49話 ゲーム少女の撤退戦
学校である。高等学校らしい。かなりの広さを確保しているであろう4階建ての立派な今時の学校。
どこが今時かというと、不審者を入らせないための門構えと塀。そして入り口付近も来室に厳しい感じである。数年前に建てられた最近の少子化に対抗する建物であった。
おっさんならば確実に不審者扱いされてアウトで社会人生終了な入るの禁止な場所である。
そんな学校を目指し、ゲーム少女たちがサハギンと激闘をしつつ拠点の確保を狙って前進していたところに、大きな叫び声が聞こえたのだ。
「おーいおーい。助けてくれー。ここに要救助者がいるぞー!」
両手を振り上げて叫ぶ生存者が屋上から声をかけてきたのだ。
敵と交戦中なのが見えないのかと不満顔となってしまう。ここは水中概念が発生しているのだ。水中概念なので、空中を泳ぐようにサハギンは移動できる。
そんな戦闘中に大声を出したらどうなるか? わかりやすい答えが見えている。せめて戦闘が落ち着いてからにして欲しかった。
大声に反応し、まるで水中を泳ぐ何かがいるがごとく空間が水のように歪み、壁をするすると泳いで登っていき、屋上の人物まで近づこうとしていた。しかも数体近づいている。
「ちっ、生存者か! 姫さん、どうにかできるか?」
ガトリングを撃ち続けながら、豪族がゲーム少女を見て怒鳴って尋ねてくる。
「仕方ないですね。行ってきます」
冷静にしょうがないなぁという感じで答える。
この体は高性能なレキだ。このぐらいは大したことは無い。そう信じてスキルの指し示すままに行動を開始する。自分が頑張る気は全くない。
「ブースト」
ぽそっと呟く。その声を聞き逃さんと常に余計な動きをするカメラドローン。サクヤの笑顔が幻視できてしまう。
遥が装備作成lv2で作成した新型装備、その名はバトルブレザー。防御力は20ある優れモノだ。ただ、見た目はほとんど通常では変わらない。鉄の鎧から鋼の鎧に装備が変わった感じである。
しかし、この装備には追加性能があった。
ガションと脚にメカニカルな装甲が展開する。そのままキュイーンと音がして装甲が青く輝き光が噴出した。アニメとかでよく見るブーストエンジン搭載なのである。腕にもあり、両腕、両脚に展開できて攻撃補助から移動補助までできるロマンあふれる装備であった。
勿論、遥には大好物のSF的装備であったので、喜んで作成したのであった。
ドカンと音がして脚が地上から離れる。小さなクレーターを地面に作り高速移動である。ギュインと学校下につき、そのまま垂直に壁を蹴りながら移動。
屋上まで飛び上がったところ、今にもサハギンに食われそうな生存者が見えた。空間の歪みから出現して噛みつこうとしている。
ようやく自分が危機に陥ったと気づき、生存者はうわぁと叫んで頭を抱えて腰を抜かす。
すぐさま、その横からサハギンに飛び蹴りである。ゲーム少女はその速度のまま、高速蹴りをサハギンの体にぶちかました。
メキャッと骨が砕ける音がして、装甲に覆われた脚がサハギンに埋没する。瞬間、サハギンは埋没した部分から粉砕され、空中に吹き飛ばれていった。
ふっ、と息を吐き、生存者の周りから出現したサハギンに続けて攻撃。腕を振り上げて切り裂かんとするサハギンの横に移動。振り上げた腕をそっと生存者に当たるルートから押しのける。そのまま蹴りを食らわせた。
結果を見ずに、次に口を大きく開けたサハギンに飛び込んで、かかと落としをくらわす。斜めに体をずらし、最後に出てきたやつの前に移動する。そのまま回し蹴りをプレゼントでおしまいであった。
全てのサハギンは僅か数秒で片付いたのであった。恐るべしゲーム少女。誇るべしスキルパワーである。
「大丈夫ですか?」
呆然として頭を抱えていた手を下ろして、何が起こったかわかっていないで呆然とする生存者に尋ねる。
大丈夫でしょ? 傷一つ負わなかったよねと確信はしていたが、一応遥は聞いてみた。だって主人公ぽいもの今の行動と、ほくそ笑む相変わらずなゲーム少女である。そして迂闊な行動を取った生存者に珍しくイラッと思う。
うるうるとして感激している銀髪メイドも見えている。いつものサクヤに戻っており、何だか少し安心して落ち着きを取り戻し笑顔を向ける。
「大丈夫です。えーと、あなたはいったい?」
ようやく正気に戻った生存者が聞いてくる。それはこちらのセリフだよと遥は思った。ここに生存者がいると極めて面倒なことになるとわかっていたのだ。
生存者を見ると、真っ黒な汚い服。多分ジャージであるが凄く汚いので元がわからない。体臭も凄いし髭も生えまくり、髪もボサボサだ。痩せこけており、頬がげっそりとしている30代ぐらいの男に見えた。まさに崩壊した世界のイメージにあう極限生活をしていた生存者であった。
「こちらのセリフです。あなたは生存者ですね。あなただけですか?」
