48話 ゲーム少女の水中戦
人が住むことがもはやできないだろう風景が広がる国道。放置された車は錆び始めており、アスファルトはひび割れている。すでに周りの家々の周りには雑草が生えており、すでに人間の支配が終わりを告げているような崩壊した世界。
そこで、うりゃぁ、たぁと、この世界に似合わない可愛い声が響き渡る。その後に、ガシャンドシャンと何かに潰される金属音が聞こえてくる。
原因はショートカットの黒髪黒目、眠たい目をしている庇護をしなければと子猫を思わせる小柄なレキである。中身の説明は必要ない。
そのちっこくて可愛いおててで、うりゃぁと車を可愛くない力で持ち上げて、国道の隅に積み重ねている。まるで壁のようにドンドンと車を積み重ねており、トラックはたぁと叫んで押し出されていく。人外の力を持つゲーム少女である。
「道が開けましたよ~。前進してください」
両手をぶんぶんと振り、小柄な体を精一杯につかって、見てくださいアピールをする。非常に可愛いらしく、車を無理矢理運んでいる姿さえ見なければ、ホンワカさせる光景だ。
それをみていた軍用歩兵輸送トラックに乗っている人間は了解の合図をする。
「よし。前進だ! 周辺に注意せよ!」
トラックの運転席の天井上に乗りながら叫ぶのは指揮官の豪族である。
「了解しました! 前進開始!」
ぶるると音を立てて、トラックは移動を開始する。
遥がこの人たちのために作成した軍用歩兵輸送トラック。屋根はないが、車体は装甲に覆われている。運転席を挟んで、すぐ後ろにはどでんと固定式機銃が設置されているごついトラックである。歩兵20名を楽々輸送できる、まさに戦場で使用する大型車両だ。
遥は装備作成lv2で一番安い軍用なので気に入って作ったのだ。勿論安いからである。でも、この世界ではそのスペックは折り紙付きの性能と言えよう。何しろ超常の力で作成されているトラックなので、そんじょそこらの軍用には負けない自信がある。
「前方に敵発見! 数15! 小走りゾンビです!」
自衛隊のゴリラが叫ぶ。そしてすぐさま銃を構える。
見ると、車の陰や家々の陰から車の音を聞きつけたのであろう。小走りでゾンビがダダダと走りこんでくる。いつも通りの白目で血だらけのボロボロの服装をしている不気味なゾンビの姿だ。
「Aグループでの攻撃開始。他は支援のため待機せよ!」
豪族がテキパキと指揮する。遥は軍隊みたいだなぁとかっこいいと眺めている。ミリタリーは男にとって永遠のロマンなのだ。戦略シミュレーションも好きな遥である。但し戦闘はロードを何回も繰り返すスタイルであった。ロードをしまくります。勝つまではの精神です。
Aグループとやらの5人がアサルトライフルを構えて、タタタタと撃ちまくる。正確にゾンビたちにその弾丸は命中した。全弾ヘッドショットとはいかなかったが、苦戦することもなくあっさりと倒したのであった。非常に練度が高いことが見てとれる。
「ガハハハ、そろそろ敵の種類が変わったみたいだな!」
豪快にゲーム少女を見ながら笑う豪族。随分とテンションが高い。有利に戦闘ができるのが嬉しいのであろう。今までは守勢であり侵攻するなど夢のまた夢であったのだから無理もない。
「そうですね。そろそろ敵が強くなるエリアに入ったようです」
遥は冷静に倒したゾンビたちを見ながら返答をして、僅かに眼光を鋭くする。小走りゾンビが大量に出現したことにより、浄化の力が届いていないステージに入り込んだことを察した。要注意な場所に入ったのだ。
「これからが本番だね! レキちゃん!」
ナナがゲーム少女を見ながら両手をガッツポーズにして伝えてくる。
そうですねとまたもや適当に返答し、前方へと目を凝らす。車両には20名の精鋭部隊。全員アサルトライフルを標準装備にしており、サブ武器としてショットガンやらサブマシンガンを装備している。フル装備で準備万端の部隊と言えよう。
遥たちは、今浄水場エリア解放に向けて移動しているのであった。
◇
いつもソロな遥が何故軍用歩兵輸送トラックまで作成して、この部隊と一緒に移動しているのか? それは簡単な理由である。遥がいない状態で浄化の力が届かない場所まで、この部隊が探索をすればあっさり全滅しそうな感じがしたからである。
この間のオスクネーに出会ったらアウトであろう。あいつは足も速かったし、なにより射撃無効であった。
この人々は銃と自分の腕に自信を持っている。それは良いだろう。戦闘を生業としている者に自信は必要である。だが、その自信のもとは、大きく銃に頼ることは間違いない。その銃が効きにくい。もしくは全く効かないミュータントがいるのだ。
遥がそれを説明しても、実際にその敵に出会うまでは探索を続けるであろう正義感の集まりの警官やら自衛隊である。出会ったときは全滅であろうに、遥の言うことを聞かないであろうことは明白だ。
きっと、彼女の言うことは正しかったか! とか言いながら殺されてしまうに違いない。映画ではよく見たと遥は思う。相変わらず映画基準だが良いところをついているんではないだろうか?
