482話 艦を案内されるゲーム少女
翌日である。空には雲ひとつなく綺麗な青空を見せている中で、遥たちは艦の手すりに座って、足をプラプラさせながら昨日の戦果を見ていた。
「あれ? 私はまたなにかやっちゃいました? う〜ん……このセリフは私的に嫌いなので、別に良いですか」
昔はチート持ちがよく言う言葉を口にするが、あんまり好きではないのでやめちゃう少女。だって、やっちゃいました?ってとぼけたことを言うけど、周りをみればわかるんじゃないかなぁと思うので。
「もう戦いは昨日の夜ですし、タイミングも逃していますしね」
そんなアホな娘の言葉に苦笑をしつつ軍人少女は答える。
艦とは思えない広々としたサッカーグラウンドをいくつも作れる程の甲板では大勢の人々が昨日釣った魚を解体をしているが、手の平から氷を生み出して魚が腐らないよう凍らしたり、虫がつかないように風の防護をかけているのが、地球とは違う世界だと教えてくれる。
ふぁんたじーだ。しかし……釣ったという表現で良いのかな……。狩ったと言うほうが正しいかも。
「しばらくはカジキマグロ料理が格安で売られるよ。やったね」
舞がチャリオットカジキマグロの解体作業を手伝いながら、こちらへと嬉しそうに声をかけてきて、なにかに気づいて魚の中に手をズボッと突っ込む。
しばらくグイグイと手を動かしたと思ったら、一気に引き抜き、手に持っている物を掲げてみせた。その手にはキラキラと輝く拳程の大きな金色の水晶がある。
「ウヒョー! これだけの大きさなら200万はかたいよ、いや、300? 500にいくかも」
「これなら、それぐらいいくかもなぁ、チャリオットカジキの装甲と角も純度の高い金属鉱物だから、かなりの金額になるぞ」
舞が小躍りしているのを見ながら、隣で解体をしているねじり鉢巻をしたおっさんが感心して言う。
「やったー! 私たちの報酬は期待できるね!」
いつの間にか舞の班になっていたらしい。チャリオットカジキも三等分にするつもりなのだろう。特に気にはしない。だってチャリオットカジキが出て来なかったらレイピアカジキの報酬で三等分していただろうし。
「なるほど、エネルギーの稼ぎ方は理解しました。ゴッドバイオテクノロジーを駆使して創り上げた生態系ですか」
ちらりとモニターでナインへと繋げる。ネットワークの波長は既に昨日解析済みであるからして。
ヒント、ヒントを下さい 面倒くさいのでウルウルと涙を溜めた瞳でサクヤにお願いしたら、デレデレした顔でメイドアドレスは12345678と最後の数字一つは秘密ですと教えてくれたので、名探偵なゲーム少女は最後の数字を推理して見事解析したのである。
「マスター、この世界の生態系は簡単です。人が全然いないので、ライトマテリアルが生み出されやすい環境となっています。それを聖人とかいう馬鹿な男がライトマテリアルを体内に吸収する生き物を作ったので、その生き物から取り出した結晶を人々はエネルギーに使えるんです。ただし、効率はかなり悪いですが」
世界が違うから繋がらない設定はいったいどこに? と首を傾げちゃう程あっさりとモニターにナインが映り説明してくれる。珍しくその顔は不満そうで、頬を僅かに膨らませていた。なにか思うところがあるんだろう。
「いわゆる魔石とか言って異世界小説で出てくるのと同じだね。魔石って、人間のためだけにある感じの不思議モツだからねぇ。なるほど正真正銘人間のためだけにあったのね」
「溜め込んだ結晶は自身の力にも使えますので、強力な生き物は超能力のレベルも高いですが、まぁ、たしかにそのとおりです」
ふ〜ん、と解体作業を再び眺める。海に沈んだ世界。鉱物などは取れないはずなのだが、生き物が半鉱物体となって人々の為になっている。聖人ノアとやらは、たしかに人々のことだけを考えてはいたのだろう。
