494話 政治家へとお礼を
上品な内装の部屋。部屋というかレストランなのであるのだが。一級品の中でも一級品。豪華でありながら、嫌らしさを感じさせない内装、品の良いウェイターたち。ピアノの柔らかな音色が流れて、寛げるようになっている間接照明。何回か不慮の事故で破壊されたことのある本部の超一流にして、超不幸なレストランである。
店内では皆、上品な服装をしてエリート然とした人々が料理を食べている。
「今日はアタチの奢りでつ! じゃんじゃんデザートを持ってきてくだしゃい!」
「キャー! 素敵! 千夏ちゃん太っ腹〜」
「どちたの? お小遣いダイジョーブ?」
「アタチ、星四パフェ〜」
なぜか幼女たちが混じって騒いでいるが、基本はエリート然とした人々たちだけだ………。
その中に違和感を感じさせる集団がいた。大樹本部だと言うのに、戦闘服を着込んでおり硝煙を感じさせる雰囲気を出していた。
周りの人々はそれを見て、ヒソヒソと蔑むように非難をしていた。
「きーてくだしゃい! お小遣い稼ぎに受けたおばさんからのお仕事が、ナイスで撮れ高サイコーって褒められて最初のよてーより、すごいお小遣い貰ったんでつ! 夢だったレストランでのデザート食べ放題にチャレンジできまちた!」
「え〜? 千夏しゃん、初めてのおちゅかいだったんでは?」
「メンドーそうなので、アタチスルーしまちた。あとは流れでとしか書いていないでちたし」
「受けとけば良かったでつ。でも奢りだから良いでしゅけど」
なにやらお使いをしただけで、大金を貰ったらしい。さすが大樹の人々だ。幼女にまで大金を渡すとは。
そして周りの人々が、あの子たちとちょっと席を離さないとシリアルになるよと店員さんに注意していた。
まぁ、そんなことは気にしないで非難されている集団を見よう。
◇
卓には七人が座っている。一人はスーツ姿のエリートサラリーマン、一人はなにを考えているのかわからなさそうなのんびりとした雰囲気の中年の男性。
そして異様なことに戦闘服を着込んでいる火薬の匂いを漂わせている五人の老人たちだ。ふてぶてしくレストランを見渡して、周りの客に威圧感を与えていた。幼女の一人が老人たちにちっこいおててをブンブン振っていたが。
それを見てスーツ姿の男、木野は苦笑混じりに口を開く。
「あまり周りを脅かさないでくれないかな? 君たちの戦闘服だけでもこのレストランのドレスコードには合わないのでね」
「それは失礼したね。アタシらがめかしこむ時はこの服装だと、だいたい相手は熱烈な歓迎をしてくれているんでね」
フン、と鼻を鳴らして、極悪な笑みを浮かべるコマンドー婆ちゃん。その皮肉めいたセリフに木野は肩をすくめる。
「仕方ないな、まあ、今日は君たちの活躍を祝ってのことだからね。まさか本部のレストランを指定されるとは思いもよらなかったが」
「ここにはいないMVPが食べたがっていたんでね。代わりに食べに行くと約束したんさね」
コマンドー婆ちゃんは椅子にもたれ掛かり、木野を睨むように見て言う。
てこてこと幼女がコマンドー婆ちゃんに近寄ろうとしたが、店員さんが首根っこを掴み隔離する。ナイス店員さん。
「それは残念だ。その人物はなぜ来られなかったのかね? 仕事でも入ってしまったのかな?」
木野は幼女へとちらりと来るんじゃないと、睨みつつコマンドー婆ちゃんへと尋ねる。
コマンドー婆ちゃんは、この問いかけになんでもないことのように平然とした口調で言う。
「あぁ、よくあることさね。戦場で死んじまった、ただそれだけのことさ」
「ほ、ほう? それは残念だ、戦場とは本当に恐ろしいものなのだな」
その言葉が予想外なのか、口元を引き攣らせながら頷く。
「ダメでつよ、千夏しゃん。お邪魔でつ」
