475話 金山でホクホク顔な皆さんとおっさん
山中に悠然と巨大な空中戦艦鳳雛がピヨピヨと飛行している。そろそろ鳴き声をエンジン音に追加したらどうだろう。これはヒヨコだねと気づく人がでるかもしれない。
森林を切り開いた場所には補給艦から降りてきた空中艇が着陸して拠点作りの為に物資を運んでいる。大勢の人々が周囲を歩き、指揮官が指示を出していく。
「やれやれ。静かな山中に騒がしいことだな」
本日もいつものスーツ姿で、そろそろ暑さで倒れちゃうぜと内心でぶつぶつ文句を言うおっさんぼでぃの朝倉遥がその様子を見て呟くように言っていた。
「まぁ、仕方ないんじゃねぇか? まさか金山が復活することになるとは思ってもいなかったしな」
隣にいる豪族がニヤリと笑い話しかけてくる。真夏の暑さと豪族の暑苦しさもあり、うんざりしちゃう。そろそろ帰っても良いかな? ナインの作ったアイスカフェオレが飲みたいです。
だが、来たばかりなのでそんなことを言う訳にもいかないので、肩を竦めるのみにとどめる。
「金山か。各地の資源が復活しているとは聞いていたが日本も復活していたか」
「黄金の国ジャパンが復活するかもしれませんな。埋蔵量はどれぐらいになるのでしょうか?」
豪族のアドバイザーとなった風来が年甲斐もなくわくわくした期待に溢れる表情で尋ねてくるので、反対側に立つ四季へと視線をちらりと向けると、四季は正確にその意図を読み取り、皆に答える。
「そうですね、まだざっと調べた限りですが、恐らくは手つかずの金山。黄金の国と呼ばれていた頃よりも埋蔵量はあるとスキャンにて判明しています」
「はぁ~。それは景気の良いことだな。それじゃここに鉱山を作らないといけないのか」
豪族が顎をさすりながら感心したように言う。まぁ、そうだろうね、豊富な金山があったのは昔の話だ。なにしろ日本のみで大判小判を作れるほどに金はあったのだが、今はそんな話は御伽噺レベルになっていたのだから。佐渡は潰しちゃったけどね。あれはファフニールのせいです。
「それは日本地区にとっては僥倖でしょう。採掘権利はどちらが持つことになるのですかな?」
きらりと目を光らせて、風来が尋ねてくる。日本地区にあるのだから、もちろん私たちにも採掘権利はありますよねと、その視線で言っていた。正直面倒くさい。
「ふむ。そうだな………。申し訳ないが大樹本部直轄にはなるだろうが5割の採掘権は約束しよう」
つまらなそうな目で風来を見ながら答える。あんまりこの金はマテリアル的には価値がないと、おっさんの目では見えていたので興味があまりわかなかった。所詮は弱い雑魚が作り出した金山だ。その力もあまりない。
だが、金は一般的には価値が大きい。ふむふむと風来は豪族と顔を見合わせて頷く。どうやら予想はしていたらしい。ごねることは無さそうな感じ。面倒な話はいらないので、おっさんも安心する。
「大樹本部直轄ということは、採掘場を作るにあたり資金面は本部持ちなのか?」
豪族が確認してくるので、小さく頷き返す。ここに採掘場を作るには周囲のミュータントを排除して、採掘した金を運ぶための空中艇の用意から、拠点を作るための用意も必要だ。若木シティにはその力はない。
「まぁ、問題はないだろう。金が採掘できるとなれば予算もあっさりと通るだろうしな」
「そうですな。なんと言っても金山ですしな。この調子で鉄鉱山なども復活していれば良いのですが」
風来が希望を持った問いかけをしてくるが、その可能性は低いだろうと遥は考えている。ミュータントは有名な物を概念として取り込むことも多い。誰が鉄鉱山というマイナーな物を取り込み復活させるというのか。地味なおっさんがミュータントになったらあり得るかも。いや、たぶんないよなぁ。
まぁ、期待を持つのは人ぞれぞれであるからして。教えないけどね。
なので、肩を竦めるにとどめておく。
いまや金山を採掘するために大勢集まっている山奥の森林。こういった環境がダンジョンが現れた事により増えていくのだろうか。だいたいおかしいとは思っていたのだ。オリジナルミュータントになった数はかなり多かったのに全然見なかったような感じがしたのだ。淘汰されていったとはいえ少なすぎた。大物ばかりを倒していったから、気づかなかったけど。
まさか。空間の隙間に気づかれないようにダンジョンを作り隠れ住んでいるとは考えもしなかった。お前らは黒い虫かと問いたいところです。
「あ~、すまんが良いかな?」
少しやせぎすの老人がこちらへと熊村さんを連れて近寄ってくる。というか、この老人は鈴の避難指示を断った老人だ。リーダーぽい人だよね、たしか。
なにを聞いてくるのかだいたいは想像がつく。
だが、つまらなそうな目で見るだけにしておくと、なぜか見られた老人は少し顔を引き攣らせた。なにかな? 私の顔は怖くはないはず。そこの豪族や熊村さんに比べると、かなりマシだよね?