「でも海に大地を沈めたら駄目だよね。大地はもうないのかしらん。それに肉とかはどうやって手に入れているのかな?」
それも不思議なので、ナインとの高速会話を終えて、舞へと尋ねると、むふふと悪戯そうに笑いながら教えてくれる。
「それはね〜。地球から来た人は皆が驚くらしいんだけど、海水牛とか海水豚とかいるの。家畜はその殆どが海水を飲んでも、体内で濾過して大丈夫なうえに、魚みたいに泳げるから養殖もできるんだよ」
ほら、あれを見てと指差す先にはエレベーターで海面ギリギリに降ろされている甲板のすぐそばの海面に網に囲われて牛たちが悠々と泳いでいた。海牛だと別の生き物になるから、海水牛なのね。日中の数時間は艦は家畜の放牧のために止めているらしい。
「なんだか凄い光景でありますね。豚とかも泳ぐのでありますか?」
シスがふわぁと口を開けて驚く。もちろん幼女な少女も小さなお口を開けて可愛らしく驚く。ちょっと異様な地球では見られない光景なので。青い海原に半身をうかせて泳ぐ海水牛たち……なんとなくシュールだ。
「もちろん鶏以外は泳ぐし、海水に浸すと塩を吸収する塩抜き昆布とかもあるんだよ」
「ちゃんと生活できるようになっているんですね。それじゃあ皆は全員船に住んでいるんですか?」
ノアとやらは海だけになれば、争うこともなくなる善人だけになるとでも思っていたのかしらん。正直、どんな環境でも争うのが人間だと思うんだけどね。面白そうな物がたくさんあるから、お土産に色々と持っていこうっと。
「ううん、半径200キロぐらいの島が五つあるんだ。他にも小さな島々がいくつかあって、うちはその島々を行き来して交易をしながら魚を採ったり、遺跡に潜ったりしているんだよ」
「これだけのでかい獲物だ。街へ行ったら高く買い取られるだろうな。そろそろルキドの街にいく頃合いか」
艦橋に続く建物からレモネ艦長が歩いてきて、その視線を横に駐車してあったエビフリート艦へと向ける。
「ラザニアが三機もやられたからな。修理できれば良いんだが派手に壊されたから直せるか微妙なところだ。……この機体は地球製なのだろう? 悪いが次に同じような敵が現れたら対応を頼む」
「大樹の軍人は平和を愛し、秩序正しく弱きを挫き強きを倒すものなので、ドーンと安心してください。ところで……いえ、なんでもありません」
えっへんと無邪気な笑顔を見せながら胸を張る美少女だが、どこか変なセリフがあったのは気のせいであろうか。それとも美少女がアホなのであろうか。
中身がくたびれたおっさんだからだろうとか、そんなツッコミはなしでお願いします。中の人などいないのであるからして。
「エビフリート艦は水中専用ではありますが、陸上でも戦える兵器であります。艦長のご期待にそえるでしょう」
シスもキリリと真面目な表情で、護衛を請け負う。その言葉を聞いて、むふふと舞が遥の肩に腕を回してきた。馴れ馴れしいことこの上ないが、小さくない胸がふにょんと当たるし、少女の温かい体温が感じられるので嬉しいです。
「任せて! 私がこの二人のマネージャーやるから! 艦長、後で護衛費用について話し合おうよ。あ、レキちゃん、シスちゃん、私にドーンと任せておいてね。交渉は得意なんだ」
「私たちは来たばかりですし、構いませんよ。お願いしますね。理不尽な契約は一方的に破棄するので、注意願います」
「そうでありますな。軍人はこういう金勘定は苦手でありますので」
遥が同意して、シスも特にこだわることなく頷き了承する。舞はヒャッホーと飛び上がって歓んだりした。予想外に物凄い強い兵器に乗った人間を拾えたので幸運に感謝もしていた。