私だけです。と言う答えを希望していたが、勿論希望は打ち砕かれる運命である。
「いいえ! 学校内に多数の生徒が隠れています! 助けてください!」
レキの肩を掴んで、生存者は悲壮な顔を近づけて叫ぶ。たぶん体育教師じゃね? ジャージだし。とジャージなら体育教師と偏見をもつ遥は、この人は体育教師と心の中で呼ぶことにした。
そして極めて面倒なことに子供たちが多数隠れているらしい。そして、よくぞ水中エリアで生き延びていたものだと感心する遥。ここはかなり厄介な場所である。とりあえず地上の状況を見る。
ドドドドドドドドドとガトリングの銃声と機銃の音が響き渡っている。まぁ、機銃の弾丸も静香さんから買い上げた銃弾だからいいけど、派手にやってるなぁと、その戦闘ぶりから大丈夫そうだと判断する。余裕で周辺から出現するサハギンを次々と片付けている。高火力パワーである。素晴らしい、さすがガトリングと機銃と思う。今度銃弾はゴリラ持ちで機銃かガトリングを撃たせてほしいなぁと、呑気に考える。
相変わらず、戦闘時も余計なことを考えるおっさん脳であった。多分脳内のタスクが壊れているのだろうと思われる。修復は凄腕のSEでも無理であろう。
「ガハハハハ。お姫様! 生存者は無事か?」
ガトリングを撃ちながら叫ぶ豪族。レキを信じて生存者が大丈夫なことを確信しているようだ。
「はーい。生存者がまだいるらしいです」
呑気な可愛い声で返答する。振り向いて体育教師を見て何人ぐらい? と聞くと百数十人はいると答えてきた。そんなに生き残っていたのか。凄いなと思いつつ豪族に伝える。
「そうか、ならば生存者を確保! 保護しながら退却だ!」
遥の予想通りの答えである。はぁ~、そうなるよねと溜息をつく。遥だって見捨てる気は毛頭ない。ただ、ここまで来た苦労が無と化したのでがっかりである。
「急げ! 姫さん!」
方陣を組みながら、サハギンを撃退しつつ正門前に到着した豪族が叫ぶ。
「そうですね。さっさと移動しますよ? 案内してください」
体育教師に催促すると、こちらですと学校内に入っていく。
学校内はバリケードと防火シャッターで各所を塞がれていた。その迷宮のような通路を体育教師の案内で進んでいく。サハギンが何匹か入り込んでいたが、瞬殺して進む。体育教師がそれを見て信じられないと驚愕の顔をしているがスルーしておく。
「ここです。みんな、移動するぞ! 政府の救助隊がきた!」
暫く体育教師と一緒に階段を下りたり上がったりを繰り返して到着した。到着した場所は1階の食堂であった。体育教師はその場にいた人々に叫ぶ。
政府の救助隊じゃないんだけどなと思いながら、1階にいるのかよ凄いなと思う。でも、食堂を確保しないと生存できないかとも納得する。
食堂は毛布もほとんどなく、泥だらけ血だらけは当たり前。そこかしこに災害用の物資が入っていただろう段ボール箱が開けられていた。ごみもそこら中に散らばっており、瘦せこけた服も汚れまくりで体臭はかぎたくないレベルの子供たちがいた。子供といっても多分高校生だろう。悲惨さを感じさせる光景である。
「先生! 救助隊なんですか? 生き残りがここに来たわけではないのですか?」
ここに助けを求めに来た生存者とも思っているのだろうか? 男の子が聞いてきた。ちらりとこちらも見てくる。汚い姿なのでよくわからないが雰囲気から、なにかリーダーシップをいつもとっていそうな子だ。
「子供じゃないですか? 本当に救助隊なんですか?」
外の銃声音が聞こえないのかな? この阿呆はとその言葉に少しイラつく。
「急いでほしいんですが? 計画を変更してあなたたちを保護することに決めたんです。話し合いより行動をしてください」
強めの口調で押し付けるように強引に話を進める。しかし体は可愛い子猫を思わせる小柄なレキだ。
「君はなんなんだ? 先生?」
と、今の言葉を無視されて、その男の子は体育教師に聞いている。時間がもったいないので、さっさと移動してほしい。
そう考えていた遥であるが、同じことを豪族も考えていたらしい。
「姫さん! どこにいる?」
大声で確認をしてくる豪族に遥も答える。
「食堂らしき場所です。そちらから見て右前方の大きな窓がバリケードでふさがれている部屋かと思います」
空間把握を持っているゲーム少女である。余裕で場所を案内できる。
「わかった! そこから離れていろ!」
ブルルンとエンジン音が聞こえてきて嫌な予感に可愛らしい顔を引きつらせてしまう。
おいおいまじかよ。それは私からのレンタル品ですよ? 壊れたらベースに帰還させますよと窓の近くの生存者を、危ないからどいてどいてと叫んで慌てて移動させる。
たぶん予想通りなら────。
そのすぐ後にドカンガラガラと壁が崩れてトラックが飛び出してきた。豪快な救助方法である。凄いな、映画みたいだと予想通りながら少しワクワクしてしまう。
