493話 空母爆発
エンジンルームの前の部屋は直径5メートルはあるパイプが何本も這っていて中心にある巨大なエンジンルームに繋がっていた。そのパイプの影に隠れながらコマンドー婆ちゃんたちはミイラ兵士とお互いに撃ち合っていた。
「このパイプはたぶん88本あります。あのエンジンルームはその力を吸収しているんでしょう」
軍オタは巨大なパイプを見て、そのシステムを推測しながら叫ぶ。たしかにパイプには各88地域の名前がそれぞれ書かれており、その流れはエンジンルームへと向かっていたので、その可能性は高い。
「それじゃ、あれを破壊すれば良いって話なのかい?」
パイプの影から踊り出てくる自衛隊ミイラを的確に撃ち倒しながらコマンドー婆ちゃんが確認してくるが、軍ヲタはかぶりを振って否定をする。
「いえ、俺たちの装備じゃ破壊しきれませんよ。それよりも良い案があります」
ニヤリと笑って得意そうに言う軍ヲタに、ほぅ、とその話を聞く面々であった。
◇
ダダダと銃撃音が響く中で、素早くパイプのバルブ部分をコマンドー婆ちゃんたちは確保した。あまりにもあっさりとした抵抗の無さであったので、罠かと思われたがミイラ兵士たちは焦ったように突撃をしてくるので、罠ではない様子。
「なんだって、あのミイラたちは碌に抵抗しなかった癖に、懸命に取り返そうとしてくるのかしらね?」
パイプとパイプの間にマインスロアーを仕掛けながら、静香が首を捻る。たしかにそのとおりなのだ。なぜだろうとコマンドー婆ちゃんたちも、マインスロアーに引っかかりバラバラになる敵を見ながら思う。
「それはきっとこちらがバルブを捻りはじめたからだと思いますよ。まさかバルブの意味を知っているとは考えてもいなかったんでしょう」
得意気な表情を浮かべて、軍ヲタがエイホッとバルブを捻る。ガコンと音がして、蒸気がパイプから漏れ出てきた。
「あぁ、奴らはアタシらが意図的にここにきた訳じゃないと思ったんだね」
「そのとおりです。これらのバルブを全部捻れば圧力は逆転して、88箇所の地域へとエネルギーは逆流。そして、エンジンルーム内にあるバルブを止めれば、エンジンルームは爆発する。以前誤って一つのバルブを止めてしまい逆流現象が起きたので、改修するようにとの内容がさっきの暗号文にありました」
コホンと咳払いをして
「バルブを全て閉めたら安全装置が起動して、エンジンルームのドアが開くので、そうしたら中に入って終わりです」
88個ものバルブを他のパイロットたちと一緒に止めながら、軍ヲタが言うので、コマンドー婆ちゃんはニヤリと笑う。
「今回のMVPは確実にアンタだね。今から報酬を期待していなっ!」
バラバラと現れるミイラ兵士たち。しかしながらここで高火力の武器は使えないのだろう。良いとこアサルトライフルでこちらを攻撃するのみであった。
有利な局面だとアタシが笑い、軍ヲタへと声をかけたのだが
「……そうですね、報酬には期待しましょう。俺には叶えたい夢もありますし」
なぜか波のない水面のような達観したような表情で、軍ヲタが返してくるので、妙に気になった。
なにかあるのかと聞こうとした時に、敵から雄叫びが発せられた。
「203高地ここにあり! 皇国の興亡この一戦にあり! 全員突撃〜!」
突撃ラッパが鳴り響く中で、どこから現れたのか、溢れんばかりのミイラ兵士たちが早足でこちらへと向かってくる。銃を向けることもなく、ミイラの本性そのままに無数の群れで。
「まずいぞ、ババア! 奴ら人的被害を無視して突撃してきやがった。弾が足りなくなるぞ!」
「困ったわね。私の無限弾はマグナムだけよ」
質量変化弾でも倒しきれないミイラの群れ。巨大な質量が敵を粉砕していき、一瞬隙間ができるがあっさりとその空間は他のミイラで埋まる。いったいどれだけの敵がいるのか嫌になる光景である。