レモネ艦長はゲーム少女と軍人少女へと目を細めて厳しい視線を向けていたが、鈍感なことに遥たちは気づかなかった。気づかなかったというか、無視をしたのであった。面倒ごとに巻き込まれそうな予感がしたので。
◇
解体がおわり、舞にようやく艦の案内を遥たちはされていた。艦内は広く一日で回り切ることは不可能らしい。
サビの浮いた本来とは別に後付けで作った壁の通路の合間を一行はてこてこと歩きながらおしゃべりをしている。
「まずは食物生産工場ね。工場といったのは昔に神隠しにあった地球人がそう言ったらしいけど、私たちは普通の田畑だと思うんだけどね」
食物生産工場、意外なことに甲板にあるとかではなく、艦の中層辺りにある物らしい。自然の光源はなくすべてが人工灯で賄われていた。
目の前一面には大きなガラスのシリンダーが並んでおり、そのシリンダーは無数の棚が作られていて、棚自体が青く光っている。棚にはスポンジが敷かれていて、そこに植物が生えていた。
なるほど、たしかに工場である。崩壊前の地球と比べても何百年も先に進んでいた科学技術だと推測する。
人々はシリンダーの前に備わっている台座のような物についているパネルを操作しながら、収穫できる作物を回収していた。
ただし、問題はあった。
「二割近くは稼働していませんね? 壊れていますね?」
棚の光は消えており、ガラスも苔らしきものや泥で汚れて内部も見えないシリンダーや、割れて物置代わりに使われているシリンダーがいくつもある。もはや故障して数千年経過しているような感じであった。
「少しずつ壊れていってるんだけど、私たちは修理できないんだ。遺産を少しずつ食いつぶしている感じかなぁ。でも後5000年は持つって」
肩をすくめながら伝えてくる舞には不安な様子はない。たしかにこの植物生産工場は優秀だから、人口の食料消費限界点がくる未来はかなり先のことであろう。
「それにさ、稀に遺物から同じようなシリンダーが見つかるときもあるから、交換もできるんだよ」
なるほどねぇ。滅亡もかなり先の未来。その時にはどうなっているのかわからない。シリンダーを開発できる技術を持っているかもしれないし。
それにしても少し気になることもある。舞が自慢げにしながら、てこてこと歩く中で、神隠しについて聞くと予想外の返答がきた。
「神隠しは結構あるらしいよ。一年に10人はこの世界に神隠しされて来ているんじゃないかとか、昔の偉い人は考えたみたい」
「それじゃあ、この世界に来た人は多いんですね」
そんなに神隠しされているんじゃ地球のセキュリティはボロボロじゃない?漏洩で謝罪をしなくてはならないレベルだ。
「あ、でも、実際には殆ど会えないよ。余程幸運じゃないと海の藻屑になるしね。貴女たちは乗っていた兵器があるから平気だったけど、普通の人は海にぽちゃんと落ちておしまい」
「なるほど、熱帯地域での涼しさを求めたセリフありがとうございます。たしかに海だらけのこの世界だと船に会わずにそのまま死ぬ可能性は高いですね」
はぁ? と戸惑う舞はおっさん的な寒気がするジョークを口にしたことに気づいて赤面をして違う違うと、ワタワタと手を振るので、ふふっと微笑ましいと思わず笑顔になってしまう。
おっさんがそんなことを口にしても誰も気にしないで放置されるに決まっているから、からかってくれるだけマシなのだよ。
「たしかに私たちは兵器に乗っていたので平気だったわけですが」
「そのオヤジギャグはや、め、て! そんなんだから、ルキドの街で数年前に会ったぐらいかなぁ? なんか荷物運びの仕事をしていたよ」
首を傾げて記憶を掘り起こそうとする舞であるが印象が薄かったらしい。そりゃそうだろう、異世界転移したのに、逆チートパターン、主人公たちが恐れるチートは異世界人に備わっていたパターンだ。
