499話 敵の正体とゲーム少女
人々がざわめく中で、レキは自らの鎧を纏う。瞬時に神々しい光の鎧が現れて、粒子でできた翼を展開させて、高速の移動にて白い男の前に飛ぶ。
白い光となって飛んでいくその姿にレモネ艦長たちは目を見開いて驚愕の表情になるが、海老がハサミで掴んで段ボール箱に回収していっちゃうのであった。
白い男の前で停止するレキ。急停止したと共に天使の羽が周囲へと花びらのように美しく舞い散る。
「やぁ、お嬢さんこんにちは。今日はいい天気だ、私の新たな門出を祝ってくれているみたいだよ」
手を掲げて、話しかけてくる白い男。というかイカ男。
その様子を見ながら、遥はアイテムポーチから照魔鏡を取り出すと、イカ男へと向ける。考えがあっているなら、この攻撃は効くはず。
元スティーブンの作りし、超常の鏡。光も闇も切り裂く真実の鏡である。遥が掲げたら、すぐに鏡から光が生み出されてイカ男を映し出す。その光により現れたのは……。
ギリシャ彫刻のような顔つきの天然パーマの二枚目男子であった。顔つきが彫りが深く、石像じゃない? と言われても頷いてしまうだろう。
トレンチコートはそのままに、涼やかな顔で光を浴びながら空に浮くのは、後光もさしてまさしく――。
「興味が湧かない人ですね。古代だと、こんな青年がモテたんでしょうね」
全然予想通りの青年だった。なので、特に反応もせずに眠たそうな目で見るゲーム少女である。
「なかなか辛辣な言葉ですね。まぁ、それぐらいの方が本当は良かったんでしょう。私はどうも優しすぎて」
頭をかきながら、照れくさそうに気弱な男のように見せるイカ男。いや、もうイカじゃないか。
「私の名前はノアと申します。私のためにやって来た少女の名前をお聞きしてもよろしいかな?」
「………少女ですか。私の名前は朝倉レキ。こんにちは先輩。そして貴方のためにやって来た訳ではありません。ここにきたのは嵌められたようですので」
眠たそうな目に冷ややかな視線を混ぜて、遥は答える。ノアは我が意を得たりと、パチンと手を合わせて快活に笑う。
「そうでしょうとも! 私は神に見捨てられてはいなかった! ありがとうございます、神よ! 私のためにこうしてやり直しのための力を送ってくださるなんて!」
両手を掲げて祈り出すノア。それを見て、レキは戦いはいつ始まるんですかと聞いてくるので、どうしようかなと迷う。もう殴っても良いんじゃないかな? 照魔鏡で正体を表せたし。まぁ、照魔鏡は確認の意味が強かったんだけど。
サクヤをモニター越しに見るが、まだなにも言ってこない。ならば確信を得るためにもう一度だけ試すかな。
その言葉を聞いて、レキは空を蹴りノアへと近づいて、キックを浴びさせる。浴びさせるといった表現が正しいとわかる程の連続キック。頭へとハイキック、続いて身体を翻してキック、そのまま突くようにキックと、この全てを小柄な身体を浮かせて鋭い鎌のように、槍のように打ち込む。
軽く攻撃をするのかなと、考えていた遥はその猛攻に驚いていたが、それ以上にその非情な攻撃を受けても揺るがないノアを観察していた。なんてアホな敵だろうと。
アホなおっさんにアホ呼ばわりされているとは、露知らずノアは首をコキンと鳴らしただけで、ニコリと人好きするような笑みを浮かべる。
「残念だけど、悲しいことだけど、君の存在理由は私の糧になることなんだ。神は私の力を回復させるために君をこの世界に寄越したんだよ」
本当に悲しそうな表情になって、言ってくるノア。本当に悲しい気分も抱いているんだろう、善人らしく。
「可哀想だけど仕方ないんだ。神の思し召しだからね」
あぁっ、と嘆き節をするノアを無視してレキはコテンと首を傾げて遥に問いかけてくる。
「無効系も使われた感じはしません、旦那様」
「うんうん、そのとおりだね。敵の攻撃を一度見ておこうか」
遥の言葉に余裕を感じて、素直に頷くレキ。自分でわからないことは旦那様にお任せですと、夫婦揃ってわからないことは他人任せにするお似合いの二人である。