「ビームライフルも持ってくるべきだったね」
あれがあれば薙ぎ払えたはずだと舌打ちする。ミイラの群れにはちょうど良い。
「だがあれは強すぎるからな。避難民ごと薙ぎ払ったなんて冗談にもならん。持ってこなくて正解だったぞ」
土の爺がスナイパーライフルで、敵をまとめて貫き通しながら正論を言う。たしかにそのとおりさね。ここに来る前のミーティングでそう決めたんだ。今更泣き言を言っても仕方ない。
「う〜ん、これが空間妨害と言うやつなのね。ガンリリスを呼び出せないし、アベルやカインとも連絡がつかないわ。何気にピンチかしらね」
性悪娘が舌打ちをして苦々しい表情を浮かべる。
「役立たずの女武器商人だね。なにか良い物はないのかい?」
「色女は金も力も持ち合わせているんだけど、手元にないこともあるのよ。仕方ないから、こんな物でも使っておきましょう」
ゴソゴソと取り出してきたのは、アンカーであった。黄金の粒子を吐き出すタイプとは違うようだが。
「これはアンカーであってアンカーじゃないの。単純に壁を作り出して敵を焼くのよ」
「作動時間は? もちろん長いんだろうな」
風の爺がアンカーを設置し始める静香へとたしかめるので、もちろんよと性悪娘は返答をする。
「10分も効果があるのよ。これだけあれば楽々怪獣も倒しちゃうわよね」
フフッと妖しく笑う女武器商人を見て、やはりこいつは信用できないと呆れる面々であった。
◇
10分間。短いようだが長い。その間に全員で攻撃をやめてバルブを全て閉める。アンカーは紅い粒子の壁を作っており、ミイラたちは壁に触れた先から燃え尽きていく。
「よし、これでバルブは全部閉じたね。あとは?」
全てのバルブを閉じたために、周囲のパイプは今にも爆発しそうなほど、蒸気を吹き出している。ミイラたちの中にはその蒸気にやられる間抜けな奴らもいた。
「あとはエンジンルームの最後のバルブを閉めれば終わりです。敵もエンジンルームにはいないみたいですし、皆さんは脱出路の確保を! 俺がひとっ走り行ってきますよ!」
軍ヲタが親指を立ててドヤ顔で言う。
「だが、撤退するにも周りは敵だらけだぞ?」
嘆息しながら水の爺が言うが、やれやれと性悪娘が天井へとワイヤーガンを撃ち込む。
「脱出路は出来上がったわよ。ファーストクラスとはいかないけどね」
一人でさっさと天井へとワイヤーをロープ代わりに登っていく。軽やな動きで、逃げることに慣れきっていやがる。
「では皆さん、先に天井へと行っててください。私はワイヤーを戻しながら帰るので」
そう言って軍ヲタはエンジンルームへと入って行くのであった。ちょっと散歩にでも向かうように。
◇
少しして、部屋全体が揺れ始めた。天井から埃が舞い降りて、剥がれた鉄骨がミイラたちを押しつぶす。
「どうやら軍ヲタはやったみたいさね。軍ヲタが出てきたら撤退だよ!」
喜ぶ周りを見て、これでなんとかなったかと胸を撫で下ろしていたところだった。
「婆ちゃんたち。撤退して下さい、これでミッションは成功です」
エンジンルームからだろう、ヒビ割れた軍ヲタの声が鳴り響き、アタシたちはギクリと表情を強張らす。
「軍ヲタが帰って来ないよ! さっさと帰ってきな、報酬が待ってるんだからね!」
エンジンルームへと届かんばかりに大声で叫ぶと、再び軍ヲタの声が響く。
「実は隠していたことがあったんです……。改修の目玉ってやつでして。エンジンルームのバルブを閉じると、エンジンルームのドアが開かなくなってしまうんです。自殺覚悟の敵に侵入されたら危険ですよね? まぁ、反対に自殺覚悟でなければ敵もバルブを閉じられないんで、改修しなくても良いだろうと結論が出ていましたが」