周りは弱いなりに、地球人から見たら天才的な身体能力に、超能力を持つ人々だ。しかも超能力がないと、マテリアルが反応しないのでパワーアーマーとかも操作できない。
そうなのだ。マテリアル搭載兵器はあれど、それのスターターとなるのは人間であるので、なにか超能力を使えないと起動できないと、先程の食料生産工場でも見てとれた。
すべての機械が一般の地球人では扱えない……。多分神隠しに会う人が少なすぎて差別意識も生まれないのだろうが、神隠しにあった人間にとっては最初は地獄の生活が待っているに違いない。
リバーシなんかとっくに広まっており売れないし、チートな内政もできない。フォーク農法なんて艦の中では意味がない。それどころか、作る技術はないとはいえ崩壊前の世界よりも科学技術が明らかに上の世界。
うん、おっさんなら同じように荷運びの仕事をするか、頭を使う事務職になるだろう。営業とかはなさそうだし、そもそもおっさんはそんなにコミュ力は高くない。普通の人なので。
釣り人の棒で魚を叩く係も、良い釣り人と組まなければ扱き使われることは間違いない。即ち、くたびれたおっさんは詰んでいただろう。
これ、世界になんでこんなに危険な神隠しの穴が空いているの? とモニター越しにサクヤへと渋い表情で視線を移すとニコニコと笑顔で返してくる。
「渋い表情のご主人様も可愛らしいですね! 滅多にない表情ゲットです! あ、崩壊後からは不思議なことにもう神隠しはないですよ。なぜなのかは不思議ですが」
「ほほ〜。なんで私たちはそんな世界に転移したのか教えて欲しいところだけど?」
「不明ですね。でもきっと意味があったのでしょう。まさかの運命!」
サクヤが両手を頬に押し付けて、ヒャアと驚くふりをしてくるが、運命などという言葉では騙されません。
どうやら私はハメられたらしい。まぁ、いつものことなんだけどさ。なにげにこの変態メイドはいつも無駄なことしかしないけど、少しだけその中に意味のある行動を仕掛けてくるのであるからして。
どのような意味があるかは考えない。常になるようになれだ。面白そうな世界ではあるし。
そんな適当極まる考えをする遥へと舞は興味津々で尋ねてくる。
「でさ、その人と少し話したことがあるんだ。地平線が見えるほどの広々とした大地。一面が緑で埋まっていて、海を見たことがない人もいるぐらいの世界。あれって本当なの?」
「えぇ、本当かもしれません。私も地平線まで続く大地なんて見たことありませんが」
海外旅行は近場で済ませてきたので、そういう場所には行ったことはないのであるからして。ヨーロッパとか飛行機に乗っているだけで二日は必要だし、そんなにおっさんは休暇がとれなかった。とれてもそこまで遠くには時間がもったいなくて行かないだろうけど。
「な〜んだ。神隠しの人の話って、本になっていてさ。会った人も同じようなことしか言わなかったんだよね。ざ〜んねん」
がっかりとする舞はてこてこと、次は工場だよと案内してくれる。先程のラザニアというロボットを含めて色々な作業用機械を修理したり作ったりしているらしい。
無論、ラザニアレベルとなると修理も限界があり、大破したら修理も無理だし、作成もできないらしいが。失われた技術というらしいけど、技術失われ過ぎである。
シスがキョロキョロと作業機械へ近づいて、ペタベタ触って舞へと楽しそうに質問をしている中で、遥はため息を吐いて、壁に書かれた艦名を見る。
大きな文字で書かれており、周りの落書きやら汚れで、もはや普通の人にはわからないだろうが、ゲーム少女には分かる。
「なるほどね」
艦名は特殊なマテリアルで書かれており、力の流れが見える人間にははっきりと夜に光るネオンのように輝いており
「スルメイカ180番艦」
ネーミングセンスの無い名前が記されていた。どこかのラザニアと言うロボットと同じように。




