491話 不沈艦なる四国
血相を変えて、銃を突きつけてきた男は平然としている老人たちに戸惑っていた。なぜ、銃を突きつけられているのに平然としているのか? どんな神経をしているのかと、恐れを抱き己は気づかなかったが後退っていた。
その様子を見ながらコマンドー婆ちゃんは冷笑で答える。
「で、言いたいことはそれだけかい? それならこっちも仕事を開始したいんだがね」
物怖じしないその態度に気圧された男性たちはどうしようかとお互いに顔を見合わせて戸惑うが、正直そんなに時間はない。行方不明であった救助対象へと視線を向けて、金属の床をブーツで蹴って尋ねる。
「ここは下水道じゃないね。いったいなんなんだい?」
見渡す限り、暗闇でもなく金属製の通路が作られていて、その壁にはパイプが意匠のように這っていた。それはなにかを思いおこさせる。
「というか、これは工場かなにかの中かい?」
なにしろガラスが飛び散らないような形の蛍光灯、その蛍光灯も鉄網で覆われているのだから。
チカチカと蛍光灯は頼りなく瞬いており、不気味さを感じさせる。それに金属製の通路といっても錆だらけでなにか化物が現れてもおかしくない。
「いや、そういえばここは化物の巣窟だったね」
自分自身にツッコミを入れて苦笑する。うめき声をあげながらゾンビが現れても、まったく不思議ではない場所だ。
「ま、待て! どうしてそんな平気な顔をしているんだ、お前ら? 俺たちの銃が見えないのか?」
変わらぬ様子のコマンドー婆ちゃんたちへと激昂して男たちは怒鳴り銃が見えないのかと振りかざす。が、土の爺が先頭の男の持つ銃を自然な様子でヒョイとあっさりと奪いとった。
「おい、軍ヲタ。この銃はいったいなんなのか解るか? だいぶ古臭い銃だが」
「軍ヲタって、俺のことですか? まぁ、わかりますけど。これはサンハチ式歩兵銃ですね。第二次世界大戦まで大日本帝国で使われていた単発の銃ですよ」
一緒に逃げてきたパイロットがしげしげと銃を眺めて苦笑混じりに答える。
「こんな古臭い銃をあっさり看破するのは軍ヲタだろうが」
ポカンと頭を殴っておく。その様子を男たちも眺めていて
「へ〜。この銃はそういう名前なのか」
「猟銃だと思っていたよ」
「この場所にあるんだから軍用なのは当たり前だったな」
と、感心して顔を見合わせていた。
「それで? その銃がなんだっけ」
アタシらは、大樹謹製の質量変化式アサルトライフルを肩にかけながらきく。男たちはアタシらのアサルトライフルを見て、それから自分たちの銃を見て、気まずそうにコホンと咳をするとこちらへ銃を向けるのをやめるのであった。
蛍光灯が辺りを照らし、パイプから蒸気が吹き出す金属製の通路をカツンカツンと足音をたてながら、この男たちの拠点とやらにアタシたちは案内されていた。
どうやらアタシたちという目前の恐怖に膝を屈したようさね、情けない奴らだが、ここまで隠れ住んでいたのだから、それでも立派であろう。
それに不思議なこともある。先に保護されたパイロットたちは大樹の軍隊が、上陸していることを知らないのだろうか?
だが、次の瞬間にその問いは解消された。通路に設置されているスピーカーが音を吐き出し始めたのだ。
「大本営から、勇敢なる国民へ通達! 先程我が軍は敵のヘリ30機からなる編隊を見事に殲滅! 我が軍の被害は勇敢なる兵士三名! 圧倒的勝利なり!」
その後は聞いたこともない音楽が少し流れて音は止む。
「なるほどな、儂らは30機からなるヘリの編隊でやってきて見事に殲滅されたようだ」
「ふむ……敵が勢いづくのも当たり前だな。儂らは戦犯ものだぞ、これは」
土と水の爺たちがおかしそうにケラケラと笑う。
助けにきた救助者のパイロットを見ると、肩をすくめて答える。
「四国に上陸してきた私たちの軍隊は100万らしいです。散々な目に遭わせて撃退したのだとか」
「呆れる話だね。上陸部隊を撃退したのに、なんだってヘリの編隊がやってくるんだい?」
「話に矛盾があっても気にもしないのだろう。それをこの男たちは信じたと言うことか?」
風の爺が鋭く男たちを見ると、男たちはその眼光の鋭さにタジタジになり動揺しながら口を開く。
「だってなぁ、この場所はラジオからの情報しか手に入らないしなぁ」
「あぁ、それにここはなぁ……」
「敵う訳がないんだ。なにしろお釈迦様の手のひらの上といっても良いんだぜ?」
その言葉には諦念が込められていたので、眉を顰める。なにか私たちが知らない内容があるらしい。
「見て下さい……。彼らの諦念の理由はこれでありますよ」
既にここに来ていた救助者のパイロットが壁についている小窓を見るように手で指し示すので、なにがあるのかと覗いて、驚きで息を呑む。
「こりぁ……まさか戦艦の中、いや空母の中なのかい! 四国全体がまさか空母なのかい!」