「さようなら少女よ。その力は私が有効活用してあげよう。神技 『凍てつく水波』」
ノアは余裕ぶって、手をこちらに向けるとその手から凍りつく水波が発生する。空気を凍らせ、ガラクタの山となったガーディアンを氷山へと変えて。
そうして目の前の少女すらも氷像へと一瞬の内に変えたのであった。
それを見て、満足そうな表情になり、またもや祈り始める。
「おぉ、神よ。神の思し召しとはいえ、か弱い少女を犠牲にするとは! 私は少女の分も生きてやり直しを」
「貴方の言う神が授けるのは梅干しぐらいですよ。独りよがりの善人さん」
氷像から可愛らしい少女の声が響いてきて、ノアはギクリと身体を震わす。今の攻撃はこの少女には防御不能だったはず。なのになぜと。
氷像が崩れていき、中から少女が凍りついた様子も見せずに現れる。パラパラと砕けた氷の粒が風に流される中で、遥はサクヤを促す。
「はい、いつものどうぞ」
「ご主人様! 『古臭い神もどきノアを倒せ!』 報酬は古き星の力の取得ですね」
キャッホー、ようやく言えたと喜ぶサクヤ。経験値はないらしいし、貰える力もしょっぱい。古き星の力って、ほとんど残っていないでしょ。
「なぜ生きているのでしょう? 確実に仕留めたはずなんですが」
ノアの疑問は正しい。たしかに初見ならやられていたかもね。でも初見ではないのだよ。
「最初で最後のチャンスを逃しましたね。貴方は、ガーディアンを倒してから私と戦うべきでした。力を吸収したり、私の防御を貫いたりと、自らの力を段階的に見せるべきではなかったんです。なんでわざわざ相手に攻撃が効かないところを見せるんですか? アホな善人さん」
効かなくても効いているように見せれば良かったのだ。わざわざ隠し玉を見せる必要はない。
「起きたては寝ぼけていたんです。ですが、その程度のことが問題になると?」
ノアのキョトンとした表情を眠たそうな目で見ながら、レキはこの男は一人だから駄目だったんですねと思う。
「その程度のことが致命的でした。貴方の攻撃が効いて私の攻撃が効かない理由。照魔鏡が貴方に効いた理由。それは」
ピシリとノアをちっこい指で指差して
「フレンドリィファイアを私は無効にしていましたからね。同じ力の持ち主には効く訳がありません」
ニッコリと可憐なる笑みで告げてあげるのであった。
◇
ルキドシティからは、ヘリやスカイシリーズが発進してきて、二人の周囲を固めていた。なにしろ、一人は元イカであり敵と見えるが、もう一人の少女は翼を生やしてはいるが、この間バトルグラウンドにて優勝した娘だから戸惑っていた。
そんな周囲を気にせずに遥はノアへと、話を続ける。
「同種の力って、当たり前ですよね。前任者な人なんですから」
「そうだね。前任者と言う言い回しはおかしいが君の言うとおりだよ。だから君は私を傷つけることもできない。なぜならば、君の権能よりも、私の方が上なんだ。だから悪いけど君の力を吸収……。なぜ防げたんだい? あり得ないはずなのに」
ノアが最初の疑問に立ち返るが、レキは遥の説明を聞いて納得した。
「シッ!」
軽くジャブを入れると、風が巻き起こったかのように、ノアへと当たり頭を揺らす。
「は?」
ノアが今の攻撃に驚くと共に、鼻から血が出てくる。慌てて超常の力を使うとノアの鼻血は止まったが、ノアにとってはそれどころではなかった。
効くはずのない攻撃が通って、効くはずの攻撃が通らなかったのだから、混乱もひとしおである。
「なぜだ? 君は私の下位互換のはずだよね?」
信じられないとばかりに、ノアは尋ねてくるので教えてあげる。
淡々とした口調にて
「下位互換とは嫌な言い方ですが、簡単な話です。私たちは私たちの力だけに頼ることにしたんです」
「はぁ?」
「これからは吸収した経験値を私たち独自の力に変えて成長していきます。貴方の言葉で言うと、私たちの権能は『成長』と言うところでしょうか」
あっさりとした口調で、なんでもないかのように言う少女を正気なのかと考えるノア。神より頂いた力を独自の力に変換していく?