ガガンと大きな音がして、アタシらがいる天井も崩れ始める中で、なぜ軍ヲタが報酬が出ると言った時に、凪のような水面の表情をしたのか悟った。
「自殺願望はありませんが、計画を遂行したのは俺ですしね。こりゃ、責任は取らないとと思いまして。という訳で俺の旅は終わりです」
悲壮感も見せずにあっけらかんという軍ヲタに、そういえばこいつは常にのんびりとしていたなと、この戦いの道中を思い出す。
「俺の夢は大樹本部の有名料理店で、飯を食うことだったんで、良かったら俺の代わりに食べてみてください。それじゃ、またいつか」
最後まであっけらかんとした声音で話は終わりスピーカーからは二度と軍ヲタの声はしなかった。
お互いに顔を見合わせるが、誰も特に意見を口にする者はいない。
「食べて来てやるさね。その感想はしばらく教えに行くつもりはないがね」
そう呟いて、アタシらは崩壊する空母の中、撤退をするのであった。また将来ある若者が一人消えたと悲しく思いながら。
◇
スピーカーを止めて、軍ヲタは外を見てあっさりと撤退していくコマンドー婆ちゃんたちを見て苦笑いをする。
小説やアニメなら主人公は救いだそうと粘って時間を無駄にしてさらなる犠牲を生みだすのだが、さすがはコマンドー婆ちゃんたちである。まったく迷いは見せなかった。
「当然といえば当然だが、寂しいことに変わりはないね」
独りごちながら、コマンドー婆ちゃんたちには見せられなかったモノを睥睨する。
エンジンルームの中心、それは機械ではなかった。金色の粒子を放っているミイラのお坊さんであった。
「たしか特別な名前があったと思ったけど、大回転を使う敵でいっか。名前なんか別にいいでしょ」
どうせエネルギーが逆流したことにより、滅びるんだしと、のんびりと眺める。
ミイラのお坊さんは意思があるようで、ブツブツとなにかを口にしている模様。
「古来の邪神を日の本へは入れさせぬ……。古来の邪神を日の本へは入れさせぬ……」
その呟きを聞いて、軍ヲタは壁にもたれ掛かり肩をすくめて言う。
「なぜ聖地の力を利用できたのか不思議であったし、なにも上からは教えられはしなかったが、なるほどね。あんたはダークではなく、昔の候補者ではあったわけか。名前も知らないライトなお坊さん。そんで外にいる奴から守っているつもりだったと」
だからこそ、ミイラたちは有能だったのだろう。このお坊さんの意思に応え、日の本を守る為に黄泉返り、そして間違った行動をしてきたのだ。所詮はミイラであるのだからして。
「まぁ、安心しなよ。あんたが言う邪神はアンタより古い同族さ。そして、その同族もすぐに倒されるからよ」
ミイラのお坊さんがキラキラと金色の粒子へと変わっていき、エンジンルームはいよいよ崩れていき、大爆発を起こす。
周囲を破壊して、ミイラは黄泉に、地下空母は消え去り、お坊さんミイラに封印されていたゾンビが徘徊する四国へと、その姿を戻すのであった。
◇
爆発していく地下施設。そしてなぜか消えていくミイラたち。あとに残るのは茫然とした避難民と少しばかりの錆びた兵器群。
「やれやれ生き残れたかい」
安堵の息を吐きコマンドー婆ちゃんは、幻のように消えていく地下を眺める。
「あら、若人が亡くなったと嘆くところじゃないの?」
飄々とした口調で性悪娘が尋ねてくるが、答えは決まっている。これまでも、これからも。
「傭兵は自分の命が最優先なのさ。もう隣の友人が明日にはいなくても不思議には思わないさね」
「あら、ビジネスライクなのね。それじゃ、私も帰るとするわ。今回は十分に働いたし」
じゃあね〜、と性悪娘も軍ヲタが死んだことに悲しみも見せずに帰っていった。
それを見送りながら、気付く。
いつの間にか、一日経っていたのだと。
夜明けの太陽が暗闇から差し込んで、アタシたちを照らし出していた。