どうやら移動時間が惜しいらしい。実に豪快に壁破壊を行い生存者の救出を目指した模様。レンタルであるのは考慮に入れてくれなかった様子。
「急げっ、ここから離れるぞ!」
「助けだ! 急げ!」
「やった。政府が助けてくれるぞ」
「ありがとうございます!」
呆然としていた生存者は、豪族のその怒鳴り声にバタバタと足音をたてて慌てて移動を開始した。ようやく現実に頭が追い付いてきたらしい。
「負傷者や病人はトラックに乗せていく! あとは歩け!」
本当に救助隊なのね、助かったんだという声が周りからちらほらと聞こえて、逃げだした生存者が歩き始める。痩せて疲れていそうな生存者には酷だが仕方ないだろう。今は時間が大事である。
「撤退! 撤退だ!」
ぞろぞろと生存者を連れて全員撤退を始めたのであった。
しかし、ゲーム少女は異常な反応を感じて逃げる脚をぴたりと止める。まぁ、こういうイベントならいるよね。
「どうした? 姫様? 撤退するぞ?」
豪族が足を止めたゲーム少女に声をかけてくる。
「残念ながら、ここの主が逃がしてくれなさそうです。サハギンだけなら豪族さんたちでも生存者を守りながら逃げられるはずです。お先にどうぞ? 後から追いかけます」
眠たそうな目で豪族を見つめ、慌てる様子もなく遥は豪族に先に逃げていいですよ? と答える。
「主? なんだそりゃ?」
豪族が疑問顔となり、ガシャンとガトリングを肩に担ぎなおして聞いてくる。
「ここのイカサマをしているミュータントの一部といったところでしょうか? ここで撃破しておけば、周辺の敵は弱体化しイカサマはなくなるはずです」
遥が答えを返すのを聞いて、ミュータント? 政府の秘密情報か? という顔をして豪族はそれでも頷く。
「了解だ! 先に行ってるぞ、姫さん!」
そこは死ぬなよ? とかいう場面ではと苦笑しながら遥は思ったが、豪族はレキを信頼しているらしい。
勿論、レキを誰よりも信頼している遥である。こくりと可愛く小さく頷いて先に行くように促すのであった。
◇
ブルブルと空間が大きく歪んでいる。結構遠くから来るわりには目視で余裕で見て取れた。
「ご主人様、敵はオリジナルです。名前は見てから決めます!」
いや、オリジナルはわかってるよ、サクヤさん。ここでくる反応はオリジナルしかないと遥は呆れたが、へっぽこなところも可愛いメイドである。特にツッコミはしなかった。
ザパンと空間がまるで水中のように波打ち、そこから10メートルはあろうサメが現れた。ギザギザの鮫肌。びっしりと生えている牙。変なところは空中を泳いでいるだけだ。
皆が撤退したので、ゆっくりと校庭の真ん中に立ち、遥はサメを大きいなぁ、賞金首になって戦車に倒されるタイプだなぁと思った。
「決めました! 空サメと名付けました」
得意げに伝えてくるサクヤ。やはりポピュラーなモンスターは名前をパクっていたのであろうことがわかるネーミングセンスであった。
空サメは、空中でバシャンバシャンと水音を立てながら、体を揺らしてこちらに突撃してくる。それを迎え撃つべく身構える。
『エンチャントサイキック』
『ブースト』
心の中で呟いて、ゲーム少女の体は超常の力で覆われて歪む。そして腕はメカニカルな装甲に包まれて青い光を生み出していく。
レキを見て、すべてを砕き、飲み込まんと空サメが口を大きく開けて迫ってきた。あんぐりと開けている口を見るだけで、通常の人は恐怖を感じてパニックになるだろう。映画なら、そのままパクリと食われておしまいである。
『超技サイキックブロー』
しかし高性能で可愛いレキには、そんな光景も関係ない。冷静にやっぱり心の中で呟いて、遥はブーストされた右腕を構えて目の前に迫る空サメにカウンターを行う。
右腕から青い光が生み出され、撃ちだされる速さはすでに音速を超えているだろう。しかして、音速の壁は存在せず、超常の力によって空間の歪みは撃ちだされた。
空間の歪みはサメを包み込む大きさで撃ちだされて、突撃した空サメはぐにゃりとその体を頭から順々に歪んでいく。そうして内部から破裂していき肉片となって砕け散るのだった。
「スピードガンが必要だよね」
と、撃ちだした拳の速さを測りたい遥である。
久しぶりのボス戦イベント大幅カットであった。
バラバラと飛び散る空サメの残骸を見ながら、ドロップアイテムを確認する。
『ライトマテリアル(中)アクアマテリアル(R)』
何か属性付与が追加できそうなマテリアルゲットである。
アクアマテリアルの使い道を考えてわくわくしながら、さて、合流しますかと遥は呑気に呟いてゴリラ軍団と合流せんと歩き始めるのであった。
ゲーム少女のかっこいい呟きなどを撮れなかったので、ハンカチを噛み噛みして悔しがっているサクヤの姿がウィンドウに映るが勿論スルーした。