「元々ピンハネされているような予感もありましたし、星の力は既に宿っています。あとは経験による形に変えるだけだったんですから、独自の力に変えた方が都合は良かったんです。取り上げられてもかないませんし」
チラッと、モニターを見ると黒のビキニを着て、畳の上で泳ぐ銀髪メイドがいた。誤魔化し方が雑すぎる。もう放置でいいや。
ノアはその言葉を聞いて、怒りで顔を真っ赤にして、激昂する。
「それは神に対する冒涜ですよ! 貰った力に対するリスペクトが足りません。おぉ、神よ! この者へと天罰を!」
神ならば、畳の上で泳いでいたから、ビキニが解けそうだと、こちらを期待しながらチラチラと見ているよ。変態の方だけど。
「独自の力に変えたとか、戯言はもう良いです。吸収すれば嘘だとわかりますしね。倒せばわかることでしょう」
「そうです。殴って倒せばそこで話は終了です。わかりやすくて良いですよね」
単純明快なレキの言葉に遥は苦笑いする。自分独自の力って大変……大変じゃなかったか。レキという合わせ鏡があったので、自分の力がどのような力かわかったしね。
たぶん自分だけだと、不器用なのでわからなかった可能性大。だっておっさんだから仕方ないのだ。
レキがいれば違いがよくわかるので、適当な力に変えちゃおうと変えられたのだ。
ちなみにおっさんの権能は『適当』に決めました。どうせ適当に言っているだけだから良いよね? 良いと私が決めましたとおっさんらしい権能である。
適当の権能って、どういうのだろうと言う言葉には、そこらへん適当でと答えます。あと、祭りとかも必要だね、天使教にあるし。でもめんどくさいし、適当に含まれているといった感じにしておこうっと。
周りのスカイシリーズやヘリが雰囲気が変わったことを敏感に察して、警告してきた。
「空飛ぶ二人に告げる! すぐにこちらの誘導に従い近くに着陸せよ! 繰り返す! 空飛ぶ二人に告げる! すぐにこちらの誘導に従い近くに着陸せよ」
その警告を聞いて、ノアは片手を掲げる。
「すまない、我が子孫よ。これが終わったら今一度やり直すので、下がっていてください」
そうして手をゆっくりと振り下ろすと、不思議なことに全ての兵器がパイロットの操作を外れて勝手に離れていく。
「なんだこれは?」
「操縦が効かないぞ!」
「こら、持ち場を勝手に離れるな!」
「あの少女の下からのアングルが欲しい」
最後の発言者は撃墜して、構わないかなと思ったが、変態メイドもそのとおりですと、強く頷いているので、嘆息混じりにスルーして、ノアへと冷たい声音で確認する。
「仕込みましたね? 古代から仕込むなんて用心深さにも程が……いえ、たんに自分が絶対的頂点であると知らしめるためだけですか」
水晶式、即ち便利超常エンジンはノアの力にて作られている。そしてノアはしっかりと自分が操れるようにしておいた。その兵器も効かないようにしておいたのだ。神として君臨する象徴ともいえよう。
おっさんと同じ考えではあるが、少し違う。そもそもおっさんは神域にて人間にそんな生活を与える気はないしね。
「さて、倒してから貴女の欺瞞を剥がさせて頂きます。申し訳ないですが、貴女の勝ち目はありません」
「その言葉を何回も聞きましたが、私は変わらず立っています」
レキはそう答えて、拳を持ち上げて半身となって身構えるのであった。