「実はここは儂らが住んでいた場所でな………。金山とは理解をしていたが一日一日を生きるのに懸命で採掘を一切しておらんかった」
その言葉に口元を曲げて冷笑となる。なぜか、さらに老人たちは怯えた表情になるのだが、なんででしょう。
「金山は自分たちが所有権を持っていると? いや、君たちの住んでいた場所は偽りの空間であり、ここの所有権は一切ないと言っておこう」
そうだよねと、ちらりと四季を見る。たぶんそうだったと思うんだけど、おっさんは最近物忘れが多いので一応確認なのだ。最近ではなく昔からすぐに忘れるでしょうとかいう戯言はなしでお願いします。
「そうですね、ここは元々国有地。貴方たちは不法居住者ともなるわけですが、崩壊後の状況を考えるとそれは仕方ないでしょう。ただし、ここの土地の所有権はありません」
金色のヘアピンをピカピカさせて、内心では司令と一緒にいられて嬉しい四季は、老人へと冷酷な声音で告げる。そこには妥協はないですよという言外の意味も感じさせた。
凄いや、おっさんなら粘られたら確実に妥協をしてしまうだろうが、四季は本当に優秀だねと思う。
「それはレキのお嬢ちゃんたちに聞いている。そうか、やはり無理か………。それでも少しばかりは儂らに譲歩をしてくれんかね?」
「俺たちは恥ずかしいことに無一文だからな。札なんぞ焚火の焚き付けに使っちまったしな」
ボリボリと頭をかきながら、当時は随分と贅沢な焚火だと笑っていたと気まずそうに言う熊村。この人たちを責めるのは少しばかり罪悪感が湧く。それにたしかに金山に住んでいて一銭も手に入らないと言うのは可哀想かもしれない。
「一人500万を支給しよう。子供も含めた数でね。しばらくはそれで暮らしていけるだろう。金山に住んでいたボーナスという訳だな」
仕方ないなぁと思いながらも、あとでなにか言われても嫌だよねとお金を支給することにしておく。5億程度なら金山の価値を考慮しても問題はないだろうしね。億がその程度と言えるようになるとは、私も凄くなったねと、人間的にはまったく成長をしていないと思われるおっさんは内心でほくそ笑んだりしてしまう。
そんなダメなおっさんの内心には気づかずに驚きを示す熊村さんたち。驚きで目を見開いており、そんなすぐに妥協をしてくれるとは思わなかったのだろう。そしてなぜ豪族たちも驚いているわけ? 私はそんなにケチじゃ………。ケチかもしれないけどさ。あと、四季は胸を張って偉そうにしないでね? 胸を注視するとモニター越しに冷たい視線が飛んでくるので。
「そ、そうか。それならば助かるが………。本当に良いのか?」
「あぁ、これ以降はこの金山に対して請求をしないなど色々と誓約書に書いてもらえればな」
熊村さんたちはその言葉に一も二もなく頷き了承をする。これで新たな暮らしを楽なスタートではじめることができるだろう。
ありがとうございますと、熊村さんと老人たちが深くお辞儀をして立ち去っていくのを見送ると
「上手いやり方ですな。禍根は残さないということですよね?」
「ん? あぁ、そうだな。金山に住んでいたのに貧乏暮らしから始めるのも可哀想だしな」
「そうですな。あの者たちは可哀想ではありますからな」
風来がうんうんと納得したように頷くが、言外で可哀想なんて思っていませんよねという副音声が聞こえてきたのは気のせいだろうか。
