483話 謎の地球人と思われるゲーム少女
ノアシップ180番艦は一路ルキドの街のある島へと向けて航行していた。熱帯地帯で一番大きな島であり、唯一洪水から逃れた工場が有る機械都市である。といっても、それも大昔の話ではあるが。
ちょうどルキドに向かう航路を進んでいた為に、昼には到着できる予定である。
レモネ艦長は艦橋の窓から甲板で遊んでいる子供たちを眺めて目を細めて考え込む。
あの強力極まる海老に乗って、無邪気に笑っており周りの子供たちも海老の背中に乗ってはしゃいでいた。
「副長、私はたびたび地球人とは会っている。聞いたことのある話ばかりで面白い話はないが、それでも私たちと違う知識を持っている可能性を信じて。しかし、科学技術はお粗末なものだと記憶しているが、記憶違いだったのだろうか?」
艦橋で紙の航海図で航路を確認していた痩せぎすの副長はその言葉を聞いて、レモネ艦長へと視線をちらりと向けて口を開く。
「たしかにそのとおりですね。私も四年前に会ったことがありますが、車や飛行機、スマフォとかがあると聞いたことはありますが、それでも科学技術は貧相なものだと聞いてます」
まぁ、私たちも遺産を使っているだけなので、科学技術が高いとは一概に言えませんがと肩をすくめて答える。
「ならば、あの機動兵器はなんだと思う? 過去に船ごとやってきた者がいたが、ガソリン式のモーターボートだったらしいぞ? あの海老の動力源と装甲の硬さ、そしてチャリオットカジキマグロを倒したあのパワーはなんなんだろうな」
「見るからに強力な水晶エンジンを搭載されていますね。しかも一級品………いや、俺たちの持つエンジンよりも高性能なやつでしょう。それを鑑みるとあの子供たちは神隠しではなく、他の艦かもしくは島から来たとお思いで?」
「いや、それはないだろう。彼女たちはこの世界に対してあまりにも無知だし、無警戒でもあった。しかし……水晶エンジンだとすると彼女らは超能力を使えると思われる。地球では水晶エンジンはないらしいから、それは考えすぎだろう。恐らくは別のエンジンだとは思うのだが……」
謎すぎる子供たちだとレモネ艦長はまた考え込む。おかしいことは多々あるが、他にも気になることがあった。
副長へと真剣な表情で尋ねる。舞から聞いた報告だけでは信じがたいので。
「彼女たちは一度でも元の世界に帰れないかと誰かに尋ねたか? 帰れないと分かって悲壮な表情を浮かべたのだろうか? あの歳で軍人らしいが」
軍などは五つの島にしかない。艦に乗るのは戦闘と漁師の兼業をする奴らばかりだ。それなのに地球人であの歳で軍人とは信じにくい。最初はごっこ遊びをしている娘たちだと思っていたが、あの機動兵器の強さを考えると信じる他ないかもしれない。
「………たしかにあの子供たちは遊ぶばかりですね。悲壮感はまったく見えませんし、元の世界に帰れるのかとも尋ねてこなかったと報告ではあがっています。……おかしいですね?」
レモネ艦長は過去に数回この艦に神隠しにあった人間を乗せたことがある。その人たちは地球に帰れる手段を探して旅をしていた。超能力さえ使えずに下手をすれば子供にも負ける身体能力と、水晶式機械を操ることもできない哀れな人たちであった。
◇
しかしそんな弱い人間でも故郷へと戻る方法を探すために危険な旅を続けていた。それだけ故郷と言うのは大切なのだ。
こちらで成功している人間も何人かはいるが、それでも望郷の心は捨てることはできまい。
だからこそ、まず第一声は地球に帰れるか確認するのが普通なのだ。しかし彼女らは確かめることもしなかった。
「彼女たちには他の地球人にはないなにかがある……」
子供たちと無邪気に遊ぶ一見無害そうな少女を見てレモネ艦長は真剣な声音で呟くのであった。
ちなみに神隠しにあった地球人の最近の二番目のセリフが、遂に異世界転移キター、チートで俺無双しちゃう! とか言う叫びであったりもした。
◇
スルメイカ180番艦とは周りには言わない方が良いよねと遥はネーミングセンスのない艦の名前はスルーすることにして、前方に見える島影をワクワクとした表情で眺めていた。
「まだですかね? あと何分ぐらいでしょうか」
フンフンと鼻息荒く近づく島影を見ながら尋ねると、何回同じことを答えたかなと呆れた表情で舞は頭の後ろで手を組んで答える。