小窓の先には格納庫があり、無数の戦闘機や、戦車。そして多くのミイラ兵が並んでおり、壁には四国空母海と書いてあったのだった。
これだけの戦闘機や戦車が並んでいるのは壮快であった。横からチラ見してきた軍ヲタが喜びながら説明をしてくる。
「ほとんどが零ですが、艦爆もちらほら……。それにあれはブリキの戦車チハ。ほとんどが第二次世界大戦の日本戦車ですが稀に10式や、戦闘機でもF2が混じっている?」
「はぁ〜ん。最新機が混じっていて、敵はその使いどころがわかっていると言うことかね」
邪魔な軍ヲタをポカリと殴って考え込む。上陸時の奇襲も、古臭い武器でしか攻撃してこなかった。結構な物量であったので、さすがにうちらも厳しかった。しかしその中で最新機は出てこなかった。
「まずいね、これは」
アタシらも昼行灯も皆は第二次世界大戦の亡霊だと考えていた。そしてどこから来るのかと言われたら、88ヶ所の分かりやすいお遍路の場所だと。
しかし、これが事実だとするとダミーの場所だ。敵は地下に隠れて息を潜めているわけだ。
「たしか大隊毎に攻略をしていくと言ってたね?」
「あぁ、数日後には編成を終えて出発の予定だ。今度はかなりの被害がでちまうぞ」
アタシの言葉に真剣な表情で爺たちは頷く。だが通信機は妨害電波が出ているのだろう、使えない。一番恐れていた敵に当たったようだ。即ち、知力で勝負してくるやつさね。強敵の中でも一、二を争う厄介なやつ。
「どうにか手を考えないとね。期限は3日ぐらいさね」
「無難だな。昼行灯が編成を急がないことを祈ろう」
爺たちもその会話に同意してくれるのであった。
◇
拠点とやらは、どうやら放置された区間らしい。兵舎に食堂、洗濯機にシャワー室と揃っているのに放置されていたのを生存者たちは見つけたとのこと。
ちらりと爺たちへと視線を向けると、アイコンタクトでこちらの思惑を理解してくれた。その様子に満足して生存者たちの話を聞くことにする。
「さて、話とやらを聞かせて貰おうかね?」
錆びた鉄の長テーブルがある食堂でどっかと座り込み話を聞くことにして、周りを見渡す。敵の軍服を奪い盗ったのか、大人から子供まで全員旧日本軍の制服を階級もなにも関係なく着込んでいるのだが、苦笑しちまう。
もしもあのアホな娘がここにいたら、きっと喜びながら大将服を着るために探したに違いない。そんなことを多少寂しく思っていたら、リーダーらしき男が咳払いをして主導権をとろうとでもいうのか、偉そうに胸を張ってきた。
「ここは俺たちが懸命に生き残ってきた防空壕ともいうべき大事な場所だ。化物兵士にやられたんだってな? そいつがここに来たらどうする? この間助けたやつだけだと思ったら、こんなに増えちまうとはな。悪いが出ていってもらおうか!」
フンと偉そうに鼻を鳴らして伝えてくるので、アタシは反論もせずに頷いて椅子から立ち上がる。
「了解だ。アタシらはそこのパイロットを回収するために来たんだからね。パイロットたちを助けてくれてありがとうよ、それじゃサヨナラだ。ほら、あんたらも行くよっ!」
「そうだな。それじゃ任務終了で帰るとするか」
「帰るのならば、帰還方法を考えないとな」
別にこの避難民を助ける義理はないとばかりに全員で帰り始める。ガタンガタンと椅子から立ち上がり本当に帰り始める私たちを見て動揺を見せて戸惑う男たち。
周囲には女子供もおり、不安な表情を浮かべていた。
「ま、待て! ほ、本当に帰るのか?」
「当たり前じゃないか。危険な場所だからね。さっさと帰るに決まっているだろ?」
リーダーの男性が慌てて、声をかけてくるが不敵な笑みで返す。冗談ではなくここは危険な場所だしね。
「ここが危険な場所? ここは放棄された場所で敵に気づかれることがない場所なんだぞ」
怒るように言ってくるので、鼻をフンと鳴らして教えてやるように爺を見る。
「あぁ、船で放棄された場所などあるわけないだろうが。兵舎に食堂、シャワー室まで綺麗に纏めて放棄されていた? この空母を指揮する化物のスタイルではないな」
「それはどういう意味だ!」
「分かりやすい餌役、ご苦労さんということだな」
爺たちのいう意味と死の視線を受けて、男性は恐怖でいつのまにか身体を震わすのであった。
◇
カツカツと兵士たちの足音が鳴り響き、食堂にミイラ兵が雪崩れ込んできた。武器は最新の小銃であり、服装も元自衛隊のモノで動きも普通のミイラ兵士よりは早い。早いといっても早足程度であるが。
食堂に入り込んだと同時にアサルトライフルを連射する。テーブルに置いてあった皿やコップが砕け散り壁もテーブルも穴だらけになる。敵がいると想定しての行動であったが
「いない……」