豪族たちはあっという間にここの生存者たちを納得させたナナシに舌を巻いていた。500万は高額だが金山の価値に比べれば恐ろしく安い。マンハッタンをビー玉で買い取った昔の人を思い浮かべてもいたりした。あの生存者たちはもう少し金額は引っ張ることができたかもしれないが、妥当と考えてしまったのならば仕方ない。
そもそも他で救出された生存者たちは100万の借金からはじまっているのだから、格差から文句を言う人がいないように気をつけなければならないし、豪族たちにとってもそれぐらいの金額で抑えてもらい助かった感じである。
もちろんおっさんは500万あれば数年暮らせるから良いよねと適当に決めただけであるが。1億ぐらいが良いねと言われたら、それじゃあ1億でと適当に決めたかもしれない。
なんにせよ金山が手に入ったのだ。これを喜ばない人はいない。おっさんは小判でも作ろうかなとかアホなことを考えてもいたけれども。
そうして細々とした金山の取り決めは四季に任せて、おっさんは金山を実際に見ておくべくハカリを連れて中に入る。
のしのしと金山へと入っていく。ダンジョンの時にも坑道には熊村たちが住んでいる場所しか入らなかったし。
なにしろ中層で拠点を作りゆっくり攻略をしようとおもっていたらボスが現れたので。
「ゲームと違い罠やら待ち伏せがあるから、現実は怖いよね~」
気楽な表情でハカリへと声をかけると、頭につけたウサギリボンをピコピコと動かし同意をしてくれる。
「敵もやられないようにしていますから。懸命なんです」
「だねぇ~。皆懸命に生きているからね。私も懸命に一日を大事にして生きているよ。とはいえ、そろそろ帰って疲れを癒したいや。金が埋まっているのを見たら帰ろうか」
坑道に来たのは、リアルで土に埋まっている金を見に来ただけだったおっさんは日々を懸命に生きているので忙しいのだ。キラキラした金が埋まっているのを本当に見てみたい。
気分は観光者である。実際に観光者なので、碌な仕事をしないおっさんであった。そろそろ天罰が当たっても良いと思う。
坑道と言っても寂れており誰もいない静かな場所である。暗視があるので二人とも暗闇でも問題はないがダミーで懐中電灯をつけて先に進む。
「ねぇねぇ、採掘スキルを取るべきかなぁ? 実際に掘ってみて金が見つかったら嬉しいよね?」
「う~ん、でも司令。金ってほとんど見つからないらしいですよ? 本当に小粒でしか見つからないとか」
ハカリの言葉に遥は考える。カキンコキンと一生懸命に掘るおっさん。ツルハシを振り上げて、汗だくで掘っており、後ろには何故かサングラスをかけたサクヤが、おらおら働けと鞭を振るっており、ようやく金を見つけたと思ったら、あるかないかわからないぐらいの小粒。
「ないな。採掘スキルはいらないや。他の人に頑張ってもらおう」
速攻諦めるおっさんである。なにしろゲームでも採掘に行って金がほとんどでないどころか、ゴーストや骨とばかり戦っていた覚えがあるのであるからして。何故採掘可能なのに、ゲームでは鉱山を放棄してしまうのかとも思っていた。私ならば絶対に放棄しないです。
「それがいいです。司令は人々の成果を確認すれば良いですよ」
「なんだかそれだけを聞くと、物凄い悪人に聞こえるんだけど。ブラック企業の社長みたいな感じがしちゃうんだけど」
ハカリの言葉を聞いて、少し嫌そうな表情になる。まぁ、確認する人も必要だけどさ。
「………それで、ハカリ。一つ問題があると思うんだ」