この部隊が全滅すると非常に困るのである。生存者の精神に悪影響を与えるだろう。ゲーム少女はハッピーエンドが好きだし、ここは俺に任せて先に行けといって死ぬパターンが感動はするが、大嫌いなのである。残るやつは必ず死ぬでしょ、みんなで戦えよ精神なのだ。生存者の笑顔が陰ることは避けたい。
なので自分の援助をぎりぎりの範囲で行っているのだ。この先、銃の力が通じにくくなれば現状を認識して慎重になるだろう。ゲーム少女がオリジナルを倒して、浄化の力が広まり始めたエリアのみ調査をすればいいのだ。遥では全部を探索など無理な話だし、探索をするつもりもない。宝箱もないし。なので生存者の保護を含めて細かな点は任せる予定である。
今は慎重に数回目のアタックをしている最中のゴリラ軍団とゲーム少女であった。さすがに1回のアタックではドンドン進めない。レキのみであれば可能であるが。
「百地隊長! そろそろ中継地点にする予定の学校に近づいています!」
マッパーらしい人が地図を見ながら豪族にきびきびと報告している。浄水場は駅二つほど先にあるので、中継地点を作りそこからアタックを仕掛ける予定である。
遥にとっても有難い。中継地点周辺のオリジナルを片付けて浄化していけばいいのだ。
だが、そう上手くはいかないらしい。
あれから、ゾンビたちを片付けつつ、国道を曲がり学校へ向かう部隊だったが、ある地点で異変を感じた。進み続けていたところ、ぐにゃりと何か空気が纏わりつく感じがしたのだ。
全員異変を感じたのだろう。部隊の面々は周りをきょろきょろと見渡している。
「ご主人様、浄水場エリアに突入したと思われます。この空気は概念が水中に変換されております」
きりりと真面目な表情で説明してくる最近真面目なサクヤ。何を企んでいるのだろうか?
「概念? なにそれ?」
とはいえ、真面目な時は頼りになるので聞き返す。水中、なにそれと遥が疑問に思ったところに、地面が不自然に歪んでこちらに近づいてくるのが目の端に映る。気配感知と超術看破で、ミュータントがそこに潜んでいることに気づく。
「豪族さん! 何か地面からきます!」
叫んで、なにもない空間に短銃を発射する。パンと乾いた音を立てて発射された弾丸は地面を穿つだけと思われた。
しかしそうはならなかった。歪んだ地点に命中した途端にミュータントが飛び出してきた。
「ぎょぎょぎょー」
すりこ木でゴマを削るような叫び声である。命中した地点から飛び出してきたミュータントは鱗が生えた緑色の体で、水かきやら、胸鰭が見える。水かきは鋭そうであり、口は尖っていて牙が見えた。160センチぐらいの魚人だ。
「サハギンと名付けました、ご主人様! 魚型ミュータントですね」
叫ぶサクヤ。やはりポピュラーなモンスターは、他の知識をパクっているらしい。
サハギンは銃弾が命中した部分がえぐれており血が噴出している。それでも怯むことなく、ぎぇぇと叫んで体をこちらに向けて水中から飛び出すように迫ってくる。
一発では無理らしい。続いて2発目をヘッドショットである。空間が歪み弾丸の勢いが緩む。それでもサハギンの頭に当たり粉々に粉砕したのであった。
「今のが水中概念か!」
まるで水中で銃を発射したように、弾丸の勢いが緩んだ感じがして舌打ちする。厄介なフィールドに入り込んだようだ。
浄水場エリアという名。エリアという名付けが気になっていたが、どうやらエリアとは特別地形のことを言うらしい。
水中なら、怪物サイクロプスのリーダーが操っていた機体が好きだった。野望シリーズでは水中用機体を量産してクリアを目指していた遥は、水中用の武器が必要だね、やっぱり専用兵器じゃないとねと思った。
