからない無表情で。
「ねぇ、ナイン。私がやっていることはノアとなにが違うのか、あれからたまに考えるんだよ」
ノアと同じようにマテリアル式エンジンを人々へと与えて、物資などを供給している。本来であれば、祭りどころではなく物資は窮乏して、電灯すらもなかったはずの目の前の世界。
だが、今やマテリアル式エンジンを疑問に思わず人々は使い、山ほどの物資で祭りを楽しんでいる。そこに憂いはなく幸せを享受している。
隣に座った金髪ツインテールの可愛らしい少女は、穏やかな笑みで首を傾げる。
「マスターはいずれノアと同じことをすると?」
「う〜ん……やらないという自信はないよね。私が作った世界なのにー! とか言って」
ワーッと両手を掲げて、ソフトクリームが崩れ落ちそうになり、慌ててちっこいお口に放り込む。
パクパクと食べて、一気に食べたからちべたいと顔を顰める子供な少女へとナインは笑みを崩さずに言う。
「どうなんでしょうか。私的にはどちらでも構いません。マスターはお気づきでしょうが、人間などは特に気にしませんし。私たちの目的は極めて短縮された時間で達成されつつあります」
「う〜ん、ナインたちはそういうんじゃないかと思ったよ。まぁ、未来のことは未来のことかぁ」
冷酷なることをナインは言ったが、特に驚かない。たぶんそうだろうなぁと、思っていたし。
それに未来は未来でツヴァイたちが、自作自演の中で上手くコントロールをしていくだろう。おっさん? おっさんがかかわると碌でもない結果になるでしょ。
今だって自作自演でガス抜きをしている。兵が死んだ時の誰が悪人か、政治の世界で誰が力を持っているか。俯瞰して見ればだいぶ単純になっている。
勧善懲悪とはいかないが、だからこそ本来あるはずであろう問題ある悪人や不満は他に出てきにくい。
なればこそ、ノアの世界のようにはならないだろう。そもそも自らの力を使って、加護なんて与えないしね。
「うんうん、特に気にしなくても大丈夫かな。それに遥かな未来の話だしね。祭りにつまらないことを考えちゃったよ。遊びに行こう、ナイン!」
ベンチから、とうっと勢いよく立ち上がり、ナインへと無邪気な笑みで手を差し出す。
「遊びならマスター本来の姿がいいのですが、今日は別に良いですか」
ナインはクスリと笑って、その手をとる。そうして思い出すように
「そういえば、レキさんは精神世界で凄い格闘の練習をしていましたね」
最近のレキの練習ブームに対して言ってきた。
「うん、かなり凄い練習を1日1時間ぐらいしているよ。本人は密度の濃い練習と言っているけど」
「旦那様の作りしドールたちと戦っています。そろそろ貴女も打ち倒される時ですね」
ふふふと、レキが話に加わってくる。いつもの無表情ではなく得意げな表情である。
「この短時間で私に迫るとはなかなかですが、まだまだ追いつかれませんよ」
ナインがクスクスと笑い、自信を覗かせる。
レキはフフンと不敵に笑う。
この場にいらないおっさんは、あれはなんの屋台だろうと話を聞いていない他人の振りをしていた。
おっさんは蚊帳の外で良いですと、周りを見渡していたが、なにかに気づく。
「あれはお姉ちゃんですね」
公園のちょっとした広場、そこに人だかりができており、その中心にリィズがいた。そこは問題ではない。一緒に屋台を回りましょうと、無邪気な笑顔で誘っちゃえば良いのだ。おっさんなら、そのままスタッフ用テントに事案ですよと連れられていくが、美少女なので問題はない。
問題はリィズの隣にドヤ顔の叶得と綾がいることである。しかも怪しげな機械もあって、それを人だかりが注目していた。
もうなにか面倒くさいことを始めているのは目に見えている。おっさんなら、その光景を見たらUターン確実、存在を消していなくなるのは間違いない。
なので、ゲーム少女は満面の笑みで、てこてことリィズたちへとおててを振って近づく。少女ならば面倒くさいことも、面白いことに変換できるので。
これぞ美少女イベント交換の式という。言わないかもしれない。
てってこ、近づくとリィズたちが気づく。
「ん、妹よ。リィズのテレパシーを感じとったか。さすが」
相変わらずのリィズが、ムフンと息を吐いて得意げに胸をそらす。可愛らしい姉なので、頭を撫でていいかしらん。
「アタシの発明品を見に来たのねっ! この傑作を!」
いつもの自信満々な表情で語る褐色少女に
「レキ君たちじゃないか、こんにちは。今日は革命的な日になるよ」
祭りなのに白衣姿の綾である。
「なにをしているんですか? これはなぁに?」
子供な少女は人だかりに触りもしないで、スルスルと人込みを掻き分けてリィズたちへと近づく。
地面には地上なのに筏が置いてあった。扇風機が後ろに備え付けられているので、どうなるか想像がつく。
「遂に砂筏の実用化に向けた試作品ができたのよ。綾の計算とリィズの超能力を使った傑作!」
たしかに懐かしの砂筏である。ある素材を使い強い風でホバー移動できるものだ。扇風機が風を作るのであろうか。
「むふふ、妹よ。これで流通に革命が起きる」
リィズも自信満々だが、なるほど飛べば楽しそうだ。
「う〜ん……。叶得さん、これは」
砂筏を見て気になったことがあり、ナインが小首を傾げるが、遥は慌てて止める。
「駄目だよ、ナイン。こういうのは空気を読まないと」
遥ももちろん気づいたが、こういうのは言っちゃだめなのだ。
なにしろ、乗員がいるので。
「おい、今悪そうな笑みを浮かべなかったか? なにかあんのかよっ?」
試作品テスト乗員と肩にタスキをかけて、真琴が砂筏に乗っていた。相変わらず美味しい場面にいる少女である。
「革命的エンジンに乗る新たなる世界に真琴さん、頑張ってくださいね」
「いや、今気になることを」
「それじゃ、お待たせしたわね! 初の試験飛行にゴーッ!」
叶得がポチッとなと、扇風機を動かす。
「待て! これ試験飛行していないのかよっ! 騙したな綾〜!」
真琴がそれを聞いて悲痛な叫びをあげるが、時すでに遅し。砂筏は風を受けて動きだし
「おぉ〜! 凄い回転だ!」
「おか〜さん、洗濯機みたい」
「祭りに相応しい大道芸だな」
人々は感心して、おひねりを投げるのであったりする。なにしろ、砂筏は真琴の重みに負けて、くるくるとその場で洗濯機のように激しく回転しているので。
「駄目ですよ、叶得さん。乗っている物は重さが変わらないので、前に進まないんです。もっと重さに負けない大きさにしませんと」
「なるほど〜。ありがとうナインッ! 来週に次の試作機を作るわよ、二人共っ!」
「むふ〜。失敗は成功の母。リィズに任せる!」
「それだと、かなり大きな筏になるな、面白い」
ナインの忠告をフンフンと聞き、叶得たちは新たなる試作機に目を向けていた。立ち直りの早い博士たちである。
「そ〜の〜おひねりは〜、わたしのもの〜」
砂筏に乗ってぐるぐると回転しているのに、めげない真琴の欲も凄い。
そんな光景を見て、少女はクスリと小さく微笑む。
「これならノアの世界のようには、ならないかな」
そう呟いて、私も乗りますと洗濯機のような回転をする砂筏に飛び乗るゲーム少女であった。