「はい。その問題はなんでしょうか?」
「そうだね。隠れて密かに採掘をしようとする人はどうしたら良いかな?」
坑道の奥から聞こえてきた、土を掘る音を耳に入れて疲れたようにため息を吐く。そうだよね、あの人があっさりと帰るわけがない。
カキコンキンと音がする中で、ハカリも平然とした口調で答えてくれる。
「罰金制で良いと思います。支払いは貴金属にすればもっと良いかと」
「ピンポイント過ぎる嫌がらせじゃない? それは酷いと私は思うわ!」
目の前の暗闇から飛び出してきたのは、ツルハシを手に持ちねじり鉢巻きをして、作業服に腹巻をしている静香であった。想定通りではある。熊村たちよりも遥かに諦めの悪い美女だからして。簡単に金山が掘れなくなったからと諦める静香ではないのだ。
「ねぇ、ここの金山は私が見つけたのよ、ナナシ? それなら私がいくら掘っても良いわよね?」
遥の背広にしがみついて、その必死すぎる表情を見て動揺もせずに淡々とした口調で隣にいたハカリが答える。
「隠し金山の情報は私たちが手に入れたのに、速攻でその情報を手に取り向かったのは貴女です。その論理は無効となります」
「え~! 私も金山の採掘権が欲しいわ! 欲しいったら欲しいの!」
地面に寝っ転がりジタバタと手足を動かして駄々っ子モードで喚く静香。クールな女スパイはどこに行ったのだろうか。
「はぁ~。ここはすぐに鉱山となる。悪いが邪魔をしないでくれ。とはいってもそれで納得する君ではないよな。そういえばレキからこんなものを預かっていたな」
貴金属が絡むと本当にポンコツだなぁと思いながら、それでも採掘を無理やり止めさせると裏から嫌がらせをされそうなので、嘆息しながら懐から黄金の扇子を取り出す。
「あら、よく見せてくれないかしら? ちょっと私に見せてくれないかしら?」
その言葉に反応して素早く起きてきらりと目を輝かす。黄金の扇子を取ろうとしてくるので手を掲げて取られないようすると、身体を押し付けてきて。ぴょんぴょんと手を伸ばしてくる静香である。うん、間抜けな服装だけど、美女だし胸が当たるしちょっと照れます。
「ナナシ様、私にもその扇子を見せてください。興味がありますので」
それを見たハカリもぴょんぴょんと身体を押し付けて扇子を取ろうとするフリをする。えいえいと身体を押し付けてくるので、おっさんは大喜びです。
ただ、そろそろしっかりとしないと怒られちゃうので、押しとどめて言う。
「では五野さん、金山の採掘は行わないという事で良いかな?」
「くっ、仕方ないわね。これが大樹の権力ということね………。横暴だけど、か弱い私は頷くしかないわね」
悔しそうにしているが全然権力の横暴じゃないと思う。というか、静香さんはあんまり場を荒らさないで欲しいです。
扇子をため息と共に静香さんへと渡すと、きゃぁと大喜びして扇子を眺める女武器商人。
ハカリもチェッと呟いて、体を擦り付けるのを止める。
ふむふむと、これで金山の不安材料が無くなったねと安堵して次なる目的地を考える遥。
多少目を細めてモニターへと視線を移す。眠たいんじゃないよ、真面目な視線なんだよ。
「四国の偵察は終わった?」
モニター越しにサクヤはニコリと可憐な微笑みを見せて答える。
「はい、またまた厄介な場所みたいですが」
「それはいつものことでしょ」
そう答えて、次なる攻略地へと向かうおっさんであった。まぁ、おっさんは行かないんだけどね。