だが、今は駅前ダンジョンで拾った短銃と密かにしまってあるスナイパーライフルのみである。武器は新しいのを作成しなかったのだ。何しろオーダーのスナイパーライフルである。レベルが低い武器でも使えるでしょうと、ケチな遥は思ったのだ。ハイクオリティが手に入ったら適正レベルが10を超えるまで上まで使い続けるゲームプレイなのだ。
ゲーム少女の対応を見た豪族はすぐに対応を開始した。
「空間が歪んでいる所だ、全員攻撃態勢! 射撃開始!」
何があったかをすぐに理解して怒鳴るように豪族は指示を出す。対応速度が半端ない。三拠点をまとめるだけのことはあるようだ。
兵士たちはすぐに構えると、タタタタタとアサルトライフルを連射する。弾丸が嵐を形成し、サハギン目掛けて貫かんと発射されていく。
弾丸は空間の歪みで多少速度が遅くなるが、連射されたことによりサハギンはハチの巣となり撃破されるのだった。
「レキちゃん! 今のは何?」
ナナが焦ったようにゲーム少女に聞いてくる。
「わかりません。おそらく空間自体に何かイカサマが仕掛けられているようです。銃弾の速度が遅くなる。私たちの行動が遅くなるという現象が発生すると思われます。気を付けてください」
ナナに向かって冷静に説明すると、ふんふんと頷き素直に信じてくれるナナ。
「隊長! 続けて敵の反応あり!」
超術看破はlv1だ、看破範囲は狭い。なので遠くから近づく敵は目視で気づくしかない。だが、他の隊員が先に空間の歪みに気づいて叫ぶ。見てみると数十の空間の歪みが近づいてきていた。
「機銃掃射開始! 全員攻撃だ! イカサマなど、違法だ、逮捕してやれ!」
冗談を言いながら豪族がポイっとアサルトライフルを放り投げ、トラックに積まれていたとっておきを取りだす。
「ガハハハハ! ガトリングの味を知ってもらおうか! 化け物ども!」
結構な重量があると思われるぶっとい太さの黒光りする大型銃をがしょんと担ぐ。静香から買ったとっておきのガトリング砲であった。豪族はそれを軽々と持ち上げてどでかい銃口がサハギンを狙う。
「くらぇぇぇぇ!」
どこかの狩りを趣味とする宇宙人と戦う兵隊みたいなことを叫んで撃ちまくり始めた。
ギュイィィンと銃身が回転して、ドドドドドドドドドと轟音が響く。その勢いは減速しても恐ろしいダメージを誇り、サハギンは次から次へとその銃弾の嵐の前に肉片へと変わっていく。
凄い! かっこいい! 私も撃ちたい、後で貸してくれないかな? と、豪族の戦闘を見て羨む遥。只今拾った短銃で戦闘中である。パンパンと乾いたしょぼい音を立てながらサハギンを次々と倒していく。短銃で倒せるのが凄いのだが、絵面的にあちらのほうがかっこ良い。
欲しいなら、自分も作成すればいいのだが、ヘビーウェポンは湯水のように弾丸を使うので、遥的にNGな武器なのである。どこまでもセコイのであった。
「前進! 前進だ! ひるむな!」
「了解です。今夜は魚祭りですな!」
「入れ食いってのを一度経験してみたかったんですよ」
ドドドドドドドドドと撃ちまくりながら豪族が叫び、周りの隊員もその戦いに発奮して、軽口を叩きながら気合十分でサハギンを次々と撃ち破っていく。
そうしてサハギンたちをものともせずに進軍し、学校が目視できてあと少しで到着するというところであった。
「おーいおーい!」
と学校の屋上から誰かが一生懸命に手を振っているのが見えた。
生存者である。こんな時にと歯嚙みするゲーム少女であった。