エリートミイラ兵士こと、自衛隊指揮官ミイラは呟いて周りを見渡す。そう、人間などどこにもいなかった。兵舎の方やシャワー室からも自衛隊ミイラが出てくるが首を振って敵兵がいないことを教えてくる。
「人間誰もいない……」
「読まれていたか……」
部下のミイラからの報告にミイラであるため、表情には出ないが苛立たしい雰囲気をだす。
「常時は餌、戦時は敵への餌となる予定であったのだが………。読まれていたみたいだな。相手も並ではないということか」
近くにはもはやおるまいと、指揮官ミイラは部下へと撤退の指示をだすのであった。
◇
その様子をガタガタと身体を震わせてリーダーの男は見ていた。もう数分逃げるのが遅かったら、蜂の巣にされていたからだ。
「ここは放棄されていた場所のはずなのに……」
三年近くも隠れ住んでいた。安全な拠点であったのにあっさりと見つかった……。いや、既に居場所はわかっていたのだ。それぐらいはわかる。あれだけテキパキと部屋を調べていたのだから。
「最初から罠だったんだ、スナイパーが最初の兵士を殺さずに餌として次の兵士を殺すように、安全な放棄された拠点という幻想を抱かせていたんだよ、あんちゃん」
アタシの言葉に頷いて、俯く男性。正直放置しておけば良い。これから危険なことを何回かしなくてはいけないしね。
「さて、生存者は敵が来たら逃げるしかない。だけれども短期間見つからないようにするのは簡単な仕事だ。なにしろ敵の動きは遅く、その兵士も防衛施設に集まっているだろうからね。後は罠の仕掛けてある場所か」
無限の兵士ではない。戦闘機も戦車もたくさんあるが操る兵士が足りないらしい。ならば防衛は集中しているはずだ。
だからこそ、避難民を襲ってくるほどの行動はとるまい。餌に使っていたのがその証明でもある。
「昼行灯へとなんとかして、敵の罠を伝えないとね」
隠れていた避難民たちの元へと戻り、爺たちに問いかける。ここから昼行灯への道は塞がれているはずだ。こりゃ面倒くさいことこの上ないね。
「それなら簡単な方法がありますよ。敵の兵器を利用しましょう」
軍ヲタが自信満々に言ってきて、その提案を聞いた私たちはなるほどと悪い笑みを浮かべたのであった。
◇
「変な物がある?」
昼行灯こと飯田中佐は大隊の編成をしている最中に部下から変な物があるとの説明をうけて、その目的地へと向かっていた。
コマンドー婆ちゃんたちが行方不明になっているがあの人たちなのでピンピンとしていると確信していたので、自分の作戦を進めるべく行動をしている最中であった。
「こちらです。中佐。敵の偵察機が落としていった増槽なのですが、変な絵が描かれているのがいくつか見つかっておりまして」
兵士が指差す先には戦闘機の増槽があり、そこに描かれているのは……。
「88と描かれた書き割りを現代と描かれたシャツを着たモグラが笑顔で持っている? しかも増槽を捨てないとわからない場所に……」
こんな落書きの書いてある増槽は見たことがありません。なんでしょうかと部下がいうが、昼行灯はその書き割りの内容の意味に即座に気づく。
「大隊の編成を取りやめます。今までの作戦は全て破棄。新たに作戦を練ります。……再編成は全て地下探索に向かわせるので、そのように」
「地下ですか? いったいなぜ?」
「怖いお婆さんからの助言ですからね。素直に受け取らないと。それとあの人にもお願いしましょう。こういうのは得意分野でしょうから」
戸惑う部下へと目を細めて昼行灯はコマンドー婆ちゃんたちへと心の中で礼を言うのであった。次に会うときは酒を奢ることになりそうだと思いながら。
◇
コマンドー婆ちゃんたちは格納庫から密かに脱出していた。ミイラでは見張りなどほとんどザルであり、それこそ自衛隊ミイラでなければ、コマンドー婆ちゃんたちは見つけることはできまい。
「やるじゃないか。考えたね、敵に情報を運ばせるなんてさ」
「欺瞞のための偵察機が出ていると考えておりました。プロペラ機ならば増槽をつけているのではと思った次第です」
「軍ヲタも役に立つか。これで俺たちは次の行動に移れる」
水の爺が笑うので、軍ヲタは首を傾げて不思議がる。次の行動などあっただろうか?
「ボケてるんじゃないよ。避難民を助けるのがアタシたちの仕事だろ?」
ポカンと軍ヲタの頭を殴りながら凶悪な笑みを浮かべるコマンドー婆ちゃん。
「しかしさっきは?」
あっさりと見捨てようとしたはずと軍ヲタが尋ねるが
「ブラフに決まっている。そうじゃなかったら俺たちは軍にいる訳がない」
「か弱い避難民と、哀れな少女を助けないといけないからな」
「ここからはゲリラ戦といこう」
爺さんたちが笑って
「そうさね。やられっぱなしは性に合わないからやり返さないとねぇ」
若木軍の凶悪なる傭兵たちはそう言って、武器を構えて進むのであった。