「あと二時間って、とこかな? ちょうど昼につくかもね」
「どんな街なんですか? 未知の海外旅行って初めてです。あ、パスポートは必要なんでしょうか? 持っていませんが運転免許証なら大丈夫ですか?」
キャッキャッと飛び跳ねながら、早く近づかないかなと期待の面持ちで待っている可愛らしい謎の地球人な少女である。運転免許証は大樹謹製のがあるが、朝倉レキじゅっさいと年齢が書いてあった。中の人がいなかったら免許証も取り上げられるかも。いや、レキなら大丈夫ではあろう。
「大丈夫! 私たちならフリーパスだよ。入港料は艦が一括で支払うから安心してよ」
「なるほど、安心しました。なにか面白いものがあれば良いんですが。楽しみです」
まだかな、まだかな〜とぴょんぴょんとまたもや飛び跳ねる子供な少女を見て、周りで一緒に遊んでいる子供たちも同じように嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねるので危なかっしい。
「隊長殿。よした方が良いですよ。子供が真似をします」
「あぁ、私は良識ある大人なので止めておかないとですね」
でも、ちっこいおててで顔の前にひさしを作って、ワクワクとして眺めちゃう。遠足を待ちわびる愛らしい子供にしか、その姿は見えなかった。良識ある大人という語句が遥の脳内辞書では違う意味で書かれているのだろう。もしくは脳内辞書がバグっているか。おっさんなので後者の可能性が高いかも。
まぁ、飛び跳ねるよりマシですねと、誰よりもぴょんぴょんと飛び跳ねるのが得意な姿に変身できる軍人少女は苦笑いを浮かべるのであった。
しばらくしてから、島が肉眼で見えてくると驚きでおお〜と口を開けちゃう二人。
「なんか巨人がいますよ? なんですかあれ? ロボット?」
「ロボットに見えるでありますね。ですが巨大すぎます」
300メートルはある背丈のロボットが島の港前に立っていた。砲台がこれでもかとその金属の胴体に搭載されており、頭の方は雲に覆われてもいる、いかにも強力な兵器ですと言っている機体であった。宇宙怪獣と戦う兵器とかであろうか。
驚く二人へと得意気に舞は芝居がかって手をロボットへと向けて掲げながら、ふふっと身体をくるりと回転させて告げてきた。
「これが古代ガーディアンに守られし機械都市ルキド。五つの街でも一番強力な兵器群と、遺産でもある機械が大破しても唯一直せる工場がある島にして街なんだ」
「お〜。他の街にはこういうのないんですか」
港へと入ると何匹ものスルメイカが干されている光景が見えてきた。違った何隻ものノアシップが停泊している姿があった。
見たところ、なんパターンかあるがすべて直径10キロはある巨大艦である。やっぱり巨大艦はロマンだよねと帰ったら同じようなのを作ろうかと画策する、画策してはいけないことを考える碌なことを考えないゲーム少女。
水深はどうなっているのだろうか。この艦隊は直径10キロであるので水深が多少深くても停泊なんかできないはずなのだが。
いつもは使わない感知を少しだけ使うと、驚くことにこの島は円形のビルのような形で地面から突き出るように建っていた。これは自然の島じゃない、というか意図的に建てられた拠点なのだろう。
既に土が堆積しており、林も生えており砂浜だけがない。この島を含めて他の島も人工的に古代に建てられた物なのだろうと理解する。直立で建てられているから、水深は地面からすぐに浅い海棚になっているとはいえ10キロ艦が停泊できる程の深さになっていた。
なるほど、すべてが人工物でこの海の世界は創られているのだ。ちなみに感知も含めて最近はバージョンアップしているので気配どころではないスキャナー並みの精密さで理解できる。ゲーム少女も日々精進しているのだ。
たまに精進料理を食べているし。肉や魚を食べない日は精進したことに入れて良いんだと勘違いしている怠惰なおっさんである。そろそろ本当にレキから成仏したらどうだろうか。
「でも機械都市と言う割には森林が多いし、工場から煙とかが煙突から吹き出して空気が悪くなっているとかないですよね?」
ふむふむと、この都市を含む構造を理解したので、次はこの機械都市のアイデンティティを尋ねる。機械都市なら、モクモクと黒い煙が煙突から吹き出して、煤で汚れた街とかじゃないのかな?