「でも、アタチがどれくらい凄かったのか、やっぱり本人たちに聞かないと」
「おばさんにバレたらまずいでつよ」
「たべましょ〜よ〜」
このレストランも戦場に負けず劣らず、本当に怖いものかもしれない。なぜか片隅でデザートを頬張っている幼女たちを見ると、不思議とそう思ったり。
「そうですね、よくあることですので、お気になさらずに。木野議員」
昼行灯が重くなった空気を掻き消すように、のんびりとした口調で口を挟むので、木野は安堵の息を吐く。
「そうかね。ま、まぁ、君がそういうなら、そうなのだろう。いや、すまんね、私は政治家なので、そういう面に疎いんだよ」
空笑いをして、ウェイターへと木野はワインを頼む。それを見ながらテーブル上で腕を組んで、昼行灯は目を細める。
「そうですね、木野議員は政治家でいらっしゃる。………なぜ、政治家の貴方が軍事行動に横槍を入れて来たか? 私はそれが知りたいのですが」
静かな声音で問いかける昼行灯の言葉に、木野は顎を擦りながら不思議そうな表情を浮かべる。
「なんのことだろうか? 私には全然わからない話だが」
「わからない話ではありません。なぜ88箇所の拠点がエネルギー源であることと、救援を求めた連絡を握り潰したのですかな?」
今回の本部の情報は誤った情報が多すぎた。間違った情報が与えられて、救援要請も握り潰された。そのために飯田の部隊は危機に陥り、パイロットが一人死んだ。許されない裏切りを受けたのだ。
「最初は本部の軍が介入を企てて、軍の高官が握り潰したと思っていました。だが違った。彼らはその情報を知りもしなかったんです。順調に攻略が進んでいると思っていたんです」
「ふむ………」
木野は昼行灯の言葉に、特段のリアクションはとらない。
「勘違いをしていました。彼らは最低限の正義感を持っています。味方がピンチに陥って助けにいかないなど選択肢にそもそもなかったんですよ。そんなことをするのは、現場を知らず犠牲を数字でしか見れない政治家のみなんです。なぜ情報を握り潰したんですか、木野議員?」
ウェイターがワインを持って来たので、木野は自分たちでやると答え下がらせて、飯田のワイングラスに注ぎ始める。トトトと紅い液体がワイングラスを満たす中で、ゆっくりと口を開く。
「このワインは良いワインだよ。私はこのワインを殊の外、愛好していてね」
他の面々にも注ぎつつ、話を続ける。まるで世間話でもするように。
「人生にワインは付き物だ。豪勢な料理、美しい女性などね。そうじゃないかね?」
「わかりませんね。あいにくそんな人生を送ったことはないので」
飯田の冷たい拒絶に鼻を鳴らして、木野は椅子に深く凭れて息を吐く。
「なぜ裏切ったのかと言えば、特に裏切りをした覚えはないな。単に政治の一部として、取り扱っただけさ。少々飯田君たちに失敗して貰おうと考えて本部経由の情報に手を加えただけだ。そうすれば、本部の軍が主導となり、私は少しばかり顔が広くなる。良い考えだろ?」
まったく罪悪感の欠片も見せない木野に対して、昼行灯は怒りが一瞬表情に浮かぶ。
「まさかあれだけの危機を起こす程の情報だとは思いもよらなかったのさ。やはり政治家が軍人の真似事をするものではないね。君たちには感謝しかないよ」
ハハハと快活に笑って、ワインを口に入れる木野議員。
「なるほど、貴方がなぜナナシさんに負けて、若木シティに居座って燻っているかわかりますよ」
笑う木野へと昼行灯は冷たく言い放つ。その言葉に木野はワインを飲む手を止めて、睨んできた。
「なに? それはどういう意味か教えて貰おうか? 彼とは運が違うだけで、能力はそう変わらないと自負しているんだがね」