近づく街を観察するに、汚れてはいるが滑らかな光沢を持つ不思議な物質でできているだろう壁に傷もついていない立派な建物がある中で、継ぎ足したのか補修したのかコンクリートで建てられた建物も見える。
一目瞭然でコンクリート製は潮風でやられたのかヒビだらけだし、既に砕けて崩壊したビルもあったので、古代技術が失われてはいるのだろう。綺麗な建物の方が古代に建てられたに違いない。
でも、そんな雑然とした空気はあるのに予想とは違う煙の街ではないので、少しだけ期待はずれであるゲーム少女であった。不満そうに頬を僅かに膨らませている我が儘少女であるので、実にしょうもない。
「アハハっ。そんなのないよ、木は希少なんだよ? 全部家具とか超高級品として販売されているよ。使うのは水晶炉、水晶をエネルギーにするんだよ。クリーンだし音もそんなにしないしね」
「そういえばそうでした。この世界は水晶が人工的に作られるんでしたね。正直人口が増えると足りなくなる物ですが……。まぁ、それもノアという人の人口抑制策だったんでしょう」
ライトマテリアルは負の力を生みだす者がいなければ、結晶化しないだけで自然とできる物なのだ。反対に負を生みだす者、即ち人が増えれば自然の浄化能力は間に合わなくなり、ライトマテリアルを吸収して活動する生き物たちはマテリアルを溜め込むことができなくなり普通の生物へと変わってしまう。
即ち結晶が採れなくなり人々の使うエネルギーが枯渇する。
なるほど、色々と考えてはいたらしいが……だからこそ、この世界は停滞していると理解できた。こんな世界では生きるのに精一杯であるからして。
小説でよくある剣と魔法の世界が数千年も技術進歩がなくて停滞しているように、この世界も意図的にそう創られていた。う〜ん、停滞していても良いのだろうか? たしかにその考えは賛成するところもあるので、特にはなにも思わないけどさ。私も通信機器やらなにやらを制限しているしね。
「う〜ん、レキは昔の偉い科学者とかが言いそうなことをたまに言うよね。ちょっと見直したよ」
呼び名からちゃん付けがなくなったのは、感心したのであろうか。
「ちょっとじゃなくて、大幅に見直しても良いですよ」
私は天才なのです。なにしろ知力はカンストしているのでと、フンフンと鼻息荒く舞へと告げる可愛らしい少女であった。それを見て舞はやっぱりちゃん付けで良いかなと、呼び名を戻そうかと内心で思っていたりした。ゲーム少女はそういう知力に関わる事柄はすぐに失望させてしまう能力持ちなのかもしれない。全然自慢にならないおっさんの能力である。
とはいえ、お喋りをしている間にようやく港へとスルメイカ180番艦は停泊したのであった。
◇
ワイワイと騒がしい港へと停泊して、経理係が入港料と停泊料について、港の管理人と話す中で、観光に来ましたとゲーム少女たちはワクワクしながらルキドの街に足を踏み入れた。
「近くで見ても、なんというか哀れな建物の並び方ですね。せめて砕けた廃ビルは解体したら良いのに。でも、機械都市にふさわしい風景だとも思うので、もしかしてわざと残しているのでしょうか?」
やっぱり廃ビルが工場都市とかには必要だよねと、無駄にシチュエーションを気にするアホの娘。
そのセリフにレキらしいなぁと、段々とこの少女の性格がわかってきたので、苦笑いをしながら舞は答えてくれる。
「解体費用もタダじゃないし、周りには建物があるし、もう無理なんじゃないかな?」
「そういう考えが元で最後に大変なことになるわけですが。まぁ、私の国ではないですし気にすることではありませんね」
「この街の責任者が決めることですから、隊長殿の仰るとおりだと思います」
冷淡な考えを時折この少女たちは見せるなぁと、舞が見てくるが特には気にしない。というか、大切な土地なのだからとギュウギュウに建物を建てすぎである。不法建築とか普通にありそうな予感。
「この話はおいておいて」
ていっ、と遥はちっこいおててで荷物を横に置くように身振りをして
「おいておいて?」
なにかなと舞が小首を傾げてくるので、もおっと肝心のことを尋ねる。
「楽しそうな場所へと案内してくださいよ。面白そうな所」
一番重要なんですと、フンスと息を吐いて舞へと顔を近づけて真剣な表情を浮かべて見せる。
「あ〜、そうだよね。私も久しぶりだし行きたい所はあるんだ。まずは食べ物屋かな? 甘味処が良いと思う」
砂糖を含む甘味は普通に出回っているので高価ではない。だが、そこに多様な果物を使うと高価になるらしい。納得、いかにスルメイカ艦が巨大で植物生産工場が広大でも、それでも優先する作物があるのだから、仕方のない話だ。
「イチゴパフェがあるんだよ、デカ盛りで5000水晶ぐらいのやつ。ここのは特に美味しいんだよ。たしか元地球人が店長さんかな」
「デカ盛りですか。それじゃあ、それを食べたら、街の案内をよろしくお願いしますね」
おっさんぼでぃで食べたら、胸焼けして倒れるかもしれないがレキならば大丈夫。若さって、それだけで力なのである。
「自分はチョコレートパフェにしますね」
シスもその話に加わる。たしかにチョコレートのほうが美味しいんだけど。……デカ盛りねぇ。元地球人が店長さん、か。地球の文化……なぜ神隠しをしているのか、わかったような気がする。この世界は人間に厳しすぎて文化を作ることはできないだろうしね。
と、するとだ。もしかしてもしかすると……。ゲーム少女は眠そうな目に真剣味を見せて考えながら、舞の案内で甘味処に行くのであった。
◇
深き海の底、何者も訪れない深海の世界で、コポリと泡が立ち昇りなにかが動いた。
「ヨウヤクヨウヤク、モウイチドヤリナオセルチカラガキタカ。マッテイタマッテイタ」
海の底では声は誰にも聞こえない。タダ口を開くとコポリコポリと空気の泡が立ち昇るのみ。
海の底に眠っていたモノは静かにその身体を震わす。期待を持って。
そうして、ズルリとその身体を動かして浮上を始めるのであった。