「そうでしょうか? ナナシという男ならば情報封鎖をした確固たる理由を淡々と告げてくるでしょう。その理由は複雑かもしれませんが、少なくとも人脈づくりなどというくだらない理由ではないでしょうし、自分がなんの情報を扱っているかもわからずに、握り潰すなんてこともしないでしょう」
昼行灯の思い描くナナシの性格を、そして取る行動を言われて、木野は歯軋りをする。たしかにそのとおりかもしれないと、悔しがっているに違いない。
「た、たまたまだ! たまたま運が悪かったにすぎない。私は一流なのだよ!」
冷や汗をかき、焦りながら語る木野へと飯田は淡々とした口調で一蹴する。
「たしかに貴方は一流かもしれない。そしてこの本部ではただの一流では通用しないのでは? 超一流でなくては駄目なのでは?」
若木シティでの政治的運営を見るに、たしかに利権が絡むと怪しい部分もあるが、それでも不満はあまりない。一流の政治家ではあるのだろう。
だが、この本部で生き残るには超一流でないと駄目なのだと、飯田は感じていた。そして木野は超一流ではない。この男程度の政治家ならば那由多もナナシも消えていたに違いないのだ。
木野はワナワナと身体を震わせて、怒りの表情へと変わっていた。
「こ、ここまで私を侮辱したのは、君が初めてだよ! どうなるかわかっているんだろうなっ!」
「自分自身でも思っていたことを図星されて、お怒りですか。ですが、勘違いなされているようだ」
「あ? なにを勘違いしていると、もが」
木野は怒りで身体を震わせていたが、テーブルを乗り越えてコマンドー婆ちゃんが飛びかかってきたのを見て、目を見張る。
コマンドー婆ちゃんがテーブルを乗り越えたことにより、ワイングラスもフォーク類も全て床に落ちる中で、木野の首根っこをコマンドー婆ちゃんは掴む。
そうして首根っこを強く捻り上げ、息ができなくて苦しむ木野へと凄味のある顔を近づけて怒鳴る。
「勘違いってのはね。アンタが怒る番じゃなくて、こっちが怒る番と言うわけさね」
コマンドー婆ちゃんは、耐えていた怒りを浮べていた。
「いいかい? お偉い政治家さん。私は老人で多少声が大きくなるが耳穴かっぽじってよーく聞きなっ!」
木野の耳を掴んで、その耳元へと息を吸い込み
「政治家は政治のことだけやっておきなっ! 背中から撃たれるのはなにも戦場だけじゃないってのを覚えておくんだね!」
ビリビリと窓ガラスがその大音量で震える中で、コマンドー婆ちゃんは叫ぶのであった。
ぽてんとその大音量にやられて気絶する木野を捨てて、コマンドー婆ちゃんたちは外へとでる。
「まぁ、これでやり返してきたら簡単に決着がつくのですが、木野も赤っ恥をかいたのに、さらに恥の上塗りをするほど無能でもないでしょう」
昼行灯が帰りの飛空艇へと向かいながら言う。レストランの話は広く伝わるだろうし、ここで報復などはできないはず。
「やれやれ、戦場の方が幾分か楽さね」
コマンドー婆ちゃんが大きめのケーキ箱みたいのを手に持ちながら言う。
「ん? それなんですか?」
行きは持っていなかった物だと気づいて、昼行灯が尋ねるが
「今のレストランの持ち帰り用料理に決まってんだろ。アタシは軍ヲタに味見をお願いされたしね」
「俺はワインも貰ってきた」
「全部木野のツケでな」
「なかなか美味そうな匂いがするぞ」
婆ちゃんズは当たり前の話だろうと言ってくるので、そのちゃっかりぶりに笑ってしまった。
「ちょっとそれは私の分もありますよね?」
「あるわけないだろう、これは一人分さね」
「そりゃないですよ、え、ワインも僕の分はないんですか」
ワイワイガヤガヤとうるさく喋りながら、戦場の戦士たちは再び硝煙渦巻く戦場へと戻るのであった。
その姿には悲壮感はどこにも見えなかった。
◇
「そういや、アホ娘の居所を聞きそびれたね」




